振り返って
「急に休んだからどうしたのかと思ったら、やっぱり大変な事になってたんだな」
学院を急に休んだ僕を心配してやって来てくれたみんなに、昨日あった出来事を説明すると、バルドが何処か納得したような声を上げる。だけど、それを横で聞いていたコンラットが疑問の声を上げた。
「やっぱりって、貴方は自分の屋敷で既に聞いてたんですか?私を含めて学院の皆は、リータス先生からの説明通り、家の都合で休むという以上の情報を知らなかったのですが?」
コンラットからの口ぶりだと、僕が休んだ理由で騒ぎになっている事もなく、学院のみんなも知らないようだった。だからこそ、それを知っていたバルドを不思議に思ったようだけど、バルドはそれを否定するように首を振った。
「そんな訳がないだろ。昨日、親父達が特に理由も告げずに帰って来なかったんだよ。それで何かあったのかと思ってたら、どっかの店で大きな火事があったって、街の奴等が朝騒いでいた上に、何の前降りもなくリュカまで長期休みまで休むって聞けば、何か関係があるのかって思うだろう?」
僕としては、僕が事件に巻き込まれているのが当たり前のように言うバルドに言いたくはあるけれど、実際に事件に巻き込まれてしまっているから、あまり強くも言えなかった。
「それで、その後はどうなったんだ?」
僕が何も言えずに黙っていると、バルドが話の続きを聞きたそうにしながら聞いていたので、僕はそれに促されるままその後の出来事を話した。
街の中で騒動を起こしてしまったのもあって、僕達は身を隠すように最初にいた場所へと戻って来ると、まだ家主は帰って来ていないようで、そこは来た時のままだった。そのせいか、兄様は立ち止まる事もせず、この部屋をそのまま素通りするかのように後にしようとしていたから、僕も遅れないように付いて行こうと足を早める。すると、僕より遅く降りた殿下から呼ばれ、僕はその足を一度止めた。
「リュカ。悪いが、オルフェに俺はここで戻ると伝えておいてくれ」
「何で兄様と一緒に戻らないの?」
普段は兄様の弟扱いで、名前なんて滅多に呼ばない殿下が僕の名前を呼んだ事に驚きながらも、僕達と一緒に戻らない理由を尋ねれば、殿下は僕にも分かりやすいよう簡単に説明してくれた。
「お前等も無事送り届けたのもあるが、俺がまたお前等の屋敷まで行けば、馬車をまた呼び寄せる必要があるからな。何度も同じ馬車が出入りしていたら、さすがに怪しまれる。それに、俺もやる事が出来たからな」
「やる事?」
「あぁ、さっきの店を調査する名目をせっかく作ったのに、それを無駄にして終わるのも勿体ないからな」
「兄様に言わなくて良いの?」
あの店を調べるなら、先に行ってしまった兄様にも知らせた方が良いんじゃないかと思って言えば、それに対して殿下は軽く首を振った。
「こっちは俺1人で十分だからな。それに、俺がしようとしている事なんて、オルフェには予想済みだろうからな。むしろ、やってなかったらそれこそ怒られそうだ。あぁ、さっき俺がお前を呼んだ事は内緒な。お前と親しくしていると、彼奴は直ぐに機嫌が悪くなる心が狭い奴だからさ」
冗談めかしにそう言って笑うと、殿下は抜け道がある方の壁へと軽く僕の背を押す。
「彼奴も待っているだろうし、あまり長く引き止めていると本当に俺が後で怒られそうだ」
「えっと、今日はありがとうございました」
「礼なんていらない。俺がやりたくてやった事だからな。まぁ、お前も大変だろうけど頑張れよ」
僕が入れるように仕掛けを作動させた殿下に促されながらも、僕がお礼の言葉を口にすれば、殿下は気にするなとでも言うような態度で返事を返す。そして、励ましの言葉を掛けて貰いながら殿下に見送って貰った僕は、兄様の後を追って抜け道の先に進むと、後ろで壁が閉まる音が聞こえた。少し薄暗くなってしまった道を少し進むと、殿下が言った通り、そこには僕の事を待ってくれている兄様がいた。
