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揚げ足


「それで、必死な顔して宿題してたのよ」


今日あった出来事を面白可笑しく話すティに、母様は昔の事でも思い出すように相槌を打つながら答える。


「私も宿題がなかなか終わらなくて苦労した事があるから、私も何だが他人事には思えないわね」


「エレナもそうだったの?」


「苦手な科目とかだとつい後回しになったりしてしまって、なかなか終わらないのよね」


「ふ~ん、宿題ってそんなものなのね」


「……」


母様の話しを静かに聞いている父様だったけれど、そういう話しは僕から直接話しが聞きたかったのか、その顔は少し苦いような顔をしていた。でも、自分の話題出ているわけじゃないからなのか、そこに割って入る様子もなかった。静かに話しを聞いていた。そんな父様に、母様は話題を振るように話し掛ける。


「でも、アルは宿題とかそういった事を忘れるような事はなさそうよね」


「エレナ。こういう奴に限って、意外と宿題とかやってなかったりするものよ!」


「そうだな。やった記憶がないな」


「ほらね…って!嘘でしょ!!?」


冗談で言った事に、まさかの肯定が返ってくるとは思っていなかったようで、物凄く驚いたような顔を浮かべていた。母様も声が出ないようだったけれど、僕もそれに負けないくらい驚いた顔をしていたと思う。兄様でさえも、食事の手を止めて信じられないような事を聞いたような顔をしていた。


「ち、ちちうえ…それは……その……」


言葉を必死に探しながら絞り出すような声を上げるけれど、それ以上言葉が続かないようで、その声も途中で途切れてしまった。部屋の中に、何処となく腫れ物に触るような空気が流れるけれど、父様は何故そのような空気になるのか分かっていなさそうだった。


「アンタ!人には約束事や決まりを守れって言うくせに、自分だって宿題も満足に出来てなかったんじゃない!!」


兄様でさえはっきりと言えなかった事を平然と大声で言うティに、嫌な緊張感のような物が漂う。


何とも気まずい空気が流れる中、父様も何処となくその空気に気付いているようだけど、何故、そこまで深刻な空気になっているのかまでは分かっていない様子だった。だが、見当が付かない事より、今はティへの対応を優先する事にしたようだった。


「お前が何を勘違いしているか知らないが、私は免除されていてなかっただけだ」


「免除?」


「当時から家の仕事で忙しかった事を考慮してくれたのもあるかもしれないが、授業で講師の間違いを指摘したり、授業内容の改善書などを提出していたら、講師を務める者達から君には教える事が何もないと言われてしまってな。だが、私だけではなく、レクスも免除されていたはずだ。まぁ、ベルンハルトは学院側からの提案を断っていたようだがな」


「それなら、やっぱりズルしれるんじゃない!」


「何も不正をしたわけではない。そもそも、宿題とは不足分を補うための物なのだから、その必要がある者だけが受ければ良い物だろう。だからこそ、オルフェにも必要ないと思ったのだが、自分がやらないと勉強をしない人間がいると言われてしまってな」


「確かに、そのような事を言われましたね」


父様の話しを聞いて少し勘違いしていた事に気付いた兄様が、昔の記憶を掘り起こすようにして言うけれど、僕はそんな事を言われた事がない。だから、僕には必要だと遠回しに言われているようで、少し不満気な目でじっと父様の事を見ていると、それに気付いた父様がまるで言い訳でもするかのように若干言葉を濁す。


「しかし、リュカ達の様子を見ていると、今となっては必要な物だったかもしれないとは思っている」


過去を少しだけ悔やむように言う父様を前に、部屋の中にはさっきまでとは違って穏やかな空気が漂う。けれど、やっぱり空気の読めない声が上がる。


「ようは人の揚げ足取りして、面倒臭がられただけでしょ?」


「何故…そうなる…?」


人の話しを全く聞いていなかったかのような事を言うティに、父様は何処か脱力したような声を上げるも、もう既に似たようなやり取りを何度かして慣れきってしまったかのような態度を見せる。そんな中、少しでも話題を変えるためなのか、今何かを思い出したかのように僕へと話題を振った。


