後からの
その後、父様は有無を言わせないような雰囲気でお姉さんを連れて屋敷に戻って行ったけれど、後ろを付いて行くお姉さんは実に楽しそうな顔をしていた。僕達はその場に残されたけれど、今来たばかりで屋敷に戻るのは速いと思って、みんなで裏庭を見て回って回る事にした。だけど、見渡せるくらいの広さで、そんなに興味を惹かれるような物もなかったから、探索もそんなに時間も掛かる事なく終わってしまった。
屋敷では見たことない花とかが多かったから、花が好きな母様なら楽しめるかなとは思ったけれど、僕と同じで花に興味がないバルドとしては、何の面白みのない庭よりも、目と鼻の先にある森の中を冒険したそうな顔をしていた。探索中も何処か気も漫ろで、チラチラと森に視線を向けては眺めていた。だけど、その度にコンラットから厳しい視線と小言が飛んで来るうえに、屋敷の敷地からは出ないと約束をしていたからか、流石に行きたいとは言い出さなかった。
「なぁ!?明日は森に入って良いか、聞いてみようぜ!?」
もう何も見る物がなくなって屋敷へと戻る途中、バルドは待ち切れないと言わんばかりの勢いで、後ろにいる僕達を振り返りながら聞いて来た。
「何でそんなに行きたいんですか?そもそも、あんな何がいるのかも分からない場所に行く許可なんて、とても降りるとは思えませんよ」
「でも!!虫取りには行って良いって話しだっただろ!?なぁ!?」
「…う、うん」
コンラットの言葉に反論しつつ、バルドは確認するように僕へと話しを振って来た。僕は、それに肯定する返事を返したけれど、こんな樹齢何年なのか分からないような木々が立ち並ぶ森だとは思っていなかったから、過保護な父様が本当に許可を出してくれるのだろうかと不安になって来る。
「虫なら此処にもいるのですから、わざわざ森に入る必要もないんじゃないですか?」
「せっかく此処まで来たのに、あの森に入らないなんて勿体ないだろ!」
コンラットの言う通り、森が近いとあって裏庭にも蝶などの虫が多く飛んでいたけれど、コンラットの言葉を聞いて前を歩いていたバルドが立ち止まり、こちらを振り向きながら森の方を指差しながら叫ぶ。
「私は…何が勿体ないのか全く分かりません…」
「旅行に来たなら、1回くらいは冒険するだろ!?」
「そうは言いますけど、既に去年の事がありますから、普通に考えて許可は難しいと思いますよ?」
「ぅ゙…っ…!」
2人の性格や考え方が真逆に近いから、反応とかも何時も正反対だけど、今回2人の間に流れている温度差も凄かった。さっきからコンラットの正論過ぎる正論の数々に、バルドも二の句が続けられなくなって来て、今は呻き声だけを洩らしている。
僕達はあの時、父様達に叱られるような事はなかったけれど、周りの人達に迷惑を掛けた自覚はある。それに、暫くの間兄様も凄く不機嫌そうにしていて、屋敷の中が少しピリついていた。
「向こうは元からどんな森か知っるんだから、今さら反故にもしないだろ。それに、此処であれこれ言ってても仕方がないから、もう一度聞いてみれば良いだろ?」
「そうだな!リュカ!頼んだぞ!」
「また僕が聞くの!?」
ネアからの提案を受けたバルドが、さも当然の事のように僕に丸投げして来たので、僕は慌てて声を上げた。
「えっ?だって、こういうのはリュカから頼んだ方が良いだろう?」
「その方が、許可を貰える確率は高いな」
「私は行きたいわけではないですし、許可を取れるような間柄ではないので無理です」
僕が何か言う前に、コンラットから釘を指すように言われてしまった。その結果、僕以外の満場一致で、何時ものように僕が父様に確認する事になってしまった。
「じゃあ、戻る時にでも聞いてみる?」
「さっきの様子を見ると、もう少し時間をおいてからの方が良いんじゃないか?」
「確かに、あんまり機嫌は良くなさそうだったな…」
どうせ部屋に戻るなら、その途中に寄って聞いてみれば良いかと僕は思たけれど、屋敷の方へと戻って行った時の表情を思い出したのか、バルドは少し苦い表情を浮かべていた。
「それなら、皆が揃う夕食の時にでも聞いてみるのはどうですか?」
「そうだな!その頃になったら、機嫌治ってるかもしれないしな!それじゃあ、夕食まで何するか決めようぜ!」
「バルド。何をするかの前に、運んで貰った荷物の整理があるでしょう」
「わ、分かってるよ!」
分かっていると言いながら、今まで忘れていたような焦った様子だった。とりあえず、時間をおく事にしていた僕達は、先ずは荷物の整理をするために、自分達の部屋に戻る事にした。
「ねぇ?あの人は来ないの?」
夕食の時間になって、みんなと一緒に食堂に行ったけれど、父様達やそのお姉さん。その隣に気弱そうな男性も一人座っているけれど、後一人の姿が見えない。
「あぁ、アレは部屋で取るそうだから、此処には来ないよ」
