聞きたい話
「最近、何かあったのか?」
「ううん!何にもないよ!!」
みんな揃って夕食を食べている席で、今日も兄様が僕の様子を確認するかのように同じ質問をして来た。だから、僕も同じような返事を返しはしたけれど、僕からの度重なる不自然な視線もあって、兄様もその言葉を信じてはいないようだった。そんな僕の様子から何かを聞きたがっている事を兄様も察しているようだったけれど、無理に聞き出すつもりはないようで、それ以上何かを聞いて来る事はない。
バルドの後を追って下町に行った日から数日、ひょんな事から兄様の昔話を聞いた事で、僕は学院時代の兄様はどんな様子だったのかを改めて知りたくなった。何故なら、兄様の話で聞こえて来るのは何時も称賛の声ばかりで、失敗談とかは全く聞こえてこない。だけど、完璧なようで何処か不器用な兄様なら、少しくらいは失敗談とかも出て来てもおかいしくないはずだ。だけど、そんな話しを本人に聞くわけにもいかない。父様に聞けば一番良いんだろうけど、兄様に口止めでもされているのか、前に聞いた時も苦笑を浮かべながら言葉を濁すだけで詳しい内容を教えてはくれなかった。
ロウさんから話しの続きを詳しく聞いて見たくとも、それほど親しい間柄というわけでもなく、直接話しを聞きに行っても仕事の邪魔にしかならない事が分かっているから、バルドに頼むわけにもいかない。だけど、それを知ってそうな人に話しを聞きに行っても、直ぐにそれが兄様の耳にも入りそうだし、そうなったら何処でその話しを聞いたかという話しになる。
でも、バルドが下町で働いている事は内緒なため、それに変わる理由を考えなくちゃいけない。だけど、下手に言い訳でもしたら、レオン殿下に疑いが掛かって迷惑が掛ける事になる。僕の顔が少し困ったような顔になったからか、兄様は今の話しとは全く関係ない学院での出来事について聞いて来た。
「それで、新学期が始まったが、学院ではどうだ?何か変わった事や困ったような事は起きていないか?」
「うん。前よりクラスの中が賑やかになったくらいだよ」
去年は魔力制御や召喚紋なんかを覚えるだけだったけど、今年からは本格的な授業も始まり、召喚獣を学院に連れて来ても良くなっていた。だから、休み時間に教室や中庭とかで見せあっている光景を良く見かけるようになった。そんなクラスの雰囲気を思い出しながら言えば、楽しげに言った僕とは違って、父様は少し心配そうな顔を浮かべた。
「そうだったな。この時期は、召喚獣を呼べるようになった連中達が調子に乗って、トラブルをお越しやすい時だった。学院側もそれは分かっているため、毎年様々な対策はされているが、リュカも周囲には十分気を付けた方が良い」
「だけど、トラブルなんてあんまり聞かないよ?」
僕が巻き込まれた事件以外に、これといって問題が起きた話しを聞いた事がなかった僕は、あまり実感が沸かなくて、父様を疑うような言葉を口にするけれど、父様はそれに気分を害した様子もなく、事実だけを淡々と語るように言った。
「私が学院で生徒会をやっている際にも、問題を起こす者達は一年を通して一定数いたのだが、それでも問題事が一番多かった時期がこの時だ。自分の召喚獣の方が格上だと思い込んだり、自分よりも格下の者を作ろうとする者が何時になっても後を経たない。オルフェの時もそうだっただろう?」
「確かにそうでした。大して実力もないくせに、自信だけが無駄にあるせいで、無駄に諦めが悪くて後処理が面倒でしたね」
兄様にしては珍しく、無駄という言葉を二度も使って、まるで強調でもするように言った兄様の様子を見ると、本当に面倒だったんだろうなというのが伝わってくる。それに、兄様も父様と同じように生徒会をやっていたから、お互いにその苦労を分かりあっているようだった。
「でも、兄様が生徒会に入っているのは知ってたけど、父様も入ってたなんて凄いね!」
生徒の憧れの象徴みたいな役職なだけに、僕が純粋にそれを褒めれば、父様も含めて兄様は少し顔をしかめながら言った。
「リュカ。理想を壊すようで悪いが、そんなに凄いものじゃない。生徒会なんてただの雑用係だ」
「そうだね。生徒たちの揉め事に巻き込めれたり、色々と要望を聞いてはそれをまとめて改善していかなければいけなから、一番損な役どころでしかないからね」
「でも、利点もあるって聞いたよ?」
「うーん、確かにあるにはあるけれど、それは城への推薦状が貰えるだけだから、大した利点ではなかったかな?」
城勤めなんて誰もが憧れるような職業で、僕と一緒に薬学の授業を受けている子達の中にも憧れている子がいる。だけど、そんな場所へと続く物でも、父様には必要ない物のようだった。
「じゃあ、何でなろうと思ったの?」
「あぁ、あれは成績優秀者から順に、学園側から声を掛けられるんだよ。私は直ぐに断ったんだが、レクスがやると言い出してな。そのせいで、私達も巻き込まれるようにやる事になってしまったんだよ。まぁ、彼奴は私に書類仕事を私に押し付けては、外で遊び呆けていたがな」
