発表
話しが途中で逸れた事に、バルドは明らかに安堵したかのような顔をしていた。だから、僕としてはその話しをもう少し詳しく聞きたかったけれど、陛下が入場して新年の挨拶をする時に会話しているのは失礼にあたるため、今は終わるまで静かに待っているしかない。
でも、陛下は無駄に話しを長くする方ではないので、今回の挨拶も直ぐに終わるはずだ。そう思って陛下が挨拶を終えられるのをじっと待ちながら眺めていると、何時も後方に立っているはずの殿下の姿が見えない事に気付いた。
「どうしたんですか?」
「うん、ちょっと見えなくて」
少し身体を動かしながら殿下の姿を探していると、僕の挙動不審な態度にコンラットが小さく疑問の声を上げる。僕はそれに返事を返しながらも壇上の様子を伺っていると、何故か急に陛下が畏まったような態度を見せた。
「今、この場を借りて皆に知らせて起きたい事がある。既に耳にした者もいると思うが、我が息子であるレオンの結婚が決まった。日取りはレオンの生誕祭が終わった後を予定しているが、それついては本人に語らせようと思う」
陛下が後ろを振り返りながら脇へとずれると、今まで姿が見えなかったレオン殿下が横に綺麗な女性をエスコートしながら壇上の奥から現れ、その姿は兄様と一緒にいる時とはまるで別人のように、何とも王族らしい雰囲気を漂わせていた。だけど、少し緊張でもしていたのか、直ぐに話し出す事はなく、会場を様子を見渡してからレオン殿下は静かにその口を開いた。
「このめでたい日に、私事で時間を取らせて貰える事にまずは感謝の意を称する。皆も既に知っていると思うが、私の婚約者であるエシル・フォンテールだ。彼女とはこの度、正式に結婚する事が決まった。日取りはエシルの成人を終えた秋頃を予定している。我らは未だ未熟者ではあるが、共にこの国をより良い国にして行くつもりだ。皆にも、そんな我らを暖かく見守って頂き祝福して貰いたい」
レオン殿下が話し終わると、周囲にいた参加者達からは2人を祝福するような拍手が沸き起こる。僕達もそれと一緒になって拍手をしていたけれど、それも次第に疎らとなり段々と落ち着きて来ると、陛下が2人の側に寄り添うように歩み寄る。
「新たな門出を皆に祝福して貰った事をありがたく思う。だが、あまり話しが長くなっては皆も退屈だろう。では、新しき年もより良き年になる事を願って。乾杯」
陛下が新年際の挨拶と乾杯を手短に終わらせると、周囲にいた人達も話し始めた。だから、もう話して良いかなと思った僕は、横にいた2人へと話し掛けた。
「何だかびっくりしたね」
「そうか?そろそろ結婚してもおかしくはなかったよな?」
「そうですね。むしろ少し遅かったかもしれないです。ですが、ネアが言っていたのはこの事だったんですね」
僕が驚き混じりに言った言葉に、2人からは至って冷静な返事が返って来て表紙抜けしてしまう。すると、そんな僕の様子を見ていたバルド達が不思議そうな顔をした。
「何でそんな顔してるんだ?王族なんだから、婚約者がいるのは当然だろう?リュカは俺と違って、殿下とも会う機会とかも多いから、てっきり相手方とかにも会った事があると思ってたぞ?」
バルドからそう言われても、兄様といる時の殿下は兄様に怒られている姿しか見ない。それに、兄様ですら結婚の話しを聞いた事がなかったから、レオン殿下にもそういった話しがないと勝手に思っていた。
「僕の屋敷に何時も1人で来ていたし、そんな話しになった事もなかったから、兄様と一緒で殿下にもいないのかと思ってた」
「普通は婚約者がいるものだからな。まぁ、そう言ってる俺にもいないんだけどよ」
僕に常識めいた事を言いながら、バルドも僕とさして変わらない状況である事をあっけらかんとした様子で言う。そんなバルドの横で、本当の常識人であるコンラットが淡々とした様子で説明してくれた。
「普通、そういった話しは学院への入学が決まるぐらいの時期に、家同士が話し合って決めますからね。なので、2人に婚約者がいない事の方が不自然なんですよ。なにせ、私にさえも婚約者候補はいますからね」
「はぁっ!?そんなの聞いてないぞ!どんな子だ!?俺は会った事あるか!?」
一緒になってコンラットの話しを聞いていたバルドだったけど、最後の一言を聞いた途端、驚き慌てたような声を上げて騒ぎ出す。そんなバルドに、コンラットは何でそんなに驚くんだと言ったような、さっきまでバルドが僕に向けていたような視線を向けていた。
「まだ候補なだけで本決まりと言う訳ではないのですよ…。ですが、何で貴方の婚約者でもないのに、自身が会った事があるか気にするんですか…?」
「いや…コンラットから婚約者も紹介して貰えない程、俺って他人扱いなのかと思ってさ…。何だぁ…焦ったぁ…」
余程焦っていたのか、バルドは額の汗でも拭うような仕草をしながら、ため息でも溢すかのように安堵の声を上げていた。
「全く、貴方は何の心配しているんですか。もしそんな話しが決まりでもしていたら、私だってそれぐらいはちゃんと言いに行きますよ」
「だよな!」
「ただ、2人と知り合いだという理由でそういった申し出を多数頂いているので、両親もどうしようかと悩んでいるようでしたが…」
「うわぁ…そこでも俺等が迷惑掛けてたのか…」
「知らなかったね…」
付け加えるように言った言葉に、僕達は申し訳なさを感じながら声を上げる。さっきの件もそうだけど、僕達の知らない所でコンラットに色々と迷惑を掛けていたのを知って、反省と後悔で少し落ち込んでいると、何故かコンラットの方が焦ったような声を上げた。
