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最後に (??視点)


「ぁ゙あぁー!!揃いも揃ってこの私を馬鹿にして!!誰が産んでやったと思ってるのよ!!」


自室に戻るなり、声を荒げながら目に付いた物を床に叩き付けて行く。普段であるならば、自身で集めた調度品の数々に癒やされるのだが、今は目に付く物全てが忌々しい。視界の端に何か光る物が写り、そちらへと視線を向ければ、そこには最近手に入れたばかりの扇子が飾られていた。入り込む日差しに照らせれ、色鮮やかに輝くそれは、自身が今感じている感情とはあまりに正反対であり、神経を逆なでされているようだった。なによりも、無性に誰かを彷彿とさせれる。


「本当に忌々しい!!」


足音荒く窓際まで歩を進め、扇子を力任せに床に叩き付ければ、バキッという鈍い音を立てて折れた。折れて壊れた扇子を足で踏み付けた事で、幾分か気が晴れた女は、肩で呼吸をしている荒い息を鎮めようと、窓の外へと視線を向ける。するとそこには、苛立ちの元凶である人間が、楽しげに庭でお茶をする姿があった。


「シェリア…!」


小さく呟くように怒りの籠もった声を上げながら、憎々しげな様子で左手の親指の爪を噛んでいる姿は、令嬢としての品位に掛けていた。


幼い頃から苛立った事があると直ぐに爪を噛んでしまうクセがあったが、両親からも何度か指摘された事もあり、社交界に出るようになってからはその頻度も少なくなっていた。しかし、ここ数年の間にあった度重なるストレスと、誰からも注意などされない環境だったため、そのクセが再燃していた。そのうえ、嫌悪して視界にすら入れたくないと思っている女と席を同じくしている事もあり、その女の怒りは燃え上がるばかりだった。


「あんな身の程知らずと席を同じくするなんて!シェリアは公爵家としての誇りさえも失ったの!!?」


自身の娘を避難すると共に、公爵家とは格が違う伯爵家の人間が自分を差し置いてその恩恵を享受し、嫁として我が物顔で居座っている事が許せない。


「あの子が私に冷たくなって、私がこんな目にあっているのも、全部あの女のせいよ!」


逆恨みにも似た言葉を発しながら、息子が変わる原因を作ったであろう女を見る目は、まるで常軌を逸脱したような目をしており、理性の欠片も残ってはいないように見えた。


その頃は、まだ夫であるあの男の醜聞が世間に出回っており、周りの目を気にする必要があった。そのため、結婚式では表だっては何も言えなかったが、1度だってアレを嫁だなどと認めた覚えなどない!それに、あんなのが同じ家紋にいるかと思うだけで吐き気すら込み上げてくる。だが、今はその女1人さえ追い出す事が出来ないのがもどかしい。だからこそ、まるで過去の所業をせめるかのように、今の境遇へと追い込んだ者への憎しみが増す。


「男に生まれなかったのがいけないでしょ!嫡男として生まれたたら、私だって愛して上げたわよ!!女が生まれたせいで、夫や義母から白い目で見られた私の苦労も知らないで!!」


嫌悪している者達が楽しげにしている様を見ると、今直ぐにでも乗り込んで、あの場をめちゃめちゃにしてやりたい!けれど、今しがた釘を刺されたばかりでは、不用意に行動に移す事が出来ない。自由に動けない事を苦々しく思っていれば、それを邪魔するうように部屋をノックする音が聞こえた。


「誰よ!」


「お、奥様…紅茶をお持ちしました…」


部屋に入って来たメイドは何処か怯えた様子で、必死で女の機嫌を伺う様な様子を見せた。人が入って来たからか、それとも窓の外の光景から目を逸らしたからなのか、女は少し冷静さを取り戻したようだった。


やはり、私の前に立つ人間の態度は、みんなこうでなければいけないわ。滑稽な姿を見ていると、先程まで感じていた苛立ちが和らぎ、胸に愉悦感が込み上げてくる。


「そうね。頂こうかしら」


歪な笑みを浮かべながら、メイドへと優しげな声を上げる。しかし、その落差が逆にメイドの恐怖を煽るように、メイドの顔色は悪い。その様子に女は満足気な様子を見せ、メイドが持って来た紅茶を手に取りながら、再び外へと視線を向ける。


自身にも使えるコマがいる事を思い出し、先程よりも落ち着いた気持ちで観察すれば、来た時にはさして気にならなかった子供等が目に入る。あの時は、あの子へと視線が行ってしまっていたが、こうして見れば上の子は利発そうで、下の子は何とも懐柔しやすそうだった。しかし、下は母親に似たのか、野蛮そうで下位も低そうな者達と付き合おうとする所や、地べたに座って紅茶を飲むなど品位に掛ける行動は目に余る。見た目はあの子に似たのだから、1度きちんとした教育をすれば、何かと役に立ちそうだ。だからこそ、先に嫡子の方を丸め込もうとして失敗したのは失敗だった。


「いらっしゃると思っていましたよ」


客室の扉を開ければ、予想した人物ではなく、不敵な笑みを浮かべながら私を待ち構えたかのように立っているあの子の姿があった。報告では、奥の部屋の2つは子供等が、手前の左はあの女が2人で使うと聞いていたため、てっきり此処は上の子の方が1人で使っていると思っていた。だが、話しがあると呼び出しても来なかったこの子が、今、此処にいるなら話も速い。


