父様の家族
「それでね、リータス先生が意地悪そうな顔して言うんだよ」
みんなが帰った後、父様達と夕食を食べながら、今日あった出来事を話していた。
「そうなのか。でも、アレは私の前でも似たような態度だよ。誰に対してもあまり態度を変えないのが、アレの良い所だ」
「そうなの?」
「ああ、相手を見て態度を帰る連中は、なかなか信用出来ないからね」
「ふ~ん?」
僕にはあまり良く分からない事だったけれど、父様がそう言うのならそうなのかも知れないと思って、夕飯を一口食べながら思い出した話題を口にする。
「そういえば、夏休みの間に、コンラットが実家に帰ったって言ってたよ」
僕がその話題をを持ち出したら、父様は何処か気遣うような視線を母様に向ける。
「最近は、エレナのご両親の所に挨拶に行けてなかったね。私はあまり長いする事は出来ないが、エレナは私に構わずに、少し実家でのんびりして来ても良いんだよ」
「何で、父様は何時も速く帰っちゃうの?」
日帰りで帰ろうとする父様が泊まれば、母様も気にせずに長い出来るのにと思って言ったら、父様は少し困ったような顔で目尻を下げた。
「リュカ。私としても、エレナのために長いはしたいと思ってはいるんだが、なかなかそう上手くはいかないんだよ。私と懇意にしていると周りに知られると、良かれぬ連中が近付いて来たりするんだ。私と疎遠と思われていた方が、却って安全だったりするんだ。私も、そういった連中が近付かないように気を付けているのだが、何故かそういった連中は、駆除しても何処から湧いて出てくるんだよ。エレナ、すまないね…」
申し訳なさそうな顔をしながら、僕から母様の方へと視線を向けた父様に、口元に微かな笑みを浮かべながら返す。
「大丈夫よ。私の両親も、それはちゃんと分かっているから、そんなに気にしないで」
「ありがとう」
「ねぇ?バカンスに行ったって言う父様の両親は、此処に帰って来たりしないの?」
「アレは、死ぬまで帰って来ないんじゃないかな」
何処か物悲しくなってしてしまった空気を変えようと思った僕が、バカンスに行っていると言う父様の話しを振ってみたら、さっきまでの申し訳無さそうな顔していた父様の顔が、急にどうでも良さそうな顔に変わった。その事に、僕がちょっとびっくりしていると、今度は母様の方が申し訳なさそうな顔をしていた。
「アル。お母様には1度ご挨拶させて貰ったけれど、お父様の方には、未だに1度もご挨拶出来てないから、ご挨拶も兼ねてこちらからお伺いした方が良いんじゃないかしら…」
「アレに、挨拶なんてものは必要ないよ」
「母様は、お祖母さんの方には会った事があるの?」
「ええ、とは言っても、私も結婚式の時に1度だけお会いしただけなの。それに、その時になって、初めてお姉様がいたのも知ったのよ」
少し攻めるような視線を横目で受けても、父様は何食わぬ顔で母様に笑い返すだけだった。
「だけど、お爺さんと一緒に行ったのに、結婚式にはお祖母さんしか来なかったの?」
「ああ、それは一緒に行ったわけじゃないからだよ。姉が欲しいと言うから、母は病気療養で姉と一緒に田舎の方へと移っていたんだが、エレナが招待状を送ろうと言うから、形だけは招待状を送ったんだけど、まさか来るとは思わなかった。
「アル!私は、療養に行っているなんて聞いてないわ!?」
「そうだったけ?」
「どうしましょう!私!1度もお見舞いの品も贈れていないわ!」
まるで他人事のように平然としている父様に、母様は驚き慌てた様子で父様へと詰め寄るけれど、父様は母様をとりあえず落ち着けるように、軽く肩に手を置いた。
「エレナ。病気療養はだだの名目で、本当に何かを患っているわけでもないから、何も心配する必要なんてないよ」
「で、でも…」
「姉からたまに届く手紙を読んでも、元気過ぎるくらい元気みたいだったよ。ああいった連中は、無駄に生命力が強くて本当に困ったものだよ」
本当に困っているような顔で言う父様の様子に、少し躊躇いがちに頷きながらも、まだ母様は少し攻めるような視線を父様に向けていた。
「アルは…私に…自分の家族の事を何も話してくれないのね…」
「私達は、君の家族のように、仲が良いという訳でもないからね」
「お母様の方は厳しそうな方だったけれど、お姉様の方は優しそうな方だったじゃない?」
「確かに、姉とは比較的話しもあったが、どうにも趣味嗜好が私とは合わない。だから、会いたくもなければ、会わせたくもないんだ」
「お爺さんは?そっちとも仲が悪いの?」
「それ以前の話しだね」
ニッコリと笑いながら拒絶している父様に、僕は思い付いた事を言った。
「じゃあ、来年の夏休みにでも、お祖父さんの方に会いに行ったら!」
「何故、急にそんな話になるんだい?」
僕の言葉に、父様は少し顔を引く付かせながら笑っていた。けれど、僕はそれに構う事なく熱弁を振るったように語りかける。
