本物
「今回は大したおもてなしも出来なくてごめんなさいね~。もっと速く知っていれば色々と準備も出来たんだけど、今度は何時来ても良いようにちゃんと準備しておくわね~?」
「そんな物は不要だ。もう此処に来る事などない」
「ちょっとアル!」
王都へと帰る僕達を見送るため、わざわざ外まで出て来てくれたお姉さんに、父様は辛辣とも言えるような言葉で返事を返していた。そんな態度を取る父様に、母様は未だに何処か戸惑ったような様子で静止の声を上げるけれど、言われた方のお姉さんは相変わらず動じた様子もなく、その言葉にむしろ笑みを深くしていた。
「エレナ。別に何時もの事だから気にしなくても良いわよ~。それとティ〜?もし、虐められるような事があったら、直ぐに帰って来て私に詳細を教えてね~?」
「私が、そんな下らない事をする理由がないだろう…」
「あら~?虐められたかの定義は、その相手が判断する事でしょう~?だから、怖い貴方が目の前にいるってだけで、虐められてるって感じる人だっているでしょう~?」
「……」
呆れたような声を出した父様に、お姉さんは父様の存在事態がまるで恐怖の象徴でもあるかのように言う。そんな酷い事を言われたからなのか、父様は何も言わず無表情な顔でお姉さんへと視線を向けつつ、ただその場に立ちすくんでいた。そんな微妙な空気が漂う中、誰よりも先に声を上げたのは、やっぱりとも言える人物だった。
「シェリアは考えすぎよ!こんな奴を怖がるような奴なんているわけないわ!まぁあ、もしそんな奴がいたとしても、私が逆にやり返してコイツを泣かせてやるから心配しないで!」
自信ありげに胸を張っているけれど、父様を前にして一番泣いているのは、たぶん言っている本人だと思う。だけど、それでも父様の事を怖がる事もないんだから、やっぱりお姉さんの言葉は悪い冗談過ぎる。
その後、何となく不満を内に抱えながらも、簡単な挨拶をしてお姉さんに見送られた僕達は、1人と1匹が増えて、馬車の中は来た時以上に賑やかな声が響く。
「へぇー!町の中って、思ったよりも人がいるのね!ねぇ!?あの店は何の店!?」
「そんなに騒いでいると、町の人に見つかりますよ!」
「私だってそれくらい分かってるから大丈夫よ!!」
騒ぎ過ぎて見つかりそうになっているティにコンラットが注意すれば、分かってると返事が返ってくるけれど、全く興奮を押さえられないようで、馬車から見える町の様子を見ては、興味津々な様子で見せていた。
「だけど、今回の旅行は特に何もなく、無事に終わって良かったよな!」
「無事にと言うのは、どうか疑問は残りますけどね…。それに、問題を起こしそうな人がまた増えましたし…」
コンラットは無言で窓の方へと視線を向けるけど、外に夢中になっているティは、その視線に気付いていないようだった。
「でも、父様と約束もしていたから、そこは大丈夫じゃないかな?」
「素直に聞くと思いますか?現に、全く凝りない人だっているじゃないですか」
「あぁ、確かにそういう奴っているよな。何で凝りないんだろうな?」
「……」
バルドは納得したように頷いているけれど、隣にいるコンラットは静かに冷ややかな視線を向けていた。
「ん?どうしたんだ?」
「いえ、何でもないです」
「?」
自分も問題児の1人だと言われているのに気付いていないバルドは、コンラットから向けられている視線の意味が分からず疑問を口にする。けれど、コンラットからは少し拗ねたようにしてそっぽを向かれて、なおさら分からなそうに首を傾げていた。
「それにしても、あの森にいた人は誰だったんだろうね?」
「リュカ達の事も知っていそうだったけど、リュカは知らないんだよな?」
「うん」
ルイじゃないけれど、あれだけ怪しげな人物だったら僕だって忘れないと思う。拗ねているコンラットの変わりに僕へと話し掛けて来たバルドへと返事を返していれば、コンラットもその事は気になっていたようで、少し考えるような仕草をしながら口を開いた。
