何時もと違う朝
「学院なんて無理して行く必要もないんだから、今日は休んだら良いんじゃないか?」
「ううん…大丈夫…」
父様から優しい言葉を掛けられ頷きそうになるけれど、ずっと学院を休むわけにはいかない。だから、僕は甘えそうになるその気持ちをぐっと堪え首を横に振る。
みんなと一緒に過ごしていると、残り少なかった休みなんてあっという間で、とうとう登校日になってしまった。
登校日が近付くにつれて元気がなくなる僕の様子を見て、父様達は僕の具合が悪いと思っていると思っているようだった。けれど、いるかも分からない幽霊が怖いからだなんて、さすがの父様達に素直に言えるわけはなく、僕は憂うつな顔のまま、父様達から心配そうに顔で見送られながら馬車へと乗り込んだ。
学院に着いた僕は、何とか気を取り治して僕は何時もと同じように学院へと登校し教室の扉を開ける。すると、そこには何時もと様子が違う人物が待っていた。
「ルイは?」
「や、屋敷で留守番してるけど…」
「そうか…」
教室に入るなり迫り来るように聞いて来たネアに、僕が思わず一歩後退りしながら答えれば、その答えに露骨にがっかりした様子で項垂れる。ただ、普段落ち込んだ様子など見せないネアが僕の一言でそんな姿を見せたから、僕から何を言われたのかと、クラスの視線が僕へと集まり始めていた。
「ネア、あんまりリュカに無理言うなよ。召喚獣は学院には連れて来られのは知ってるだろ?」
意図してなのかは分からないけれど、バルドが大声でそう言ってくれたおかげで、僕に向いていたクラスの興味深そうな視線が散り、その事で僕も落ち着いて席に付く事が出来そうだった。でも、突拍子もないネアの言動のおかげで、少しだけ憂鬱だった気が少しだけ紛れた。
「そんなもの、召喚獣と言う事にすれば良いだろう」
「紋もないですし、直ぐにバレるかと…」
「そもそも、まだ連れて来られないって言ってたのはネアだろ?」
「チッ、何でそんなルールが出来たんだ…」
「いや…それも自分で言ってただろう…」
「それに、どっちみち無理ですから…」
真剣な顔で考え込みながら舌打ちするネアに、2人がどうしようもない者でも見るような視線を向けていた。僕はそんなやり取りをしているみんなを眺めながら席へと座れば、そんな僕達に声を掛けてくる人物がいた。
「相変わらず煩い連中ね」
「何だよ?」
突然話し掛けて来たアリアに、何処となく警戒心を滲ませながらバルドが答えれば、それを鼻で笑うような不敵な笑みを浮かべる。
「そんな嫌そうな顔しなくても、今はただ宣戦布告に来ただけよ!」
「宣戦布告?」
「そうよ!今度は絶対に剣で貴方に勝つから!」
「あーっ、はいはい」
「何その態度!私が勝てないとでも思っているの!?貴方は知らないでしょうけど、この休み期間も腕を磨いていたのよ!!」
「い、いや!今のは別に馬鹿にしているわけじゃなくてだな!何と言うか、そういう対応が癖になり掛けていたというか!!なっ!?」
なっと、僕達に同意を求めるように言われても、それに同意して良いのか分からない。おそらく、ティにしていた反応が咄嗟に出てしまったんだろうけれど、此処でティの話しをするわけにも行かず僕達が揃って黙っていると、バルドは一層慌て出した。
「いや!本当に向こう見ずで騒がしい奴と一緒にいる時間が長かったからであって、悪気とかは全くないんだって!!」
「へぇー、私の事向こう見ずで騒がしい奴って見てたんだ…」
「だから、違うくてだな!!」
「ふんっ!今に見てなさい!アンタなんて、地面に叩きのめしてやるんだから!!」
「えっ…!!ま、待ってって!!」
バルドの言葉にアリアは完全に馬鹿にされていると思ったのか、物凄く怒ったような顔になって、淑女らしからぬ様子で帰って行く。そんなアリアの背を前に、バルドは慌てたように呼び止めるけれど、アリアはそれに振り返る事はなく、そのまま自分が座っている席へと戻って行った。
「バルド、あの言い方は不味かったですよ…」
「後で、ちゃんと謝りに行った方が良いんじゃない…」
「わ、分かってるって…」