「兄様、待っててくれたの?」
「一本道で迷いはしなくとも、薄暗くて転ぶ可能性があるからな。それにしても、来るのが少し時間が掛かったな?」
僕が問い掛ければ、まるで照れくささでも隠すように兄様が歩き出し、来るのが遅くなった理由を尋ねてきた。
「今日のお礼を殿下に言ってたら遅くなった」
「彼奴が勝手にやった事に、わざわざリュカが礼を言う必要なんてない」
僕が理由を答えれば、兄様は殿下と同じような事を言い出したので、2人は似ているなと思ったけれど、それを口にしたら兄様の眉間のシワがさらに増えそうだったから、僕は別の事を尋ねる事にした。
「でも、此処で待ってくれているなら、上でも良かったんじゃない?」
「あの部屋で待つのは…な…」
眉間にシワが寄る事はなかったけれど、思い出すのも嫌そうに言葉を濁していた。
僕達がそんなふうに話しながら抜け道を抜け、僕達の屋敷まで戻って来ると、僕達を出迎えるかのようにドミニクが立って待っているようだった。
「オルフェ様。お帰りの所申し訳ありませんが、至急ご報告があります」
「何だ?」
急ぎの用件があったのか、返って来て早々に報告を上げて来るドミニクに、兄様も顔を引き締めながら答える。
「オルフェ様の外出中、騎士団の方々がいらっしゃいました。何でも屋敷内の調査をしたいとの事でしたが、此処で拒否すれば有らぬ疑いを掛けられると思い、私の一存では許可を出したのですが、それでよろしかったでしょうか?」
「かまわない。それで、今は何処にいる?」
「今は執務室をお調べになっています」
僕達がいない間の出来事を報告しながら、自身の判断に間違いがなかったかどうかの確認をしていたドミニクは、兄様の問いにも簡潔に答えていた。
どうやら僕達の直ぐ近くの部屋に騎士団の人達が来ているようだけど、特に大きな物音や話し声がするわけでもなくて、本当に来ているのか僕には分からない。でも、兄様は騎士団が来ているかどうかよりも、別な事の方が気になるようだった。
「私達の不在には気付いていそうか?」
「いえ、おそらくはまだ。オルフェ様より許可を頂くと伝え、暫く時間を置いてから説明した際にも、疑問を持った様子はありませんでした。ですが、屋敷内を探索しているのに、家主がに全く姿を現さない事を少し不信感に思い初めているようです」
「そうか。ならば1度は顔を出す必要がありそうだな」
「はい。ですので、まずはお召し替えをお願い致します」
「分かった。では、1度部屋へと戻る事にする」
殿下から借りたお忍び用の服を着て、黒い髪のままの兄様へと頭を下げると、兄様も簡単な返事を返しながら問い掛ける。
「ドミニク。そこに行くまで間、騎士団の注意を引く事は可能か?」
「はい。上手く誘導してそちらに向かわないように致します」
そう言ったドミニクの返答に頷くと、ドミニクを後ろに従えながら扉の方へと歩き始める。でも、後もう少しと言う所で、兄様は足を止めて振り返った。
「後程でかまわないが、着ていた服をそのまま置いて来てしまったんだ。だから、その服の回収と片付けも頼む。全てな」
「全て、ですか?」
「全てだ」
「かしこまりました」
何処か含みを帯びた兄様の言葉に、最初は首を傾げていたようだったけど、有無を言わさないような兄様の口調に、最後は頭を下げていた。そして、この話しは終わりだとでも言うように、兄様は僕の方へと視線を向けた。
「リュカ。そのままでいる姿を見られるのは些か不味い。だから、お前も今のうちに身なりを整えて来なさい」
部屋を颯爽と去る兄様にそう言われ、僕も部屋に戻って髪の色を落とそうとするけれど、お湯で戻ると言われたわりに上手く落とせなくて、見えない後ろ部分はメイドのリタに手伝って貰った。僕がそんなふうにモタモタしていたからか、僕が案内してもらって裏庭に着いた時には、もう兄様が騎士団の面々の相手をしていた。
