何処かで見た光景
「此処なの?」
「そうにゃ」
「此処って誰もいないじゃない!!」
「何言ってるにゃ?そんにゃの当たり前にゃ」
ルイに案内されてやって来た場所は、木々に囲まれながらも風通しが良くて涼し気な場所だった。昼寝をするのには最適そうだけど、隣に咲いていると言っていた桜は、既に花が散って葉が生い茂っているから、どれが桜の木なのかはもう分からない。
「ルイがその人物を見た時から随分時間も経っていますし、もうこの辺りにはいないかもしれないですね」
「何で!?春なんてつい最近でしょう!?」
春にあった出来事をつい昨日の出来事かのようにティは言うけれど、季節が移り変わる程の時間が経っている以上、とても最近とは言えないと思う。それに、屋根もないこんな森の中にずっと留まっているとも思えない。だから、ティ以外は本気でいるとは思っていないと思っていたら、小さな舌打ちが横から聞こえて来る。
「ちッ…いないのか…」
そっと横目で隣の様子を伺うと、本気で人でも殺しそうな目で殺気だっているネアが立っていた。ルイが見たと言う怪しい人物とは、殆ど会う可能性がなかったとしても、ネアの様子を見ていると本当に鉢合わせしなくて良かったと思う。
「とりあえず誰もいない事は確認できましたし、昼くらいには戻ると言って出て来た手前、そろそろ戻った方が良いと思います」
「そういえば、今ってどれくらいの時間なんだ?」
バルドの言葉で時間を確認しようと上を見上げるけれど、やっぱり高い木々が邪魔して今がどれくらいの時間が分からない。すると、少し考えるような仕草を見せたティが呟く言う。
「う~ん?もうすぐお昼くらいじゃないかしら?」
「どうして分かるの?」
「何となく?」
「腹時計でも持ってるにゃ?」
「ちょっと!まるで食い意地が張った人みたいに言わないでくれる!?」
ルイの言葉に憤ったように反論するけれど、屋敷で大量のお菓子を食べていた姿を見ているだけに、僕達の間に白けたような空気が漂う。だからなのか、ティの事をまるで無視するかのように話しが進んで行く。
「今が昼くらいだと、今から帰っても屋敷に付くのは昼をだいぶ過ぎた頃ですね」
「だったら、速く帰った方が良いじゃないか?場所が分かったなら、後はルイの案内がなくても問題ないだろ?」
「そうですね。私達には手に余る件ですし、後は大人達に任せた方が良いと思います。それに、案内はウルに頼めば良いと思います」
ルイが自分から案内する事はないだろうと思っているからか、最初から何も期待していないような様子でウルへと案内を頼もうとしていた。ウルの方も、それを見越していたかのように、2人へと元気な返事を返す。
「ニャ!ウルに任せるニャ!」
「ちょっと!さっきから私の事無視して話しを進めないでよ!」
「大事にゃ話しを邪魔しちゃ駄目にゃ。もう少し空気を読んで静かにしてるにゃ」
「私の扱い雑じゃない!!?」
「そんにゃの何時もの事にゃ」
「何ですって!?」
「はいはい、今日も可愛いにゃ」
「な、何よ!急に褒めたって何も出ないんだからね!」
「ほんと…アイツってちょろいな…」
本当にそれで良いのかと思ってしまうくらいティの扱いが簡単過ぎて、バルドじゃなくても心配せずにはいられない。だけど、今は速く屋敷へと帰らないといけないため、母様達が心配する前に帰る必要がある。
「じゃあ、母様達が待ってるしそろそろ帰ろう?」
「そうだな。腹も減って来たしな」
お菓子はみんな広場にいた妖精達に渡していたため、僕達も少しだけお腹が空いて来た。出来るだけお昼に間に合うようにと、みんなで来た道を引き返そうとしていた時、ネアが急にピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
「……誰かいる」
「えっ…?」
鋭い目をしながら言うネアの言葉に、ルイ達が辺りの様子を伺うように耳をピクピクと動かし初め、ある一点の方向を向いた途端ピックンと動きを止める。その方向をネアと共に凝視していると、ゆっくりとした様子で木々の間から1人の影が現れた。
「その髪、レグリウス家の人間か?」
「えっ…?」
木々の間から出て来た男は何処か確信を持ったような声で、真っ直ぐ僕へと視線を向けながら問い掛けて来た。だけど、フードで顔をすっぽりと隠して誰なのかも分からない怪しい人間に、正直に名乗らない方が良いと思い口を噤む。だけど、何も言わずにみんなが口を閉じている中、1人だけ口を開く人がいた。
「あーっ、確かシェリアもそんな名前だったわね?だったら、シェリアの弟で息子であるアンタも、そんな名前なの?」
「ティ!!」
「お前なぁ!!」
「えっ!?な、何!?」
何か言っては行けない事でも言っただろうかとティは慌てだすけれど、既に言ってしまった言葉が戻って来る事もなく、その言葉は相手にまでしっかりと届いていたようだった。
「やっぱりな、その髪色で間違いないと思ったぜ」
「どうやら、今回は人違いじゃないようですね…」
「今度出掛ける時、その髪染めた方が良いんじゃないか?」
「そうかもしれない…」
