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荷物


馬車の御者へと待機場所を伝えて貰うのと同時に、ドミニクには僕達が不在の間の誤魔化しを頼みんだ僕達は、薄暗い抜け道を通ってこっそりと屋敷の外へと抜け出した。何処に行くんだろうと思いながらやって来た先は、何ともこじんまりとした民家のようだった。だけど、床には日用品などの雑貨などが散らばっており、着終わった服も椅子に置かれたままの状態で放置されていた。


「…散らかってるな」


「……」


此処に来るまでの間にすっかり威厳は鳴りを潜め、何時も見るような態度に戻った殿下が、兄様の様子を伺うように視線を向けるけれど、兄様の方もこの部屋の惨状に何も言えないようだった。だけど、僕は部屋の状況よりも、まずは別の事が気に掛かる。


「ね、ねぇ…勝手に入って大丈夫なの…?」


「有事の際などに隠れ家としても使えるよう管理を任せていた場所だ。だから、それ事態は問題ないのだが…」


不安気に聞いた僕の問に答えながら兄様は部屋を見渡すけれど、部屋が完全に私物化されている実情に、兄様としては何処か思う所があるようで、言葉の端々に何とも苦々しいものが滲んでいた。だけど、今はそんな事を気にしている場合ではないと思ったのか、頑張ってそこは見えない振りをしているようだった。


「……この件は後日確認する。それで、馬車はまだ到着しないのか?」


「何言ってるんだ?この抜け道と違って道を迂回する必要があるんだ。まだ暫くは普通に来ないだろ?」


「ならば…暫くこの部屋にいるしかないという事か…?」


此処に留まらなければならないという現実に、兄様は絶望的とも言える声を上げていた。だけど、殿下は部屋が多少散らかっていても気にならないようで、僕もバルド達と遊んだりしているからそこまで気にならなった。でも、綺麗好きの兄様にはやっぱり耐え難いようだ。


馬車が到着するまでの間、使える物がないか部屋の中を探したけれど、奥に置いてあるクローゼットの中にあったのは、手入れなどされていないのが丸わかりのローブがだけだった。開けた時のホコリで咳き込んだ兄様は、それで心が折れたのか、無言のままそっと扉を締めていた。その後は、ソファーに座るどころか壁に寄り掛かるのも嫌みたいに、その場に立ったままだった。だから、馬車が到着した時は明らかにホッとしていた。


「さて、まずはその目立つ髪色を何とかしないとな!そのためにはまず、俺が何時も使っているお忍びの変装道具があるから貸してやる!」


「…あぁ」


「オルフェ。良い加減元気出せって」


「…あぁ」


馬車に積んである荷物を部屋まで御者に運んで貰っているのを見ながら乾いた返事を返す兄様に、殿下が励ますように声を掛けるけれど、それすらにも反応が鈍い。


「ちょっと小汚い部屋に来ただけで、これより悲惨な状況を作ったりもした事だってあるだろ?」


「そういった状況では、ちゃんと服に汚れが付かないよう注意している」


「要は、服が汚れるかどうかが問題なのか」


「……」


綺麗好きの兄様が無言で肯定のような態度を取れば、殿下は何処か納得行かなそうなそうな顔をしながらも、深く追求しても仕方がないと思ったのか、御者が運んで来た荷物を開けた。


「それなら、髪の色を変えるついでに服も一緒に着替えるか?何時でも使えるよう、馬車に常備している服があるからな」


「……」


それにも無言で肯定する兄様に、殿下は変装用の魔法薬と一緒に服も渡すけれど、兄様は感謝するべきなのか迷っているようだった。僕も、お忍びようの変装道具を常備しているなんて、父様と同じようにサボり癖があるのかと疑ってしまいそうになる。だけど、今回は手を貸して貰っている手前もあり、兄様も何も言わないようだった。


「……黒にしかならんのか」


「そりゃあ、黒が一番目立たないからな」


下町にも多くいる髪色だけに、殿下の言う通り目立たないと僕も思うけど、着替え終わって戻った兄様は、魔法薬を手に何処か渋っているようだった。だけど、背に腹は変えられないと思ったのか、静かに魔法薬を髪に掛けると、兄様も先に使っていた僕達と同じ黒髪へと変わって行く。


