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番外編 紅茶 (???視点)


「一つ聞きたいのだが、お前はこの紅茶を知っているか?」


「紅茶…ですか…?」


至急来て欲しいとの伝令を受けたため、何事か重大な問題でも起きたのだろうかと思い急いで駆け付けると、何やら重々しい口調と共に差し出されたのは一枚の紙だった。最初は何かの聞き間違いかと思いながら視線を落とせば、そこに置かれていた紙に書いてあったのは、婦人達の間で昔に流行っていた紅茶の銘柄だった。


「たしか、職人がブレンドして作った物だったため販売数も限られており、貴族間でのみ流行していた物ですよね?ですが、既に販売元が潰れていて、もう販売されていないと記憶しております」


「……そうだ」


知っている事を率直に答えると、何故か更に重苦しい声が返って来た。そのせいで、私の発言に何か不快にさせる部分があったのかと身を震わせる。だが、自身の発言を思い出してみても、何が原因なのか一向に分からない。正直、常人とは違うこの方の思考を読もうとすること事態がおこがましいと思えばそれまでだが、普段は陛下付きとはいえ、この方とも仕事をする機会も多く財務関係の仕事も全てこなしている。もし此処で評価がさがれば来年の給与に関わってくる可能性がある。だからこそ、これ以上評価を下げるような事を言う事は出来ない。そう覚悟を決めながら次の言葉に身構えていれば、何故か急に何かを語り出すような雰囲気で話し初められた。


「この前の休日。エレナ、妻と共に何時ものように過ごしていたんだ。その際に少しばかり昔の話になって、この紅茶を飲んで見たかったとの話しになったんだ。それで詳しく事情を聞けば、その頃はまだ入学したばかりで生活必需品を買うための出費がかさんでおり、親に負担を掛けぬよう余分な贅沢はしなかったそうなのだ。だが、周囲からの噂を耳にしていたため、何時かはと思い機会を待っていたようだが、その前に店が倒産してしまって飲めずに終わってしまったそうだ」


「ですが、紅茶の一つくらい買えると思うのですが?」


まるで悲劇でも語っているような様子で話されているが、私にはありふれた話しの一つとしか思えない。それに、幾ら贅沢をしないようにしていたと言っても、たかが紅茶だ。買おうと思えば買えたのではないかと思い問い掛ければ、まるで物わかりが悪い者を見るような目で見られた。


「両親を気遣って妻があまり多くを望まなかったのもあるが、王都は地方と比べて全体的に物価が高い。学院で開かれるパーティーのドレスや装飾品を優先すれば、日用品に掛けられる費用も限られる。そのような中で、お前は趣向品へと回す金がどれだけあると思っているんだ?」


「あぁ…確かにそうですね…」


問い掛けられた言葉に、私は直ぐに納得の返事を返す。なぜなら、祝典がある期間だけ王都に滞在するのと、王都で数年の間とは言え過ごすのとでは雲泥の差があるからだ。


貴族間で使われる紙やインクなどの消耗品なども、地方に比べて倍以上の値段がする物が数多い。下町に行けば手頃な値段の物を買う事が出来るが、庶民と同じ物を使っていると見られれば、周りの貴族に下に見られる可能性がある。もし、それを使っているのがこの方程の高位貴族ならば、使っていた所でとやかく言う者などいないかもしれないが、地方から出て来たばかりの貴族ならイジメの標的になりかねない。


私は王都でしか暮らした事はないが、自分達の生活もある以上、地方貴族が王都で生活して行くための資金を捻出するのは、余程裕福でない限り難しいだろうという事は想像は出来る。中には、見栄を張って借金をする貴族もいたりするそうだが、良い話しは聞いた事がない。


「今後、地方と王都との物価の違いは追々検討するとして、その頃の私はそういった流行に興味がなくてな。それに、この紅茶が使われるような茶会にも参加した事がなく、妻から言われて初めてこの紅茶の存在を知ったのだ。そのため、この紅茶を飲んだ事がない。1度でも飲んだ事があれば再現も可能だったのだが…」


