あっけなく
「「「……」」」
突然現れた兄様の方へと、自然とみんなの視線が注がれる。だけど、注がれている場所は兄様と言うよりも、兄様が乗っているイグニスの真下と言った方が正しい。何故なら、イグニスが今立っている場所はさっきまでトカゲみたいな生き物がいた場所だった。そして、その事を証明するかのように、魂が抜けたようにして座り込んでいる男がその側にいた。
幾ら僕達よりも身体も大きくて硬い鱗で全身を覆われていたとしても、その倍以上に大きいイグニスから上に乗られたら、さすがにひとたまりもなかったようだ。此処からではあの下がどうなっているのかは見えないけれど、赤い物とかが見えないのは不幸中の幸いだったと思う。だけど、もう少しズレていたらあの男がそうなっていたんだと思うと、自分の事じゃなくても少し怖くなる。
「見た!?コレも私の力よ!!」
「女王は少し黙ってるにゃ」
「何でよ!?」
「ティ様…少し黙ってるニャ…」
「ウルまで!?ちょっ、何!?」
様々な感情が入り混じって微妙な空気になっている事さえも読めずに騒がしい声を上げるティに、ウル達からも冷たい声で黙るように言われているけれど、それは全くティに伝わっていない。だからなのか、これ以上余計な事を言う前にと、ウルが強制的に黙らせようとティへと飛びかかっていた。
そんな中、颯爽とイグニスの上から飛び降りた兄様だったけれど僕達と少し距離が離れていたからか、その僅かな視線のズレに気付く事なく、ツカツカと足速に僕達の元へとやって来ると僕に再度同じ質問を口にする。
「大丈夫だったか?」
「大丈夫というか…今、大丈夫になったというか…」
兄様からの問い掛けに僕はしどろもどろになりながらも答えるけれど、その間も僕を含めたみんなの視線が自然と兄様の後ろにいるイグニスへと行く。
みんなからの視線があったからなのか、それとも着地した時に違和感でも感じていたのかは分からないけど、イグニスは僕達が見ている中そおっと右足を上げてながら首を下に曲げて足元を覗き混んだ。すると、何か見てはいけない物でも見つけたような焦った様子で顔を上げると、アクアの方へと助けを求める視線を向ける。だけど、アクアはそんな視線から逃げるように、徐々にイグニスから距離を取り始める。
「どうかしたか?」
僕達のあからさまな不自然な反応には疑問を感じたようで、僕達の視線を追うよう後ろを振り返る。すると、兄様と目線があったのか、イグニスは直立不動になったように固まってしまった。
「お前…また何かしたのか…?」
疑念の籠もった目で問い掛けられたイグニスは、首を激しく左右に振りながら否定の意思を示す。だけど、それは人間だった冷や汗でも描いてそうな雰囲気で、そんな不自然な様子に切れ長の兄様の目がさらに細くなる。
「に、兄様は、父様と一緒に居たんじゃなかったの!?」
結果はどうあれ、イグニスが僕達を助けてくれた事には変わりない。だから、僕は兄様の注意を引くように兄様へと声を掛けると、自分から兄様の視線と関心が逸れた事が、まるで天の助けでもあるかのように瞳を輝かせると、今のうちとでもいうように足元にある物を急いで隠すように自身の下へと砂を掛け初めた。
「カルロが私達の元まで知らせに来たんだ」
「カルロが?」
僕が問い掛ければ、兄様はきちんと僕の質問に答えてくれる。だけど、何処に行ったかと思っていたら、カルロは僕達が何か言う前に父様達の所に行っていたようだった。兄様からカルロへと視線を向けると、いつの間にか腕から下りていたフィーが地面に降り立っていたカルロへと近付いて行く。すると、まるで来るのが遅いとばかりにフィーがカルロを叩き、そうするとカルロも負けずに反撃し初めて僕の足元の付近で騒がしい声が上がる。
「じゃあ、父様も一緒にいるの?」
兄様と一緒にいたはずの父様もいるのかと、周りを探して見るけれどそれらしい影は見えてこない。
「いや、まだ片付けなければならない事があったからな。だから、私が先行として先に来た。それより、此処に来るまでに感じていた不穏な気配が急に消えたが、何処に行ったか分かるか?」
兄様の言葉にギクリと身体を震わせながら挙動不審になっているイグニスの姿を見ると、あの足元にいるとは言うに言えない。
「さ、さぁ、僕は砂煙でよく見せなかったから…」
「私も、何も見えませんでしました…」
「俺も…」
みんなも、僕と口裏を合わせるかのように同じ言葉を口にする。うっかり口が滑りそうなティは、ウルの追撃を躱す事に必死でこちらの会話が聞こえていなさそうだ。ティが他の事に気を取られている事に僕が安堵していると、怒りに満ちた声が響いた。
「てめぇー!!急に現れたくせに何してくれてんだよ!?」
放心状態で座り込んでいた所からどうにか立ち直ったようで声を荒げるけれど、兄様はあの男の事は最初から眼中になかったようで、まるでつまらないものでも見るような冷めた目を向けていた。