「地位が高い分、逆恨みもされやすいと言う事なんですかね?」
「でも、親父さん達に何も言われなかったんだろ?普通だったら気を付けろとか何か言うだろうから、それは違うじゃないか?」
「そう…ですね…」
あの男の事などを僕が父様に聞いても、頭のおかしい人間は何処にでもいるから無視するようにしか言われなかった。それに、警備隊にあの男が連行された後も、イグニスは未だにあの場所に待機したままらしいと言うのに驚いて、兄様に大丈夫なのかと問い掛けても、返って来た言葉は、そんな簡単には死なないから平気だと言う言葉だけだった。
「それなら、人攫いのたぐいでしょうか?銀髪はこの国でも珍しい髪色ですし、他国にも容姿が知れ渡っていますからね」
「確かに、俺達みたいにありふれた色なら誤魔化せそうだよな。だけど、警備隊に連行されたなら、もう心配はないだろう」
「うーん?ネアはどう思う?」
「さぁな」
いったい何がしたかったのか最後まで分からなかったけど、それでも何か理由がありそうな気がして、何気に色んな事を知っているネアに尋ねてみた。けれど、ネアからは素っ気ない返事しか返って来ない。そんなネアに、僕達の話しを興味もなさそうに無視していたティが、チラリとこちらに視線を向けながら、心底不思議そうに問い掛ける。
「それにしても、アンタ。こんなにガタガタ揺れて乗り心地も悪いのに、よく同じ姿勢で座ってられるわね?」
お尻が痛くならないよう姿勢を変えながら座っていた僕達だったけれど、ルイを膝に乗せているネアだけは、ルイの寝心地を維持するかのように、微動だにする事もせずに座り続けていた。
「寝心地が悪いと言われて、他の所に行かれたら嫌だ」
寝ているルイの邪魔にならないようになのか、撫でたそうにしながらも撫でる様子もなく、ただ緩みきった顔でただルイの顔を眺めていた。そんな姿のネアしか見ていないからか、ティの視線は残念過ぎる者を見るような目になっていた。
「ねぇ?アイツって見た目は悪くないくせに、変わり者過ぎない?」
「何時もはもっと普通なんですけどね…」
「猫の事になると使い物にならなくなる事は、今回の事でよく分かったから、もう放っておこうぜ…」
「そうだね…」
普段の様子を知らないティだけは未だに納得がいっていないような顔をしていたけれど、下手に邪魔したらネアからの恨みを買いそうなのもあって、僕達はもうそっとして置く事にした。
「よく分かんないけど、あれがアイツの普通って事なのね?でも、人間なんて変わり者しかいないか」
「あの…その納得の仕方は少しどうなのかと…」
「?」
ティの妙な納得の仕方に、コンラットが納得できなさそうな顔で反論するけれど、ティは不思議そうな顔を浮かべるだけだった。だけど、考えても答えなんか分からないと開き直ったかのように、今度は不満をぶつけて来た。
「それより、この揺れって何とかならないの?落ち着いて外も見れなかったんだけど?」
さっきまで気にした様子も見せずに外ばかりを見ていたのに、町の外に出て見える景色が退屈になったのか、途端に馬車の揺れに付いて文句を言って来た。
「文句言うなら、後から1人で道でも使って来れば良かったんじゃないのか?」
「はぁっ!?私がそんな勿体ない事するわけないでしょう!森の外なんて滅多に見れないのよ!!」
バルドが珍しく正論を言えば、ティからは猛然とした抗議が返って来た。だけど、そんなティにももう慣れて来ていた僕は、その態度を特に気にする事もなく疑問を返す。
「やっぱり、普段は森の外とかには出掛けたりしないの?」
「別にそんな事もないわよ。森にある道はあちこちに繋がってるから、長年の遊び場とかもあるし。それに、面白そうな物を見つけた時は、ちょっと貸して貰ったりとかね。でも、たまに話し声とかに気付いて森まで付いて来る奴とかがいるのは困るのよね」