何とも悔しそうに言葉を溢しているが、普通の人間では出来ないような事を平然とした様子で語られると、改めて本当に何でも出来る人だと改めて実感する。


「お前にも姉がいたな」


「えっ?あっ、はい?」


何故この方が、私の家族構成まで把握されているのかと疑問に思ったが、城内全ての人員配置や名前を把握されている方なら、それぐらい当然かと直ぐに納得する。私が1人で納得していると、こちらを気にした様子もなく淡々とした様子で問い掛けられる。


「そこで聞きたいのだが、お前がこれを知っていると言う事は、これを飲んだ事はあるか?」


「はい、一応は」


私も何度か一緒に紅茶を飲む機会があったため、それを素直に答えれば、まるで言質は取ったと言わんばかりのにんまりとした笑みを浮かべられ、何故か背筋に嫌な物が伝う。


「そこで、お前にはこの紅茶に使われていた茶葉の種類を教えて欲しいのだ」


「そんなの分かりません!!」


普段から仕事出来て、職場環境にも配慮して下さる尊敬するべき上司ではあるが、自身に出来る事は他の者も出来ると思っているような所がある。


「どれだけの量が含まれているのかを当てるのは難しいかもしれんが、種類を当てるくらいならば、然程難しい事ではないと思うのだが?」


「失礼ですが、普通の人間は飲んだだけで何が入っているかなど分かりません」


「ふむ、そういうものか?」


私の言葉に一応は納得したかのように頷いて下さてはいるが、未だに釈然とされていないご様子で、本心で納得はしていないご様子だった。この方に不満は然程ないが、普通の常識が通じない所は数少ない難点の一つだと思う。


「資料などは残ってなかったのですか?」


幾ら昔に潰れてなくなった店だと言っても、製法の資料くらいは残っているのではないかと尋ねれば、静かな声が返ってきた。


「お前…私がその程度の事も調べていないとでも思ったのか…?」


「す、すみません!」


侮辱でもされたと思われたのか、私の言葉で一段と低い声になった事に急いで謝罪の言葉を口にするが、それに対して何か思ったという訳ではないようで、鼻で笑うような仕草をされた後、頬杖を付きながら気だるそうな様子を見せた。


「どうやら、それを作っていた人間が職人気質の者だったらしくてな。全てを長年の感で調合していたそうだ。そして、他者に盗まれぬよう記録なども取っていなかったらしい」


「それで、その職人は…?」


「既に他界してもうこの世にはいない」


恐る恐る先を促すように問い掛ければ、まるで不機嫌さを隠す気もない声が返って来て私は自然と口を噤む。だが、やはりと言うべきか、こちらの変化など気付いて下さる事はなく、報告という名の説明が続く。


「店側がその損失を何とか補おうと多方面に手を出し始めたようだが、その結果返って店が立ち行かなくなったらしい。その後、夜逃げ同然で街を出て行ったため、製作過程でどういった物を仕入れていたかのという資料さえも、今は何も残っていないそうだ。全く、高望みなどせずそのまま身の丈にあった所で満足していれば良かったものを……」


騎士団長と睨み合っていた時以上に禍々しいオーラを放ち始め、今にもその店を建物事潰してしまいそうな雰囲気に恐怖しか感じない。一瞬、道徳心から決死の覚悟で止めるべきかとも思ったが、その店はもう潰れてなくなっている事を思い出し、1人で胸を撫で下ろした。店はなくなった事は不幸な事だろうが、とりあえずその店主は命拾いはしたようだった。


「一から紅茶をただ作れと言うのなら雑作もないが、それを再現するともなれば、さすがの私も参考になりそうな物がなければ思うように事は進まない。そこで聞きたいのだが、茶葉の種類が分からずとも、私が試作した物を飲んでそれに似ているかどうか判別するくらいは君にも出来るな?」


