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違う色 (アルノルド視点)

「レ、レグリウス侯爵様…」


相手の様子を見る限り、どうやら私が来る事を事前には知らされていなかったようだ。例のごとく、私から逃げ出そうと距離を取り初めたため、私はため息を堪えつつ席に付く。


通常であれば主催者が先が先に到着し、側で客を持て成すのが礼儀だ。そのため、主催者の許可も取らず退席する事や、席に着こうとしない事は、相当の礼儀知らずに当たるが、今回のように、その主催者が不在である場合は、持て成す意志がないとみなし、勝手に退席しても失礼には当たらない。


今回、このお茶会の主催者はレクスだ。そのため、彼女がこのまま退席したとしても、失礼には当たらない。だが、例外はある。招待客の中に、自身よりも高位の者がいる場合だ。その者が退席していない状況で、断りもなく席を立つなど、相手を侮辱していると取られても仕方がない。そのため、私が1度座ってしまえば、彼女にはもう座る以外の選択肢は存在しない。


怯えてたように、ゆっくりとこちらへと近付いて来る様子を見る限り、席に付くにはもう暫く掛かりそうだ。その間に、周囲へと意識を向ければ、予想通りの気配があった。


見晴らしの良いテラス席で、周囲には人が誰もいないように見えるが、少し離れた木の陰や建物影などから、こちらを注視している気配があった。巧妙な気配の隠し方から判断すると、奴の護衛も努めている影の連中だろうとは察しが付いた。こんな下らない事に影を使うなど、到底理解出来ないが、彼等も余程暇なのだろう。だが、レクスからの監視がいる以上、暫く此処にいなければならないようだ。


彼女がようやく席に付けば、側で隠れていた者の1人が、メイドの格好で現れた。私が軽く殺意を向けたにも関わらず、涼しい顔をしながら紅茶セットだけを置いて退出して行く姿にまで苛立ちが募る。私が暫く去った方を見ていれば、彼女は何を思ったのか、紅茶を入れようとし初めた。


私としては、ただ時間が過ぎればいため、紅茶など必要ない。それに、他人が入れた物など、飲みたいとも思わない。たが、彼女自信が飲みたいのかと思い、相手の好きなようにやらせていた。もし、仮に私に出されたとしても、それに口を付けなければ良いと判断して黙って様子を見ていたが、何とも覚束ない動作で逆に気になってしまう。


「貸してみろ」


自身で入れると主張する彼女からボットを取り上げると、まずは中身を捨てようと私は周囲を見渡す。だが、貴族が使うテラス席の周辺にそういった場所がある訳がなく、仕方がなしに花壇へと中身を捨てる事にした。席に戻れば、彼女から殺意に似たような気配は感じた。だが、それには気付かぬふりをして、新たに2人分の紅茶を入れ、片方を相手側へと差し出す。


「えっと…これは…?」


「自分の分しか用意しない程、狭量ではない」


私の言葉で先程の気配は霧散したようだが、私からのカップを受け取りはしても、一向に口を付けようとはしない。


「見ていたなら分かると思うが、私は変な物など入れていない」


「いえ…そういう訳では…」


何か仕込まれているのを警戒して、私と同様に他人が入れる物に口を付けないでいるのかと思ったが、そういう訳ではないようだ。それに、先程の彼女も、何かを入れようとする素振りもなかった。私が紅茶を捨てた際、それに似た気配を少し感じたが、今はそんな気配は感じない。それならば、何が不満だと言うのか。


「暫くは此処にいる必要がある。私に何か言いたい事があるなら、好きに話せば良い」


「えっ?で、でも…」


私からの言葉に、言葉を詰まらせたように言葉を濁す。最初から素直に言うとは思ってはいないが、少し本心を探る必要がある。


「レグリウス侯爵様に、私なんかがそんな事…」


「構わん。此処にいるのは、私と暇な人間だけだ」


身分差を縦に、なかなか話始めようとはしない。だが、身分などはどうでも良い事だ。上や下だろうと、会話の内容など決まって同じだ。金や地位に関する自慢話か、自分の価値観や考えを押し付けて来るだけの会話。唯一、ラザリアはそういった話はしないが、私に嫌味と小言しか言って来ないため、他の者と大して変わりはない。だから、誰からどんな話しをされようと、相手の思惑を把握しながら聞き流すだけ。私がそう思って入れば、予想していない言葉が出た。


