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侵入


兄様達から手伝って貰いながら、何とか部屋の中へと入ると、そこは応接室のようだった。だけど、そこは僕の屋敷にある部屋や、僕の知っている場所とも少しだけ違った雰囲気が漂っていた。


前にネアの家に行った時、応接室を見せて貰った事もあったけど、細部にも細かな気配りが感じられる落ち着いた雰囲気がただよう部屋だった。そしてその際に、応接室は商談相手を1番通す場所とあって、その商団主の品位が問われるのが部屋でもあり、商人に取っては1番気を使う部屋なのだと教えて貰った記憶もある。


だけどこの部屋は、ある程度の統一感はあっても、どれも派手過ぎる家具や絨毯で占められていて、自分の権威を相手に見せるかのような空気が漂っていた。僕が部屋の中を見渡していると、その後ろの窓から殿下が入って来る気配がした。


「何だか、家主の傲慢さが透けて見えるようだな」


「それでも、さっきの部屋よりはマシだ」


この部屋を見た殿下も僕と同じような感想を持ったようで、部屋に入って来るなり嫌そうな声を上げていたけど、これより酷い部屋を先に見ていたからか、兄様にとっては悪趣味さよりも衛生面とかの方が気になるようだった。だけど、いつまでも此処にいたくはないようで、さっさと部屋の中を横切ると、部屋の外の様子を伺うように扉の前に膝を付いた。


「何かあるとするならこの上の階だろうな」


「そうだな。地下に隠したりする奴もいるが、この部屋を見る限り、そういった奴にも見えないしな」


扉を僅かに開け、廊下の様子を伺いながら小さく溢す兄様の行動に続きながら言うと、何かを確認するように問い掛ける。


「見つからないのが最善だが、もし見つかったらどうするつもりだ?」


「……沈める」


「まぁ、それしかないか」


少し迷ったかのように躊躇った素振りをした後、僕の方にチラリと視線を向けポソリと呟いた。僕にとっては物騒な単語だったけど、殿下はそれに軽い口調で返すから、何処まで本気なのか分からない。そんな中、廊下には誰もいない事を確認し終わったのか、兄様はそっと扉を開けると廊下へと歩みを進める。


兄様と共に行く殿下の後を追うように僕も廊下へと出るけど、そこの廊下にも派手な絨毯が敷かれていて目に痛い。だけど、それが高い物なだけあって、柔らかい絨毯は僕達の足音を消してくれていた。そんな廊下を進んでいると、上下に別れた階段が見えて来た。


耳をすますと、下の階の方からは客との賑やかな話し声が聞こえて来るけれど、そのせいでみんな出払っているのか、この階を含めて上の階も静まり返っていた。その階段を無言で上へと登って行く兄様の背を見ながら、僕も下の人に気付かれないよう、さっきよりも足音に気を付けながら階段を上る。だけど、その階段を上りきる手前で、先頭を進む兄様がビタリと動きを止めた。


「どうしたの?」


階段の壁を背にしたように身を隠している兄様に僕が小声で問い掛けると、人差し指を口元に当てながら、僕に静かにするようにと合図を直ぐに送ってくる。そんな兄様に、何かを察した殿下が問い掛ける。


「何か、奴等の気を引けそうな物はあるか?」


「そんな物がなくとも、気を引くのなど簡単だ」


どうやら部屋の前には見張りがいるようで、兄様がそう言って再び前を向くと、階段の向こう側から何かに驚いたような声が響く。


「つめった!!何だ!?……水か?」


「水って?雨も降ってないのに雨漏りかぁ?」


そんな戸惑ったような声が聞こえたと思ったら2人が飛び出して行き、何かを殴るような音と、呻き声のような声だけが聞こえ後、何も聞こえなくなった。


「もう良いぞ」


静かになった向こうから僕を呼ぶ声が聞こえ、覗き混むように顔を出せば、2人が気絶させた人を廊下の脇へと運んでいる所だった。兄様は僕を気にする素振りをしながら、わりかし丁寧に運んでいたけれど、殿下は邪魔な物を退かすみたいな雑な扱いだった。その辺に放り投げるように片付け終わると、殿下が扉の前に立ってドアノブを回すけれど、ガチャガチャと音が鳴るだけで開く様子はなかった。


「当たり前だが鍵が掛かっているな。オルフェ頼む」


声を掛けて小さく頷くと、静かに扉の前に立った。そして、手を鍵穴にかざすと見る見るうちに鍵穴が赤く色付いて行き、しだいにその形を変えて溶けて行く。溶けて鍵の原型がなくなるまでになると、まるで最初から鍵なんて掛かっていなかったように、その扉が簡単に開いた。