「ちょうど良かったわ。私も、あなたに話しがあったのよ。いい加減、あの女とは離婚しなさい。嫡子とその予備が産まれたんだから、もう用済みでしょう。それに、そろそろ家格にあった相手と…」


「ふっふふ…」


「何が可笑しいの?」


私の言葉の途中で笑い出す不躾な態度に苛立ちが込み上げてくるけれど、全てはあの低俗な女の影響であり、この子に否はない。やはり、此処は母親としてこの子を正しき道に戻して上げなければいけないと、昔のように優しげに問いかければ、思ってもいない返答が返って来た。


「いえ、人間とは、苛立ちが募ると自然と笑いが込み上げて来るものだという事を、私は今初めて知りましたよ…」


「なんですって?」


「あぁ…その気色悪い猫なで声も止めて頂きたいですね…不快でしかないので…」


こちらが優しく対応したというのに、突き放すような態度に自然と目尻が上がけるが、あの子が最後の言葉を言い放った途端、まるで別人と入れ替わったような何故か急激な悪寒に襲われ、体の震えと共に声が出ない…。


「また、私の目を盗んで家族に近寄ろうなどいう考え起こしたら、私も容赦しませんよ…」


眼の前にいるはずなのに、得体の知れない者の前に立たされたような恐怖を感じ、まともに顔を見る事が出来ない。私は何かに突き動かされるようにして部屋へと逃げるように戻ったが、あれは何かの間違いに違いない。現に、父親であるあの男は、部下と共に南の島へと逃がした事を私は知っている。なにより、素直に言うことを聞く優しいあの子が、私にあんな態度を取るわけがない。しかし、


「あの男ではなく!母親である私こそ大事にするべきでしょう!!」


昨夜の事を思い出した事で苛立ちが再燃し、カップを力任せに置くと、静かな部屋に大きな音として響く。その音に、部屋に立たせたままにしていたメイドが、驚いたようにビックっと体を振るわせる。何時もなら、その様子を見れば気は紛れたりもするが、今日は全く気が晴れるような気がしない。


「それに、アレを売ればさらに財を築いて、私はまたあの華やかしい場所で返り咲けるのに…ッ!」


母親である私に冷たくした事を後悔して、私の頼みを断れるはずがないとアレを持って来るように告げれば、ゴミでも見るような態度で、禄に相手にもされず、隣にいる執事にさえ小馬鹿にしたような目線を向けられる始末。


先程、まるで相手にもされなかった事を思い出せば、取り戻したはずの冷静さなど薄れ始める。


「警告を無視するようなら、シェリアの前に自分が片を付けるですって!!姉と同じように、あの子もこの私を殺そうとするなんて!!みんなして私だけを悪者にしようとして!!」


「あ、あの…以前の件も、毒物の反応もなかったですので、まだそうと決まったわけでは…」


「煩い!それ以外に何があるの!!」


苛立ちのままカップを投げつければ、顔を庇うように出した左手に当たり、ガシャンという音を立ててカップが割れ、床に赤いシミが出来る。


「何してるの!?あなたのせいで床が汚れたでしょう!」


「…申し訳ありません」


「謝る暇があるならさっさと掃除でもしなさい!!」


「…申し訳ありません」


「はっ、あなたは謝るしか脳がないの?同じ言葉を繰り返すだけの頭の悪いメイドの相手をしていると、こっちにまで移りそうで嫌になるわ!」


以前ならば、こんな使えないメイドなど直ぐにでもクビにしていたが、変わりの手駒が直ぐに準備出来ない以上、気に入らなくても、これで我慢するしかないのが口惜しい。メイドに対して苦々しい思いを堪えつつ、あの件の事を振り返るが、銀食器の件も含め、私の紅茶がすり替わっていたのも、何時でも毒を仕込んで殺せると言うシェリアからの警告としか思えない。でも、シェリアに付く人間がいたとしても、そう簡単に私の紅茶をすり替えられるはずが…。


「アンタ、私を裏切ようとしていないわよね…」


「そ、そんな…私は…」


身近にいる、もっとも疑わしき者へと視線を向ければ、さらに顔を青ざめさせながら、言い訳を口にしようとする。


「借金塗れだったアンタの家を助けてやったのは誰だと思っているのよ!!」


「わ、私は、恩義をある方を決して裏切ったりなどいたしません…」


「それをこの私に信じろと!」


「お、奥様がお望みでしたら、身の潔白を示すために、何でもお引き受けいたします…」


「何でもやるのね?」


「…はい」


「それなら、毒見役でも頼もうかしら?」


私がそう言えば、メイドは無言のまま身体を震えさせいた。私を裏切らない手駒にするために、裏から手を回して親に借金を作らせ、それを肩代わりしてやったメイドだったが、私を裏切った可能性がある以上、大事にする理由はない。


「何でもやるのよね?なら、文句などあるわけがないわよね?」


「…はい。かしこまりました…」


顔を伏せたながらだったため、表情は伺い知る事は出来なかったけれど、さぞ絶望しきった顔をしているのかと想像すれば気分が良い。


気分が良くなると、冷静に物事を考える事が出来るようになるのか、怒りを滲まさていた先程と代わり、落ち着いた態度を見せる。


「部屋の掃除は後でで良いわ。とりあえず、あなたはアイツを呼んで来なさい」


「……かしこまりました」


低俗の人間らしい卑屈まった態度で部屋をさると、再び不愉快な声が聞こえて来そうな庭へと視線を向ける。


「どうせ、最後に笑うのはこの私よ」

お読み下さりありがとうございます

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