共に (ブライト視点)
「あちらに混ざらなくて良いのか?」
「弟が楽しめているなら、私はそれで十分です」
弟達が楽しげに遊んでいる様子を見ながら、横に並ぶように立っている者へと声を掛ければ、普段と変わらない冷静な声が返った来た。だが、その顔は何処か柔らかく、人を遠ざけるような雰囲気も影を潜めている。
「こうして君とゆっくり話すというのは初めてだな」
「そうですね」
陰ながらクリスの試合を共に見に行った日から、彼とも多少の顔を合わせる機会が増え、交流も増えて来ていた。しかし、出会う場所は城の中だけ。それも、お互い仕事や用事があった事もあって、ゆっくり2人だけで話すという機会がなかった。
「この度は、こちらの都合で多大なるご迷惑をお掛け致しました。後日、お礼とお詫びをさせて頂きます」
「結構だ。こちらとしても、今回の件は良いきっかけになった」
周りに気付かれぬよう、前を向いたまま謝罪の言葉を口にする彼に、私も前を向いたまま返答を返す。
「それに、私は何もしていない。だから、礼なら父上に言ってくれ」
「分かりました。父上が今頃伝えているとは思いますが、私の方からもお伝えしておきます」
あの方は意味のない事をなさらない方のため、今回の事も何か意図があるのだと思い、弟達を連れ出すように部屋を後にしたが、どうやら間違いではなかったようだ。殿下も、何かあると察してはいたようだったが、今の様子を見る限り、今は楽しさの方が勝っているようだ。
「しかし、此処に来るまでの様子を見ると、あの件の余韻が未だに残っているようですね」
「これでも、沈静化はした方なんだ。何せ、父上が不在な間は、毎日のように私の所に陳情書が多数上がって来ていたからな」
その時の事を思い出し、私は心の中で苦笑いを浮かべた。その後、父上が戻り、あの方の提案を即座に受け入れると、それ以降は誰も表立っては何も言わなくはなった。だが、それと同時に自身の未熟さを実感させられる事になった。
「此処に来るまでにいた、不穏な気配を出している者達ですか?」
「そうだな。立場が似ている分、受け入れ難いのだろう」
鋭い目線だけを向けて来る彼へと返事を返しながら、此処までで向けられた2種類の視線を思い出す。私達が共に歩いているのを見て、好意的な視線を向けて来る者と、明らかな嫌悪を向けて来る者だ。
爵位がない者達は、自分達にも好機が回って来ると喜んでいるが、爵位があっても好機に恵まれる機会が少ない者達は、やはり今も苦々しく思っているようだ。当主やその後継者はパーティーに参加しているため、今の城の警備を任せているのは、次兄などの家督が無い者や、爵位を持たない者達ばかりのため、二者の違いがよく分かる。
「何か、兆しはあるのですか?」
「現状、父上の下で今は統制が取れているため、そういった事はまだない」
軍内部の多くが貴族であるが故、どうしても派閥や壁が存在しており、とても一枚岩とは言えないが、私達が中立の立場を取っているため、目立った混乱は起きていない。
「父上が反対なさせれなかった分、今は下手に動くときではないと思ったのだろう」
「相手側としても、素直に父上の提案を受け入れるとは思っていなかったでしょうからね」
「そうだな。何も知らない他者から見れば、父上達はお互い反目しあっているように見えるからな」
意見や考え方が食い違いから、よく口論される姿が城内でも多く見られる事がある。そのためなのか、多くの者達は、2人が仲違いをしていると思っている。本人方も、それを否定する事もなく、むしろそう見えるようにしている節があるため、更にそう見えるのだろう。しかし、近くで見ていれば、ただ遠慮がない関係だという事が分かる。
「今回、問題行動が大きかった者は厳正な処罰を下す予定だ。そのため。暫くの間はそちらも身辺には気を付けてくれ」
「そうですか。しかし、自身の身くらいは守れますので、私達は弟にさえ被害が出なければ何も問題ありません。もし、何かあれば、私も含めて、父上も黙っていませんので宜しくお願いします」
追い詰められた人間というは、時折、予想だに出来ない行動を取る事もある。それは、あの教師を思い出せば分かる。しかし、あの時と同じような事を再び街中でされても困る。
「こちらとしは、穏便に対処して貰えると、後処理がしやすくて助かるのだが」
「それは、相手の態度によります」
私の言葉にも全く意に返した様子がない事に、若干の苦笑を浮かべる。
