小さな呟き
「長かったな…」
「うん…長かった…」
「よし!食べるぞ!!」
「うん!!」
冬休みが始まってからというもの、バルドと一緒に宿題という強敵と戦って悪戦苦闘したり、苦手なお茶会の時を一緒に乗り越えたりしていたら、僕達の中ではその事でかなりの不満が溜まっていた。そのため、新年祭のパーティ会場に着くと早々に兄様達に別れを告げて、僕は待ち合わせていたバルドとこれまでのストレスを発散するかのように会場に並べられた軽食の前で声を上げていた。でも、これまでと違ってコンラット達の手伝いがなかった分、この日までが必要以上に大変で長く感じたけれど、そのおかげで僕等の結束は今までにない程に強まった気もする。
「それにしても、コンラット遅いな?」
「そうだね。人に呼ばれてるから遅れるって言ってたけど、親戚とかにでも挨拶にでも行ってるのかな?」
軽食を食べながらコンラットを待っていたけれど、まだやって来る気配がない。何時もの待ち合わせ場所である軽食の場所が何時もと少し違っているけれど、僕が来れた以上コンラットが迷うとはとても思えない。だから、挨拶回りが終わらないのかなと思って言えば、バルドがそれを否定した。
「だけど、ソイツ等ならこの前も屋敷に来てたぞ?王都に毎年余裕を持って付いてるから、前もってある程度は挨拶してるってコンラットも言ってたしな。だから、時間に遅れた事なかっただろ?」
「そういえばそうだね?なら、他の人にでも会ってるのかな?」
「他って言ったって、コンラットが俺達以外と喋っている姿なんて俺見た事ないぞ?」
「だけど、僕達と選択教科が違うから、そこで仲良くなった子がいるのかもしれないよ?」
「う~ん?でも、そんな話しコンラットから聞いた事ないんだけどな…?」
僕は話し相手すらいないけど、コンラットはネアと一緒のクラスだし、人付き合いが苦手なコンラットも話し相手が出来たのかと僕は思ったけど、バルドはいまいち納得出来ていないようで、眉を寄せながら考え込んでいた。僕達がそうこうしていたら、コンラットが人混みの向こうから歩いて来るのが見えた。でも、その姿は1人じゃなかったかから、僕の予想が当たったのかと思ったけれど、その足取りが何だか重いようにも見える。
バルドが不審者でも見るような目でその子達を見るから、僕も一緒になって観察してみるけれど、特に怪しい所なんてない。年齢は僕達と同い年くらいで、女の子2人に男の子が3人。もしかしたら、僕が忘れているだけかもしれないけれど、お茶会や学院でも見かけた事がないような気がする。僕が少し不安に思いながら、目の前までやって来たコンラットが何か言うのを待っていると、それよりも先にバルドが口を開いた。
「見た事ない奴らだけど、そいつ等コンラットの知り合いか?」
「知り合いと言えば…知り合いです…」
少し不審そうな声で聞いたバルドの質問に、何とも歯切れの悪く答えていて、僕はその事に疑問符を浮かべながら見つめ返す。すると、その子達を紹介するためなのか、コンラットが一歩横へと移動した。
「えっと…私の父が仕事でお世話になっている家の…方々です…」
「お世話だなんてとんでもないですわ。我が家としては当然の事をしているだけですもの」
途切れ途切れのように話すコンラットに、その子はニッコリと笑いながら淀みない返事を返していた。でも、コンラットの表情は何処か沈んでいるような気がする。父親が何かの役職に付いているとのは前に聞いた事があるけど、それが何か関係しているんだろうかとコンラットの様子を伺うも、淡々とした様子で彼等の名前を紹介するだけでそれ以外は話してくれない。
そんなコンラットの様子が気になって、その子達の紹介をして貰っても名前が入ってこない。だけど、紹介の途中で家の格を強調してきたので、コンラットと同じ伯爵家の子達だというのは分かった。そんな中、一通りの自己紹介が終わると、最初にコンラットと喋っていた女の子が何やら楽しげな笑みを浮かべながら親しげに話し掛けてきた。
「先日、我が家が開くパーティーにスクトール家の方々にも参加して頂きまして、そこで両親共に私共とも好意になりましたの。そうしたら、お2人方とも仲が良いとお聞きしまして、ご無理を言って紹介して頂いたのですが、是非、私達とも仲良くしていただければ嬉しいですわ」
「本当か?」
「…はい」
「それなら…まぁ…なぁ…」
「…うん」
