裏側で (アルノルド視点)
「くだらんな」
「父上、どうかなさいましたか?」
「いや、ゴミとしか言えない物を見つけてな」
手に持っていた資料の一番上だけを見せれば、それを見たオルフェの眉にシワが寄る。これ見よがしに保管されていた資料には、魔物を配合して新たなる魔物を作ろうとしていた結果が書かれていた。だが、書かれているのは殆んどが失敗例であり、成功例など無いに等しい結果だけだった。だが、それは当然の事だ。
そもそも、こう言った事は理論だけで上手く行くわけもなく時間と労力が掛かる。それだというのに、魔物の知識にさえも乏しく、結果だけを追い求めるやり方しかしていない奴等が幾ら時間を掛けようとも、成し遂げる事など出来るはずもない。そんな事にさえ気付かず労力と費用を掛け、損害だけを膨らますなど愚かとしか言い様がない。
しかし、オルフェに監視をさせていた者が予想通り巣穴へと案内してくれたのは良いが、少々予想とは違っていた。此処に来るまでは、ネズミの巣らしくない中心部にあった事から、アレが味方しているという事実で気が大きくなっていたかと思っていたがそうではなかったようだ。
「そっちはどうだった」
怪しまれないために見せた物であったため、これ以上見せるのは得策ではないと判断し、視線を外させるため敢えて声を掛ければ、オルフェは不満げな声を上げる。
「あの方も要らしたので、こちらの方は問題なく終わりました」
「随分と不満そうだな」
「いえ、そういうわけでは…」
言葉を濁し取り繕ってはいるが、声の中に不服そうな感情が見え隠れしていた。私がその事を指摘すれば、自身でも気付いてはいたのか僅かに視線を逸らす。
本心を見せないように接しなければならない貴族相手なら致命傷に成りかねないが、私相手ならば何ら問題などない。何より、貴族らしくなって欲しくはないという願いが強い私としては、そのままでいて欲しいのだが、それはオルフェが願う所ではないのだろう。
「何か思う所があったとしても、使える者は使うべきだ」
「それは、十分に分かっています」
忠告めいた事を言えば、オルフェからは自分の感情を押し殺したような抑揚のない答えが返って来た。しかし、偉そうな事を言っているが、かくいう私も今は良いように使われている以上、あまり強く言えるような立場ではない。そんな私達の間に、明け離れた窓からリュカに付けていたはずのカルロが割って入って来た。
「……っ!」
現れたカルロにオルフェが少し動揺したような声を上げるが、彼方の様子をカルロを通じてある程度は把握していた私に動揺はない。視線がカルロに行った隙に持っていた書類をオルフェからは見えない位置へと移動させ、頼み事を一つ口にする。
「オルフェ。リュカの方で少し問題が起きているようだ。案内はカルロがするから、そちらはお前に任せても良いだろうか?」
まだ緊急性は要していないが、気掛かりな事や万が一という事もある。
「父上はご一緒には行かれないのですか?」
私が動じた様子も無い事から、さしたる危険は無いと判断したようだ。だが、もう既に生きている連中は自警団やらに任せ、此処には生きている者はいないのに、私が共に行かないのが疑問そうだ。
「私は、此処をもう少し片付けてから向かう」
「……分かりました。ですが、案内は近くまでで結構です。後は自身で探せます」
「そうか」
何かあるとは察していても、敢えて深くは聞いてこない。しかし、反発心からか私の手はあまり借りたくないようで、最後はそっけない返事が返ってきた。だが、オルフェにはあまり汚い者達には関わって欲しくない。これはただの私の私情だ。
私に背を向けオルフェが姿を消すと、それを見計らったように背後から静かに近付いて来る影が、私へと確信めいた声で話し掛けて来る。
「やっぱり、何だか此処はおかしいわね」
「あぁ、証拠が揃い過ぎていて、あまりにも不自然だ」
「はぁ…やっぱりあの子の仕業かしら…。相変わらず遠回しな事が好きよね…」
「本人の中だけで決めたルールが、今回もあるのだろう」
