少し過ぎて
前とは少し違った騒がしい日々は、それだけで月日が過ぎるのを速く感じさた。そのせいか、気付けば徐々に寒い季節へと変わって来ており、毎年やってくる催し物が近付いていた。
「はぁ…またこの季節が来た…」
バルドが何とも憂鬱そうな顔を浮かべながら見ている数枚の手紙の中には、僕も見覚えがあるような物も混じっていた。
「ですが、去年よりは量が減ったような気がしますけど?」
「他にも新年祭なんかもあるんだから、これだけあったらもう十分だって…」
机に伏せるようにしなから両手に持った手紙を前へと伸ばし、気だるそうな視線を向けながら愚痴るバルドの手元をコンラットが覗き込むようにして言うえば、バルドは見上げるような視線を向けながら、力なさそうにそれに答えていた。
「僕はこれよりも少し多いから、バルドが少し羨ましい」
「あぁ、確かにお前は多そうだもんな」
「地方にいる分、王都に来たこの際に縁を結びたいんでしょうね」
「…そうみたい」
新年祭が近付いて来ると、地方にいる大勢の貴族が王都へとやってくるせいか、それぞれの屋敷でも小規模なパーティーが開催されるようになる。そのせいで、僕達に届く招待状の量も増えて行くけど、僕は父様達の選別が終わってから僕の手元に届くので、最初は数えられるくらいしかなかった。だけど、バルドは来た分をそのまま渡されていたから、大きめの勉強机の上いっぱいに乗った手紙の量を初めて見た時は凄く驚いた。でも、父様や兄様へと届く招待状の量を見て、上には上がいるんだという事を知った。
あまりに多く届く招待状に、父様達は中身を確認する事なくまずは封蝋の印で選別しているらしいけど、弾かれた手紙は読まないうえに返信もしないらしい。だけど、そんな事をして失礼にならないのかと聞いたら、向こうもあわよくばで送っているため、返信が来ると期待していないから大丈夫だと言っていた。そんな忙しい時間の中で、僕に届く招待状は一枚一枚確認しているんだから、2人はやっぱり過保護だと思うけれど、バルドのように自分でするのは横で見ていても無理だったから、もう少しの間だけは甘えていようと思う。
でも、毎年届く招待状にさすがの2人共辟易しているようで、兄様としては全部断ってしまいたいようだった。けれど、参加しないという選択肢が兄様の中にはないため、あの兄様でも気が沈み込んでいる時がある。
「兄様もこの時期になると嫌そうな顔してるよ」
「まぁ、あれだけ優良物件で結婚もしてなかったらそうだろうな」
ネアはさも当然のような顔で言うけれど、兄様の他にも結婚してない人はいると思いながら考えていたら、バルドのお兄さんであるブライトさんの顔を思い出した。
「そういえば、バルドのお兄さんはまだ結婚してないの?」
「えっ?あぁ、兄さんなら結婚はまだしてないけれど、ちゃんと婚約者はいるぞ」
そんな事を聞かれるとは思っていなかったからか、憂鬱そうだった顔に疑問符を浮かべながら答える。そんなバルドに、少しだけ踏み込んだ質問をしてみた。
「ブライトさんは何でまだ結婚してないの?」
「卒業してから騎士団に入ったは良いんだけど、入団当初に色々とあったらしくって結構速い段階で出世して団長職に就いたんだってよ。だから、それが落ち着いてからって先延ばしにしてたんだけど、今は母さんからは速く結婚しろって言われてるらしい。だけど、最近はあちこちに急に駆り出されるせいで、なかなかその時間が取れないんだってさ」
バルドの屋敷に行った時にとかに、メイドを除いてラザリア様以外の女性と会った事がない。年齢的に考えても不自然でもないし、騎士団の団長をしているくらいなら何も不自由なんてしまさそうだから、その理由が分からなくて訪ねたら、意外とあっさりとした答えが返って来た。
「ふ~ん、何だか大変だね…って…なに…?」
「いや…何でもない…」
「?」
遠征もあるのに急に駆り出されたり騎士団は大変そうだなと僕が思っていると、ネアが驚いたような顔で僕の事を見ていた。なので、何でそんな目で見ているのか問い掛けたら、何故か視線を逸らすと同時に言葉を濁された。バルドもそんなネアに不思議そうな目を向けながら、何かを思い出してそれを愚痴かのように言葉を溢す。
「まぁ、そこは仕事だから仕方ない部分もあるんだろうけどさ。結婚式を上げてないから婚約者と不仲なのかと勝手に勘違いして、毎日のように騎士団に押し掛けて来てはアプローチしてくる迷惑な女がいたらしいんだよ」
「あの方なら好意を持つ女性は大勢いそうですからね」
「別にそれが初めてって訳でもなかったから、兄さんも最初はやんわり断っていたみたいなんだけど、訓練の邪魔にもなって来たから相手の事を詳しく調べてみたんだってさ。そしたら、なんか既に婚約者がいた人だったみたいでさ」
「婚約者がいるのにそんな事したの?」