バルドが尋ねれば、渋々ながらも肯定の返事が返ってくるけれど、コンラットの表情を見る限りお互いに仲が良いようには見えない。でも、コンラットの手前はっきりと断る事も出来ず、バルドも言葉を濁しながら僕へと投げ掛けてきた。だけど、僕も断る理由が見つけられずに頷く事しか出来ない。
すると、事の成り行きでも見守るようにコンラットを見ていた。その子と後ろにいた子達が、その返事を待っていたかのように喋り出す。
「では、お2人のご趣味は?」
「休日は何をなされておいでですか?」
「御二方のお父上様もそうですが、お兄様方のお噂は以前から度々聞いており尊敬しておりました。普段はどのような事を話されているのですか?」
「えっ…?あっ…あの…」
「そんな一変に聞かれても、俺等も答えらんないから…」
一度に色々な事を聞かれて、何を聞かれたかも分からない状況で僕が狼狽えていると、バルドも何処となく向こうに抵抗感を感じていただけに、嫌そうな顔で相手にそれを告げていた。
その後は、こちらの要望通りに1人ずつ喋ってくれたけれど、コンラットの事をそっちのけで僕達の事ばかり聞いてくる子達に、僕の中でも不快感が募る。けれど、コンラットの知り合いを邪険にするわけにもいかず、モヤモヤした気持ちを抱えながら、面白くなさそうなバルドと一緒に質問に答えていると、コンラットが参加したパーティーの話しになった。
「お2人方にも招待状をお送りさせて頂いたのですが、色好い返事を頂けませんで残念でしたわ」
残念そうに言たその子を前に、僕は隣にいるバルドへと小声で問い掛ける。
「招待状って届いてた?」
「さぁ?今年はリュカと一緒の奴にしか参加しないつもりだったし、それ以外は適当に断りの手紙だけを出したからよく覚えてない」
僕が貰った招待状と同じ物を持っていたバルドは、どれに参加するのかを一々考えるのが面倒だと言って僕が参加する催しにしか参加していなかった。でも、この子が言う事が本当なら、父様達が選別した招待状の中には、彼女の家から来た物は含まれてなかったようだ。
僕達が2人で小声で話していたからそれが面白くなかったのか、それともパーティーに参加を拒否された事を根に持っているのか、さっきよりも声色が低くなったような声で話し掛けて来た。
「そういえば、スクトール様ともお隣だからという理由でグラディウス様と親しくなったとか」
「それが何だよ…?」
彼女の物言いに、バルドは若干の警戒心を滲ませたような不機嫌な声で問い返せば、相手はとんでもないとでもいうような表情を浮かべて弁論を口にする。
「ご不快にさせたのでしたのなら謝りますわ。ただ、運が宜しい方だなと思いまして。同じ伯爵家とは言っても、侯爵家とは釣り合いが取れませんし、私の家とは少々格が違いますものね」
「別に隣だから付き合ってるわけじゃなくて、俺はコンラットだから一緒にいるだけだ」
「そうですわよね。下町の方とも隔てなく仲良くされているようですし、私にはとても真似出来ませんわ」
「はぁ?俺が誰といようと、お前には関係ないだろ…」
後ろで話しを聞いてる子達もクスクスと笑っていて、横で聞いている僕も気分が悪い。バルドも相手が女の子だから我慢はしているようだけど、さっきまでの事もあってだいぶイライラしているようだった。だけど、僕もそろそろいい加減にして欲しいなと思っていただけに、バルドを止めるべきなのかと悩んでいたら、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あんた等、コイツ等が迷惑してんのが見て分かんないの?」
声がした方を振り返ると、何時からそこにいたのかは分からないけれど、不機嫌そうな顔をしたアリアが立っていた。
「申し訳ありませんが、人様の会話に割り込むなんて礼儀しらずだと思ういますよ?そもそも、貴方は何処のどなたですか?」
関係ない人間は下がっていろと言わんばかりの態度で言われたアリアは、まるで売られた喧嘩は買うとばかりに不遜な態度でその女の子の前に立つと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あら?私の事知らないの?それは少し勉強不足なのではないかしら、エーヴェル嬢?」
「何で…私の名前を…」
自己紹介をした時にはまだいなかったはずのアリアが自分の名前を知っている事に驚いたようだったけれど、アリアはその様子にさらに笑みを深くしていた。
「私、交渉とかで多くの方と出会う機会がありますので、人の名前を覚えるのは得意ですの。お父様は確か、王都の公共施設を管理している官僚だったかしら?」
