会場で
「おかえりなさい」
僕達が元いた部屋に戻ると、母様達は既に準備を終えて父様達と合流していたようで、僕達の帰りを笑顔で迎い入れてくれた。だけど、その変わりに、何故か陛下の姿は既に部屋からいなくなっていた。その事を不思議に思っていると、僕が口を開く前に母様が僕に話し掛けて来た。
「アルから聞いたのだけれど、みんなでお城の探検に行っていたそうね。何かご迷惑を掛けしてはいない?」
「そんな事してないよ」
「本当に?」
「本当だよ!」
念を押すように再度訪ねて来る母様に、僕がムキになって答えると、そんな僕を擁護するように兄様が口を開いた。
「母上、リュカは嘘を付いていません」
「そう、それなら良かったわ」
僕の言葉は何処か半信半疑な様子だったのに、母様は兄様の言葉に納得して安心した態度を見せていた。その様子に、少し面白くないなと思っていたら、向こうも僕と似たような状況になっていた。
「ブライト、クリス達は何も問題を起してなかった?」
「はい、問題ありませんでした」
「何で俺じゃなくて、アニ…兄さんに聞くんだよ!?」
「貴方は正直に言いそうにないからよ。それに、こういうのは日頃からの行いが物を言うのよ」
「俺だって、こんな場所で問題なんて起こさないし…」
ラザリア様の声に不貞腐れたような顔で文句を言いつつも、あまり大きな声では言えないのか、ラザリア様には聞こえないような小さく呟いていた。だけど、それでもその声が聞こえていたのか、ラザリア様の目がすうっと細くなった。そんな目を向けられた事に気付いたクリスさんは、直ぐに口を噤ん知らんかをしていた。
その後、ベルンハルト様も僕達と入れ違うように部屋を後にして、お兄さんもそれに付いて行ってしまった。部屋に残された僕達は、招待客が集まりきっる頃まで時間を潰して、それからみんなと一緒に会場へと向かった。
「それで、俺達はどうする?」
会場に入って暫くたった頃、バルドが振り返りながら僕達へと聞いて来た。
「前みたいに面倒な奴に声掛けられても嫌だし、親父達からも、あんまり側を離れるなって念押しされてるしな。かと言って、あっちは動けそうにないし…」
そう言って見た視線の先には、何時もみたいに色んな人達に囲まれてしまって、身動きが取れなさそうな兄様達の姿があった。
「それに、兄貴ももう行っちゃって、兄さんも戻って来てなさそうだしな…」
会場に入った所で知り合いを見つけたらしく、クリスさんはそっちの方へと行ってしまった。それに、警備の様子を見に行ったベルンハルト様達も、まだ戻って来てはいないのか、辺りを見渡して見ても姿が見えない。
僕達3人だけで父様達からあまり離れられない僕達が悩んでいると、辺りを見渡すように歩く見知った姿が、人混みの向かう側に見えた。
「アリアだ」
「げっ!」
僕が見つけた人物の名を呟くと、バルドが嫌そうに顔をしかめながら、うめき声のような声を上げた。
「アイツに見つかったらなんか面倒だから、少し隠れようぜ」
「もう遅いみたいですよ」
コンラットの言葉で正面を向くと、こっちに気付いたアリアがゆっくりと歩いて来ているのが見えた。バルドはアリアが苦手だからか、少し警戒したような様子でアリアの事を見ていた。そんなアリアが僕達の前で立ち止まると、僕達に向けた事がないような笑みを浮かべて一礼した。
「皆様、御機嫌よう」
アリアのきちんとした仕草と言葉遣いに僕が驚いていると、誰よりも速くバルドが声を上げた。
「どうしたんだ!?お前、何か悪い物でも食べたのか!?何時もと態度違い過ぎるだろ!」
「何をおっしゃっているのか。私には、さっぱり分かりませんわ」
バルドの声で周囲からの視線を集つまると、アリアは取り繕ったような笑みを浮かべながら笑っていた。だけど、その目からは笑みが消えていて、怒っているような目に見せた。そんな目を向けられたからか、バルドはまるで怖い物でも見たかのような顔を浮かべて、一歩距離を取っていた。
「そんな事よりも、皆様、カレン様はお見かけになられませんでしたか?」
バルドの様子には何の関心もないようで、アリアは会場を見渡しながら僕達へとそう問いかけて来た。だけど、僕達の話しを聞かない所が何時も通りだったためか、僕は何となくその事に安心してしまった。
「父様に聞いてみたけど、カレン様は今回も参加はしてないって言ってたよ」
「はぁあ゛?」
僕の言葉を聞いた途端、アリアはドスが聞いたような声を上げて、顔も豹変した。
「何で来てないのよ!?来るって言ってたでしょ!?」
「たぶんって言っただけで、僕は来るなんて言ってないよ!」
周囲に聞こえないようにしているためなのか、小声で怒鳴るという器用な事をしながら文句を言って来た。だから、僕が少し大きな声で反論を口にすると、アリアは周囲には聞こえないような小さな舌打ちして来た。
「声落としてよ!周りに聞かれるでしょ!」
僕の声で再び周囲からの視線が集まると、アリアは張り付けたような笑顔を浮かべながら小声で怒鳴って来た。
