追い掛けて
「これ美味しいね!」
「うん!美味しい!」
「いっぱい持って来たから、みんなどんどん食べてね!」
「それを運んで来たのは、俺達だけどな…」
僕達が運んで来たお菓子をさも自分が運んで来たかのように振る舞うティの姿に、バルドは少し不満そうな顔をするけれど、見た目が小さい子供で、無邪気にお菓子を食べている光景にしか見えないから、妖精達の邪魔するのは気が引けるのか、その声はとても小さかった。
「バルド、大人げないですよ。それに、何時までもそう目くじら立てなくても良いのではないですか?」
「俺も別にそこまで怒っているわけじゃないんだけど、人の話し聞かないで自分中心みたいな話し方されると、何故かこう…もやっとするんだよな…」
コンラットが軽く注意でもするように問い掛けるけれど、問い掛けられた方も自分でもその理由を上手く説明出来ないのか、何とも微妙そうな顔を浮かべては首を傾げていた。
「言って置きますけど、貴方もそう変わりませんからね」
「ネアだって俺とそう変わりないだろ!俺ばっかりに言うなよ!」
「確かにそうですけど、今のネアに何を言っても意味がなさそうですからね」
コンラットが横目で視線を向ける先では、猫達がお菓子を食べる姿を見ているネアの姿があった。だけどその目は、まるで夢心地にでもいるみたいにうっとりとしており、僕達が今話している声も聞こえていなさそうだった。
「あの様子を見ると、機嫌は直ったみたいだな」
「そうですね。さっきは少し、怖かったですからね…」
「…うん」
僕達が持って来たお菓子をみんなへと振る舞うと、ネアの周りを取り囲んでいた猫達は途端に興味を失ったかのように離れて行き、ネアは1人だけ取り残されたようになってしまった。そのため、お菓子の箱を開けた僕達に恨みがましい視線を向けて来ていて怖かった。だけど、ようやく少しは落ち着いたようだった。
「どうしても持って行って言われて頼まれて断われなかったの!」
「すごい!さすがティ様!」
「まぁ、私ほどにもならば当然だけどね!」
ティの方はと言うと、仲間達に囲まれながら事実とは多少異なる事を得意げに話して聞かせては、さらに得意げな顔をしていた。だけど、少し舞い上がり過ぎているような気がする。
「止めなくて良いのかな…?」
「多少誇張はされてますが、持って言ってと言われたのは本当ですからね…」
「だけど、お菓子持って来ただけで、別に大して凄い事じゃないけどな…」
お姉さんからお菓子を手渡された時にティへとそう声を掛けていたけれど、友人へと渡すような気軽な感じだったから、どうしてもという感じではなかった。それに、お土産を持って来ただけで、あそこまで称賛される理由がよく分からない。すると、それを聞いて妖精の1人が声を上げた。
「そんな事ないよ!人間達と仲良しなだけでも凄いんだよ!それに、怪しい奴らが来た時も1人で追い払ってくれた事もあるんだよ!ねぇ!?ティ様!?」
「そ、そうね…!」
僕達の側にいた子が反論しながらティへと視線を投げかけるけれど、実際に自分で追い払ったわけじゃない事を知っている僕達がいるからか、何処となくバツが悪そうに視線を逸らすようにして返事を返していた。そんなティに、近くでお菓子を食べていたルイが、誰ともなしにポツリと呟いた。
「怪しい奴にゃらいたにゃ」
「ルイ、それはもう解決した件でしょ!」
「違うにゃ。その後の話しにゃ」
「はぁっ!私、そんなの聞いてないわよ!」
「そうだったかにゃ?それにゃら、言い忘れてたんだにゃ」
「忘れてたですまないでしょ!それ!何時の話よ!」
「そんにゃの覚えてないにゃ。でも、隣の木の桜は咲いてたようにゃ気がするにゃ」
「それなら最近じゃない!何でもっと速く言わないのよ!まさかと思うけど、まだ森にいるとか言わないでしょうね!!」
