あの時の怪我
「ねぇ?ティ達の姿がもう見えないけど、急いで追い掛けなくていいの?」
ティの後を追って森に入ったのは良いけれど、全く急ぐ様子もなく進むネアへと向けて声を掛ければ、こちらを振り返ることなく簡潔に返事を返して来る。
「場所も聞かずに飛び出したんだ。こっちへとまた戻って来る可能性がある。だから、それとすれ違わないように、ゆっくりと進んだ方が良い。それに、無駄に急いで乗り心地が悪いと言われて指名されなくなったら嫌だ」
最後の方に本音が漏れているような気がするけれど、ネアなりにちゃんと今の状況判断は出来ているようだった。だけど、それを案内している方はいまいち信用して良いのか分からない。
「本当にこっちの方向で当てるのか?」
「そうにゃ。どうせ途中で、立ち往生しにゃがらルイが来るのを待ってるにゃ」
「でも、途中で方向を変えたかも知れないだろ?」
「真っ直ぐ進んだにゃら、女王は真っ直ぐにしか進めにゃいにゃ」
ティが飛んで行った方向に真っ直ぐ歩いて来たけれど、途中で方向を変えた可能性もある事に気付いたバルドがルイへと話し掛けるけれど、素っ気ない返事だけが返って来る。
「それに、あっちから話し声が聞こえて来てるにゃ」
ネアの腕の中でゆったりと寝そべりながら、僕達が進んでいる方向に耳だけを向けてルイは言うけれど、僕が耳を済ましてみても誰の声も聞こえて来ない。
「何も聞こえないよ?」
「あんにゃに騒いでるのに聞こえにゃいにゃんて耳が悪いのにゃ」
「なぁ?本当にあってるのか?」
「猫が言う事に間違いはない」
ルイが言っている事に、何処か疑わしそうな様子でバルドも問い掛けるけれど、猫に対する絶対の信頼があるのか、ネアはルイの言葉を一切疑う様子もなく、きっぱりとした様子で言い切っていた。だけど、視線はずっとルイに固定されていて、前を見ているのかどうかも怪しいように見える姿では、どうしても説得力に掛けていた。
「もう少し進んで出会えなかったら、1度元の場所まで引き返しましょうか?」
「そうだね」
「その必要はにゃいにゃ。もう直ぐそこにいるにゃ」
ルイは興味なさそうにあくびをしながらそう言うけれど、何処まで信用して良いのか分からない。それでも、森の奥へと進むに連れて、しだいに聞き覚えのある話し声が聞こえて来た。
「ルイの言ってた桜の木は何処にあるのよ!?」
「ティ様。桜の木だけじゃ、場所は特定出来ないですニャ」
「どうしてよ!?」
「生えている場所が何箇所かありますニャ。だから、ルイに聞かなきゃ正確な場所は分からないですニャ」
「もう!ルイは何処に行ったのよ!」
自分が置いて行ったのにも関わらず、まるでルイが迷子にでもなったかのような言い草のティに、内心ため息を付きそうになるけれど、ティ達が無事に見つかった事に安堵感の方が大きかった。茂みを掻き分けながら近付くと、その音などが聞こえたのか、僕達が来た事に気付いたようだった。
「あッ!ようやく来たわね!!さぁ!案内しなさい!」
「あそこはお気に入りの場所にゃ。だから、案内したくにゃいにゃ」
「今はそんな事言っている場合じゃないでしょ!」
僕達の姿を見つけるなり、ティはネアの腕の中にいるルイに詰め寄るようにして問いただすけれど、ルイは煩そうにしていて、教える事を渋っているようだった。そんなルイの様子に、ティは苛立ったように声を荒げるけれど、ルイはそっぽを向いたまま動く様子もない。
「ルイは、何時もどの辺りで寝てるの?」
「頻繁に場所を変えるから、誰も知らないですニャ。それに、みんなで侵入者達用の罠を仕掛けたりしてる時も、ルイはサボって寝てるのニャ!」
黙り込んでしまったルイに変わって、場所の検討だけでも付けられないかと思ってウルに尋ねれば、別の不満が吹き出したようだった。
「それで、毎回のようにウルがルイを探しに来るのにゃ。大喧嘩ににゃった時も、散々だったにゃ」
「それはウルのセリフニャ!下にあった罠の上に落ちて怪我をしたうえ、道を通って別の場所に飛ばせれて散々だったニャ!」
「ウルが踏み台にゃってくれたおかげで、あの時は怪我なく済んで助かったにゃ。さすがルイの兄だにゃ」
「踏み台になろうと思ったわけじゃないニャ!それに、そんな時だけ兄扱いニャ!リュカ様が怪我を治して下さらなかったら、森にも帰れたか分からないニャ!」
「えっ…!?あの時の怪我って、僕の魔法が当たったわけじゃなかったの…?」
「何言ってるニャ?」
「う、ううん!違うなら別に良いんだ!」
僕がウルの言葉に驚きの声を上げれば、ウルは何を聞かれたのか分からなそうに首を傾げながら、不思議そうな視線を僕へと向けてくる。僕はそれに何処か誤魔化すように返事を返すけれど、あの時の怪我が僕の魔法のせいじゃない事に少しホッとしていた。
