うさぎの人形
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「他に何処か、行きたい所はありますか?」
しばらく笑い合ったあと、落ち着いた声色でフェリコ先生が尋ねてきた。
「僕、父様や母様にお土産を買って行きたいです! あと…兄様にも……」
「それは、皆様とても喜ばれますよ」
「……兄様も?」
思わず念押しする僕に、先生はやわらかく微笑んで頷いた。
「もちろんです。オルフェ様も喜んで下さいますよ」
兄様とどうやって仲良くなればいいのかなんて分からない。でも、贈り物をすれば、ほんの少しでも距離が縮まるかもしれない。そんな淡い期待がふと胸に浮かんだけれど、同時に「本当に受け取ってもらえるのだろうか」という不安が、重しのように沈んでいく。
そんな僕の迷いを断ち切るように、先生は確信するような声で言った。
「オルフェ様は、リュカ様からの物ならきっと大切にされます」
兄様の性格を誰よりも知る家庭教師の先生が言うのなら、少しくらい信じてもいいのかもしれない。僕は、勇気を振り絞って尋ねた。
「兄様の……好きな物とか、分かりますか?」
フェリコ先生は少し視線を宙に漂わせ、何かを思い返すように考え込んだあと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「そうですね……。本人から直接聞いたことはありませんが、派手な物はお好みではありません。普段から装飾品を身につけることもほとんどなく、式典で着ける場合もシンプルな物を選ばれます。あとは……可愛い小物類、ですね」
「え……? か、可愛い小物……ですか?」
思わず聞き返すと、フェリコ先生は特に気にする様子もなく、事実を述べるかのように淡々と続ける。
「はい。部屋が半壊した“あの騒動”のあとからは飾らなくなりましたが、昔は本当にたくさん集めていましたよ」
(…………え、それ……本当に兄様の話だよね?)
今の兄様の姿を思い浮かべるけど、鋭い目つきに無表情、周りに睨みを利かせているような雰囲気……。その兄様が「可愛い小物」を喜んでいた姿なんて、どう頑張っても想像できない。
(いや……子供の頃の話……だよね。うん、そうだよね……?)
先生は嘘をつく人じゃない。でも、信じたいけど信じ切れない。
(とりあえず、お店を回りながら考えよう……)
気持ちを切り替えるように頷くと、街の喧騒がまた胸を弾ませた。
その後、フェリコ先生と一緒に街の店を見て回ると、父様と母様へのお土産は、驚くほどすぐに決まった。
少し高級感のある文具店に入った時、棚には上質な紙や凝った細工の羽ペンが並び、どれも目移りしてしまう。奥から出てきた店主らしき人に「父様が仕事で使えるものを探している」と伝えると、僕の服を見てから店の奥へ下がり、丁寧に包装された一本のペンを持って戻ってきた。
「先週発売されたばかりの《ペレニアルペン》はいかがでしょう?羽ペンのようにインクをつけ直さず、そのまま文字を書き続けられる優れものです。“ペレニアル”には古い言葉で『永続』という意味もあり、時おり整備こそ必要ですが、長くご使用する事ができますよ」
(ペレニアル……?どこかで……)
店員の手の中で光る筒状のペンに、なぜか妙な既視感があった。遠い昔に、あるいは夢の中で触れたことがあるような。そんな、掴みかけては霧のように消えていく感覚。
(……よく分からないけど、父様には丁度いいかも)
使い方も何となく分かる気がするし、これなら父様の仕事でも役に立ちそうだ。そう思って、その場で会計を済ませれば、相手はホクホク顔を浮かべており、見送りの際にも笑みを浮かべていた。
(父様のお金で父様へのお土産を買うのも……なんか変な感じだけど)
値段は確かに少し張っていたようだけど、下町の店だからか袋の中にはまだまだ金貨の重みが残っている。父様にしてみれば、大した金額ではないのかもしれないけれど、その事実もあって思わず苦笑してしまう。だけど、気を取り直して、母様達のお土産を探すことにした。
そして、母様には雑貨店で見つけたテーブルランプを選んだ。
その店の前を通りがかった時、窓ガラス越しに飾られていたのを見て、僕が一目で気に入ってしまった。