だけど、その男が兄様の注意を引いたせいで、その隣にいたイグニスにも兄様の視線が向き、その事に怒ったイグニスが男に対して激しく唸りながら威嚇する。すると、さっきまで大人しかったドラゴンが急に威嚇しだしたからか、男は悲鳴上げながらを転がるように慌てながら急いで距離を取る。
「ド、ドラゴンしか能がないボンボンのくせに、俺の計画を邪魔してんじゃねぇよ!!」
声を引きつらせながも虚勢を張るように啖呵を切るけれど、兄様が側にいるからか何だか大した事のない相手に思えてくる。そんな僕達の冷めたような空気を悟ったのか、男は怒りで我を忘れたかのように騒ぎ出す。
「くそっ!手足の2、3本へし折って、そいつを人質として使おうとしてた計画がパァーじゃねぇか!!」
苛立ち混じりに言った言葉に、兄様の身体がピクリと反応したように動く。すると、さっきまでと纏う雰囲気ががらりと変わり、余り変わらない表情さえも変わる。
「リュカ、此処で少し待っていろ…」
「う、うん…」
余り動く事もない顔の表情が、他の人が見ても分かるくらいの笑顔になっているのに、目だけが一切笑っていない。その様子に、何となく男の末路が想像出来てしまった僕は、そっと目線を逸しながら頷く。
そんな僕の返事を聞き終えた兄様は、足音もなく男がいる場所へとあるき出して背を向ける。そんな兄様がある程度僕達から少し離れた距離まで行った時、横から小さく呟くような声が聞こえた。
「俺…ドラゴンってもっと格好いいかと思ってた…」
ドラゴンを始めて見ただろうバルドは、心の中で抱いていた格好いいイメージが、まるでガラガラと音を立てて壊れてしまったかのような呆然とした顔で立っていた。
「そ、そんな事ないよ!前はもっと格好良かったし、背中に乗った時だって凄かったよ!!」
何となくこのままじゃいけないような気がして直ぐに擁護するけれど、今の様子とか見てしまうと、自分で言っていて説得力に掛けているような気がする。
「まぁ、理想と現実は違いますからね」
「そんな心にグサッと来るような事を平気そうな顔で言うなよ!」
「バルド。速めに現実を知った方が傷は浅いですよ」
「少しくらい夢見たって良いだろう!?」
「甘いな。どんな姿だろうとも愛せてこそ愛だぞ」
「そういう話しじゃないし、そんな愛とかそんな話しでもねぇから!!現実に帰ってくるべきなのはお前だ!」
ルイを撫でながら話しが噛み合っているのか、それともいないのか分からない事を言うネアに、いい加減にしろとばかりにバルドの声が響いた。僕達がそんなどうでも良いような事を話していると、その間に小物臭が漂い始めていた男は兄様に地面に沈められていた。
男を一瞥した兄様がこちらへと戻って来るために背を向けると、今がチャンスとばかりにイグニスは急いで残りを隠そうと土を掛け始めていた。側に座り込んでいた男がいなくなり少し同情心もあったのか、アクアはそっとイグニスの側まで移動すると、知らない振りをしながらもイグニスの姿を隠すように翼を広げていた。
「ちょっとは私の事助けようとしなさいよ!」
そんな姿を目で追っていると、ウルから逃げるように僕の背に隠れたティがむくれたように講義の声を上げる。けれど、騒がしいティに慣れすぎて僕の中で存在が希薄になっていた。
「リュカから離れろ」
側まで戻って来た兄様がティへと不機嫌そうに警告するけれど、父様にさえも怯まないティが素直に聞くわけがない。
「うっさいわね!それより、アレは此処に来ないの!?」
「先程、後片付けをしていると言っただろう」
「もう!肝心な時に役に立たないわね!!」
何も知らされていない父様にしたら、理不尽としか言いようがない言葉だろうけど、もうティだからしょうがないのかなという心情になって来るのは、ティと一緒にいる時間が長かったからかもしれない。今はとりあえず、兄様へと疑問を投げ掛ける。
「その片付けはまだ掛かりそうなの?」
「いや、父上ならばもう近くまで来ていてもおかしくはないと思うが」
「それなら、父様と先に合流した方が良いんじゃない?」
父様もこちらへと向かっているなら、あまり心配掛ける前に合流した方が良いと思って提案するけれど、本当は血生臭さそうな此処にあまり長いをしたくないという理由の方が大きい。
「そうだな。今は父上達と合流しよう。だが、イグニス。お前は後で話しがある…」
背を向けたまま少し怒気が混ざったような声で兄様が声を掛ければ、巻き添えを恐れただろうアクアがすぐ様翼を閉じる。すると、足元へと土を掛けようとしていた姿勢のままピタリと動きを止めたイグニスがいた。
どうやら、兄様は全く気付いていないような振りをしながらも、イグニスがやった事にしっかりと気付いていたようだった。
お読み下さりありがとうございます