「鍵の部分だけ溶かすなんて、やっぱりオルフェは起用だよな。俺だったら扉ごと燃やしそうだ」


「お前は力任せが過ぎるんだ」


殿下は兄様の事を手放しで褒めるけれど、先程から目の続く違法行為の数々に、兄様なら他の違法行為でも簡単に出来てしまえそうだと思いながら兄様の事を見つめていると、その視線に気付いた兄様が、何処か気まずそうに言った。


「……普段はこのような事はしない」


「確かに、普段はこんな事はしない。似たような事は普通にやってるだろうけど」


「……黙れ」


まるで余計な事は言うなとばかりの声色で言う兄様に、殿下はため息でも付きそうな顔つきで、しょうがない奴でも見るような視線を向けていた。そんな殿下に不満がある兄様は、不機嫌さを滲ませたような声で言う。


「下らない事を言っている暇があるなら、何処に証拠があるか探せ」


「あの壁が怪しい気がするが、仕掛けまではなぁ…」


「……そうか」


先に入って部屋の様子を見ていた兄様だったけど、商家にしては少し広めの執務室を前に、少しでも時間を短縮出来るよう目星を付けたいようだった。それが分かっているからなのか、さっきと違って若干の申し訳なさを滲ませながら奥の壁へと視線を移す。


「はぁ…肝心な所で役に立たないな…」


「いや…十分役に立ってるだろ」


八つ当たりでもするかのように言ったその言葉に、殿下はそれはないだろとでも言うような顔をしていた。


「なぁ?いっそ壊した方が速いんじゃないか?」


部屋の何処かに仕掛けを作動させるような物がないかと探す兄様に、さも当たり前なような事でも言うように、殿下が過激な事を言い出した。


「それはまだ速い」


「どうせ最後は跡形もなくなくなるんだ。それが少し速まっただけだろう?」


「今壊せば証拠も一緒になくなるだろう。壊すなら証拠を見つけてからにしろ」


「あぁ、それもそうだな」


僕が驚いている間にも話しは進み、兄様はあっさりと壊す事を容認していた。そんな兄様らしくもない言動に、僕が信じられないものを見る目を向けていたら、それに気付いた兄様が取り繕うように言った。


「こういった場所は、後の被害を少なくするためにも見つけしだい壊しておいた方が良いんだ」


「あぁ、街にあっても何の利益にもならないからな」


兄様の言葉に同意を返しながらも、殿下も兄様と一緒に部屋の中を調べるのを手伝っていた。2人が言いたい事は分かるけど、未だに少し納得出来ない所はある。でも、無理に付いて来た事もあり、せめて2人の邪魔にならないようにしようと、口を閉じて扉の側の壁へと寄る事にした。


本棚や机など、何か手がかりになりそうな物なども探しながら、部屋の中を注意深く探る兄様達の様子を眺めていると、視界の端にネアの商会で見た事があるような招き猫の置物が置いてあるのが見えた。でも、それは少しだけ違っていて、両手を上げた状態の招き猫だった。


左手を上げた猫は人を呼ぶから店先に置いてあるんだと、猫好きのネアが饒舌に話していたから、嫌でも僕の記憶に残っていた。だから、こんな招き猫もあるんだなと興味本位で右手部分を触っていたら、何故かその部分が右手部分が手前へと動いた。咄嗟の事で、壊してしまったかと慌てふためけば、そのせいで余計な力が入ってしまったようで、招き猫の右手がそのまま下がってしまった。だけど、それと同時に後ろでガコッと何かが外れるような音が聞こえて来て、音がした方を恐る恐る振り返ると、兄様達も少し驚いたような顔でこっちを見ていた。何か不味い事でもしたかと内心で冷や汗をかいていると、そんな僕の気持ちとは裏腹な笑みを殿下が浮かべた。


「お手柄だな!」


「あっ…ははっ…」


僕がやった事で、どうやら壁の一部が動いたようだった。だけど、何も壊していない事にホッとしていた僕は、殿下が褒めてくれた言葉に、乾いた笑いを返すしかなかった。


「此処の商会主が王都から運び出すように指示はしていたようだが、1週間程前にそれを実行すると書かれた手紙だけで、何処に運び出すかが書かれたような物がなかった…」


その後、隠してあった資料を殿下と一緒に調べていた兄様だったけど、次に繋がる情報が欠除していたようで、少し悔しそうな顔で僕にも分かった事を教えてくれた。


「じゃあ、直接聞けば良いんじゃないの?」


「そうだなぁ…てん通常なら騎士団に連絡をして尋問させるんだが…今の状況を考えると…なぁ…」


僕が言った言葉に、殿下は何とも言えなさそうな顔で返事を返す。その表情は、住居侵入に傷害事件などをやっている今の状況で、正規の手段を使うのは無理だとでも言うような感じだった。それに、此処にいるはずのない僕達が何で此処にいるかの説明もしなければならないのもあって、僕達がどうしようかと悩んでいると、扉の向こうから大きな声が聞こえていた。


