番外編 森で (カレン視点)
夜も更けた仄暗い森の木々の間から、焚き火がほのかに見え隠れしていた。
その火は、側に座る1人の人影を頼りなさげに映し出しており、その光に呼ばれるように、その影に密かに忍び寄る影が複数。だが、その人物はそれに気付いていないのか、背を向けたまま微動だにする様子もない。
その事に気を良くしたかのように、緑色の身体に棍棒を持った醜い異形の姿をしたゴブリンが、徐々に距離を詰めるようにして近付いて行く。集団で1人に襲い掛かる機会を伺っていた者達は、獲物への狙いを定め終わったのか、人影へといっせいに襲い掛かる。
たが、その影はそれを待っていたかのように腰に指していた剣を振り向き様に一線。すると、紙でも切るかのように何の抵抗もなく、異形の身体が上下2つに切り裂かられ、傷からは大量の血が噴き出る。
だが、知能が低い魔物ほど数が多くて引き際を知らないようで、仲間が無惨に殺られたというのに、全く怯む様子もなく相手へと向かって行く様は、もはや無謀としか良いようがない。
それらがようやく負けを悟って引く頃には、地面は死体と血に汚れきっていた。
「あぁーー!!もうイヤ!!布団でゆっくり眠りたいし、お風呂入りたい!!野宿したくなーい!!」
胸に貯まった不満を吐き出すように声を上げるが、幾ら大声で不満を叫んでみても、それで何かが変わるわけでもなく、誰もいない森の中では、その声はただ虚しく響くだけだった。
幾ら返り血などで汚れないように気を付けていたとしても、完全に全てを防ぐ事など出来るわけもなく、最近は町などにも満足に寄れずに野宿ばかりしている。だから、どうしたって色々と汚れて来るのは当然で、例え他の冒険者と比べれば身綺麗な方だとしても、女としては由々しき問題である。
「はぁ…」
ため息混じりに辺りを見渡せば、魔物の中でも汚い事で有名なだけに、血の匂いとは別の匂いが鼻を突き、思わず顔をしかめる。
広範囲では片付けるのが面倒だったため、至近距離まで引き付けたが、こうも悪習が漂っていると、服にまで匂いが移りそうで嫌になる。そんな時、遠くの方で獣の鳴き声が微かに聞こえた。
「速く片付けて、此処を離れた方が良さそうね」
血の匂いを嗅ぎ取られた以上、声の主がこちらへとやって来るのは時間の問題だ。力の差も分からない低級の魔物に負ける事などないけれど、進んで無駄な戦いをしたいとも思わない。なにより、これ以上汚れるような事はしたくない。
この場所にこれ以上留まり続けるのは得策ではないと判断した私は、得意の火魔法を放ち死体と血を焼く。すると今度は、肉が焦げた臭いが辺りを漂い始めた。
森に引火させずに目的の物だけを燃やす事は出来るけれど、それがあの国の連中に嫌疑を掛けられる理由になっていると思うと素直に誇れない。対象が燃え尽きるのを待つ間、後を付けられないように出来るだけ自身の痕跡を消しながら、私は側にあった荷物を纏めて行く。
「とりあえず、こんなものかしら?」
やり残した事がないか周囲を確認し終わると、私は行く宛もないまま歩き始める。どうせなら宿がある町などに行きたいけれど、この付近で泊まれそうな宿がある町は一つしかない。
「はぁ…町には行きたいけれど、彼女には見つかりたくないのよね…」
アルとはまた違った意味で、何を考えているのかが分からない人物の顔を思い出しながら、再びため息が口から溢れ落ちる。パーティーやそれこそ茶会では何度か会った事はあるけれど、多少歳も離れていたから自分から関わろうとしなければ、話す機会など殆んどなかった。それに、深入りするのは得策ではない気がした。それはラザリアも同様で、苦手というか嫌っているような節があった。だからこそ、隠れ場所としてしようする場所も此処だけは避けて来た。
「だけど…この流れに逆らったらもっと悲惨な結末が待っているような気がするし…」
もう少し知能とか思慮深さが欲しかったと、ないもの強請りをしながら結局此処までずるずるとやって来てしまった事を後悔する。昔から感は良いと言われ、今も意図的に誰かに追い込まれている事に気付いても、それが自分に取っての良い事に繋がりるとは限らない。
今回も影で何かしているような雰囲気があったから、兄を含めてあの男にも報告はしたけれど、そのせいでこの結果になっているような気がする。だけど、それが分かったとしても、その事を報告しないという選択肢がないから、私ばかりの損が大きいと思う。
「はぁ…」
何度目か分からないため息を付きながら、私は暗い森の中を歩き続けるため足を動かし続けた。