三日月の先に小さな星形のランプが下がっていて、灯りをつけると星がゆらゆらと揺れて見える。その様子がとても綺麗で、欲しくなってしまった僕は、母様へのお土産も忘れて買ってしまっていた。だけど、フェリコ先生から、「エレナ様へのお土産ですか」と聞かれ、忘れていたのを誤魔化すように頷きながら返事をしてしまった。それで、後に引けなくなってしまった僕は、母様へのお土産することにした。
(母様に、時々見せてもらおう…)
その思いをフェリコ先生に悟られないよう、そっと胸の奥にしまい込みながら、落として壊さないように、待たせている馬車へと運ぶように頼んでいるフェリコ先生の背中を見ていた。
その後も装飾店や書店など、いくつか見て回ったが、兄様への物だけが、どうしても決まらない。途中、父様と同じ物にしようかとも思ったけど、それでは何か違う気がして、どうしても手が伸びなかった。
何かないかと辺りを見回しながら歩いていると、露店の商品の列の中、光を受け、ふっときらめくものがあった。思わず足が止まり、吸い寄せられるように近づいてみると、それは小さなうさぎの人形だった。丸い瞳の部分に埋め込まれた赤い宝石が、太陽の光を反射して瞬いている。
(……父様や兄様の目に、似てる……)
その色を見た瞬間、気付けばしばらくじっと見つめていたらしく、店主のおじさんもこちらに気づいて笑顔を向けてきた。
「お!それ、気に入ったのか? 特別に安くしとくぜ!」
「どのくらい?」
「そうだな……6000ルピアでどうだ!」
値段を聞いても、それが高いのか安いのかまだよく分からない。ただ、言葉にできないけど惹かれるものがあった。すると、 フェリコ先生が、すっと僕の前に立った。
「それは少し高すぎるのではないですか? 私達の服を見て吹っ掛けているとしか思えませんよ?」
「そ、そんなことないぜ…!」
店主がうろたえたように言葉を濁すと、二人の間でいつのまにか値段交渉が始まり……数分後には、4500ルピアで話がまとまっていた。
商談がまとまって、店主から手渡されたうさぎの人形を抱え上げてみると、思った以上に柔らかく、手に吸い付くように心地がいい。僕が持っても大きすぎず、持ち歩いても邪魔にならない。だから、他の荷物とは違って届けてもらう必要はないと思い、そのまま腕に抱えて歩くことにした。
人形に視線を向けながら無言で歩いていると、少し歩いて店から離れたところで、フェリコ先生が遠慮がちに尋ねてきた。
「欲しそうに見えたのですが、もしかして…余計なお世話でしたか?」
「ううん。赤い目が父様や兄様の瞳に似てて綺麗だなぁって思って。目のところのコレは宝石かな?」
「それは模造品ですね。本物の赤い宝石は大変珍しく、高価ですから。なので、代わりに模造品を使った商品も多くありますから、これも、その一つだと思います。ただ、中には“本物だ”と偽って高値で売る者もいますので……注意が必要ですよ」
「そうなんだ……」
模造品だと分かっても、光を受けてきらめくその瞳は相変わらず綺麗で、僕の胸の中に温かいものを灯した。
(偶然買ったけど……兄様のお土産、これでいいかも……。可愛い小物、好きって言ってたし……受け取ってくれるかな?)
そんな期待を胸に抱いたその時――。
ピィーーッ!!
突然、甲高い鳴き声が空から降ってきた。見上げると、屋根の上に一羽の鷹がとまり、こちらを見下ろしている。
「鷹だ!」
たまに屋敷の庭を飛んでいるのを見かけるけれど、まさか街中でも見るなんて。そう思って横を見ると、フェリコ先生が周囲を素早く確認するように視線を巡らせていた。
「フェリコ先生?」
声をかけると、先生はびくっと肩を動かした。
「い、いえ……何でもありません。リュカ様、あちらにお店があるので、少し休憩にしましょう」
「は、はい?」
明らかに様子がおかしく、どこか有無を言わさないような言葉に、思わず頷けば、先生は僕の手を取って歩き出した。
「私の手を握って、絶対に離れないようにしてくださいね」
僕は、しっかりと先生の手を握り返しながら、ざわりと胸の奥に芽生えた小さな不安を抱えながら、示された店の扉をくぐった。
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