「でも、なんでそんな罠なんて危ない物を設置してるんだ?」
「そうですね。実際に怪我人が出るいるわけですし、設置する意図とかがあるんですか?」
「アンタ達人間が!魔力が豊富で貴重な素材が取れるって言って、無制限に森の資源を取って行ったからでしょう!!」
「そのせいで、森に生えていた魔物避けの植物が少なくなったのニャ。それで、魔物が入って来る可能性があるけれど、ウル達はあまり戦えないですニャ、だから、少しでも罠を仕掛けて牽制してるのニャ」
「一応、結界を張って森を閉鎖して入れなくしてるにゃ。でも、女王はまだ未熟だから、不安定で綻びがあるのにゃ」
「言われなくてもそんなの分かってるわよ!みんなに協力もして貰ってる事も!だから、せめてみんなが不安にならないように、怪しい奴が出たら私がみんなを守らなきゃいけないの!」
何処か切羽詰まっているようなティの様子に、ティはティなりに森にいるみんなのために頑張っているようだった。何時も自信があるような言動を取るのは、周りを不安にさせないようにしていたのかもしれない。そう思えば、ティの日頃の様子も納得できた。
「ルイも、頑張ってるティ様に少しは協力するニャ!」
「頑張ってると言うより、ただ空回りしてるだけにゃ」
「ルイ!なんて事言うのニャ!」
「はぁ…、もう分かったにゃ…。お気に入りの場所は、もう少しあっちに行った所にゃ…」
だけど、ルイは如何にこれ以上煩く言われるのが嫌といった様子で渋々と動きながら顔を上げると、前足である一方の方を指差した。それを見ていたティは、気を取り直すように気合の入った声を上げる。
「よし!さっさと行って解決するわよ!」
掛け声を上げて進み始めるティに続いて、僕もみんなの後を追おうとすると、誰かがズボンの裾を引っ張る気配を感じた。視線を下に向けると、フィー爪を引っ掛けながら、まるで僕を引き止めるようにして引っ張っていた。
「1度、知らせておいてからの方が良いですかね…?」
「…うん」
「だけど、止まりそうにないですよね…」
僕と一緒にいたコンラットも、足元のフィーに気付いてきまり悪そうな顔を浮かべながら言う。僕もその言葉に肯定の返事を返すけど、体力も力もない僕達には、あの勢いを止めるのは無理そうな気がする。それに、ティがいる所までと言っていた張本人も、ティの決意を聞いて気が変わったのか、一切反対するつもりなどない様子で進んでいた。そのうえ、何時も力になってくれるはずのネアも期待出来ない。
「私達だけ戻って知らせると言う事も出来ないですからね…」
ルイしか場所を知らない以上、此処でみんなと離れたら、人を呼んで来たとしても、みんなの場所へと着けずに終わりそうだ。どうしようかと僕達が途方にくれていると、何か閃いたようにコンラットが声を上げた。
「あっ!フィーに伝言で伝えると貰うというのはどうでしょうか?何も伝えないよりは、一言でも伝えておいた方が良いと思います」
「うん!僕もそれが良いと思う!ねぇ?母様達に、ちょっとティと一緒に奥の方まで行って来るって伝えて来てくれる?」
契約者なら、召喚獣が伝えようとしている事が分かると授業で聞いた事があったので、当たり障りのない部分だけをフィーに伝えて貰おうと思ったけれど、フィーは僕の言葉に首を振るばかりで、その場から離れようとする気配はない。
「困りましたね…。アルノルド様の召喚獣も姿も見当たりませんし…」
「…うん」
一緒に上を見上げて見るけれど、森を入った後も見えていた父様の召喚獣の影がいつの間に消えていた。森の入口の辺りは、人の手が入ったように木々の枝も切られていて飛ぶのにも支障はなかったようだけど、僕達が今歩いている場所は、枝が乱雑にあちこちに伸びて、飛びに辛そうに見える。
「見失ったんでしょうか?」
「うーん…、どうだろう?」
父様の召喚獣がそんなミスをするとは思えないけれど、何処にも姿が見えないのは事実だから、何とも言いようがない。僕達がどうしようかと悩んでいると、それを遮るように大きな声が辺りに響いた。
「来ないと思ったら、そんな所で立ち止まってどうしたんだよ!?」
「付いて来ないなら、此処に置いて行くわよ!」
「今行くよ!」
僕達がいない事に気付いて戻って来たバルド達から、急かすような声を掛けられ、僕は慌てて引き留めようとしているフィーを急いで抱き上げると、急いでバルド達が待っている場所へと急いだ。
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