「それが分かっているのに、エレナを置いて来て良かったの?」
「こんな場所に、エレナを連れて来れるはずなどないだろう。それに、私が適度に転がされていれば、手を出してくる事はないだろう」
「まぁ、彼女もアルを敵に回したら、どうなるかくらいは分かっているでしょうしね」
「そう簡単な事だと助かるのだかな…」
「?」
含みを持った私の言葉に訝しげな顔で見て来るが、私がそういった事を話す事はないだろうと経験上分かっているのだろう。敢えて追求して来るような事もなく、話しを前へと進めて来た。
「それで、本拠地の場所は分かってるの?」
「ご丁寧に、それも準備されていたよ」
「あらあら、本当にさすがとしか言いようがないわね」
資料の中からさり気なく一枚抜き取り、懐に隠してから残りを渡せば、感嘆しているのか揶揄しているのか分からないような声を上げながら資料をめくって、内容を確認しているようだった。
昨年、アレが不穏な動きをしているとコイツから報告を受けたが、それに感知する気など到底なかった。だが、意図せず此処に来る事になった以上、避けて通る事は出来ないと思い、此処に来る知らせを出来る限り遅らせるなどをしたため、今回の計画には然程組み込まれていないだろう。
「はい、これ返すわ」
私が思想に浸っていると、もう見る必要がなくなった資料を私へと突き返して来た。
「ゴミを渡して来るな」
「勝手に処分したら、それはそれで貴方は嫌味を言って来るでしょう?」
「……」
あたかも私の事を分かりきったような顔を浮かべるカレンから、私は眉を寄せながら無言で受け取りゴミ同然の資料を暖炉へと放り投げると、私はその場から背を向けて歩き出す。そんな私の姿に、やれやれといった雰囲気を背後で放ちながら、カレンも私の後を付いて来る。建物の外へと歩み出ると、私はあらかじめ用意していた魔法を発動させた。すると、背後で建物が崩れ落ちる激しい音が周囲に轟くように鳴り響く。
「相変わらず派手にやるわね…」
「逃げ隠れする必要がないからな」
「それ、私に対する嫌味?」
「さぁな」
殺意が混じったカレンの言葉を流しながら、私達は音に驚いて集まりだした雑踏を抜けその場から姿を消した。
カレンに外を任せ森の中に佇む教会の扉を開ければ、中では怪しげな4人の男達が密談をしている最中だった。外からの音を結界で遮断しているとはいえ、私の侵入に気付く様子もない連中には警戒心がなさ過ぎるとは思うが、それを親切に忠告してやる気はなく、壁に寄り掛かりながらそのまま会話の成り行きに耳をそばだてる。
「それで、勝手に飛び出して行った奴はどうする?」
「何、彼奴は俺達の中で一番の役立たずだ。彼奴がいなくなった所で何の不都合もない」
「だが、数少ない成功例を勝手に持ち出した事は看過出来ないぞ!」
「奴の策が上手く運べば多大な利益が出る。それに、仮に失敗したとしても責任は全て奴に取って貰えば良い」
「そうだな。利益だけを搾取すれば良い。それに、性能実験も出来ると考えれば損はないか」
「だが、性能を測るにしては役不足ではないか?」
「そもそも、彼奴にアレの制御が出来るのか?」
「他国が普通に使えているんだ。我らに使えない通りはない。それに、研究班が魔法の改良も施して、制御がしやすくしていると言っていた」
私が聞いているとも気付かずかない愚者達は、自らが持つ情報を吐いてくれていたが、その話しは聞き捨てならない話へと移って行く。
「しかし、本当に大丈夫なのか?仮にあの男が報復にでも来た場合はどうする?」
「何、腑抜けているとの情報も入っているんだ。それに、奴が気付く前にさっさとこの国を出てしまえば良い」
「それに、此処に妻も連れて来ていると言う。報復来ても、子供に気を取られている間にその女も人質に取ってしまえば…」
「それを私が許すとでも…?」
私に背を向いていた2人の人間の首を風魔法で切り落すと、その人間がいなくなった事によって視界が開けてようやく私の存在に気付いた連中と対峙する。もう少し歌わせても良かったのだが、踏み込んではいけない領域まで踏み込まれたのなら、これ以上はもう聞く必要もない。
