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険悪


妖精に少なからず抱いていた幻想感というものが、この少しの間で見事に音を立てて崩れて行ってしまった僕は、なんと言って良いの分からず、その気持を誤魔化すように、隣にいたコンラットへと話し掛ける。


「妖精って絵本の中だけじゃなかったんだね?」


「私も、おとぎ話かと思っていました」


「失礼ね!ちゃんといるわよ!ただ、人間に見つかると面倒だから、無駄に関わらないようにしてるだけよ!」


僕が投げかけた言葉や、相槌を打つように返してくれたコンラットの言葉も気に入らなかったのか、少しむくれたように頬膨らませながら怒っていた。


「そもそも!私達を見つけると、人間がわんさかやって来るのがいけないんでしょう!!」


「そうなの?」


「そうよ!!」


疑問の声を上げた僕に、彼女が少し怒ったような口調で肯定した。何時も僕の疑問に答えてくれるはずの兄様は、何故か無言のままで、口を開くような様子はなかった。そんな兄様に変わるように、ネアが変わりに口を開く。


「妖精自体にも価値はあるが、妖精が暮らす森は魔力の質や量が多くて、貴重な薬草とかも生えやすくなるんだよ。だから、そういった物を売りさばく連中からは、昔から目印代わりに使われてたりもするんだよ」


「アンタ、子供のくせによく知ってるわね?」


「黙っていても、自然と情報が集まって来る場所にいるからな。それにしても、その女王なのに一人で出て来たのか?」


「だ、だって!みんな行くの怖いって言うし!頼れるのは貴方だけってみんなに言われたら、私が行くしかないじゃない!!」


「……それ、ただの捨て駒にされだけじゃないのか?」


「え?何?」


「……いや、何でもない」


少し照れたように言う彼女に、ネアが小さく呟いた言葉は聞こえなかったようで、不思議そうに小首を傾げながらネアに聞き返していた。だけど、あの遠慮がないネアでも流石に本人に伝えるのを躊躇ったのか、何処か気まずそうに言葉を濁していた。


「何よ!?気になるでしょ!!なんて言ったのかはっきり言いなさいよ!!」


珍しく見せたネアの気遣いも、彼女には通じなかったようで、ネアに詰め寄るようにして叫んでいた。だけど、顔を背けるようにしてネア本人は無言を貫いていた。だけど、そんな事で相手もめげるわけもなく、周囲を纏わり付くように飛び回りながら騒いでいた。だから、さすがのネアも鬱陶しくなったのか、軽く手で追い払うような仕草をみせた。


「ふんっ!そんな攻撃が私に当たるわけないでしょ!!」


それを大回りな動きでそれを避けた彼女は、ネアへと得意げな顔を向けていた。だけど、学院の授業でバルドと模擬戦を見ている僕からすると、ネアがかなり手加減しているのが分かった。外見は可愛らしいけれど、所々で残念感が漂って来るから、もう苦手な子と言うよりも痛い子を見る目になってしまう。


「はぁ…1つ聞くが、お前が先程から言っている相手は、私と同じ顔をしているんだな?」


「そうよ!急に50年程会いに来るなって言って、私が使ってた出入り口を壊したのよ!そのせいで、屋敷に行けなくなったのよ!!」


そんな彼女に、兄様が何とも不本意そうな声で掛ければ、ネアの事なんか悪れたように兄様へと詰めより出して、ネアは明らかにホッとしたような顔をしていた。


「つまり…父上が言っていた虫とはお前の事か?」


「虫じゃないわよ!!私の事を虫扱いするなんて、アンタくらいなんだからね!!」


「だから、お前が言っているのは私ではない。それは、おそらく私の父上だ」


「父親?へぇー、アイツ、父親になってたんだ!まぁ、あのシェリアも結婚出来たくらいだから、結婚くらいしてるか!って事は、アンタはアイツの息子かぁー!!似てる!似てる!」


煩わしそうな兄様の言葉にコテンと首を傾げたと思ったら、直ぐに何処か納得した様子で頷いた後、兄様の周りを楽しげに飛び回っていた。時々、兄様の顔を笑いながらジロジロと見ていたりしているせいか、兄様の切れ長の目が更に細くなって行く。


「よし!これは、からかいに行くしかないわね!さぁ!行くわよ!!」


何故か、僕達も一緒に行くことが決定しているかのように宣言すると、そのまま屋敷がある方へと進み始めた。そんな彼女に、僕達は一度顔を見合わせ、少し困惑しつつもそちらへと足を動かすけれど、兄様の足が動く様子はない。


「私は…上から戻る…」


「何言ってんの!?あんなのをまた乗り回すつもり!足があるんだから歩きなさいよね!!」


「……」


兄様が発した言葉に、彼女は猛然と抗議の声を上げて怒っていたけれど、兄様は苦虫を噛み潰したような苦々しいオーラを出しながら、無言で彼女の方を見ていた。


「兄様は、此処に来るまで虫なんていなかったよ」


「そうだな。虫除けの効果はあったな」


「まぁ、虫取りにならなかったけどな」


「バルド!それは言っては駄目ですよ!」


兄様が森を歩きたくない理由を知っている僕達が、無言のままの兄様へと声を掛けていると、上から楽しげな笑い声が振って来た。


「何?アンタ、虫なんか怖いの?あっはっはっ!ぶッッ!!」


腹を抱えて笑っている姿に、兄様の目がスーッと細くなり、兄様が僕の肩を優しく引いた。そして、彼女との距離が十分に空くと、彼女の上から大量の水が落ちて来た。突然の水に成すすべもなく、彼女はその水の勢いのまま下に落ちて行き、地面の上で水浸しの泥だらけになっていた。


