楽しい事を(フェリコ視点)
アルファポリスで先行投稿中
その後の学院生活は、拍子抜けするほど穏やかなものだった。お二人の卒業後もそれは変わる事なく続いて、私は無事に学院を上位の成績で卒業する事が出来た。
卒業後は、学院にとどまって好きな勉強を続けた。自分の家に帰った所で、政略結婚が待っているだけだろうし、好きに勉強する事も出来なくなる。それに、特に愛着があったわけでもなかったので、屋敷に帰る理由が私にはなかった。私が、三男だったのもあったためか、両親も特に何か言ってくる事もなかった。
しかし、王都に残るとなると色々と問題はあった。一番の問題はお金だった。
学院生は、食堂などの費用を免除されているが、卒業すれば自己負担になる。当然、学院寮を使用する事は出来ない。私は、学院で手伝いをしながらお金を稼ぎ、安い部屋を借りて過ごしていた。しかし、僅かな給金では足りず、学院生活中にためていたお金を切り崩して生活していた。
「う~ん。さすがに、厳しいな…」
切り崩していけば、しだいに貯蓄だって底をついて来る。親に仕送りを頼める立場ではないため、何かいい仕事がないかを探していた時、私の所に城からの使いがやって来た。
後日、迎えの馬車に乗って城に入る際も、城になど縁がない私は、門を通るだけで気圧されてしまった。城内に入ってからも周りに置いてある装飾品に、場違感がして居心地の悪さを感じる。
そんな中、使者に案内された部屋に入ると、レクス陛下が昔と変わらない笑顔で座っていた。
「やあ。久しぶりだね。あの後の学院生活はどうだった?」
「はい。お二人のおかげで、無事に卒業する事が出来ました。誠に感謝の念が絶えません」
「気にしなくてもいいよ?お互い利害関係があっての事だからね。でも、恩は、恩。だよね?」
「……はい」
城からの呼び出しを受けた時に、薄々は分かっていたが、いざその時になると何を言われるのかと不安が募る。
「そんなに不安そうにしなくていいよ。少しお願いしたい事があるだけだからね」
「……お願い?」
「アルが、信用出来て、貴族らしくない家庭教師を、息子のために探しているらしいんだよ。君、やってくれる…よね?」
レクス殿下は、始終笑顔だったが、私に一切拒否を許さない圧力を感じた。そもそも最初から、私には拒否権はなかったのだが…。
後日、アルノルド様の屋敷を訪れた際、そこで私は恐ろしい物を見た。学院で、白銀の悪魔と恐れられていたアルノルドが、笑顔を浮かべて立っていたのだ。最初は、よく似た偽物なのかとも思った。学院での噂を知っている者にとって、ありえない現象だった。本物だと分かった時は、恐怖でまともに目を合わせる事が出来なかった。
「私にも、気軽に接して貰って構わない。ただ…余計な事を言えば…分かるな?」
執務室で軽く雇用内容の説明を受けていた私は、アルノルド様が最後に放った言葉に、必死に首を縦に振り了承の意を示す。その後も、アルノルド様は変わる事なく、笑顔を浮かべていた…怖い……。
その後、お会いしたオルフェ様は、アルノルド様を子供にしたような外見だったが、全く笑わない事に私は心の何処で安堵していた。
授業をしてすぐに分かったが、オルフェ様は、私の教える事をすぐに身に付けてしまうほどに優秀だった。正直、私では、力不足のように感じられた。それでも、変わらずに家庭教師として雇い続けてくれた。アルノルド様から、無茶を言われることが多々あったけれど…。
学院に入学後も、たびたびオルフェ様の所には通っていた。オルフェ様は、とてもお優しい方だったが、周りから勘違いされている事が多かった。けれど、小さい頃から見ている私には、普通の不器用な子供と変わらないと感じていた。たまに、アルノルド様の子供だなと思う事はあったけれど…。
リュカ様が産まれてからは、屋敷の中の雰囲気が徐々に変わっていった。もともと、穏やかな屋敷だったのが、何時も子供の笑い声が聞こえる賑やかな屋敷になっていった。リュカ様は、感情が豊かで、感情を隠して生きる貴族とは無縁のような方だった。だけど、貴族の屋敷では感じられないような温かな空気がここにはあった。何故、アルノルド様が、貴族らしくない家庭教師を雇おうとしていたのか、私にも分かったような気がした。
だがある日、そんな屋敷の空気が変わっていた。
アルノルド様から、朝食前に話があると呼ばれ屋敷に入ると、使用人達が纏う空気が普段と違うような気がした。しかし、執務室まで来るようにと呼ばれていたため、気にはなりつつも部屋へと急いだ。
そして私は、昨日の顛末を簡単ではあるが説明され、知る事となった。
アルノルド様から、無理をしていないか見ていて欲しいと頼まれ、私は即座に了承の返事を返した。
リュカ様の授業の様子を見て私は、出来なかった事が出来るようになった事よりも、何処か出来なければいけないという焦りの気配の方が気になった。
たしかに入学前に、クラス分けの試験があるが、ある程度出来れば何も問題ない。入学前に勉強しているのなんて、貴族だけなのだから、自然と上位の成績で入学できる。
それに、リュカ様は、同年代と比べて劣ってもいない。他の子は、半年間で詰め込み教育を受けるが、リュカ様は2、3年に分けて教育を受けている。少し苦手な分野もあるが、そこまで悪いという事もない。
マナーだってしっかり出来ている。自分に合わない食器を使い続けていると、変な癖がついてしまい矯正から始まる場合もあるが、リュカ様は、大きい食器に戸惑いはしていても、変な癖もなく使えている。
そして、リュカ様のピアノは、格別上手いわけではないが、聴く者を楽しい気持ちさせてくれる音を出す。それは、感情を隠して生きているような貴族では出せない音だ。私は、そんな音が好きだった。
しかし、今のリュカ様の音からは、焦りや悲痛さしか感じない…。このまま続ければ、取り返しがつかない事になる気がして、私は授業を中断を決意した……。
部屋を出ていくリュカ様の背中は、楽しい事が楽しめなくなった、昔の私に何処か重なって見えた。
だからこそ、リュカ様にも、楽しい事を楽しいと思う気持ちを思い出してもらいたい。私は、明日の計画を立てるため、家までの帰路を急いだ。
お読み下さりありがとうございます