「花が…嫌いなんですか…」


「花?」


か細い声で言った言葉に、私は紅茶から視線を上げて疑問の声を上げる。自信が入れた紅茶を捨てた事を怒るならば、まだ理解はできるが、そうではなく、関係ないない花の話になるのか意味が分からない。私が訝し気な視線を向ければ、その視線にビクリと身体を揺らし、震える手である場所を指さした。そこは、私が紅茶を捨てた花壇だった。


「嫌ってはいない。そもそも、そんな曖昧な判断基準で物事を見た事がない」


思惑が何かは分からないため、情報を集めるために私も話しを合わせようと思ったが、好きや嫌いといった感情がどういった物なのか、私には理解出来ない。そのため、思った事をそのまま口にした。


「嫌いでないなら…何故…花壇に捨てたんですか…?」


「捨てる場所にちょうど良いと思ったからだ」


私の言葉を受けて、彼女の目が釣り上がけながらこちらを向く。その彼女の視線に、私はある種の忌避感を感じた。これまでの経験上、花が可愛そうだの、思いやりはないのかだの、感情論しか言ってこなくなる可能性が高い。植物に感情などあるわけがないという、当たり前の事さえも分からない者達の会話には辟易する。


「はぁ…言いたい事があるなら言え」


後になって騒がれるより、今、此処で終わらせた方が面倒事が少ないと思って話しを促せば、覚悟を決めたような目で口を開いた。


「それなら言います…。花壇は捨てる場所じゃないです!庭師の仕事を愚弄しないで下さい!」


「……どういう事だ?」


先程から、あまりにも話が飛びすぎていて、私にも理解が追いつかない。私から問われた彼女は、私に物言いをした勢いのままに喋りだした。


「庭師の方は、私達に綺麗な花を見せようと誇りを持って日々努力しています。そして、その花を蔑ろにするという事は、その人の仕事を侮辱する事だと思います。レグリウス公爵様も、自身が行った仕事を台無しにされたら、不快に感じるのでは無いですか!?」


彼女の言うことは正論だった。確かに、自分がやった仕事を台無しにされれば、私でもさえも不快を感じる。それに誇りを持っているというのなら、なおの事そうなのだろう。


「そうだな。この件に関しては君が正しい。庭師の方には、私から後で謝罪を入れる事にする。何だ?その顔は?」


何故か彼女は、私の言葉に目を見開いだまま固まっていた。


「い、いいえ!ただ…平民である庭師に、謝罪するとおっしゃるとは、思っていなかったもので…」


「私とて、間違いがあれば謝罪くらいはする。君は、私を何だと思っているんだ?」


「ち、違うんです!た、ただ…レグリウス公爵のご当主様は、そのような事をなさらない方で有名ですので…」


「ああ。あれは、爵位しか取り柄がないからな。爵位しか誇る物がない者達は、考え方も稚拙で戯言しか言わない。だから、あれ等の事は気にしなくていい。だが、そう思っている相手に、よく先程のような事が言えたな」


「す、すみません!!私は、花が好きなので、少し感情的になっていました!!」


私に頭を下げて謝罪をして来たが、ただ頭を下げて終わる謝罪など、ほぼ無いに等しい。地方ならばそれで通じるのかもしれないが、王都では利権や土地を差し出さなければ謝罪など受け入れてなど貰えない。だからこそ、私とて儀礼的には対応を余儀なくされている。


「言えと言ったのは私だ。だから、今回はそちらからの謝罪は受け入れるが、他の者であったのなら、この程度はすまないぞ」


「…はい」


「これに懲りたのなら、感情などというつまらない物で動くのは止める事だ」


私の忠告を受けて静かにはなったが、良く無事だったと感心させられる。それに、先程から気配を探ってはいたが、嘘は言っている気配はなかった。もし、これで嘘を付いているならば、奴の影よりも気配を隠すのが上手い事になるが、それはそれで、面白いと思そうではあるが。しかし、こうも素直では、いずれ誰かに騙されそうだという懸念がふと沸き起こる。だが、私が気にするような事でもないと切り捨て、今の現状へと意識を向ける。


このまま会話もなくこの場を立ち去れば、レクスが何か言って来そうだ。誤魔化して報告しようにも、こちらを監視の目がある以上は、それは難しいだろう。かと言って、何か話すような話題も、私には何もない。


眼前へと視線を向ければ、彼女は私の入れた紅茶を飲むだけで、何も話そうとはしなくなった。令嬢ならば、放置していても、勝手に喧しく騒いでいるはずなのだが、どうにもこの令嬢は、他の令嬢と少しおかしい。