「バルドと同じだね」


「……そうだな」


黒神赤目で同じ容姿になった事を指摘すれば、父様とベルンハルト様が仲があまり良くなく、さっきの出来事があったからか、兄様は何とも言えないような微妙そうな顔で頷いていた。


「そうだな。だが、こうも髪色が同じなら、端から見たら私もお前の兄弟に見えるかもな?」


「お前とは死んでも御免だ」


だけど、悪乗りしたように言った殿下の一言には、きっぱりと即座に否定していた。


「それにしても、今回はやけにオルフェはやる気だよな?」


馬車へと乗り込み、目的の場所へと向かって暫く走った馬車の中で、兄様の行動が疑問だと言うように殿下が疑問を口にする。すると、兄様は不快感を露わにしたような顔で答えた。


「今回の犯人には腹が立っているからな」


「そうだよね!父様に濡れ衣を着せるなんて、絶対に許せないよね!」


「いや、それは父上の迂闊さが原因だ。だから、その点に関しては怒っていない」


「えっ!?それに怒ってたんじゃなかったの!?」


部屋を出て行こうする父様に話し掛けた時の兄様が、少し怒っているように見えたから、てっきり僕と同じように怒っていると思っていると思ったから同意の声を上げたのに、それをあっさりと否定されてしまって僕は驚きの声を上げる。


「私はただ、リュカを不安にさせた者を許せないだけだ」


「まぁ、そうだろうな。そうでなければ、オルフェが此処までやる気を見せる事なんてないだろうからな」


「当然だろう。私が何もしなくても、父上なら自身で解決なされるからな」


兄様が怒っていた原因が僕だと知り、嬉しいような悲しいような何とも言えない複雑な気持ちにはなる。けれど、それも父様への信頼があっての事なのかと、自分自身を納得させていると、馬車が目的に付いたようで動きを止めた。


「あの店のようだな」


「普通のお店みたいだね」


店とは反対側に停めた馬車の中で、兄様の視線を追うように店の様子を伺って見る。その店は3階建ての建物で、1階では雑貨のような物を売っているらしく、人の出入りはあるけれど特に怪しい所はない。だけど、僕と向かい合うように座っていた殿下からは、全く違う意見が溢れた。


「あの店、何か怪しいな…」


「何処が怪しいの!?」


「俺の感だな」


「…か…ん…?」


ネアのお店しか知らない僕と違って、色んな店を見ている殿下なら何か分かったのかと期待しただけに、その落胆は大きかった。僕が言葉を失うなったように落ち込んでいると、一緒に店の様子を見ていた兄様がポツリと呟いた。


「……忍び込むか」 


「えぇ!?」


見るからに怪しい店なら分かるけど、ただの感というだけでそんな無謀な動こうをしようとする信じられない兄様の言動に、僕は驚きながらも急いで兄様を止めようと声を上げる。


「止めた方が良いよ!もし、違ってたらどうするの!?」


「大丈夫だ。コイツの感だけは信用出来る」


「いやぁ~、まさかオルフェから褒められるとは思ってなかったなぁ~」


兄様の一言に、殿下だけはまるで褒められたような照れくさそうな顔で笑っているけど、たぶん兄様は褒めてはいないと思う。それに、感だけと言われているのも良いのかと思いながらも、兄様の事をどうやって止めようかと思っていると、それよりも先に兄様が口を開く。


「リュカは此処で待っていろ」


「何で!?」


せっかく此処まで付いて来たのに、何故か今になって同行を拒否されて、僕が不満げな声を上げながら理由を聞けば、兄様は何処か突放すように言った。


「目が届く所にいた方が安全だと思って連れて来たが、危険な場所であると分かっている場所にまで連れて行くつもりはない。レオン。リュカを頼むぞ」


「あれ?俺って子守要員だったのか?」


自分の事も置いて行かれると思っていなかったのか、殿下もさっきの僕と同じように予想だにしていなかったような反応で驚いていた。


「当然だろう。何をしでかすか分からない奴と一緒に行動などするか」


「むしろ、俺達2人だけを残して行く方が、何をするか分からなくて危険だと思うんだが?」


「……」


殿下のその言葉で、馬車を降りようとしていた兄様の動きがピタリと止まる。その様子に気を良くしたかのように、殿下がニヤリと嫌な笑みを浮かべると、まるで煽っているかのような口調で言った。