「見つかったようだな…」


他の誰かを呼ぶ声が聞こえたと思ったら、激しく扉を叩く音や怒鳴り声が聞こえて来て、扉の外が段々と騒がしくなっていく。今にも扉を蹴破って部屋の中へと押し入って来そうな雰囲気に、僕は自然と兄様がいる方へと寄りながら不安気に見上げれば、兄様は安心させるように僕の頭に手を置いた。


「溶けた金属が固まって、ドアと溶接されているからあの扉は壊さない限り開きはしない。だが、それも時間の問題か…」


「どうするんだ?強行突破でもするか?」


「それだと内々で揉み消されて終わりだ。どうせやるなら、周囲の注目を集めて言い逃れが出来ない状態にしたい」


「それじゃあ、周りの注目を集めるためにも少し派手にやるか!」


「それなら、私はリュカを連れて先に行く。後は任せたぞ」


「あぁ!俺も直ぐ追いかける!」


僕の頭を撫でていた手を止め、そのまま僕を抱え上げると、何故か兄様は扉とは違う方へと歩いて行く。


「何処行くの?」


「此処から下りる」


他に出口なんてないと思って言った僕の言葉に、平然とした顔のまま兄様が立ち止まった場所は、表通りから少しだけ影になっている窓の前だった。


「兄様!?ここ3階だよ!?」


「これくらいの高さなら問題ない。だから、しっかり捕まっていろ」


こんな所から下りたら、絶対に怪我をすると思って必死で止めるけど、兄様は僕の言葉なんて聞かずに窓枠のヘリに足を掛けると、そのまま窓の外へとを身を乗り出してしまった。


「ひっ…!!」


恐怖で声にならない悲鳴をそこに置き去りに、僕と兄様は風を切りながら下へと落ちて行く。僕は目を閉じて落下の衝撃に備えるけれど、風が止んでも落下の衝撃が何時までのやって来ない。


「あれ…?」


「どうした?何処か痛めたか?」


兄様の言葉で目を開けて周りを見れば、表通りが横目で見える路地に、僕は兄様にしがみ付くようにしていた。


「兄様…僕…何も感じなかったんだけど…?」


「リュカが怪我をしないよう、なるべく衝撃が伝わらないように着地したからな」


少し不思議そうにしながらも、平然とした様子で言う兄様に、僕は最初何を言っているのか分からなかった。例え兄様の言う通りなのだとしても、あまりにも何も感じなさ過ぎだと思う。兄様があまりにも凄すぎて、理解が追いついても、驚きを通り越して呆然とした様子で兄様を見上げていると、爆発音にも似た大きな音がした。


「うわぁ!?」


大きな音に驚いて悲鳴を上げるけれど、爆発したのはどうやら僕達が出て来た部屋のようで、兄様の顔の後ろから煙が除いている。


「で、殿下は!?」


部屋の窓は兄様の影に隠れてよく見えないけれど、上にまだ残っているだろう殿下の事を心配して呼べば、その返事は直ぐ真横から返って来た。


「呼んだか?」


「呼んだがじゃない。お前のせいで、リュカが驚いただろう」


「悪い悪い、少し加減を間違えてな。それより、お前は何時になったら俺を名前で呼んでくれるようになるんだ?」


「調子に乗るな。お前と仲良くするつもりがないという意思の現れだ」


騒ぎに気付いた人達のざわめきや悲鳴が、表通りの方から聞こえて来ていているけれど、兄様達はそれに我関せずと言った様子で話していた。だけど、今はそんな事を話している場合ではないと思う。それに、他人事のように言っているけれど、爆発音なんかよりも怖い目にあった僕としては、どうしても兄様に非難の目を向けてしまう。僕のそんな気配に気付いたのか、兄様は今更ながらの事を言った。


「……人が集まって来たな。少し場所を変えよう」


兄様に抱えられたまま、喧騒に紛れ込むようにしてその店から離れると、僕達は馬車が止めてある向かい側へと足早に移動する。ちょうど僕達が馬車に乗り込もうとした時、兄様越しに店の方を見ると、店の中から数人の男達が出て来て野次馬に何か怒鳴っているのが見えた。けれど、その姿も閉まった馬車の扉に遮られて、直ぐに見えなくなってしまった。そうして、馬車が走り出すと、街の人達の騒ぎの声も聞こえなくなって行った。

お読み下さりありがとうございます

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