これまでも、爵位を嵩に来て下の者に横暴な態度を表立って取っていた者の報告は上がっていたが、隠れて行っていたために、明確な証拠が上がって来なかったため、注意勧告に留まっていた。だが、あの方が投じた一石が大きかったためやり過ぎたようだ。そのせいで、直ぐに此度の隠蔽を計ろうと賄賂を持って来る者や、中には軍内部での地位を買おうとする者がいたが、父上はそういった物を受け取る方ではないため、自らの評価をさらに下げるだけの結果で終わっている。
規律を乱したという理由があるにしても上の者を処罰したため、その分下の者への風当たりが厳しくなりそうだが、あまり下の者に目を掛けすぎても内部に不和が生じるため、私達に出来ることいえば、これまでと同じように人目がある場所で、警備確認を口実に、父上と共にその者達に声を掛ける事くらいだ。
気が重くなりそうになるそんな私の耳に、なんとも賑やかな声が聞こえて来た。
「他には!?どんな場所にあるんだ!?」
「俺が知ってるのは、居住区の方が多いな!だから、こっそりと抜け出すのにも役に立つんだぞ!」
「良いなぁ!俺の家にも欲しい!」
殿下が敬語でなくても良いとはおっしゃって下さったが、先程からクリスの言葉遣いを聞いていると、私としてはどうしても気を揉んでしまう。
幼い頃は、バルドのように兄さんと呼んで後ろを付いて来たのだが、何時の頃からか兄貴と呼び方が変わり、その事にそことなく物寂しさは感じる。もう、あの者達との付き合いはないが、本人も少し気に入っているのか、それとも今更戻す事へ気恥ずかしからなのか、未だに兄貴呼びのままだ。しかし、今はこれも一つの成長と思い、父上と見守る事にしている。
「騎士団の訓練場にも抜ける道があるから、仕事を抜け出して兵達の訓練に混ぜて貰ったりするんだ!たまに、お前の父親とも手合わせするんだぞ!」
「良いなぁ!俺も訓練に混ざりしたい!今度、親父に行って良いか聞いてみる!!」
「それなら、オルフェも誘って一緒にやろうぜ!」
殿下も私と同様に父上から剣を教わっているため、私にとっては弟弟子に当たる。そのため、弟達と仲が良くなるのは良いのだが、余りにも仲が良くなるのが速すぎるような気もする。しかし、殿下の発言は、父上に報告する必要があるな。そう思いながら、隣りにいる彼へと視線を向ける。
彼の事は在席時代から噂で耳にはしていた。そのため、1度は手合わせをしたいと思っていた。しかし、私が卒業する年に、実習課題で起した問題のせいで、大会への出場停止処分を受けていたため、在学期間中はその機会は訪れなかった。
「私も、君とは1度手合わせしてみたいものだ」
「それは、ご遠慮させて頂きます」
クリス達の言葉を受け、少し軽い雑談を含めて誘ってみたのだが、私の言葉に思いの外嫌そうな顔をしていた。
「何故だ?」
あの時の相手はゴロツキではあったが、あの時の身のこなしを見る限り、剣の腕も立つように見えた。あれほどの腕があるならば、腕を鈍らせないための相手が必要なはずだ。
「剣の相手をするのは、アレだけで十分です」
そう言った彼は、渋い顔まま目の前へと視線を向けた。
「だけど、オルフェは俺が誘っても、なかなか俺の相手してくれないんだ」
「そうなのか?」
「そうなんだ。長い付き合いなんだから、少しくらい俺の相手をしてくれても良いと思わないか?」
途中から、仕切りに自身の事を語っている殿下に、何とも複雑そうな顔を浮かべながら口を開いた。
「それに、騎士団に所属していない者が、団を預かっている人間と剣を交えるのは、あまり好ましくはないでしょう」
「そうか、気を使わせてしまったな」
「いえ」
殿下や、クリスといった家族と違って、自身が団長である自分と勝負をした際に生じる影響を考慮してくれたようだ。しかし、団長などという肩書きがなければ、彼と手合わせをしてみたかったものだ。
「オルフェ!次は、何処が良い!?」
私達が話している間に、次に移動する事になったのか、殿下かこちらへと声を掛けて来た。
「いつも通り、行きたい所に勝手に行けば良いだろう」
「それだとつまんないだろ!少しは付き合えよ!」
「はぁ…少しだけだぞ」
殿下の言葉に頷きはしても、渋々といった様子が見て取れる。しかし、悪態を付きながらも、それでも共にいる姿を見て、見慣れた2人の姿と重なる。
「君達は、父上達と少し似ているな」
「似ていません」
互いに遠慮がない関係性を見て掛けた私の言葉にも、彼は心底嫌そうな顔を浮かべていた。
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