「たぶん、今もいると思うにゃ。でも、慌てなくても大丈夫だと思うにゃ」
「大丈夫じゃないわよ!」
驚き慌てた様子のティの問い掛けにも、全く危機感もなさそうなゆったりとした態度でお菓子を食べながら話すルイの姿に、ティは憤ったように声を荒げる。そして、そんな2人の会話を聞いていた妖精や他の猫達にも、不安や焦りが伝染したように慌て初めた。
「どうしよ!」
「怖いにゃ!」
「酷いことされるかも!」
「いじめられるにゃ!?」
「みんな!落ち着くニャ!」
そんなみんなを落ち着かせようとウルが声を上げるけれど、混乱しているみんなにはその声が届いていないようで、その場の混乱が落ち着く様子はない。
「ど、どうしよう!」
「とりあえず!落ち着けないと!」
「どうやってだよ!?」
「知りませんよ!!」
何かしなければと思いながらも、僕達もどうすれば良いのか分からず、オロオロとしながら言い合いをしていると、ゆっくりと何かが動く気配がした。
「…っ…し…こう」
みんなが騒ぐ中、物凄く低い声が静かに響き渡る。その声はとても小さかったけれど、何処か感じる恐怖を感じるような気配にひきずら、一瞬にして広場が静寂に包まれる。みんなの視線が向かう先へ僕も恐る恐ると視線を向けると、地鳴りでも起きそうなくらい黒いオーラを放っているネアの姿があった。
「ね、ネア…?ど、どうしたんだ…?」
バルドが少し声を震わせながら気丈にもネアへと尋ねれば、今のこの場の雰囲気には似つかわしくないような満面の笑みを浮かべるも、それが何処か怖い。
「そいつ、ぶっ殺しに行こう。猫を虐げる奴は、みんな死んでいい…」
バルドへと答えたネアの目は完全に据わっていて、冗談などではなく本気で言っているのが伝わって来た。背中に冷や汗が流れそうになる僕の隣で、バルドがそんなネアの様子に戸惑いを隠せない様子で問い掛ける。
「い、行くって!お前、そいつが何処にいるか知ってるのかよ!?」
「それは…知らない…」
「知らないのに行けるわけないだろ!」
「草の根分けてでも見つけ出す。だから、大丈夫だ」
「そいつが武器とか持ってたらどうするんだよ!」
「問題ない」
「そんなわけないだろ!武器を持ってるかもしれない相手に素手で勝つのは、訓練を受けた奴でも難しいって親父だって言ってたんだからな!」
「素手でも大丈夫だ」
「それは、どっから来る自信なんだよ!」
無謀な行動に走りそうになるネアをバルドが必死で止めている隣では、少しだけ落ち着きを取り戻した妖精達がティの周りに集まって話している話しも、良からぬ方向に進もうとしていた。
「ティ様なら!今回もやっつけられますよね!?」
「ドラゴンも追い払ったティ様なら簡単ですよね!」
「そ、そうね!」
「さすがティ様!」
「ティ様!お願いします!」
「ふ、ふふん!私に任せておきなさい!」
「お前には無理だって!」
みんなから煽てられて、安請け合いするように返事を返したティにバルドの鋭い突っ込みが入るけれど、そんな事でティが止まるわけがなかった。
「そんなわけないでしょう!ルイ!その怪しい奴を見かけた場所まで、私を案内しなさい!」
「だから!お前には無理だって!お前等もさっきから見てないで止めろよ!」
ネアの事を力付くででも止めようとしていたバルドが静止の声を掛けるけれど、それでも止まる気配がない様子に、焦った様子でこっちへと声を掛けてきた。だけど、そんな焦る様子を見るコンラットの方は、何だか少し冷めているようだった。
「日頃の私の苦労が、少しは分かれば良いと思います」
静かに言ったその言葉は聞く限り、今はバルドの事を助ける気はない様子だった。その間にも、ティ達の暴走は止まれない。
「ルイ!速く出発するわよ!さっさと動きなさい!!」
「だから!駄目だって!」
