昔の父様
荷物が部屋に届くまでの間、手持ち無沙汰で何もする事がなかった僕は、沈黙を避けるように、同室になったネアへと呟くように話し掛ける。
「何だか…あんまり上手く行ってないみたいだったね…」
「あれはそれ以前の問題だろ?」
「うっ…やっぱり…?でも…どうしてあんなに仲悪いんだろうね…?」
「お互い、自分と似た部分があるからじゃないのか?」
ネアの歯に衣を着せない物言いに、僕がたじろぎながらも聞き返せば、そんな答えが返って来た。
僕も、何時も笑ってそうな所はお互い似ているとは思ったけれど、何でそれが嫌いになる理由になるのか分からなくて、ネアの言葉に首を傾げる。だけど、何故かネアも、心底不思議そうな顔を浮かべていた。
「それにしても、あれでよく此処に来るのを許可を貰えたな?」
「父様だけは…最後まで嫌そうにはしてたんだけどね…」
ネアからの質問に、僕は若干気不味くなって、そっと視線を逸らしながら答える。
最初から父様は此処に来るのを嫌がっている雰囲気は確かにあったけど、ここまで仲が悪そうな様子はなかった。お姉さんの方は、父様の事をからかっているだけで、嫌ってはいないようだった。だから、父様が一方的に嫌っているんだろうけど…。父様のあの様子を見る限り、歩みよるつもりはないようだった。
お互いが仲良く出来たら良いなと思った時は名案だと思ったけれど、今となっては少し安易だったかも知れないと言う気がして来る…。
「はぁ…なんか…ごめんね…」
自分の思い付きに、みんなを巻き込んだ形になってしまった事もあって、ため息混じりにその事を謝罪すると、拍子抜けする程あっけらかんとした反応が返って来た。
「俺は貸しが大きい分、見返りも良いから問題ない。コンラットは気にしそうだが、バルドの方は遊んでれば気にするのも面倒になって、気にもしなくなるんじゃないか?」
何事も本音を隠さずにそのまま言うネアの言葉だけに、僕もそうだったら良いなと思いながら気を持ち直していると、部屋の扉がノックする音が聞こえてきた。てっきりドミニクが荷物を運んで来てくれたかと思って僕が扉を開けたら、コンラットを後ろに連れたバルドが立っていた。
「なぁ?まだ夕飯までには時間あるし、少し周りでも見に行かないか?」
普段と変わらないような様子で言って来るバルドに僕が驚いていると、その後ろに立っていたコンラットが申し訳なさそうな声を上げる。
「私は…止めといた方が良いと言ったんですけど…?」
「だから!部屋に籠もってたってつまんないだろ!」
僕の部屋に来る前からその話をしていたからなのか、バルドは少し不満そうな顔をしていた。そんな2人の態度に、少し安心はするけれど、僕もコンラットと一緒で躊躇ってしまう。
「それは、僕も父様に聞いてみないと…」
「大丈夫だって!ちゃんと許可は取るからさ!ネアも一緒に行くだろう!?」
「まぁ、行っても良いけどよ」
「よし!じゃあ、早速行って来ようぜ!」
掛け声良く歩き出すけれど、僕達は奥側の部屋を使っているから、外に出るにはどっちみち父様の部屋の前を通るしかない。だから、4人で階段がある方へと歩きながら父様の部屋の前で立ち止まり、扉をノックしようとした。
「どちらかへお出掛けですか?」
僕達に声を掛けたのは、この屋敷の使用人を後ろに連れて、ちょうど階段を上って来た所のドミニクだった。
「うん。ちょっと屋敷の周りを見て来ようかなって話しになったから、父様に行って良いか確認しに来たんだ。だけど、よく分かったね?」
「皆様ご一緒でしたので、おそらくそうではないかと思いました。それとですが、それぐらいでしたらアルノルド様に許可を取る必要はないと思います」
「良いの?」
「はい。心配でしたら、私が荷物を運ぶ際にお伝えしておきます。ですが、まだ日が暮れるまでには時間があるとはいえ、屋敷の敷地内からはお出にならないで下さいね?」
「分かった」
僕達の変わりに父様に伝えておいてくれると言うので、僕は返事を返しながらドミニク達の横を僕達は通り過ぎると、階段を駆け下りて屋敷の外へと飛び出した。
「やっぱり、最初見た時も思ったけどでかい木だなー」
玄関から外に出たバルドは、屋敷越しにも見える大きな木を真っ先に見上げながら、感心したような声を上げていた。
