別人
「ドミニクが入れてくれる紅茶も美味しいけれど~貴方が入れてくれた食後の紅茶も美味しいわね~」
「………そうですか」
散々お姉さんにこき使われて1度は座る事が許された父様だったけど、昼食が終わると今度は食後の紅茶をお姉さん達に振る舞っていた。でも、その立ち姿や手際の良さは、僕達の紅茶を入れてくれた本職のドミニクにも負けてはいないようだった。
「外で飲む紅茶は良いけれど、やっぱりずっと同じ椅子に座っているのも疲れるものね〜?」
「それを私の前で言いますか?」
「え〜?楽だったでしょう〜?」
「……」
父様達が疲れている様子はないけれど、決して楽だったとは思えない。現に、一緒に運び作業をしていたダルさんは、食欲がないと言って今でも屋敷で休んでいる。
「やっぱりこんな硬い椅子だけじゃなくて、ソファーもあった方が良かったんじゃないかしら~?」
「い、いえ!ソファーはさすがに持って来るのは重いですし!それに、もう魔法も使って貰って快適ですので!」
流石にソファーは悪いと言って母様が断っていたけれど、それを聞いたお姉さんはその変わりに魔法を使うよう父様に頼んでいた。そうすると、森から吹いてくる涼しい風とは何処か違うひんやりと冷たい風が吹いて来て、夏の昼間なのに外で熱い紅茶を飲むのにちょうど良さそうな気温になっていた。だけど、お姉さんはそれだけでは満足しないようだった。
「遠慮なんてしなくたって良いのよ~?魔法を使えば苦もなく運んで来れるんだから~?それに、こんな硬い椅子にずっと座っているのは疲れるでしょう~?」
「疲れているなら、今からでも屋敷に戻って持ってくるが?」
「い、いいわ!必要ないから!?」
「そうか?」
僕だけじゃなくて母様にも十分に甘い父様は、母様が疲れていると聞くと、さっきまで気だるそうな空気から一転、途端にやる気でも出たかのような態度で行動に移そうとした。どうやら、お姉さんのためには動かないけれど、母様のためには直ぐに動くようだった。
そんな父様を慌てたように止めていた母様だったけれど、そんな空気を気にすることがないティは、飲み終わったカップを差し出しながら遠慮もなく声を掛ける。
「行かないの?じゃあ!おかわり頂戴!」
「エレナ。紅茶は足りているか?」
「ちょっと!こっちが先よ!」
ティの事を軽く無視して、背を向けるようにして父様が母様を優先しようとていると、不満そうな顔を浮かべながら怒っていた。だけど、さっきもお菓子を食べていたうえに、幾ら僕達が使っているカップよりも2周りくらい小さいカップを使っていると言っても、あの小さな体の何処にあの量が入っているのか謎だ。
「でも、あの弟が、自分からこんな甲斐甲斐しく世話するなんて~エレナは本当に凄いわね~」
「い、いえ!私が優しさに甘えているだけなので!」
「え~?それなら、もっと我儘を言って、扱き使っちゃえば良いのに~?」
「そんな、毎日仕事で忙しい中、何時も私のために時間を作ってくれているのに、これ以上甘えるのは…」
「エレナは、もっと私に甘えてくれて良い」
申し訳なさを滲ませながら下を向きそうになる母様に、父様はきっぱりとした様子で断言していたけれど、それに答えたのはお姉さんの方だった。
「ふふっ、本人もこう言ってるんだから、もっと甘えてあげなさい~。それに、仕事が幾ら忙しくても、妻の我儘を聞く甲斐性はあるはずよ~?そうでしょう~?」
「当たり前だ」
「それに、エレナ達のためなら国1つくらいなら滅ぼしてくれるかもよ~?」
「エレナ達に手を出して来るのであれば、当然、国だろうと容赦するつもりはない」
「あら~?そこは、出来ないと言っておく所よ~?」
「………」
簡単に出来る事を、何故出来ないと言わないといけないのかが分かない様子で少し考え込んでいるような父様に、お姉さんはまるで困った子を見るような視線を向ける。
「はぁ~、そこいう所だけは変ってないのね~?エレナ、弟は器用そうに見えて、少しずれている所があるから~、迷惑を掛けていたらごめんなさいね~?」
「あっ…はい…」
「でも、エレナからの話は、まるで別人の話しを聞いているようだったわ~」
「……」
父様の言動に、母様はなんと返答して良いのか困った様子を見せていた。けれど、お姉さんは横でいい笑顔を浮かべながら父様へと話しを振れば、父様は苦い顔を浮かべながら嫌な物でも見るような眼差しを向けており、対象的な雰囲気が2人の間に漂う。