僕が言ったあの人で父様には通じたようで、心底興味がなさそうな声で言っていた。だけど、来ない事が嬉しいのか、機嫌は良さそうだった。
「何で来ないの?」
「う~ん?たぶん、私が嫌われてるからかしら~?」
「何かあったの?」
少しだけしか話していないけれど、そこまで嫌われるような人でもないような気がして、不思議に思って問いかけると、お姉さんは子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべて言った。
「ちょっとした悪戯をしただけよ~?」
「イタズラって?」
「え~と、お母様だけ食事メニューを変えて金の食器で出したり~?お母様が好んで飲んでる紅茶と、苦味のある茶葉だけでブレンドした紅茶にすり替えたりかしら~?」
お姉さんは、何が駄目だったのか分からないみたいな表情を浮べていたが、反対に父様の顔は苦い顔に変わっていた。
「何が入っているか分からないような紅茶なんて、私ですら飲む気もおきませんよ」
「も~う~、心外よ~。ちゃんとお庭にある物しか、使ってないわ~」
「…庭?」
吐き捨てるように言った父様の言葉に、お姉さんは頬を膨らませながら抗議するけれど、その言葉に父様の表情は固まる。
「そうよ~?さっき裏庭にいたのだって、ハーブとかを摘みに行ってたからなのよ~」
「………姉上。私達が此処にいる間は、庭にある全ての物を使用しないで下さいね?」
「も~う~、私が入れるわけないでしょう~?」
「…あの花の前に立っていた人間の言葉を信じろと?」
「や~ね~、大袈裟よ~。あれは、風邪薬の材料にするために植えているだけよ~。私も薬師の資格を取っているのは、貴方も知っている事でしょう~?」
父様が滅多に見せないような真面目な顔を浮かべながら言った言葉に、面白い冗談でも言われてたような調子でコロコロと笑いながら返事を返していた。だけど、一向に表情が晴れる事がない父様の様子が気になった僕は、お姉さんに聞いてみる事にした。
「それって、なんて言う花だったの?」
「ベラドンナって言う小さな花が咲く可愛いお花よ~。取り扱いが難しくて、薬師の資格がないと栽培出来ないから、みんなは見た事ないかもしれないわね~?」
「兄様は知ってる?」
「……あぁ」
僕がまだ知らない花の名前だったけど、兄様なら知っているかと思って聞いてみたのに、何とも歯切れが悪い返答が返って来た。その態度に僕が内心首を傾げていたら、僕のそんな気配を感じ取ったのか、お姉さんが代わりに説明してくれた。
「別の異名の方が有名かも知れないけど、風邪症状に効果があって、鎮痛作用や副交換神経の働きを抑えたりしてくれるのよ~。花言葉は、沈黙と人を騙す魅力よ~」
可愛らしくパチンとウィンクしているお姉さんを見ていたら、僕の脇腹を誰かが突く感触がして横を見る。すると、バルトが物言いたげな表情をしながら、催促するように僕の脇腹を突いていた。その姿を見て、僕は頼まれていた事を思い出した。
「ね、ねぇ?父様?ちょっと、お願いがあるんだけど?」
「ん?何だい?」
僕が父様へと話し掛けると、若干まだ何処か難しい表情はしているけれど、表情を緩めてこちらへと視線を向けてくれた。だけど、父様のそんな隙を付くように、お姉さんが母様へと話し掛けて始めたので、渋い顔を浮かべながらその様子を横目でその様子を眺めていた。
「父様?」
「あぁ、すまない。それで、頼みとは何だい?」
「あのね?明日みんなで、奥にある森に行ってみても良い?」
「それは構わないが、あまり奥にまで行かないようにだけ気を付けなさい」
「良いの!?」
もしかしたら断られるかもしれないと思いつつ尋ねると、父様からはあっさりとした答えが返って来て、僕が驚きの声を上げると、向かい側から冷静な声が割って入った。
「父上。リュカ達だけで行かせるのは、余りにも危険だと思うのですが?」
「あそこは、あれ等が管理している森だ。特に危険はない」
真剣な顔を浮かべながら問い掛ける兄様の様子に、父様も意識をこちらへと向けながら、真面目な顔を浮かべてその質問に答える。
「あれ等?ですか?」
「あぁ、あの森は…」
「ストップ~」
兄様の質問に答えようとした父様の話しを遮るように、妙に明るい声が部屋に響く。
「此処で教えちゃうより〜、会ってからのお楽しみにしておいた方が、楽しくて良いでしょ~?」
「確かに!!」
「「……」」
割って入られた方は、揃って厳しい顔をしているけれど、バルドが直ぐにお姉さんの提案に同意してしまったため、兄様もそれ以上は父様から詳しい説明を聞く事が出来く、父様も話せないようだった。そのため、僕達が話の続きを知るのは、明日に繰り越しになってしまった。
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