何時もは止められる側だからか、どうにも不慣れな感じで止めようとはしていたけれど、そのせいか段々と場が混乱し始めた。すると、その空気を壊すようにやる気のなさそうな声が響く。
「ルイは行くとは言ってにゃいにゃ。それに、そんな面倒にゃ事したくにゃいにゃ」
「何ですって!」
「森の一大事かもしれないのニャ!ルイはちゃんと案内しなきゃ駄目ニャ!」
興奮しているティに続くように、ウルも叱るようにルイに苦言を呈するけれど、ルイはまるで自分には関係がないように毛づくろいをするだけだった。
「こんにゃ暑い中、ルイは歩きたくにゃいにゃ。でも、乗り物があるにゃら行くにゃ」
此処まで歩いている間に日もだいぶ高くなって、夏の暑さを感じ初めた広場でルイが向けた視線の先には、ネアの姿があった。
「確かに、移動するには乗り物が必要だな」
「いや!普通にいらないだろ!」
「森の中なんて歩いたら、柔らかい肉球が怪我をするだろ」
「他の奴らは普通に歩いてただろ!」
「猫の神秘か」
「それは何か違うだろ!そもそも!わざわざ危ない場所に行く必要ないだろ!」
「それを…貴方が言いますか…?」
キリッとした目をしながらも、何処まで本気なのか分からないネアが、ルイの言葉に納得したような様子で頷いている様子に、バルドがあり得ないとばかりに声を荒げるが、そんなバルドの言動にコンラットは納得がいっていないような微妙そうな顔を浮かべていた。
「ウルからも、ティには止めといた方が良いって言った方が良いぞ!」
ウルの言葉なら自分の言葉よりも聞くと思ったのか、今度はウルへと白羽の矢を立てるけれど、ウルの様子はさっきと何処か雰囲気が変わっていた。
「ウル達を心配して貰えるのは嬉しいのですが、そういうわけにはいかないですニャ」
「そうよ!私はこの森の管理者なんだから!」
「これは、ウル達が解決しなきゃいけない事ですニャ」
真剣な雰囲気で言うウルの様子に、バルドも何処か迷うように困惑した表情を浮かべる。そんな深刻そうな空気になりかけている横で、一歩踏み出す影があった。
「やはり、付いて行くしかないな」
「お前は駄目だろ!なんで普通に行こうとしてるんだよ!」
「コイツ等だけで行かせるよりも、無茶をしないように監視する人間がいた方が安全だ」
「なんで!そこだけは正論な事を言うんだよ!」
引っかき傷が残る顔で、何時も浮かべるような真面目そうな顔をして言うけれど、何処か別な下心が何処か透けて見えるような気がする。
「とくかく!私は行かなきゃいけないの!それに、私だけでだって解決出来るんだから!」
「ま、待つニャ!ルイも速くティ様を追いかけるニャ!」
「…面倒くさいにゃ」
場所も何も分からないはずなのに、僕達を置いて飛び出して行ったティの背中を追いかけるようにウルが走り出せば、ルイはのっそりとした様子で起き上がるとネアの方へと歩き出し、ネアも当然とばかりに抱っこをして歩き出していた。
「お前等は先に帰ってていいぞ」
「だから!お前1人で行かせるわけにはいかないだろ!ティを連れ戻すまでだからな!」
苦言を呈しながらも、何処か楽しげな様子でネアの後に続くバルドの背に、コンラットはため息を零していた。
「はぁ…結局、こうなるんですね…。まぁ、最初から止められると思ってませんでしたけど…」
普段なら止める側のはずのネアが率先として行こうとしているうえに、暴走している人が何時もより多いこの状況では、最初から止まるはずがないと分かっていたようだった。僕も、何となくそんな気配を察していただけに、今回は諦めが付くのも速い。
「僕達も行く?」
「そうですね」
少し距離が空いてしまった背を追い掛けるように、僕達もティが飛び出して行った方へと歩き出した。
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