「はぁ…アンタ達のせいで、せっかくの時間を無駄にしたわ」
未だに外見は取り繕ったままなのに、言葉使いは普段学院で使っているような感じに戻っていた。
「それにしても、せっかく帰って来られたのに、今回も参加されないなんて」
「パーティーみたいな堅苦しい場所が元々嫌いなんだって、それに、今回は何だか色々あって忙しいみたいだよ」
「クソ帝国が……」
父様に聞いた時の事を思い出しながら僕がアリアに説明すると、アリアはドス黒い気配を漂わせ始めた。
「ア…アリア…」
「はっ!ま、まぁ、バーティがお嫌いなら仕方ないかもしれないわよね。私も、無駄にドレスにお金が掛かるから、あまり私も参加したくないし、そう考えれば私達は似た者同士になるのかしら」
僕が声を掛けた事で、アリアは周囲に人がいる事を思い出したのか、少し落ち着きを取り戻したようだった。それと一緒に、敢えて周囲に聞こえるような明るい声で上げる事で、さっきまでの様子を誤魔化しているようだった。
横にいる2人も、そんなアリアの様子に、何とも言えないような顔を向けていた。
「でも、今回は何時よりドレスにお金を掛けたのに、それが無駄になっちゃったわね」
アリアのドレスに目を向けると、落ち着いた紺色を貴重にした、少し大人っぽい雰囲気のドレスを来ていた。そのドレスを見ながら、少し気落ちしているように見えていたアリアが、急に僕に無茶振りを言って来た。
「今度はアンタが、カレン様を責任持って連れて来なさいよ」
「そんなの無理に決まってるだろ!」
「貴方には頼んでないわよ」
横槍を入れるなとでもいうように、バルドを人睨みしたアリアが、僕の方へと視線を向けて来た。
「僕にも無理だからね!」
アリアが僕に何か言う前に、僕も慌てて否定の言葉を口にする。何かあるとアリアは僕に言って来る所があるから、本当に止めて欲しい。
「愛想と愛嬌でも使って頼みなさいよ。どうせそんな感じで、何時もお願い事とか聞いて貰ってるんでしょ?」
「そんな事ないよ!人聞きが悪い事言わないで!!」
アリアの物言いに僕が憤っていると、アリアは何を言われたのか分からないようなキョトンとした顔を一瞬浮かべた後、少し呆れが混ざったような視線を向けて来た。
「それは、自分が気付いてないだけだと思うけど?でも、それを素でやってるなら、ある意味才能あると思うわよ」
そんな才能があると言われても、全く嬉しくもなんともない。褒めているのか、それとも貶しているのか分からない言葉に、僕はそんな事はないはずだと過去を振り返っていると、バルドが口を開いた。
「それにしても、何でリュカだけに言うんだよ」
「アンタに言っても無理だからだからよ。アンタがそんな事を急にしだしたら、周りにただ疑われて終わりよ」
「確かに、バルドならそうなるでしょうね」
「何でだよ!?俺だって、たまにはそんな時があるかもしれないだろ!!」
「ありませんね」
「ないわね」
「ないかな」
「ふんッ!」
僕達が揃って否定の言葉を口にすると、1人納得がいってなさそうな顔でそっぽを向いた。
「でも、アリアは何時も大人相手にそんな事をやってたりするの?」
「当然でしょ。大人になんて、時間が経てば嫌だろうと誰でもなるんだから、子供の特権は今のうちに使えるだけ使っておかなきゃ損でしょ?大人になってそんな見え透いた媚で喜ぶのは、馬鹿な男だけよ」
僕に言うって事は、本人が実際にやっている事なのかと思って訪ねたら、当たり前みたいな顔をされた。そんなアリアに、若干いじけていたバルドが、皮肉るように言った。
「何だか、お前とは相性良さそうだな」
「止めてよ!そういう馬鹿って、痛い目みても懲りずに人のせいにするから関わりたくないわ!そういうのは、他人事で見てるのが一番楽しいのよ!」
バルドの投げた言葉に、アリアは顔を歪めながら反論すると、付き合いきれないみたいな顔でため息を突き出した。
「はぁ…時間もだいぶ無駄にしたし、此処に居ても意味がないから、私はもう行くわね。何せ、このドレスに掛けたお金を取り戻すためにも、生地の宣伝しに行かなくちゃいけないから。じゃあ、カレン様の件頼んだわよ!」
「えっ!?僕やるなんて言ってないよ!」
去り際に言った言葉に、僕は慌てて言葉を返すけど、アリアはドレスを着ているとは思えないような身軽さで、縫うように人の間をすり抜けて行ってしまった。僕は、そんなアリアの後を追い掛けられなかった。
「身のこなしは、リュカよりも上だな」
「アリアは前に、鍛えてるような事を言っていましたからね」
アリアの身のこなしを見たバルドが、感心したような様子でアリアを褒めていて、僕と似たようなはずのコンラッドも、何故か一緒に褒めていた。
「僕も、もう少し鍛えようかな…」
「本当か!?それなら俺が付き合うぞ!!何時が良い!?」
何となく情けなくなって言った言葉に、バルドがやたら楽しげな声を上げるから、僕は少しだけため息を付きたくなった。
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