「ふふっ、あんまりからかいすぎても後が怖そうだから、そろそろ一端お部屋に戻りましょうか~?」
「えーっ!もう帰るの!!」
「帰るんじゃなくて、少し場所を移すだけよ~?」
「それなら良いわ!」
「エレナさんも、一緒に行きましょう~?」
「は、はい!」
「後の片付けはお願いね~?」
さっきまでの空気を霧散させるようにお姉さんは母様に声を掛けると、最後にそれだけを父様を言い残して、上機嫌なティと申し訳無さそうな母様を伴って屋敷へと戻って言った。それを言われた方の父様は、ただ無言で軽くドミニクと目配せをすると、終わった食器類などを持って屋敷へと戻って行った。
「リュカ、この後はどうするつもりだ?」
「う~ん?どうしよう?」
父様達もいなくなってこの場に僕達だけになると、兄様が僕にそう訪ねて来た。僕はどうすれば良いのか分からず、首を傾げながら後ろを振り返えれば、直ぐに答えが帰って来た。
「部屋に居てもつまんないし、もう1回森に行こうぜ?」
「俺はどっちでも良い」
「私は、もう疲れたので部屋で休みたいです…」
「何行ってるんだ?まだ何もしてないだろ?」
「はぁ…もう…十分ですよ…」
父様達が会話している間、1番気まずそうにしていたコンラットは、既に疲れを滲ませたような様子でバルドへと返事を返していた。けれど、遊び足りないバルドの方はまだ元気が有り余っているようで、不思議そうな顔をしていた。そして、その反応にすら疲れたように、コンラットは少し遠い目をしていた。
「兄様は大丈夫?」
「いや、私は付いて行かない」
「え?兄様は来ないの?」
子供だけでは危ないからと森まで一緒に付いて来た兄様だったから、森に行くなら当然付いて来るものだと思っていた。なのに、急に付いて来ないと言い出したので、僕が疑問の声を上げれば、兄様は屋敷の方を振り返りながら言った。
「私は、少し父上の方に行ってくる。森には肉食の獣はいなかったからうえ、不明の存在も確認したからな。後は好きに遊んで来ると良い。それに、私がいては出来ない事もあるだろうからな…」
さっきの虫取りが上手くいかなかった原因が、自分にあると思っているようで、無表情の中にも何処か苦い物が混ざっているようだった。
「そんな事ないよ!それより、僕達も手伝った方が良い?」
「事実を事実を受け入れるのは大切だ。それと、リュカ達は手伝う必要はない。私でさえ、手伝わせて貰えるかは分からないからな」
自分達も手伝った方が良いか尋ねれば、兄様は何か誤魔化すような態度で、僕から視線をずらしたような気がした。
「私は先に行くが、怪我はしないよう注意だけはするように」
だけど、僕がそれを確認するよりも速く兄様は屋敷の方へと戻って行ってしまったため、僕がその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「俺達も行くか?」
「そうだね」
バルドの言葉に答えつつ、僕達も森の中へと入って行く。さすがに虫よけの効果は切れたのか、朝に入った時と違って虫の気配はあった。だけど、僕達の関心事と話題は別の事にあった。
「なんか、別人みたいだったよな?」
「そうですね。普段見かけるようなお姿ではありませんでしたね」
「貴族なんて、相手によって態度を変えるのが普通だろ?」
「それは…そうですけど…」
「でも、俺の親父はそんな事しないぞ?」
「お前の所は例外だ」
みんなの話しを聞きながら父様の様子を思い返すけれど、此処に来てからの父様は笑顔を浮かべる事が少なく、無表情になる事が多い。だけど、昔から父様を知っている人達は、自然とそれを受け入れているように見えた。
それに、無表情であっても怒っているという様子もなく、まるで自然体であるかのように父様も振る舞っていた。だけど、笑顔を絶やさない普段の様子しか殆ど見ていない僕達にとっては、やっぱり違和感しかない。
「まぁ、俺達が気にした所で、意味はないけどな」
「そうだな!じゃあ、誰がデカイの捕まえるか競争しようぜ!」
「いえ…大きいのは…ちょっと……」
「俺も興味ない」
「お前等!相変わらずノリが悪いぞ!」
普段のような空気になった事で、幾分か落ち着いた僕達は、その後夕方まで森の中を探検したりしながら過ごして屋敷に帰ると。
「あっ、遅かったわね。もうすぐ夕飯よ」
そこにはまだ帰る様子も無く、我が物顔でお菓子を食べながら寛いでいるティの姿があった。
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