「謝るなら速いほうが良いぞ。あまり遅くなると、クラスの女性陣全員が敵になっている可能性もあるからな」
「ま、まさかぁ…」
まるで経験談のように話しているネアの言葉に、バルドは冗談だろとでも言うような笑みを浮かべるけれど、そっと周りに視線を向けて見ると、それを頷けるようにアリアと親しい子からはもう既に厳しい目を向けられていた。そんな様子に、バルドは無言のまま頭を抱えて項垂れるけれど、そんなバルドにネアはさらなる追い打ちを掛ける。
「だけど、アイツとお前って意外と合いそうではあるよな」
「何だよ!急に恐ろしい事言うなよ!!」
ネア達の言葉に慄くように反応するバルドだったけど、極めて冷静な声だけが返って来る。
「いや、アイツなら無鉄砲なお前に付いて行けて、必要ならお前の行動を止めれるだろうと思ってな」
「確かに、実技の授業とかでも剣の相手も務まるくらいですからね」
「止めろって!!今まで聞いたどんな怪談話しより怖いぞ!!」
ネアに便乗するようにコンラットも不穏な事を言い始めたからか、バルドは必死になってそれを拒絶する。だけど、言われてみたら2人の言う通り、意外とお似合いなのかもしれない。それに、ティと一緒にいたおかげなのか、前に会話した時よりもアリアに対する苦手意識なども減っていたような気がする。
「アイツの話しなんてしないで、もっと別な話ししようぜ!!なっ!?」
アリアの話しをされるのが余っ程嫌だったのか、女子達の視線を避けるようにしながら別な話題を探そうと、バルドがクラスの中を見渡して話題に出来そうな物を探し出し、これ見よがしに指を指す。
「や、やっぱり、今頃宿題やっている奴もいるな!」
「いるよなって、貴方だって最初の年は同じような事していたでしょう…」
「今は違うんだから、それは別に良いだろう!」
クラスの片隅で必死に宿題をやっている子が2,3人おり、何時かバルドを彷彿とさせるけれど、旅行に行く前に宿題を終わらせているせいか、今回のバルドは凄く余裕そうだ。だけど、バルドが宿題の話しをしたせいで、一番大変だった宿題の事を思い出してしまった。
「でも、書き写しの宿題だけは意外と大変だったよね」
「そうですね。書き写すだけとはいえ、複雑な物もありましたからね。ですが、今のうちから魔方陣に慣れ親しんでおくと言う点では、良い宿題だったかもしれませんよ」
「へっ?そんな物あったか?」
僕がコンラットと話していると素っ頓狂な声が響き、その声に少し驚きながらも僕は返事を返す。
「ちゃんとあったよ?」
「俺…お前らと一緒にやった記憶ないんだけど…」
「後は書き写すだけ宿題だから、後は1人で大丈夫だと言っていたじゃないですか…」
「あっ…!!」
「まさか…やってないなんて言わないですよね…」
「……」
宿題を終わらせる事が旅行に行って良い条件の一つになっているバルドは、何とも顔色が悪そうな顔で、コンラットの言葉に黙り込む。
「う、移すだけなら、今からやれば終わるはず!!」
「さすがに直ぐには終わらないと思うよ…」
「後30分しかありませんからね…」
時計を見ると、朝の点呼の時間まであと僅かしかなかった。他の先生なら多少遅れて来るような事もあるかもしれないけれど、時間に正確なリータス先生が遅れて来るとはとても思えない。
「ちゃんとその日のうちに終わらせないからですよ…」
「俺の中では終わってたんだよ!!」
「ある意味終わったけどな」
「勝手に終わらせるなよ!」
バルドは慌てた様子でカバンからノートを取り出すと、リータス先生が来るまで終わらせようと、必死になってペンを走らせる。僕達が見ている前で、バルドは途中を省略して書いたりして誤魔化しながら、形だけは終わらせる事には成功したようだった。けれど、厳しいリータス先生がそれで誤魔化されるわけもなく、簡単にやって来ていなかった事に気気付かれていた。
次の日にの朝、バルドはラザリア様が一番怖いと教室で震えながら言っていた。
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