「そういえば、リュカ。今週の週末なんだが、少し時間を取れるかな?」


「僕は取れるけれど、父様の仕事は大丈夫なの?」


みんなに一言声を掛ける必要はだろうけど、学院が休みの日なら僕は何時でも時間を取れる。だからこそ、忙しい父様へと一番心配な事を尋ねる。


「思いのほか速く事が片付いたようでな。少し急だが、会わせたい…」


「アンタ!また仕事をサボる気!!」


自分の事を軽く無視されたのが気に食わないのか、何か言おうとしていた父様にティの横槍が入った。すると、僕との会話が遮られたからなのか、父様の声に少しだけ不機嫌さが滲む。


「藪から棒に何だ…。そもそも、お前にまたと言われる筋もないのだが?」


「ふんっ!私はアンタが仕事を休んでばっかりで心配だって言う話しをちゃんとエレナから聞いてるのよ!」


「ティ!」


「へっ?あっっ!!」


内緒話をうっかり話してしまったかのようなティの反応に、母様は何処となく気まずそうに視線を逸らしながらも、横目でチラチラと父様の様子を伺い、意を決したように父様へと躊躇いがちに口を開く。


「あ、あのね…アルが仕事をしていないとは思っているわけじゃないのよ…。ただ、私達の都合ばかり優先して、アルの立場が悪くなるんじゃないかと思って…」


無理して付き合わせていないかと、僕がかろうじて聞き取れるようなか細い声で母様が言うと、父様はそんな心配をさせていた自分の落ち度を攻めるかのように少し頭を抱えるような仕草をした後、父様は静かに口を開いた。


「私を蹴り落として宰相の座に付きたい人間は腐る程いるから、真面目にやっていた所で難癖を付けて来る人間はいるんだ。それに、最初から難癖を付けやすい場所を作っておけば、それに対する対応策を練っておけば良いだけだから、対処も楽なんだよ。まぁ、簡単に言ってしまえば、多少遊び心があった方が何かと都合が良いと言う事だから、私の方が皆を付き合わせてしまっているんだよ」


「アル…」


母様が小さく父様の名を呼べば、母様を安心させるような柔らかい笑みを浮かべる父様だったけれど、その空気に水を差すような声が2人の間から上がる。


「私、アンタの遊び心に付き合う気ないんだけど?」


「お前には言ってない…」


「それに、やっぱり揚げ足取りが好きなだけなんじゃない」


「だから…」


ティの茶化すような言葉に、少し良い雰囲気になりそうだった空気が消えてしまい、何とも言えない空気が流れる。そんな空気に、父様は二の句が付けないように力なく項垂れ、何処か説明を諦めたような様子でため息混じりに元の話題へと戻す。


「はぁ…とにかく、今回は途中で呼び戻されないよう、レクスからも正式に許可を取っているから、お前はもう口出しするな」


「ふ~ん。それなら、まどろっこしい言い方なんてしないで、最初からそう言いなさいよね。全く遠回しで紛らわしいわね!」


「……」


まるで父様の落ち度とでも言うようなティの物言いに少し苛立ちを感じはしても、まるでそれに怒っては負けとでも言うように、父様は無に徹したような張り付けた笑みだけを浮かべていた。



「それで、その日は何の用事かは知らないのか?」


「うん、もう一度聞けるような雰囲気でもなかったから」


「そっか。でも、予定が出来たならしょうがないよな」


「そうですね。それなら、今回は私達だけで集まりましょう?バルドの所でやれば、わざわざ課題を運ぶ手間が省けるでしょうし」


「いや!その日は母さんが屋敷にいるから、コンラットの所でしようぜ!」


「良いですけど、いたら駄目な理由でもあるんですか?」


「ないけどさ!ほら!何となくだよ!何となく!!」


「「……」」


慌てたように言われると、何かあるんじゃないかと勘ぐりそうになる。だけど、みんなに昨日あった事を話ながら今週は遊べない事を伝えると、2人は多少残念がりはしても、すんなりと承諾してくれた。一人を除いては。


「その日、俺だけリュカの屋敷に行くのは駄目なのか?」


「リュカは予定があるって言ってるんだから、行った所で意味なんてないだろう?」


「俺はルイにさえ会えれば、別に本人がいなくても構わないんだが?」


「せめてそれは、本人の前で言ってやるなよ…」


ネアが僕の屋敷に来たがる目的は分かりきってはいたけれど、悲しくなるからバルドの言う通りもう少しそこは隠して欲しいと思った。

お読み下さりありがとうございます

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