「騎士団の方で保護する形で宜しいですね」
「それで良い。まぁ、連れて行ければの話だがな」
「?」
兄様の言葉に疑問を感じながらも、それでも母狐へと向かって歩いて行く騎士団の人の背中を見ながら、僕は入れ違いになるように兄様の横に立ったけど、騎士団が近付いて来た事で、毛を逆立てながら威嚇する母狐に、思うように近付けないようだった。それに、森の主であるという理由もあって、不用意に傷を付けられない騎士団の人達は、その後も悪銭苦闘しているようだった。
「兄様?手伝わないの?」
「連れて行きたいと言ったのは向こうだ。ならば、自分達で何とかすべきだろう?だが、あまり長居をされても困るな」
一向に手を差しのべようとしない兄様に問い掛けると、兄様は薄笑いを浮かべながら高みの見物をしているような口調で答えるけど、さすがに見るに見かねたのか、兄様は騎士団の人達の間を横切り、静かに母狐へと向かって行った。
「おいっ!危なぁ…!なんで…?」
「これでも連れて行くのか?」
兄様に危険を知らせるために呼び止めた騎士団だったけど、近付いた兄様に攻撃をするどころか、威嚇すらしようともしない母狐の姿に、唖然としたような顔をしていた。その顔に、何処か勝ち誇ったような顔をしている兄様だったけど、それでも騎士団の人は証拠品でもある森の主である母狐を回収したいようだった。でも、僕達以外の人間に威嚇してしまうため、最終的には回収を諦めて、懐いている僕達がそのまま預かる事になった。だけど、無理矢理に拘束して屋敷で飼育していると聞いてやって来た騎士団としては、僕達の側ではのんびりと寛ぐ母狐の光景を見て、情報と全く違う事に困惑している様子だった。
その後も、もう1つの捜索対象であるティの姿を探していたようだけど、屋敷の何処を探しても全く見つからず、母狐の情報が違っていた事もあってか、ティの目撃証言事態の信憑性が疑われた。そのせいで、ティの件は目撃情報から再度調査が行われる事になったけれど、何処かへ隠している可能性が捨てきれないため、屋敷に敷かれた監視体制だけはそのままになったようだった。
「アレがいなかったおかげで、煩わしい者達がだいぶ減ったな」
騎士団が帰った後、兄様がやれやれといった感じでポツリと溢していたけれど、気配を読めない僕にはよく分からない。でも、少なくなったという事は、少しだけでも父様の疑いが晴れてきているんだと思う。
「父様。帰ってくるかな?」
「本当の犯人が捕まり、容疑が完全に晴れるまでは無理だろうな。だが、リュカに寂しい思いをさせないため、犯人は早急に捕まえる」
「うん!僕にも出来る事があったら言ってね!」
「あぁ…出来るだけ善処はする……」
力強い返事に僕が答えれば、何故か兄様からはどこか歯切れ悪い返事が返ってきた。
「それで、今は手に入れた情報を元に、兄様が色々と調べてるみたい」
「でも、まその店の店主が騎士団に連行されたらしいって聞いたけど、それはどうなったんだ?」
爆発が原因で火事は、多少ではあったけど周囲にも影響を与えたため、近隣住民の苦情が入り、異例ではあったけれど殿下の指揮の元、騎士団の人達がその店の調査に入ったようだった。その際、不正の証拠が置いてある場所を事前に知っていた殿下が、さり気なく騎士団の目に証拠が触れるようにしてくれたおかげで、無事に騎士団に連行はされたみたいだった。でも…
「騎士団の尋問に、何も知らないって言うだけなんだって…」
「知らないって…そんなことあるのか…?」
「自分は指示された通りやっただけで、それ以上は何も知らないって…」
殿下から来た調査状況を兄様から教えて貰った事をみんなへと話せば、僕と同じような残念そうな声を上げる。
「捨て駒ということなんでしょうか…?」
「それはそれで、なんだか嫌だな…。なぁ?俺達が出来る事とかって何かないか?」
「私達が勝手な事をしても、邪魔にしかなりませんよ。それは、貴方も分かっているでしょう?」
