遊び心
「新年際でそんな面白そうな事が起こってたのなら、私も無理矢理にでも付いて行けば良かったわ!」
「いや、お前は無理だって…」
今日は学院が休日だったため、春になるまで帰って来なかったティに、朝から新年際での出来事なんかを話していたら、ティはお菓子を食べながら後悔を滲ませたような様子で不穏な事を言い出した。だけど、そんな様子のティに、バルドにしては珍しく冷静な言葉を投げ掛けていた。
「だけど、今回は帰って来るのが遅かったね?母様が心配してたよ?」
「そうなのよね。私としては、ちょっと話しが盛り上がって時間を忘れてただけのつもりだったんだけど…」
僕が声を掛ければ、ティは少し困ったような表情を浮かべながら、考え込むような仕草をしていた。やっぱり僕等とは時間感覚が何処か誓うみたいで、もう4ヶ月過ぎ終わっているのに、ティに取ってはそう長いものではないようだった。だけど、その間に冬休みだけじゃなく3学期も終わり、僕達の学年すら変わっていた。
今回はクラスの顔ぶれは変わらなかったけど、担任もリータス先生のままだった。それなのに、コンラットに言われるまでバルドが選択教科の申請書類を提出するのを忘れかけていたのは、ある意味お約束だったのかもしれない。だけど、そんな小さな変化に、さすがのティも少しは気付いてはいるようだった。
「まぁ、その件はエレナにまた謝るけど、こんな短い間でも何か変わってたりするなんて、人間ってのは本当に忙しないのね。だけど、アンタ等にはそういった話しとかはないの?」
「そういう話しって?」
「もちろん!恋愛話しよ!」
何の話しか分からずに問い返せば、少し怒ったような声でそう言って来た。僕達の変化には興味ないけれど、女の子だけにそういった話に興味あるようだけど、僕にはそんな話しなんてない。だから、そんな話しがありそうな方へと話しを振った。
「そういえば、あれからバルドはアリアとはどうなの?」
新年祭の後から聞くのをすっかり忘れていた事を尋ねれば、すかさず過剰とも言えるような反応が返って来た。
「はぁっ!?何で此処で俺とアイツの名前が出てくるんだよ!!」
「ただ、パーティの時の様子が変だったから、そうなのかなって?」
「そんなのあるわけないだろ!確かに、剣術の授業とかで相手にする時は楽しいかもとも思わなくはないけど、アンナ猫かぶりで負けず嫌いで自己中な奴なんてないない!!」
授業で一緒にいる時は普通通り楽しそうにはしていて、それ以外でも話している時間も増えていたから、何かあったのかとも思ったけれど、僕の勘違いのようだった。
「そうなの?」
「当たり前だろ!それに、俺がそんなのに興味なんかあるわけないだろう!!」
「まぁ、バルドの場合は恋愛なんかよりは食い気でしょうからね…」
「だろっ!今は街の屋台の全制覇を目指してる!」
「もう!揃いも揃って、面白い話しの一つないの!?」
新年祭ではコンラットも疑っていたのに、改めて考えたら似合わなそうないとでも言うような態度で言うコンラットの言葉に、バルドは力強く同意を返していれば、ティは心底面白くなさそうな様子で不満を口にする。だけど、僕達の恋愛話を面白話しの一つとしか思っていないティには、今後もそういった事があったとしても、たぶん話しはしないと思う。
「そもそも、俺達にそんな事言われたってなぁ…」
「そうですよね…。政略結婚が普通である私達にそれを言う事が間違ってますからね…」
ティに八つ当たりされるように言われ、助けを求めるように横を見れば、視線を向けられた方のコンラットは既に婚約者候補がいるからか、少し困惑した様子でバルドで互いの顔を見ていた。だけど、バルドの視線が僅かに上へとずれたと思うと、その顔が急に少し焦ったような顔へと変わった。
「あっ!悪いけど、今日も俺は先に帰るな!じゃあ、また明日な!」
僕の部屋にあった時計を見たバルドは、少し慌てたような様子で僕達に一声掛けると、僕の部屋の扉を開けて帰って行った。今日が初めてなわけじゃなかった僕達は、返事を返しながらそれを見送っていたけれど、久しぶりに帰って来ていたティは、そんなバルドの様子に何処か怪しむような顔をしながら僕達に聞いて来た。
「何あれ?前はこんな速く帰ったりしてなかったじゃない?」
