追跡
「何で私がこんな事を…」
バルドの尾行でもするかのように、こそこそと後を付けながら物陰に隠れていると、今の状況を愚痴るような声を上げながら不満を口にする。でも、僕の方がもっと今の状況が不満だった。そして、それを物語るような声が聞こえて来た。
「ねぇ、今流行りの人形を持っている子がいるわよ」
「本当ね。フードで顔が見えないけれど、どっちかの妹さんかしら?」
「だけど、こんな街の中でも持ってなんて、余程あの人形が好きなのね〜」
そんな笑い声が僕達の横を通り過ぎて行く中、僕は小さく呟くように言った。
「僕よりは良いでしょ…」
「そうですね…」
街の人から、僕がどんな目で周囲から見られているのかを理解したコンラットは、さっきの発言もあって決まり悪そうな声で答えていた。
ネアもルイを腕に抱えてはいても大人でも猫を抱いている人はいるから、それ程不自然ではないだろうけれど、可愛い人形を持って歩いているのなんて小さな女の子くらいしかいない。だから、此処までの来る道すがらも、恥ずかしくてフードを目深に被って顔を隠していたら、その間ずっと女の子扱いしかされなかった。
でも、そんな僕の気持ちなど知らないバルドは、ずっと慣れた足取りで路地や表通りといった人がいる場所を歩いて行く。だけど、僕達にとっては何処も不慣れな道で、何度かバルドの姿を見失いそうになったけど、その度にルイの耳やネアの洞察力でバルドがいる場所を割り当てるから、僕達でもなんとか見失わずに来れた。たぶん、それがなかったらとっくに見失っていたと思う。だけど、見失っていた方が楽だったんじゃないかとも思う…。
「ですが、本当に街の人達と仲が良いんですね」
「俺よりも街の住人として溶け込んでるな」
「確かにそうかも」
街の人から声を掛けられているバルドの後ろ姿を見てながら、呟くように言ったコンラットの言葉に、それぞれ同意の言葉を返す。
僕達と一緒にいる時は、バルドから街の人に声を掛ける事はあっても、向こうから声を掛けられるという事がなかったから、そんなに実感はなかったけれど、こうしてバルドだけになるとそれが実感として湧いてくる。
「僕達と一緒にいる時は寄って来る事もないのにね?」
「お前等が着ている服は、一目で貴族だって分かるからな。だから、見知った人間がいても、不用意には寄って来ないんだろう」
「でも、バルドの服装だってそんなに違わないでしょ?」
バルドが着ている服は動き易さを重視しているとは言っても、質で考えれば僕達が着ている服とそう変わらない。そう思ってネアに尋ねれば、何故かまるで察しが悪いな者でも見るような目を向けられた。
「学院の制服を来ていれば、貴族も平民も区別がつかないからな。普段からその制服を着て街の奴等と歩いていたら、私服で高そうな服を着ていても、何処か裕福な家の坊っちゃんだったとしか思われないんだろう」
ただ単に、バルドが街の人から貴族扱いされていないだけだとでも言うようにネアが僕の疑問に答えていたら、僕の腕にいたティが僕の気を引くように僕の袖を引っ張った。
「さっきから無駄話しなんてしてないで、アイツの後をさっさと追い掛けなさいよ!どっかの建物に入って行きそうよ!」
街の人達に気付かれないようになんだろうけど、小声で怒鳴るという器用な事をしているティに言われるがまま、バルドが入って行った建物前までやって来て見上げると、どうやら街の人向けの食堂みたいだった。
昔からある店なのか、少しだけ古ぼけたような外観をしているけれど、僕達の横を通って店へと入って行く街の人の見るに、街の人からは人気がある店のようだった。僕はそんなお店の扉を見上げながら、ふっと思った疑問を口にする。
「でも、何でこんな所に来たんだろう?お腹でも空いたのかな?」
「それなら、此処ではなく道沿いにあった屋台に寄りそうですが?」
屋台などで買食いしている話しや、一緒に食べに行った事があるけれど、こういった食堂で食べたなんて話しは聞いた事がない。それに、コンラットの言う通り、此処に来るまでの間にも屋台のお店が何軒かあった事を考えると、ただお腹が空いて此処に入った訳ではなさそうだった。
誰も答えを持っていなくて、どうしようかと店の前で立ち尽くしていたら、それを打開するかのような力強い声が背中を押す。
「とりあえず、入ってみたら分かるでしょ!」
「そうだな。此処にいても邪魔になるだけだろうしな」
ネアに言われて周囲を見れば、扉の前に3人で立っている僕達に奇異の視線が向けられており、明らかに店に入る人達の邪魔にもなっていた。そんな事もあり、このまま此処にいる事も出来なかった僕達は、とりあえす店の中に入ってみる事にした。