「何故、お前が此処にいる!?何の音も聞こえなかったぞ!?」
「あぁ、外からの音が聞こえないように、貴様等を中心に結界を張ってやったからな。だから、静かに密談が出来ただろう?」
扉が開く音がしなかった事が疑問のようだが、そんな物を消す方法など幾らでもある。だが、死に往く者に説明してやる義理はなく、侵入者の感知を耳だけに頼り過ぎている奴に軽く手を振って氷魔法で凍らせる。すると、一人だけに取り残された男が、次は自分の番かと煩く喚き立て始めた。
「ま、待て!俺も殺してしまったら、何の情報も入らないぞ!!」
「そんな心配は無用だ。貴様等から情報を貰おうとは然程思ってはいない。手に入ったら幸運だったと言う程度だ」
「なんだと!?」
私の言葉に男はあり得ないとばかりに驚きに目を見開くが、何処にそこまで驚く理由が分からない。
「私から情報を引き出さなければ、自国の者に被害が出るかもしれないんだぞ!?」
「それがどうした?」
「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
私の言動に、まるで宰相である立場にいる人間が言う事ではないとでも言うように声を荒げてくる。おそらく、抜き取った資料に書かれてた魔物だけの軍を作ろうとしている事を言っているのだろう。だが、自国の人間よりも敵国の人間が心配するなど滑稽な話ではあると同時に、それは価値観の相違としか言いようがない。
「お前は箱庭を知っているか?」
「箱庭?」
それが今の現状と何の関係があるのかと、目を白黒させながら自身が助かる方法を模作している男へと、私は事実だけを告げるように言葉を発する。
「私に取って、世界は作り物のような物なんだ。色もなければ興味もない。だが、中には辛うじて色が付いている者もいる。そんな者達を集めた小さな世界。それこそが私にとっての本物であり、唯一の世界なんだ。だからこそ、そこに土足で踏み込まれるのは、何より不快なんだよ…」
そこに住む者達が招き入れられたのならば不快でも許容はするが、許可も無い羽虫が飛び回る事を許す事など毛頭ない。私は、もう話す事もない者へ周囲から集めた風を一気に上から落とせば、それに押し潰されるように床に打ち付けられて倒れ込む。
「な、何が…!?」
「風で押し潰しただけだ。風の力も馬鹿に出来ないものだろう?」
自身の身に何が起こったか理解せず、床に這いつくばっている男の頭を踏み付けていれば、背後にある扉から外の空気が入り込んで来る気配を感じた。まだいたかと警戒心を向けるが、結界を張っていたため誰かまでは感知出来なかった。だが、カレンの目を掻い潜って来たのならばある程度は出来るかと思っていれば、それは私の予想とは違った人物だった。
「私も、オルフェの事を言えんな…」
扉が閉まると同じくして、私の口から愚痴のような言葉が溢れ落ちる。仕方なかったとはいえ、アレを追い出すために無駄な貸しを作ってしまった。あの女に会った事や、昔を思い出すような事があったせいか、少し過去の自分の姿に引きずられてしまていたようだ。
再び下へと視線を戻せば、氷で口を塞がれ床に張り付けにされた男が転がっていた。そこからさらに視野を広げれば、死体から流れた血が汚れた床が広がっており、カレンに言われたからではないが、さすがに派手にやり過ぎたかと自称する。しかし、この光景をリュカに見られなくて幸いだった。全てを察して此処から連れ出して貰ったオルフェには、後日礼をしなければならない。それと、カレンへの礼も…。
足元でまだ息がある男と残った死体を処理しやすくするため氷漬けにしてから、それを跡形もなくなるよう粉々に砕く。床に残った血痕は、火魔法で軽く焼く事では誤魔化す事にしたが、残り火によって他に延焼しても面倒だ。私は建物の内側だけに氷魔法で凍らせる。後は自然に溶けるのに任せれば良い。私は凍り付いた室内を見渡してやり残した事はないかと確認すると、私はリュカ達が待つ外へと足を向けた。
お読み下さりありがとうございます