「最近、なんで何か速めに帰るようになったんだよね?」
「ええ、何でも用事があるらしいですよ」
「うーん…何だか怪しいわね…」
「何処が?」
「慌てて帰っている所がよ!きっと何か隠してるに違いないわ!」
まるでバルドが何かを隠しているような言い方をするティに何と言って良いのか分からず、さっきとは違った意味でコンラットと2人で顔を見合わせる。
僕達にだって家の都合や予定もあったりするし、前に用事があると言ってバルドが速く帰っていた時も、内容を聞いてみたら剣の稽古を付けて貰うためだと言っていた。だから、僕達は今回もそれなのかなと思って、疑問にすら思っていなかった。
「ティの考え過ぎだと思うけど?」
「私も、小説などの読み過ぎなような気がします…」
「あのね!私が本なんて読むわけないでしょう!!私の感がそう言っているの!だから、何を隠してるのか探るためにアイツの後を今直ぐ付けるわよ!!」
自慢にならない事を得意げに言うけれど、本人の言う通り僕もティが大人しく本を読んでいる姿が想像出来ない。だけど、わざわざバルドの後なんて付けなくても、もっと簡単な方法があると思って、僕はティへと提案するように声を掛ける。
「バルドに普通に聞いたら良いんじゃない?きっと教えてくれると思うよ?」
バルドは僕達に何かを隠し立てするような事はしないだろうし、そもそも隠し事だって苦手だ。だから、僕達から話しを振っただけで、隠し事でさえも直ぐに話してくれそうな気がする。だけど、そんな僕の提案はティに直ぐに却下された。
「それは駄目よ!それだと私が面白くないわ!さぁ!見失う前に行くわよ!」
どうやらティの遊び心に火が付いたようで、やる気満々な様子で目を輝かせながら、完全に自分本意な事を言い出していた。そして、僕達がそれに何か言う前に、一人だけ乗り気な掛け声を上げていた。
ティだけを街に行かせるわけにも行かず、僕達が揃ってため息を付きそうになっていると、そんなティの声が部屋の外まで聞こえていたのか、ルイの用事を終えたネアが部屋へと戻って来るなり、ネアが不思議そうな声で僕達に尋ねて来た。
「何かあったのか?」
「うん…バルドが最近速く帰っている理由が知りたいから、今からバルドの後を付けるってティが…」
「私達も止めたいのですが、止める手立ても思い付かずに困っていたんです…」
動き出そうとしない僕達にしびれを切らしたように騒ぐティの相手をしながら、僕達が困った顔を浮かべながらネアへと相談してみると、まるで大した問題でもないかのように、平然とした顔をのまま口を開いた。
「あぁ、それだったら…」
「何だか面白そうにゃ。ルイも行ってみるにゃ」
「分かった。行こう」
僕達の味方になってくれるかと思って相談していたのに、途中でルイが行くと言った途端に言い掛けていた事を止め、ティに付いて行くと言い出した。だけど、付いて行くと言っても運ぶのはネアであって、おそらくルイ自身が歩く事はない。
「ルイはそのまま行くの?」
「当然にゃ。此処に来てからは移動が本当に楽で良いにゃ」
ルイは自分で動きたくはないけれど、行きたい所がないわけじゃないようで、ネアはルイの昼間の移動手段として定着しつつあった。夜は兄様が運んでいる事もあるけれど、あの後も多方面から縁談話が来て頭を悩ませている兄様のストレス緩和になっているようだったから、そこはお互いに利益はあるようだった。
本人達は納得しているんだろうけど、ネアの腕の中で楽しげな声を上げながらも優美な様子で寛ぐルイの姿とかを見ていると、似たような境遇にいる僕としては少し複雑な心境になって来る。僕が何とも言えない気持ちで考え込んでいると、窓の外の様子を見ていたティが、凄く慌てたような様子で抗議の声を上げ始めた。
「ちょっと!アイツ等がもたもたしてるから、もう屋敷の外まで出ちゃったじゃない!急いで追い掛けなさい!速く!!」
急き立てるように言いながら僕の元へとやって来たティは僕の腕の中に収まると、部屋の扉を指さしながら指示を出して来た。こうなったら仕方ないとばかりに、バルドの後を追うために部屋を後にする事になった。
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