「そうらしいぞ。俺はその時に屋敷にいなかったから兄貴に聞いただけだけど、その件で向こうの家に抗議文を出したら、その両親が泣きながら情で訴えて来たうえに何故か相手方の婚約者まで責任取れって出て来て大変だったらしいぞ。まぁ、母さんが言うにはより条件が良い相手に乗り換えようとしたみたいだけど、そんな理由で選り好みにするなんて両方に失礼だと思わないか?」
「私は…選り好み出来る立場ではないですから…」
バルドが少し不機嫌さを滲ませながらコンラッドへと話しを振れば、自分にはまるで縁がない話しのような態度で答える。すると、バルドは気合を入れるかのように力強い声を上げる。
「そんな弱気でどうするんだよ!恋愛は戦いなんだぞ!」
「そうなの?」
極端とも言える発言をするバルドに僕が問い掛ければ、バルドも少し疑問には思っていたのか、動きを止めて少し考えるような仕草をした。
「でも、母さんは恋愛で遠慮なんかしたら駄目だって言ってたぞ?嘘と誤魔化しは大事な時間を無駄にするだけだから、やるだけやってケジメを付けた方が良いってさ」
「でも、それをされた相手方はどう思ったんだろうね?」
婚約者を取り戻すように動いたなら分かるけど、逆に後押しするような発言をしたとらしい相手方の婚約者がいったい何を思ってそんな事を言ったのかが分からず、内心で首を傾げていると横から何とも冷めきったような声が聞こえてきた。
「別に何とも思ってないんじゃないか?婚約破棄ともなれば、両方から大量の慰謝料が貰えるだろうし、例え別な奴の所に嫁いだとはいえ、高位貴族の伴侶が自分の元婚約者となれば、多少なりとも自身の箔付けになるだろうからな」
「それてなんか汚いね…」
「そういう大人にはなりたくないな…」
「貴方達は狙う方ではなく、狙われる方だと思いますけどね…」
ネアの言葉に僕達が怪訝な顔を浮かべながら話していたら、コンラットがボソリと呟くように言った。だけど、その言葉を聞いたバルドが、それを否定するように首を左右に軽く振る。
「それはないだろう?前に招待されたパーティーで相手するのが面倒臭くて適当に相槌打ってたら、段々と不機嫌そうな顔になって直ぐにいなくなったし、その後はそこに招待状されなくなったからな。まぁ、俺的にその方が助かるから良いんだけどな!」
それで良いのかなと思わなくもないけれど、全く動じた様子もなく招待状が前よりも少なくなった理由をあけらかんとしていて話す姿は、本当に嬉しそうな気配を漂わせていた。
「お前…そんなんで良いのか…?」
「だって、俺は三男だしな!」
ネアの忠告めいたような言葉にも笑って返しており、貴族としても比較的自由な立場にいるバルドは、本当に気にしていないようだった。そんなバルドの様子に、言ったネアの方が面喰らって戸惑っているようだった。
「まぁ…程々にしておけよ…」
「おぅ!」
他に言葉が思い付かなかったのか、ネアが曖昧に言葉を濁しながら言えば、それに何も考えなさそうに返事を返していた。
「じゃあ、また明日な!」
「うん、またね」
学院が終わり、珍しく2人だけで門の所で別れの挨拶をすると、帰るバルドの背を見送ってから僕も馬車へと乗り込む。コンラットは、来賓などの対応が追い付かなくて忙しいみたいだし、ネアも僕達が紹介状で忙しいように商会が忙しいらしく、今日も口惜しそうな様子で学院が終わると手伝いのためか一足速く帰っていた。だけど、僕は父様達が準備してくれるため、僕自身でする事なんて殆んどない。
「今日も兄様の様子でも見てこようかな…」
バルドと同様に暇を持て余している僕は、屋敷へと戻ると今日も朝から仕事をしているだろう兄様の様子を見に行く事にした。
あの夕食の席の後、兄様はまるで全てを水に流したように、父様の前でも平然そうとした様子を振る舞っていた。でも、夕食の最中に父様へと不満そうな視線を時折向けいる事もあり、本心では納得してはいないようだった。
「兄様?いる?」
「どうした?」
書類からあまり顔を上げる事なく兄様は僕へと返事を返すと、直ぐに下へと視線を戻してしまった。ここ最近、僕がやって来る事に慣れてしまって釣れない態度を取るそんな兄様に近付くと、僕は昨日と同じような質問をまた口にする。
「今日も朝から仕事してるの?」
「あぁ、私はまだ足りないようだからな」
父様を見返すように連日で仕事漬けになっている兄様だけど、僕から見たらもう十分過ぎる程だと思う。だけど、兄様は未だ自分の事を不十分だと思っているようで、それが原因だと思っているようだった。
「あまり無理しないでね…?」
「あぁ」
兄様が少し頑張り過ぎているような気がして僕が声を掛けても、相変わらす単調な返事しか返って来なかった。父様は、何でこんなに頑張っている兄様を何で認めてくれないのか、僕には全く理解できなかった。
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