「そ、そうよ!私のお父様は王都でも重要な役職に就いているんだから!」
アリアの言動に怯んだ様子を見せたけれど、自分の父親がある程度の地位にある事を思い出したからか、直ぐに気持ちを持ち直したようだった。だけど、そんな様子を見てもアリアには動じた様子もない。
「私の家は王都にはありませんけれど、魔物から北を守るために、王家からも私兵を持つ許可と辺境伯の爵位を頂いておりますの。何時でも変えが効く貴方の家と違ってね」
可愛らしい仕草で、自分の家の方が格も役職も上だと言う事を言う様は、猫が獲物をいたぶっているようにも見えた。
「あぁ、名乗るのが遅くなってしまいましたね。私、アリア・アルテルガと言いますの。王都で見かけない顔だからといって、自分より下だなんて思ってたら今みたいに恥をかきますわよ。今回は良い勉強になったわね?」
悔しそうに顔を赤らめる彼女へトドメになるような事を言った途端、僕達に背を向けるように身を翻すと、その場から逃げるように足早に去って行った。そのせいで、一緒にいた子達も分が悪いと思ったのか、その女の子の後を追うようにして周囲にいた子達もその場から去って行った。そんな後ろ姿を見て、アリアは不機嫌さを隠す事なくその様子を鼻で笑っていた。
「周囲の人間を足がかりにしようなんて小狡いのよ。誰かを踏み台にするようなやり方じゃなくて、自分だけの力でやりなさいよ。全く情けない」
嘲笑するように笑っていたアリアだったけど、確かに媚を売ったり仕返しする時も1人でやっていたように思う。そんなアリアの様子を僕が見ていたら、今度は僕達の方にその矛先が向いた。
「アンタもアンタで、大人しく踏み台になってるんじゃないわよ」
「そんなつもりは…」
「アンタにそのつもりがなくても、実際そうなってるじゃない。どうせ、届いた招待状だってこの2人への顔繋ぎ目的で送られて来てたんでしょう。特に参加する必要もないのに両親と一緒に参加させられてんのが良い証拠じゃない」
「……」
アリアが言っている事が本当なのか、コンラットは押し黙ったまま何も話そうとしない。そんなコンラットの様子に、少し寂しげな声で問い詰めるような言葉がバルドの口から溢れた。
「何で俺にも言わなかったんだよ…」
「迷惑を掛けるのは嫌だったので…。それに、これは私の問題ですから…」
消え入りそうな声で水臭い事を言うコンラットの言葉に僕らが何も言えないでいると、それを横で聞いたアリアは盛大な溜息を付いた。
「あのね。迷惑掛けたくないと変に気を使ったから、今迷惑掛けてんでしょ。だったら、そんなの気にするだけ無駄なんだから、コイツ等にさっさと頼りなさいよ。それに、コイツ等だってそんな小さい事で迷惑だなんて言わないでしょ?」
「そんなの当たり前だろう!」
「そうだよ!友達だもん!」
「…っ!」
「良いか!?今度からはちゃんと言えよ!今度言わなかったら、コンラットの屋敷に入り浸って付いて何処にでも付いて行くからな!」
「何ですか…その脅しは…。でも、それは困りますね…。分かりました。今度からは、何かあったら言うようにします」
「絶対だからな!」
「はい」
バルドが念を押すようにして言えば、はにかみながらもようやく笑ってくれたコンラットに、僕等は安堵の表情を浮かべながら一緒に笑う。
「じゃあ、私は忙しいからもう行くわよ」
「えっ!?」
僕達の様子を見届けたからか、まるで自分の役目は終わったとでも言うように、僕達がお礼を言う間もなく去って行った。でも、その背中が何だか少し男らしくて、柄にもなく人混みの中に紛れて見えなくなるまで見送っていたら、横から静かな呟きが聞こえた。
「なんか、かっこいいなぁ…」
一緒にアリアの背を見送っていたバルドが、僕が思っていた事と同じ事を言ったけれど、その表情は何処かぼうっとしていて、何処か少し赤いように見えた。そんな様子に、コンラットがまさかと言うような顔で問い掛ける。
「バルド…顔が赤いですけど…まさか…」
「はあっ!?ち、違うからな!そんな意味で言ったんじゃないからな!!」
僕達の視線を受けて、バルドが慌てた様子で直ぐに否定するけれど、その慌てようが何だか逆に怪しい。そんなバルトに僕達が疑いの視線を向けていると、会場の中に王族の入場を知らせる音が鳴り響いた。
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