日が昇り始め朝日が差し込んで来ると、夜通し歩き続けたのもあってか、朝日が何時も以上に眩しく感じる。最近は浅い眠りだけの毎日だった事もあり、ぼんやりとする頭を抱えながら少しでも落ち着いて休める場所を探すけれど、そんな都合のいい場所がそう簡単に見つかるわけもない。中央部分へともっと近付けば、魔物を気にする事なく休めるだろうけれど、その分この森にいるあの子に見つかる可能性があるため近付けない。
「あの様子を見るに、黙っているって事が出来なさそうだったしなぁ…」
自分の事を棚に上げ、先日会った妖精の女王の姿を思い出しながら眠気を覚ますように文句を口にして歩いていると、人の気配など全くしなかった場所から、こちらへと誰かが話し掛けて来た。
「さっきから1人でブツブツと煩いにゃ」
「誰!?」
油断や疲労もあってか、隠れている対象に気付くのが遅れたとばかりに距離を取れば、襲って来る魔物や人間ではなく、全く隠れる気もないような様子で枝に寝そべっている猫の姿がそこにはあった。
「もう煩いって言ったにゃ。昨夜もあんにゃに大きな声で叫んでたに、まだ叫びたりにゃいにゃ?」
「聞いてたの!?」
此処までただ歩いて来たとは言え、夜通し歩いて来たからにはそれなりに距離はある。なのに、まさか聞かれていたとは思わなかった。
「少し聞きたいことがあるんだけど、ちょっと良いかしら?」
「にゃんにゃ?出来るだけ手短に頼むにゃ」
「アナタ、此処の女王の側にいた子と少し似ているけれど、性格も毛並も違うから全くの違う子よね?」
「誰の事を言っているかは知らにゃいけど、ルイと似てるにゃら、それはウルだと思うにゃ」
「それで、そのウルって猫は今何処にいるの?」
女王の側にいるウルと言う猫に知られたら少し不味いかと思って居場所を尋ねれば、何とも眠たげな様子で答える。
「森を歩きなにゃがら仕事してるか、ルイを探してると思うにゃ」
「ルイって、貴方の事よね?自分の事を探しているのを知っていて、此処にいるの?」
「ルイは侵入者が来にゃいか、此処で見張っている大事な仕事をしているのにゃ」
「寝ながら?」
「ルイは耳が良いから寝てても平気にゃのにゃ」
寝る気満々の態度を指摘しても、開き直ったような堂々とした態度でいる様は、呆れを通り越して感心する。だけど、のらりくらりと交わす姿は何処かの誰かの姿を思い出せれて、何となく苦手な心象へと変わって行く。
「それより、そんにゃ怪しげな格好で森を彷徨かれると、女王が騒ぎ出してお気に入りのこの場所が使えにゃくにゃりそうだから、さっさと帰って欲しいにゃ」
その言葉に、頭から被ったローブを身に纏った自身の姿を見下ろすが、ここ最近来た事もあるのに不審者にしか見られてない事に少なからずショックを受ける。
「帰れたら…帰りたいんだけどね…」
「帰る場所がにゃいにゃんて、その若さで難儀してるにゃ」
哀愁を漂わせながら言えば、私に同情しているような言葉は掛けてはくれるけれど、木の枝にだらりと寝そべったままの姿勢で言われると、本当にそう思ってくれているのかと疑ってしまい、どうしてもありがたみも半減してしまう。
「その憐れさに免じて、ルイがサボる時に使ってる寝床を貸してやらにゃくもにゃいにゃ」
「気持ちはありがたいんだけど…猫と人じゃ勝手が違うから…」
「猫は寝床を見つける天才だから任せるにゃ」
「そう…?それじゃあ…教えて貰おうかしら…?」
遠回しに断ろうとしたけれど、だるそうな様子から自信満々でやる気に満ちた目で言われると、聞くだけ聞いてみようという気になって、ダメ元で話しを聞いてみる事にした。
「此処を真っ直ぐ先に進むと、古ぼけた教会が見えてくるにゃ。そこを通り過ぎてさらに行くと、少し大きめの洞窟があるにゃ。そこなら、夏場でも涼しくて寝るのには最適にゃ」
「洞窟じゃなくて、その教会じゃ駄目なの?」
「そこは話し声とかで煩いから、寝るのは止めた方が良いにゃ」
「ふーん?まぁ、行くだけ行ってみるわ。ありがとう」
私はお礼の言葉を口にすると、見送るようにゆらゆらと揺れる尻尾に背を向けて、言われた方向へと歩き出す。だから、最後に小さく掛けられた言葉に気付かなかった。
「お礼を言うのはこっちにゃ」
その声に見送られるようにして進むと、話しの通りに途中に教会はあった。けれど、見た瞬間に何となく嫌な予感がして、言われた通りに通り過ぎて行った。だけど、後でアイツとそこがとある連中の隠れ家として使われていたと知って、私は咄嗟に口を噤んだ方が良いと感じて知らない事にした。たまには、私の感も役にたつ時はあった。
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