「そうですけど…こういう古くからありそうな森は、何かいそうで薄気味悪いです…」
「何言ってるんだ!だから、面白そうなんじゃないか!」
「言っておきますが、今日は駄目ですからね」
「分かってるって!とりあえず、もう少しだけ近くに行ってみようぜ!!」
バルドの掛け声に付いて行くように、みんな揃って裏庭の方へと足を踏み入れた。するとそこには、籠を手に何かしているお姉さんの姿があった。話し声で僕達の姿に気付いたお姉さんは、静かに僕達の方へとやって来ると、少し目尻を下げながら謝って来た。
「初対面やのに、さっきは変な所を見せちゃってごめんなさいね~?弟があまりにも昔と変わってたのが面白くって、ついからいたくなっちゃったのよ~」
その姿は、父様の前で見せていたような掴み所がなさそうな姿ではなく、弟をからかって遊び過ぎて反省している何処にでもいるお姉さんと言った感じだった。
「そんなに違うのか?」
「似ても似つかないくらい違うわよ~」
そんな姿のお姉さんに、少し緊張感が抜けたのか、バルドが砕けた話し方で聞き返すと、お姉さんはゆるゆると首を振りながら否定した。そんな様子に、僕も気になった事をお姉さんに聞いてみた
「子共の父様ってどんな感じだったの?」
「あっ!俺も知りたい!」
「わ、私も…」
僕が尋ねると、その言葉を援助するようにな声と、控えめな声が続いた。
「子供の頃ねぇ〜?う~ん?昔のあの子は、一言で言うと何事にも興味も関心もない子だったわね~」
そんな僕達の質問に、お姉さんは昔を懐かしむように右頬に手を当てながら、のんびりとした様子で父様の事を話し始めた。
「私や彼女が何を言ったり、何かしたとしても、反応どころか視線すら向けて来ない時さえもあったわ~。だから、学院に通うようになって上級生に生意気だって喧嘩売られても、やり返したりはする事はあっても、自分からは手を出すなんて事もなかったわよ~」
「アレに、喧嘩を売るような奴なんていたのか?」
「いたわよ~?上手く脅すことが出来れば、自分にとっての有利に運ぶ事が出来るって考えるお馬鹿さんは、何時でもいたから~。でも、直ぐにいなくなっちゃったけどね~」
「まぁ…そうだろな…」
お姉さんの返答に、少し実感でも籠もっているような納得の返事を返していた。
「基本、何にも興味関心がなかったんだけどね~。反面教師がいたから今よりも潔癖な所があって、規律とか法を犯す連中が大嫌いだったのよ~。だから、ギリギリの事はするけど、一線を超えたりもしなかったのよ~。でも、お友達が出来た辺りからちょっとだけ変わりだしてたから、その時は私も安心したのよ~」
そう言って笑うお姉さんの顔は、心配事が晴れたような優しい顔をしていて、普段見る父様の表情とよく似ていた。
「それでも、あんまり人間味なんてなくって、どうしようかしら?って思ってたら、ある時から急に変わりだして私も驚いていたの~。それだけでも驚いていたのに、今回久しぶりにあったら更に不器用になっちゃって、ふふっ」
「………姉上」
楽しげな笑い声の中にとても低い声が混ざって聞こえて来て、ゆっくりとそっちへ視線を向けると、不機嫌そうな顔を浮かべた父様が立っていた。
「あら?来るのが速いわね~?まるで、待てが出来ない子犬みたいよ~?」
「私が犬ならば、とっくに噛みころ……付いてますよ?」
「きゃ、こわ~い」
お姉さんのわざとらしい態度は、父様を怒らせようとしているようにしか見えない。
「分かっていると思いますが、余計な事は言わないで下さいね…」
「そう言われると~喋りたくなって来るわね~?」
「……姉上」
父様が少し苛立ったような低い声でお姉さんの事を睨むけれど、全く動じたようすもなくのほほんと楽しげに笑ってばかりだ。
「ふふっ、昔と違って本当に可愛くなっちゃって~」
「……不名誉です」
おねぶっきらぼうに返す父様を見て、お姉さんはのほほんとした顔が楽しげに崩れるくらい笑っていた。その様子に、父様の眉間のシワがだいぶ濃くなったけれど、僕が思うよりも、父様達の仲は悪くないのかもしれない。
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