「何か話せ」


特に話す事もなかった私は、自身の変わりに話すように、彼女へと声を掛けた。


「え!?えーと…レグリウス公爵様は、何か好きな物はありますか?」


不審者のように慌てた動作をした後、目を白黒させながら私には無縁の話しを振って来た。正直、その質問にいったい何の意味があるのかと思っただが、何か話せとは言ったのは私だ。


「好きな物も嫌いな物もない」


「ないんですか!?」


目を大きく見開きながら騒ぐ彼女には、何処に騒ぐ要素があるんだという思いしかない。


「ない」


「誰にでも好き嫌いはあると思いますよ。た、例えば、飲み物を飲むとしたら、紅茶ですか?それともコーヒーですか?」


「紅茶」


「そ、それなら、コーヒーよりも紅茶が好きという事だと思います。じゃあ、甘い物と辛い物、どちらが食べたいですか?」


「甘い物」


「甘い物がお好きなんですね」


私の視線にたじろぐ彼女をみながら、彼女からの質問に簡潔に答えて行く。その後も、彼女は私に、二者択一の質問をして来ては、その度に、私の好な物や嫌いな物を勝手に決め付けていった。これに何の意味があるのかは不明だが、無駄な事に気を回す必要がない分、他の令嬢と話すよりは会話が楽だった。


その間、紅茶は相変わらず私が入れていた。彼女はその度に謝罪していた。だが、自身の分を入れるついででしかなかったため、謝罪は不要だと伝えても、無意味な謝罪を繰り返す。面倒になった私は、もはや好きなようにさせておいた。


しかし、レクス達以外で、誰かと此処まで会話する事などなかった。如何に、自分を売り込むかしか考えていない輩とは、まともな会話にすらならない。家の付き合いで、仕方なくそういった者の相手をしていたが、紅茶を飲み終えれば直ぐに退席していた。そう考えれば、だいぶ長居をしている。これなら奴も満足するだろう。


私がそう思いながら紅茶を堪能している間、彼女からの質問は続いていた。それに淡々と答えていたが、途中からは、笑いながら質問をしては、私の返答でさらに笑顔を見せていた。だが、何処に笑う要素がある?


「チョコと肉なら?」


「チョコ」


「先程から、チョコばっかりですね。思っていたのと違って、意外と甘党だったんですね」


「甘党ではない。チョコは、脳の活性化とリラックス効果があるから、服用しているだけだ」


「でも、主食よりチョコって、フフッ」


何故、笑う?先程から、私が答えるたびに楽しげに笑っているが、何処に笑う要素があるのか分からない。私と話す者は大抵、真面目な顔か、媚を売るような愛想笑いしか浮かべない。


私の言葉など、全く信用していないような口ぶりに、何とも言えない心境にはなったが、不思議と嫌悪感というものは感じなかった。そろそろ、レクスが満足しそうなくらいの時間は過ぎただろうと、密かに時計を確認する。


「お湯も、残り少なくなりましたね」


「そうだな。私はそろそろ私は失礼させて貰う事にする」


「それなら、少し待っていて下さい」


保温効果のあるポットに入っていたお湯もなくなり、此処にいる理由もなくなった私が席を立つと、彼女はそう言って花壇の方へと向かった。すると、花壇から摘んで来た花を腕に抱えて戻って来た彼女は、何故かその花を渡しへと差し出して来た。


「何のつもりだ?」


「紅茶を入れさせてしまった事や、それ以外の事でのお詫びとお礼です。とは言っても、花壇の花ですけど…」


「いらん。私が勝手にやった事だ」


「ですが、花は嫌いではないのですよね?」


「好きでもない。そもそも、持っていても邪魔だ」


「花にはリラックス効果もありますし、それにストレスにも良いのですよ。もし、邪魔だと言うなら一本だけで良いので貰ってくれませんか?」


「………一本…だけなら」


いらない物を押し付けられるのは迷惑だったが、受け取らなければ引かなそうな気配を感じ、一本だけ貰う事にした。花壇の花ならば、何かを仕込むのも難しいだろうとの判断からだったが、そんな私に、彼女は満面の笑顔を向けていた。


「ありがとうございます!それなら、赤と青、どっちにしますか?」


「…青」


色など気にした事も無ければ、対した違いなど無いと思っていた。そのため、どうでも良いとすら感じていた。だが、彼女から差し出され花を見た私の口からは、自然とその色が言葉として出ていた。


「青色が好きなんですね」


そう言って笑いながら花を差し出す彼女の目は、花と同じ色に輝いており、私には他の色とは少し違って見えた。

お読み下さりありがとうございます

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