「はぁっ!?あっ、いえ、すみません!ですが、私以外にも適任の方が多数いらっしゃると思うのですが!?」


全く諦めていなかった言葉に驚き、私の口から心の声が少し漏れたが、直ぐに直属の上司である陛下の顔を思い出し、何とか諦めて貰えるよう説得を試みようとする。だが、それに対する反応は何処か鈍い。


「確かに、君より確実な成果を出せるだろう候補者はいる」


「でしたら…」


「だが、レクスに頭を下げるなど論外だ。それに、ラザリアも何を要求されるか分かったものではない」


私の言葉を遮り断固とした態度でそう宣言すると、ゆっくりと私の目を凝視する。


「…出来るな?」


「はい…」


有無を言わせないような圧力と共に問い掛けられれば、私にはそう答えるほかなかった。だが、その後私に待っていたのは、過酷としか言いようがない事態だった。


「先程と比べれば、どちらの方がより近いだろうか?」


「むしろ…先程のと何が違うのかさえも分からないのですが…」


「量を変えたのではなくブレンドしている豆の種類を1つ変えたというのに、これぐらいの違いも分からないのか?」


「……申し訳ありません。ですが、もうこれ以上は無理です…」


「……」


普通に飲んだのなら違いが分かったのかもしれないが、既に何十杯と飲まされ紅茶で腹も膨れて来ている状況では、些細な変化に気付けるような余裕もない。そもそも、既に紅茶を飲んでいるのかさえも、感じるのが怪しくなってきた。そんな私に、まるで泣き言など言うなといった目で無言で見てくるが、無理なものは無理だ。そもそも、私と同じ量を飲んでいるはずだというのに、平然としているこの方の方がおかしい。


「はぁ…仕方ないな」


「……っ!!」


「今日はこれで終わるが、明日はこれの倍は飲むと思って準備でもしておけ」


「………」


ようやく諦めて下さったのか期待を込めて見上げた私に降って来たのは、何とも容赦のない無情な一言で、明日もまた同じ地獄を経験する事が決まっていた。


「ふむ、こんなものか」


「お…終わった…」


終了とも取れる言葉を聞き、脱力するように目の前の机と倒れ伏す。はっきり言ってこんなに胃もたれする量の紅茶を飲んだのは生まれて始めてだ。当分の間は紅茶の香りさえも嗅ぎたくない。だが、私がこんなに苦しい思いをしているというのに、私以上に試飲しているはずの人物は、平然と顔でこれまでの成果をまとめた資料を確認していた。


そんな姿を横から見ていると、本当に同じ人間なのかと疑いたくなる。内部では密かに人間ではないのではないかと噂されていたが、今までずっと馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていた。だが、まさか本当に人間の皮を被った鬼なのでは……


「おい」


「はっ、はい!……っ!うぅっ…」


後ろめたい事を考えている時に突然声を掛けられたため、飛び上がるようにして返事をすれば、腹に貯まった紅茶が揺れて何とか持ち直して来た気分が再び悪くなる。


「何をしているんだ?」


「い…いえ…お気になさらず……」


えずきそうになる私に対して、何とも不可解な生き物でも見るような視線を向けられるが、直ぐにどうでも良いと思われたようでさらりと流された。


「まあ良い。それよりも、今回は協力に感謝する。おかげで満足が言える結果が出せた。これは少しばかりだが、今回の件に対する報酬だ」


「あ、ありがとうございます!!」


そう言って懐から渡された物を受け取りさりげなく中身を確認すると、中には金貨が入っており、4人家族が1か月はゆうに過ごせるくらいの量がだった。それを理解した途端、今まで感じていた気分の不快など消え失せて、弾むような気持ちへと変わっていく。


人間だろうが鬼だろうが、俺に取っては良い上司!それでもう良いじゃないか!!新年から陛下に脅しのような事を言われ幸先が悪い年だと思っていたが、然程悪くはない年かもしれないと思い直す。ただ、今年の無茶振りはこれで終わりにして欲しい。それだけを心の中で切に願った。

お読み下さりありがとうございます

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