目立つこの髪が原因で、色々なトラブルに巻き込まれているような気がして、父様達に似ていて好きだったこの髪色が、何だか少しだけ嫌いになりそうになる。
「てめぇーら!さっきから俺の事無視して何ごちゃごちゃ言ってやがる!俺の事舐めてんのか!?」
去年にもっと怖い想いをしたからか、僕達が意外と冷静になって話していると、それが気にいらないといった様子で凄んた顔で声を荒げるが、言葉が通じている分、まだあの時のような絶対的な恐怖は湧いて来ない。そんな中、男にも負けないほど殺気立っている人がいた。
「お前が…猫を虐めようとしている奴か…」
「おいっ!バカな行動は止めろよ!!」
横でただならぬ様子を見せ始めたネアに、バルドが慌てた様子で止めに入ろうと身構えるけれど、ネアはその場から動く事もなく、わなわなと身体を震わせるだけで何も行動しようとしない。
「くっ…アイツをぶっ殺してやりたいと思うのに…両腕が塞がっていて何も出来ない…」
「よし!お前がバカで良かった!」
腕に抱いているルイを下ろす事が出来ず悔しげな声を出すネアに、バルドは良くやったとばかりにガッツポーズを取る。けれど、そんな緊張感に掛けるやり取りに、すかさず怒りの声が向かい側から飛んで来る。
「こっちを無視して漫才やってんじゃねぇよ!!」
「「「あッ!」」」
ついネア達のペースに流がされて、側にいた僕達も怪しい人物がいる事を忘れそうになっていた。
「どいつもこいつも俺の事を馬鹿にしやがって!!」
男が苛立ったように叫びながら地団駄を踏むんでいると、顔のフードが徐々にずり落ちて男の顔が顕になる。その顔は顎には無精髭が生えていて、如何にも悪人といったような悪そうな顔をしていた。ある程度怒りを爆発させ終えると、乱れた息を整えてから再度僕達の方へと視線を向けた。
「だが、お前を人質に取る事に成功すれば、彼奴等の俺を見る目も変わるまずだ!それに、あのすかした男も俺に手出しは出来ずに従うしかなくなるだろうな!なにせ、家族に対する甘さは俺達の国にまで知れ渡っているからな!」
再び興奮しだした男の顔が、底意地が悪そうな笑みに変わる。どうやら、男の狙いは僕と言うよりは父様が狙いのようだった。
「だが、こんな森にガキだけでいる越させるなんてな。過保護ってのも噂ほどではないのか?まぁ、良い。俺は彼奴等みたいに二の足を踏むような臆病者じゃないからな。それに、もしもの時の保険も連れて来たしな」
何処か自分を納得させるように一人で話している男を観察していると、勇ましい声を上げる者がいた。
「ちょっと!私の森で好き勝手な真似はさせないわよ!!」
「あ、あんまり刺激しない方が……」
「何だと!?小せぇくせに生意気な事言ってんじゃねぇよ!?」
「ふんっ!アンタこそ、この妖精女王の力を思い知りなさい!!」
「えっ!?そんなのあるの!?」
「にゃいにゃ」
ティの言葉に僕が驚きの声を上げれば、ルイからは即座に否定の声が上がった。だけど、既に激高している男に止まる様子はない。
「はっ!おもしぇじゃねぇか、だったらその力とやら見せて貰おうじゃねぇか!?」
男が背後へと何かしらの合図を送ると、枝などを踏み折るようなバキバキとした音を立てながら、体調が3メートルくらいありそうな姿が現れる。外見はトカゲが二足歩行したような姿だけど、その表面は硬い鱗でびっしりと覆われており、口にも鋭い牙が生えていて、ただのトカゲではない事を物語っていた。
「だから刺激しない方が良いと言ったんです!」
「私にそんな事言った!?それに、今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう!?」
「くっ、腕さえ使えたら…」
「いや!腕じゃなくて剣があっても無理だろ!?そもそも、お前はルイを下ろせば良いだけじゃんか!?」
「貴方達!今はふざけている場合ではないですよ!?」
状況が混乱し切迫し始めているというのに、たとえ剣があったとしても太刀打ち出来なさそうな相手にネアが如何にも悔しげに呟くので、すぐさま2人の容赦ない突っ込みが入る。
さすがに似たような状況になるのが3度目となり、周りに自分よりも混乱した人がいるからk、冷静に見れている自分がいる。だけど、僕が冷静になった所で何かが変わるわけでもなく、状況だけが変わって行く。
「これを見て、未だに漫才してる余裕があるのは認めてやるよ。だが、その余裕も此処までだ!だが、安心しろ。甩があるガキ以外は、奴隷として高値で売ってやるからよ!」
男がそう言って余裕そうな表情で高笑いをすると、急に空が暗くなったと思ったら、木々の間を突き破って何かが上から落ちて来て、辺りに物凄い音地響きがなり響き、大量の土煙が沸き起こる。その光景は、何処か何時かを連想させるもので、僕は棒立ちになって状況を見ていると、土煙の向こうから聞き覚えのある声が飛んできた。
「リュカ!大丈夫か!?」
土煙が少し晴れると、向こう側には少し焦ったような兄様が赤い龍の背に乗って立っていた。
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