僕は兄様が引っ張ってくれたから濡れなかったけれど、誰がやったのかが明らかだった。恐る恐る視線を上に上げてみると、左側の口角だけを上げ、冷たい視線を浮かべている兄様の顔があった。


「よ、よくもやってくれたわね…」


衝撃から立ち直ったのか、プルプルと震える手で立ち上がると、睨むようなキッとした視線を向けて、兄様の正面まで飛び上がって責めるようにして指を刺して叫ぶ。


「シェ、シェリアに、言いつけてやるんだからね!!」


強気な態度ではあるけれど、そう言った彼女の目はもう潤んでいて、既に泣きそうになっていた。


「兄様…さすがに可愛そうだよ…」


見た目が5歳児くらいだからか、小さな子をいじめているような罪悪感を感じた僕は、兄様を責めるような視線を向けながら小さく呟く。


「……はぁ。じっとしてろ…」


僕の視線を受けた兄様が、仕方なしに軽く手を振るうと、彼女の周りに水の膜が出来た。水の中でその事にびっくりしているような表情で何か言っているけれど、その声は僕達の方まで届いて来ない。その後、まるで本人ごとドレスを丸洗いするかのように揉みくちゃにされ、そのドレスの泥がなくなると、今度は水の膜の代わりに熱風が吹き荒れた。


その様子に僕達が驚きで固まっていると、その間に全部が終わっていて、後には全身乾いてはいるけれど、髪やドレスが乱れた彼女の姿だけがポツンとだけあった。


「う、うぇーーん!!」


もう既に泣きそうになっていた所で、そんな仕打ちを受けたからか、大声を上げながら決壊したように大泣き仕出した。そのため、みんなの無言の視線が兄様へと突き刺さる。


「……私は…悪くない…はずだ……」


みんなの視線を受けた兄様は歯切れ悪く言っていたけれど、少しは罪悪感は感じているのか、視線を僅かに逸らしていた。その後、どう対処したら良いのか分からなそうな兄様に変わって、僕達が彼女を慰めながら、ネアがドレスや髪を整えて上げると、彼女は何とか気を持ち直したようだったけど…。


「アイツでさえ、此処まで酷い事した事なんてないわよ!!」


「……汚れを落としてやっただけだ。それと…いい加減離れろ」


「嫌よ!この冷血魔神!!それに、せっかく手に入れた盾を手放す訳がないでしょう!!」


まるで兄様に対する盾のように、彼女は僕の頭に張り付いていて離れない。それが気に入らないのか、それとも僕達の前で笑い者にされた事を根に持っているのか、兄様の態度は未だに何処か冷たい。それに、僕を挟むようにして険悪なムードが流れているから、その間にいる僕としては、凄く居心地が悪い。


「なぁ?これ、どっちが悪いんだ?」


「どっちもどっちだろ」


「でも、流石にオルフェ様への言葉使いが…」


「何!アンタ!あっちの味方するわけ!!」


「い、いえ!その…」


兄様の肩を持つような発言をしたコンラットに、直ぐに噛み付いていたけれど、どっちの味方とも言えない様子のコンラットは、何とも気まず気に言葉を濁しながら、助けを求めるように視線を投げて来た。


「あー…今回は…兄様がやり過ぎだった…かな…?」


どちらかと言えば、兄様がやり過ぎだったような気がして、僕は言葉を濁しながらも何とか最後まで言い切る。すると、それを聞いた兄様は、少し不満げな様子で眉間にシワを寄せる。


「レオンに初めてあれをやった時、怒ってはいても奴は平然としていた」


「兄様…たぶん…それはレオン殿下だけだと思う…」


普段から兄様達のやり取りを見ているから、さっきのをレオン殿下にしたとしても、僕は驚くだけで終わりそうだ。だけど、それ以外の人は普通に駄目だと思う。


「アンタは、アイツやコレと違って良いやつね!!」


僕が彼女を庇ったからか、頬ずりするように僕の頭に抱きついて来た。その様子を見ていた兄様の機嫌が、さらに一段と下がたのを感じて、僕は必死なって別の話題を探す。


「え、えーと…父様達とは、知り合いなの?」


「勿論!私よりも小さい時から知ってるわ!」


「いや…それはさすがに無理があるだろ…?」


突っ込まずにはいられなかったのか、バルドが呆れたような声を上げれば、直ぐに反論が返って来る。


「何よ!私が嘘付いてるって言うの!!言っておくけど、嘘なんか付いてないからね!!」


「「「……」」」


彼女の身長が15センチ程しかないから、誰が聞いても嘘だって分かる。僕達がそのまま無言で、胡散臭い者を見るような目で見つめていると、その視線に絶えられなくなって来たのか、僅かに怯んだ様子をみせ、しだいに目線も泳ぎだす。


「ま、まぁ!少し!ほんの少しだけ私よりも大きかったかもしれないわね!」


僕達の視線に負けたのか、彼女はほんの少しだけその言葉を訂正した。

お読み下さりありがとうございます

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