「えっ?陛下の方が遊んでたの?」
休み癖がある父様じゃなくて、陛下の方が遊び呆けていた事に驚きを隠せないまま問い掛ければ、そんな僕の様子に、父様は少し決まり悪そうに答えた。
「私は人と話すのは得意ではなかったが、彼奴は言葉巧みに人の懐に入り込んでは、情報収集や揉め事を処理する事の方が得意だったからな。だから、その点については双方に利点はあったのだが、事ある毎に面倒事に巻き込もうとしてくる所があったため、その頃から奴の事は嫌いだった」
途中から物凄く嫌そうな顔を浮かべながら話していた父様だったけど、何だかその顔が何処か兄様とも似ていて、それが何だか僕から見たら少し面白かった。それに、父様の方が陛下に振り回されていたという事実に、そういう所でも2人は似ているだなと少し笑いを噛み殺していると、それなら兄様はどうして何だろうと思って僕は疑問を口にする。
「じゃあ、兄様は?」
「私の場合、アレの成績があまりにも悪すぎて断るに断れなかった…」
そう言った兄様の顔は、まるで悟りでも開いたかのような遠い目をしており、その様子はまるで過去の失敗談でも語るようだった。だけど、言葉の意味が分からなかった僕は、少し躊躇いながら兄様へと問い掛けた。
「えっと…どういう事…?」
「役員の仕事で忙しい分、学院側から成績の上乗せなどの配慮がある程度あるんだが、それは自身が指名した補佐役にも適応される。だから、それを使って彼奴の足りない分の成績を補填する必要があったんだ…」
「確かに、留年してたかもしれないような成績だったな」
どうして殿下の成績を知っているのかは知らないけれど、父様はまるで見捨てれば良かったのにとでも言うような苦笑じみた笑みを浮かべていた。だけど、兄様は当時の事でも思い出したのか、何処か苦々しいような表情へと変わって行く。
「それだというのに、安請け合いばかりしては私の仕事を増やして…」
「オルフェは、私と違って優し過ぎるからねぇ…」
震えるような声を出していても、それでも今も見捨てようとはしない兄様を前に、とても自分には真似出来ないとでも言うような表情を浮かべていた。でも、兄様の話しを聞けただけじゃなくて、父様の昔話しも聞けた僕としては、このまま2人の話しを聞いていたくてワクワクした表情を浮かべながら聞いていたら、それまで様子を見ていた母様がおもむろに口を開いた。
「まるで他人事のように言ってるけれど、どっちも学院時代に色々と問題を起こしているわよね?まさか、喧嘩や揉め事を起こしているのを忘れたわけじゃないわよね?」
「いや…あれは稽古を付けていただけで…決して喧嘩などでは…」
「そうです。自身から始めた事などなく、ただの正当防衛です」
責めるように言った母様の言葉に、父様達はまるで言い訳でもするように言い募るけれど、兄様はきっぱりとした態度で否定していた。だけど、少し慌てたような父様達の影で、母様は僕だけに分かるような意味ありげな笑みを浮かべていた。どうやら、母様には僕が考えているような事はお見通しのようだった。だから、僕は助け舟を出してくれて母様に乗る事にした。
「ねぇ、母様。他にはどんな事があったの?」
「そうね~?」
「…エレナ」
「あら?たまには別に良いんじゃない?」
「しかし…」
「2人は、多少の失敗がある方が可愛くて良いと思うけど?」
「「……」」
興味深げに尋ねる僕を前に、面白がったように笑う母様をやんわりと止めるけれど、それすらも笑いながら受け流す母様の言葉に、2人は、まるでそんなのはいらないとでも言うような渋い顔を浮かべていた。だけど、それまで僕達の話しをつまらなそうな顔で聞きながらお菓子を食べていたティは、途端に表情を変えて話しに割り込んで来る。
「こんな奴等に可愛げなんかはいらないと思うけど、コイツ等の笑える失敗談には興味あるわ!」
「お前は黙ってろ…。それかもう一度、暫く帰ってくるな…」
「嫌よ!さぁ、エレナ!また色々と聞かせて!」
父様から邪険にされながら非難の眼差しを向けられても、全く怯む様子もなく母様に話しをねだっていた。その様子に、父様の実家で散々な目にあった事を思い出したのか、何とも苦い顔を浮かべており、兄様も似たような表情を浮かべていた。
「私が入学する前に聞いた話しなんだけどね」
まるでお茶会でもしているかのような気軽な感じの会話が始まる中、2人は何処か覚悟でも決めたかのような顔をしていたけれど、ティが調子に乗ったり、話しが思わない場所に行きそうになった時は、父様達は必死になってそれを静止したり、話しの流れを変えようとしていた。そのせいもあって、今回も思うように聞く事出来なかったけど、僕の味方になってくれそうな人を見つけたから、今度はティを含めた3人がいない時にこっそり聞こうと思った。
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