「付いてくるとか言う前に、黙って持ち出すのはただの窃盗ですよ…」
「失礼ね!ちょっと借りるだけよ!その証拠に飽きたら返してるし!!」
「はい、はい。それで、遊びって具体的に何してるんだよ?」
苦言を呈する言葉にも素直に頷かないティに、バルドが投げやり気味に先を促せば、ティはが意表でも突かれたかのようにキョトンとした顔をする。
「えっ?昼間は人間の子供が多くいるから、人目を避けて夜とかにピアノで遊んだり、わざと置き場所を変えてからかったりとかかしら?」
何となく何処かで聞いた事があるような話しに僕が首を傾げていると、コンラット達もその話しを聞いた事があるのか、何とも微妙そうな顔で眉を寄せていた。
「私の思い過ごしなら良いんですけど…その遊びにしているという場所の名前を聞いても良いですか?」
「名前?確か学院って言ってるのは聞いた事があるけど、それがどうかしたの?」
ティが何でそんな事を聞くのかとでも言いそうな不思議そうな顔で問い返せば、コンラットはやっぱりと言った顔で項垂れており、バルドに至っては何だか面白くなさそうに不貞腐れているようにも見えた。
「学院で囁かれていたあの時の怪談は、幽霊の仕業じゃなくただコイツ等の悪戯だったってわけだな」
今まで全く会話に参加していなかったネアが突然会話に混ざって来たのにも驚いたけど、その言った一言で、前にやった肝試しを思い出して少しだけ身構える。だけど、2人の反応は少しだけ違った。
「まぁ、現実なんてそんなものですよね…。でも、原因が分かっただけでも良いんじゃないんですか?」
「そうだけどよ…」
少しがっかりしたようなコンラットの言葉を聞いても、バルドは何処かまだ納得出来なさそうな顔をしていた。あの時、みんなと一緒に確かめに行って何もない事は分かってはいたけれど、学院で囁かれていた怪談話しがティ達が原因だったと知って、僕としてはホッとした。だけど、それでいて何だか僕も少しがっかりしたような複雑な気持ちになった。
「それでは、私が聞いた鏡の話しとかも妖精達の仕業なんですね?」
「鏡?」
「別の世界に連れて行かれるって話しです」
「そんなの知らないわよ?」
「えっ…?」
「だって、割ったら面倒くさいから、鏡の近くになんて行かないもの」
あまりにもけろりとした顔で言うティに、コンラットが恐る恐るといった様子で声を掛ける。
「そこに、ティが言う道が出来たとかではないんですか…?」
「それはないわよ。あそこは人が多くいる場所から道が出来ただけだから、出来たとしても私達が使っている道だけよ。それに、最近も行って色々と見て回ったりしたけど、そんな魔力の流れなんて感じなったし」
「えっと…噂では生徒が1人帰って来てないとの話し何ですけど…?」
「だったら、なおさら私達じゃないわよ。人間なんて居られても迷惑だから、さっさと追い返してるもの」
「「「……」」」
夏の日差しで暑いはずの馬車の中で、何処か薄ら寒いものを感じて揃って黙り込んでいると、興味なさそうに黙って聞いていたネアが呟くように言った。
「ちゃんと本物もあったようで良かったな」
「「「良くない!!」」」
何処かからかうような声で言うネアに、僕達は声を揃って否定の言葉を口にする。
「なぁ…?場所って分かるか…?」
「場所まではちょっと…」
「……」
2人でさえも何処か怖がっているのに、ただでさえ怖い話しが苦手な僕が耐えられるわけがない。もうすぐ夏休みが終わるだけでも憂鬱なのに、本物がいるかもしれない場所に行くなんて行けるか自信がない。ティのせいで、夏休み明けに学院に行くのがさらに憂鬱になった。
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