「別にそれが迷惑とかではないですよ!私の家のようにあまり立場が強くない家は、相手方からお話しを頂けるだけで普通はありがたいと思わなければいけないですから!」
「いや、それはおかしいだろ。だって、俺達の中でならコンラットが一番将来安泰そうだしな」
「そんな事あるわけないじゃないですか!?」
「だって、家継ぐ予定もなければ、何かの役職にも就けるとも思わないしな」
確かに、頭が良いコンラットなら僕達と違って、しっかりとした役職に就く事が出来そうだ。
「それに、母さんが言うには面倒見が良くて優しい人間は人気らしいぞ。それとかを考えても、やっぱりコンラットがこの中で一番だと思うんだよな。リュカもそう思うよな?」
「うん。僕もそう思う」
「リュカまで!?」
僕も本心で同意を返せば、コンラットは慌てた様子で声を荒げる。だけど、冷静な部分ではこのまま話しが続くと不味いと思ったのか、それとも何とかして自身の話しから遠ざけたかったのかは分からないけど、コンラットにしては珍しく露骨に話題を反らして来た。
「い、今は私の事なんかよりも、殿下のお祝い事の方が先だと思いますよ!」
分かりやすい態度だったけれど、コンラットの言う事には一理あったため、とりあえず視線だけは壇上の方へと向けむと、ちょうど殿下が足早に階段を降りてくる所だった。だけど、お祝いの言葉を言うために集まり出した周囲の人達を相手にする様子もなく、何処か目指している場所でもあるかのように殿下は迷いなく歩き続けていた。
何処に向かっているんだろうと進む先を目で追っていると、レオン殿下の行動に合わせて人垣が動き、見通しが良くなった事で会場の中心部が僕達からも見えるようになった。
その場所には、令嬢達しか集まっていない奇妙な人だかりがあり、何だか異様な気配を漂わせているようにも見えた。でも、殿下がその場所まで歩み寄ると、その人だかりが割れるように動いて殿下へと道を譲る。そして、その道の先にいたのは、これ以上ないくらい無表情になっている兄様だった。
僕がそんな兄様を見つめていると、殿下はそこから連れ出すように兄様の腕を掴むと、休憩室が用意されている方へと歩き出してしまい、人垣に紛れて見えなくなってしまった。
「どうしたんだろうね?」
「何か問題でも起きたんでしょうか?」
「でも、他の連中は特に騒いでないぞ?」
バルドの言う通り、他の参加者達に多少の動揺は見られるけど、取り乱しているといった感じはない。僕達が今起こった出来事を不思議がっていると、何とも楽しげな声が聞こえて来た。
「あまりの惨状だったから、レオンから救助が入ったんだよ」
「陛下!?」
いつの間に壇上から此処までやって来ていたのか、声がした方に陛下が笑顔を浮かべながら立っていた。
「あの…こっちに来てて大丈夫なんですか?」
先程の発表もあって、今は他の賓客の対応で忙しいだろう陛下がこんな所にいて良いのかと思って尋ねれば、僕が懸念なんてとっくに解決しているような態度で答える。
「そっちはアルが対応してくれているからね。だから、レオンが戻って来るまでの間、私は今だけ休ませて貰っているよ」
陛下が視線を向ける先を見れば、人がこっちに来ないための壁となって他の人達の相手をしているの父様の姿が見えた。
「息子を救出してくれたお礼もあるのだろうけど、今は傍に君もいるからか率先としてやってくれてね。君達は毎回のように此処にいるから、こういう時のために今回はこの位置を変えておいたのだが、やはり正解だったようだな」
父様が防波堤になってくれているから、陛下がいても僕達の周囲だけは変わらずに静かなままで、そんな中、殿下はいたずらでも成功したような笑みを浮かべていた。でも、軽食が置かれた場所が何時もと違って角の位置になっていたのは、こうした時に避難場所を作り易かったからみたいだった。
「だけど、あまり長くは持ちそうにもないうえに、アイツの機嫌も低下しそうだから手短に要件だけを伝えさせて貰うよ。先ほど獲物を失ったご令嬢達が、少しでも情報を得ようと君達の事を虎視眈々と機会を狙っているから、此処から避難するのなら速い方良い」
外見上はにこやかな笑みを浮かべつつも、何処か忠告するような真剣さ纏った陛下がさり気ない仕草で僕達の視線を誘導した先には、兄様の事を囲んでいたさっきの令嬢達が獲物を狙う肉食獣のような目でこっちを見ていた。
「何だか…逃げた方が良さそうですね…」
「あぁ…何だか殺気に似たものを感じる…」
その異様な雰囲気に、僕は小動物にでもなったかのように言葉を失っていると、2人からも僕と似たような感想が漏れた。だけど、そういった事に敏感なバルドが言うなら、今は本当に逃げた方が良さそうだ。
背筋に嫌な汗をかきそうになり、なるべく陛下の影に隠れようとしていたら、そんな僕の行動に陛下は小さく苦笑を浮かべていた。
「そういう所だけは似るのだな…。まぁ、それは今は良いか…」
何処か落ち込んだ様子を見せながらも、直ぐに気持ちを立ち直した陛下は言葉を続ける。
「レオンに連れられて、君の兄は王族専用の控室にいるはずだ。そこならば、許可がない者は入って来れない。だから、君達も彼女等が落ち着きを取り戻すまでゆっくり休めるはずだ」
「前に使った部屋ですか?」
「そうだ。その部屋を使う代わりと言っては何だか、今日の主役であるレオンには、速めに戻るように伝えてくれるかな?」
そう言って僕へと伝言を頼んで来たので、僕達は陛下のご厚意に甘え、父様が気を引いてくれている間にその場を後にする事にした。
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