軋む音を立てる扉を開けて店の中に入れば、昼時というのもあって、食事を楽しむ人達で混雑して僕達が座る場所もなさそうだった。何処に座れば良いかと僕達があたふたしていたら、そのうちにネアが空いている席を見つけてくれて、何とか座る事は出来た。だけど、席に座ったら座ったで、次に何をどうすれば良いのか分からない。
「ねぇ…?注文ってどうやるの…?」
「店の方に頼めば良いと思いますが…手いている方が見当たりませんね…」
席に座ったからには何か頼まなければとは思うけれど、みんな忙しそうに席の間を移動していて、声を掛ける暇もなければ、目線が合うような事もない。何時なら、側で待機している人に父様が目線を送るだけで済んでいたし、自分でもやった事がないから、お店での注文方法が分からない。コンラットと2人で戸惑っていると、そんな様子を見かねたようにネアが僕達に聞いて来た。
「何が食べたいんだ?」
「えっ…コンラットは、どれ食べる?」
「聞いた事がない料理もありますし、値段も安すぎて何を使っているのか不安になります…」
「あのなぁ…何処の高級料理店の話しをしてるのか知らないが、庶民の店なんて何処もこんな物だからな?」
ネアに言われて、店のメニューを見ながら僕達が返事を返すけれど、そんな僕達の言葉にまるで本気で言っているのかと疑うような目で見て来た。だけど、途中で何処か納得したような顔をすると、これが普通だと言い切っていた。
「はぁ…お前等に任せてると無駄に時間が掛かりそうだから俺が決めるぞ?」
「う、うん!」
「私達は分からないので、後はネアにお任せします」
「じゃあ、適当に頼むからな。おい」
僕達がそう返事を返せば、ネアは勝手を知った様子で近くにいた僕達と同じくらいそうな子へと声を掛けた。
「はい!ご注文は……お前等、こんな所で何してるんだ?」
僕達の注文を聞きに来た定員の方を見れば、僕達がいる事に驚いたような顔をしているバルドの姿があった。
「貴方!何してるんですか!?」
「何って?バイトだよ。バイト。見れば分かるだろ?」
さっき着ていた服と違って、今は汚れても良いような服に着替えているハルドが、軽く服を摘まみながらあっけらかんとした様子で言えば、コンラットは違うとでも言うように声を上げる。
「そういう意味ではないですよ!何でそんな事をしているんですか!?」
「ほら、前にバイトでもしようかなって話ししただろ?それで試しに初めてみたらそれが意外と楽しくてな!それに、良い小遣い稼ぎにもなるし、昼の忙しい時だけ手伝わせて貰ってんの」
怒鳴るように言ったコンラットの様子を見てもバルドは動じた様子もなく、ひょうひょうとした様子で答えていた。だけど、そんな態度のバルドを見て逆に少し冷静になったのか、さっきまでの勢いは鳴りを潜めるものの、此処まで来る事になった事を含めて、バルドへと不満を口にする。
「聞かなかった私達にも非はありますが、そうならそうと先に言っておいて下さい。そのせいで、私達は大変な目にあったんですよ」
「あーっ、悪い悪い。親父は何も言わないだろうけど、母さんは煩そうだったから内緒にしようと思ってたら、お前等にも言うの忘れてた。でも、此処はネアから紹介して貰った店だぞ?」
よく分かってはいないようだったけれど、コンラットの様子に誤った方が良いと判断したようだった、でも、バルドが最後に言った言葉を聞いて、僕達は勢い良く横へと視線を向ける。すると、そこにはしれっとした顔で座っているネアの姿があった。
「ネア…貴方…最初から知ってたんですか…?」
「知ってたかと聞かれれば、確かに知ってたな」
何処か恨みがましい声でコンラットが聞けば、ネアは凄くあっさりとした様子でそれを認めた。そんなネアの様子を見て、再度、コンラットの怒りが噴出する。
「どうして最初からそれを言わなかったんですか!?」
「仕事を紹介するって話しはお前等の前でもしていただろう?それに、伝えようとは思ったが、ルイが楽しそうだって言ったからな。だから、それを邪魔するのは野暮かと思っただけだ。それに、俺は知らないとは一言も言ってないぞ?」
まるで聞かなかった方が悪いとでも言うような態度でルイを撫でるネアの姿を見て、ネアがルイ史上主義だったという事を思い出した。
「今度からは、何かあったその都度に聞く事にしましょう……」
「……そうだね」
此処までの苦労は何だったのかと思いながら、僕はコンラットと2人でため息を溢した。
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