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楽しい事を(フェリコ視点)

アルファポリスで先行投稿中

あの出来事以降、私の学院生活は驚くほど変わった。


私を見るなり怯え、これまでの態度を謝罪してくる者までいた。昨日までの彼らとは思えない変貌ぶりに、いったい裏で何があったのかと恐ろしくなったが、知りたくもなかった私は、その疑問に蓋をすることにした。


ともあれ、学院での生活は穏やかなものとなり、私はようやく好きな勉強に集中できるようになった。その結果、上位の成績で無事に卒業することができたのは、お二人のおかげだろう。


卒業の折、各方面から「うちで働かないか」と声をかけられたが、「先約があると」私はすべて断った。


私は城へと手紙を書き、約束を果たす意思を伝えた。長く音沙汰がなかったため、忘れられているのかと思っていたが、翌日には迎えの馬車がやって来た。


そして私は城へと入ったが、立派な門をくぐった瞬間から圧倒され、場違いな場所に来てしまったような居心地の悪さを感じていた。王城で開かれるパーティも、両親に連れられて来たことがなく、華やかな装飾品が並ぶ廊下は、初めて見る事もあって、まるで別世界のようだった。


そんな雰囲気に気圧されながら、案内された部屋に入ると、そこには、かつての恩人の一人であるレクス陛下が待っていた。笑顔は昔と変わらないはずなのに、どこか違い、人を油断させる柔らかさの奥に、王としての狡猾さがはっきりと滲んでいた。


「やあ、久しぶりだね。あの後の学院生活はどうだった?」


「はい。お二人のおかげで、無事に卒業することができました。心より感謝しております」


「気にしなくていいよ。お互い利害関係があってのことだしね。でも、恩は恩。だろ?」


「……はい」


前々から覚悟はしていたが、いざこの時が来ると、どんな見返りを要求されるのか不安が募る。


「そんなに怯えないでいいよ。少しお願いがあるだけだから」


「……お願い、ですか?」


命令ではなく、お願いと口にする陛下の言葉に、私は戸惑いを隠せず聞きかえぜば、そんな私の反応に楽しげな笑みを浮かべる。


「最初は城で私の補佐をしてもらおうと思っていたんだが、どうやら『貴族らしくない家庭教師』を息子のために、アルが探しているらしくてね。だから、それを君にやってほしいんだよ」


「そんな大役……私に務まるのでしょうか」


「賛辞ばかり並べる無能じゃなければ問題ない。それにね、今アイツに借りを作っておくのは、後々私にも得になる。だから、やってくれるな…?」


拒否できない圧がにじむ笑顔に、私は静かに覚悟を決めた。


「……かしこまりました」


「承諾してくれてよかった。ならば、君の家族やアルに、私の方からこの件について伝えておこう」


断られるとは端から思っていない風な口ぶりなのに、嬉しそうに微笑む陛下。


(やはり、この人はどこまでも油断ならない…)


その後、私も形式的に家へ連絡を入れたが、三男という立場のせいか、両親は何も言ってこなかった。しかし、静かすぎる反応が不気味ではあった。だが、藪をつついて蛇を出す趣味はない。もともと愛着があったわけでもなかったため、”干渉されるよりは良い”そう納得することにした。


後日、アルノルド様の屋敷を訪れた際、私は生まれて初めてと言っていいほどの恐怖を味わった。白銀の悪魔と恐れられ、学院でも滅多に笑みなど浮かべなかったあの方が、笑っていたのだ。


最初は、よく似た偽物かと思った。だが目の奥に宿る冷たい光は、紛れもなく“本物”のそれであり、それを理解した途端、恐怖でまともに目を合わせられなくなった。


「エレナ達の前では、私に対して旧友のように軽く接して構わない。ただ……余計なことを言えば……分かるな?」


執務室で雇用内容を聞いていた私は、最後に放たれたその一言に、必死に首を縦に振った。旧友など恐れ多かったが、笑顔で言われたせいだろうか、陛下の時より怖く、拒否するという考えさえ思い浮かばなかった。


笑顔とは、こんなにも恐ろしいものだったのか…、と痛感した。そのせいか、のちほどお会いしたオルフェ様が、アルノルド様をそのまま幼くしたような外見でありながら、まったく笑わないことに、私は安堵してしまった。


その後、授業を重ねるうちにすぐ分かったことだが、オルフェ様は驚くほど優秀だった。私が教えれば教えるほど吸収していく速度は、正直、私の力量を超えていると感じるほどで、とても年下とは思えなかった。


そんなオルフェ様が学院に入学されてからも、私は変わらず家庭教師として仕えていた。時折、“やはりアルノルド様の子息だ”と思わされる瞬間はあったものあり、周囲からはしばしば誤解されていたようだが、傍で見ている私には、彼がただの不器用な青年にしか見えなかった。


表立っては無関心そうにしていても、見捨てておくことが出来ず、陰でそっと手を差し伸べるような子だった。私がこの職を続けられたのも、肩書きではなく、私という人間そのものを受け入れてくれたからなのかもしれない。


アルノルド様から無茶を言われながらも、変わらぬ時を過ごしていたが、リュカ様が生まれてからは、そんな屋敷の空気は一変した。もともと穏やかな屋敷ではあったが、いつも子供の笑い声で満ちた、より賑やかな屋敷へと変わっていったのだ。


リュカ様は感情が豊かで、それを隠そうとすらしない、まさに貴族らしさとは無縁のような方だった。けれど、貴族の屋敷では感じることが出来ない、温かく柔らかな空気がそこにはあった。それを見て、アルノルド様が“貴族らしくない家庭教師”を求めた理由が、少し分かった気がした。


しかし、ある日、その屋敷の空気が、また変わった。


朝食前に話があると急遽呼ばれ、屋敷へ向かったのだが、入って直ぐに使用人たちがどこか沈んだ空気を纏っているのに気づいた。その事は、私も気にはなっていたが、アルノルド様に呼ばれている以上は執務室へ向かわねばならず、私は嫌な予感を感じつつ足を速めた。


そして、昨日の顛末を簡潔に聞かされることとなったのだ。


アルノルド様は、「無理をしていないか見ていてほしい」と言われ、私は迷わず了承したが、実際、授業でのリュカ様を見てすぐに分かった。“できるようになった”ことよりも、“できなければいけない”という焦りが、強く滲んでいたのだ。


確かに入学前にはクラス分け試験があるが、ある程度できれば問題ない。入学前から勉強をしているのは貴族ぐらいなため、自然と上位の成績で入学できる。だから、リュカ様は決して劣っていない。


他の子供達が5歳で始め、半年で詰め込まれる教育を、リュカ様は二、三年かけて着実に受けている。苦手な分野はあったとしても、それは致命的ではない。


大きい食器に戸惑う様子はあるが、変な癖もついておらず、矯正も必要ない。マナーだってきちんと身についている。


そして、リュカ様のピアノは、特別上手いわけではないが、聴く者を自然と笑顔にさせる音を出す。感情を隠して生きている貴族でには出せない音。その音が私も大好きだったが、今は焦りと、悲痛さしか感じない。


このまま続けてはいけない、取り返しがつかなくなる。そう感じた私は、授業の中断を決断した。


部屋を出ていくリュカ様の背中は、かつて楽しいことを楽しめなくなった頃の私に、どこか重なって見えた。


だからこそ、リュカ様には、もう一度“楽しい”と思える気持ちを思い出してもらいたい。そう願いながら、私は翌日の計画を立てるため、屋敷を後にした。

お読み下さりありがとうございます

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