「それは…そうなんだけどさ…」
普段から、自由なようで勝手な振る舞いをしないバルドは、それを言われるのは痛いとでも言うような顔をしていた。でも、何とか僕の力に成りたくて、自身で色々と考えてみるも、何も答えが出なかったのか、助けを求めるようにネアを見た。
「俺達でも出来るような事とか、ネアは何か思い付かないか?」
「俺なんかが考えなくても、頼れるコイツの兄とかが何か考えてるだろ?」
「お前なぁ!リュカが困ってるのにその態度はないだろ!?それに、濡れ衣を着せて平然としている奴等に、お前は苛ついたりしないのか!?」
「同情はするぞ。その無謀としか言えない事をした相手に」
「お前なぁ!!」
「そんなに怒らなくて良いから!!」
正義感からくるバルドの問い掛けにも、ネアはまるでやる気がないような返事しか返さない。だから、そんなネアの態度に、バルドは自分の事のように怒ってはくれるけれど、それで喧嘩して欲しいわけじゃないから、今にも掴み掛かりそうになっていたバルドを僕は慌てて止めた。だけど、そんな僕達のやり取りさえも気にした様子もないネアは、まるで他人事のように見ながら言った。
「狙われているのは、どうせある程度の大きさをした奴なんだろう?だったら、大型の荷物を多く出荷している店とかを重点に調べれば、ソイツ等の足も簡単に掴めるだろう?」
「うーん…そうでもないみたいなんだよね…。兄様から聞いた話だと、ヒナノみたいな小さな召喚獣しか狙われていないから、他の荷と紛れて探し難いんだって…」
「な…に…?」
それまで何処か線を引いているように感心を示さなかったのに、僕が言ったその言葉で、ネアの表情が一変した。
「まさかとは思うが…その狙われている召喚獣の中に猫がいたりは…」
「えっと…たぶんいたと思うよ…?」
「よし…ぶっ潰そう…」
僕が躊躇いがちに答えると、何時か見た事があるような黒い空気を纏わせながらユラリと立ち上がる。その顔は下を向いていて、どんな顔をしているか分からないけど何だか凄く怖い。
その姿勢のまま、ネアは視線だけを軽くバルドの方へと向けると、有無を言わさぬ口調で言った。
「お前、北で自由に行動出来るよう、明日学院に行った時に、アリアから協力を取り付けて来い」
「はぁっ!?何で俺がそんな事するんだよ!?」
「さっき出来る事がないかって聞いただろう?」
それで喧嘩になりそうになった事をもう忘れたように、完全な手のひら返しをするネアに、バルドも開いた口が塞がらないといった様子で驚いていた。だけど、直ぐに正気を取り戻したようで、抗議するかのように声を荒げる。
「いやいや!そもそも、北なのかどうかも分からないだろって!お前は何処に行くんだよ!?」
だけど、そんなバルド抗議も虚しく、ネアは部屋を出て行こうとしたため、慌てたようすで静止すると、それさえも聞く気がないようで、ネアは無言のまま僕の部屋を出て行ってしまった。
「何なんだ…アイツ…」
「分かりませんが、アリアに頼みに行くんですか?」
「……行くしかないだろう」
ネアの言動に未だに不服そうにしながらも、頼まれた以上は行かなきゃいけないかのように、バルドはアリアから協力して貰えるように頼むようだった。
「それに、あのネアが何も考えずに頼むとは思えないからな。まぁ、学院で明日会った時にでも、詳しい理由を聞いてから行っても遅くはないだろうしな」
「……貴方にしては意外と冷静ですね」
「意外とは余計だ!」
珍しいものでも見たように言うコンラットの言葉に、バルドはその後も抗議していたけれど、僕の無事を確認し終わり、あまり居ても邪魔にしかならないと思ったのか、後ろ髪を引かれるような顔はしていたけれど、その日の2人は帰って行った。
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