「いやぁ~、街の人間がどんな物を買っているのかを知るのも、王になるためには大事だと思うんだよな?ちょうど変装もしていて暇な事だし、俺と一緒に近くの店でも時間潰しに覗きに行ってみるか?」


「え、えっ…?」


殿下に急に話し掛けられるも、何が言いたいのかが分からない。僕が戸惑った様子を見せていると、それに気付いた殿下が分かりやすくさっきまで見ていた店の方に視線を向けると、僕に合図でも送るように右目を閉じた。その様子に、ようやく何が言いたかったのか分かった僕は、急いで殿下へと返事を返す。


「う、うん!行く!」


「よし!そうと決まれば、店の中に行ってみるか!」


「…待て」


兄様よりも速く馬車を降りようとすると僕達に、まだ座ったままの兄様がそれを静かに止めた。すると、隠しきれないような笑みを浮かべながらも、何処か惚けたような顔で殿下が振り変える。


「何だ?」


「…一緒に行くぞ」


「オルフェは1人で行きたいんじゃなかったのか?」


「……分かってやっているくせに白々しい」


「何の事だ?」


「……」


あくまで惚けようとする殿下に苛立ちが滲んだような顔をしながらも、下手な脅しより聞いたようで、苦渋の決断でもするかのように僕達が同行する事を了承してくれた。


殿下のおかげで無事に同行の許可を貰えた僕は、兄様達と一緒に馬車から降りると、僕達は周囲の人混みに紛れるようにしながら、路地裏に面している方の店側へと歩みを進める。目立つ髪の色を変えているだけで、周囲から特に怪しまれる事なく裏手へと周り込む事が出来たけど、そこは思ったよりも道幅が狭く、人がすれ違えるくらいの広さしかなかった。だから、前にある店の壁がそびえ立っているように見える。だけど、横に立っている兄様は冷静に建物を観察していたようだった。


「ちょうど2階の窓が開いているな」


「まぁ、あそこが妥当か」


何が妥当なのか分からず疑問を浮かべていると、兄様が何の助走もなくその場で跳べば、簡単に2階の窓枠まで手が届き、そこから壁に足を引っ掛けながら腕力だけで何の苦もなく部屋の中へと入って行ってしまった。その様子を呆気に取られたようにして見ていれば、兄様がその窓から顔を覗かせ、手で招くように軽く手を振る仕草をした。だけど、あんな所まで登って行けるわけがなく、僕が見上げる事しか出来ないままでいると、小声ながらもそれに軽い調子で返す声が聞こえた。


「俺も行くから少し避けてくれ」


「……登れるの?」


「ん?あぁ、素行を疑われれるからやらないが、あれくらいの高さなら問題ないな。騎士団に所属する奴等なら、あれより高くても簡単に届くはずだ」


兄様が避けたのを確認し、足に力を入れて飛びそうになっている殿下へと問い掛ければ、何でそんな事を聞かれたたんだろうという顔をしていた。けれど、徐々にその顔をまさかとでもいうような顔に変わって行く。


「もしかして…上がれない…とか…?」


僕が無言で頷けば、それは予想してなかったとでもいうような顔で驚いていたけれど、普通の墨を兄様達と同じ基準で判断されても困る。だけど、殿下は何処か納得したように呟いた。


「まぁ、まだ小さいから、それも仕方ないか…」


僕を見ながらどうしようかと悩んでいるようだったけど、僕を抱えながら上まで跳ぶのはさすがに無理があると思ったのか、上にいる兄様へと声を掛けていた。


「オルフェ。お前の弟が無理そうだから、悪いが上から引っ張ってくれ」


殿下からそう声を掛けられ、窓から再び顔が覗いた兄様だったけど、僕が付いて来る事を快く思っていなかったからか、その顔は何処か渋っているようだった。けれど、勝手な行動をされても困るからなのか、最後は黙って手を差し伸べてくれた。僕は殿下に下から持ち上げて貰いながら、兄様からも上から引っ張って貰って何とか部屋に入ったけれど、完全なお荷物になっていた。

お読み下さりありがとうございます

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