「お姉さんがいる叔母さんの所は、行きたくないんでしょう!?それなら、お爺さんの方とだけでも仲直りした方が良いよ!」
「それは良いわね!この際、みんなでご挨拶に行きましょう!」
「エ、エレナ。私の父に会った所で、君が嫌な思いをするだけだから、止めておかないかい…?」
母様は直ぐに賛成してくれたけれど、父様はそんな母様を止めるようとしていた。
「いいえ!今までは、何かと理由を付けて避けたり、アルの言葉に甘え続けて来たけれど、そろそろ腹を決めるべきだと思うの!それに、このままだと子供達にも示しが付かないわ!!」
「別にそんな決意しなくても…」
「それに、アルの妻としてちゃんとご両親に認めて貰いたいわ!」
「いや…アレ等に認めて貰う必要なんか…」
「南の島に行くなら、みんなも誘ってみても良い!?今日!行ってみたいって言ってしてたんだ!」
「そうね。今回、ラザリア様達にはたくさんご迷惑をお掛けしたから、ラザリア様達もご一緒出来るか誘ってみてはどうかしら?」
「姉の所に行こう」
「えッ!?どうして?」
僕と母様で、お祖父さんの所に行く話しを進めていたら、ずっと渋っていた父様が急に意見を変えて、お姉さんの所に行くと言い出した。僕が驚きながら視線を向ければ、父様は何処か真剣な面持ちをしていた。
「父か姉。どちらかのに行くという二択ならば、私は後者の方を選ぶ」
「でも、大勢では押し掛けるのはご迷惑になるでしょう?南の島でも、バカンスが出来るなら宿も多くあるでしょうし、そちらに泊まれば大したお邪魔になる事もなく、お会い出来ると思うの?」
父様の言葉を、今度は母様が止めようとするけれど、父様の表情も変わらない。
「いや、あの島には宿が1件もなくてね。私達が泊まれるような場所もないんだ。だから、父の所に行くのは止めておこう?」
「そんな場所に、お祖父さん1人で行ってるの?それって寂しくないのかな?」
「街の喧騒を離れて、自然に帰りたかったじゃないかな?それに、城にいた連中も一緒に行ったから、1人というわけではないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。何せ、森の中で自給自足で暮らしてるくらいだからね」
「あの…アル…?私が昔に聞いたお話しだと、そのような事をする方ではなかったと思うのだけれど…?」
母様は、訝しげな表情で尋ねるけれど、父様は笑顔を崩す事なくそれに答えていた。
「噂は所詮噂だからね。それに、年を取ると丸くなると言うしね」
「そうなの?それなら、自然に帰れるといいね」
「本当に、還れば良いね」
意味深めいたような笑みで笑う父様に首を傾げていたら、父様は今度、少し困ったように目尻を下げた。
「父の所に行っても、のんびりする暇や遊ぶ暇もないから、行くのは止めておこうね?」
「でも、森に泊まるなんてキャンプみたいで面白そう!」
「夏の森に泊まるならば、私は此処に残る」
「兄様は行かないの?」
「絶対、行かない」
「オルフェもこう言っているし、父の所に行くのは止めにしよう?」
「そこまで嫌なら、仕方ないわね…」
「うん…」
一歩も引かないような父様と兄様の態度に、僕と母様の2人は、渋々と頷き返すしかなかった。
「とは言っても、姉の所も周囲に遊ぶ所など何もないから、つまらないとは思うけどね。近くに昔からの森はあるけれど、気まぐれみたいに小さくて煩い虫ぽいのが出るから、遊ぶのもあまりオススメは出来ないな」
「では、行くのを止めておきましょう」
「えー!せっかく父様の実家に行くのに、どっちも行かないなんて勿体ないよ!もしかしたら、良い所かもしれないよ!」
「元から父上は、どちらに行くのもあまり乗り気ではないようだ。それに、虫がいる場所は、良い場所とは言えない」
それは、僕も何となく分かるけれど、昔の父様の事とか聞いてみたかった僕は、必死に兄様に訴えかける。
「でも、虫取りとかやったら楽しそう!」
「リュカ。そんな危険な遊びは今直ぐ止めた方が良い」
「でも、この前の旅行の時、魚釣りはやったから、今度は虫取りをやってみたい!」
兄様は、僕の言葉に眉間にシワを寄せながら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。虫が苦手なのは知っているけれど、バルドが帰り道に街の子達と遊んだ話しとかを聞いていた僕としては、何となくだけど楽しそうだった。
「例え行っても、私は屋敷の部屋からは出ないぞ…」
「兄様、旅行に行って部屋から出ないなんて、そんなのつまらないよ?」
「私の事は気にせず、この前の旅行の時のように遊んできなさい。2匹を護衛で付けて行けば、魔物が出ても問題ないはずだ」
部屋から出ないと言った兄様が、旅行に行った時の話しをした事で、あの時の事を思い出した。それと一緒に、カレン様から聞いた劇の事を思い出した僕は、父様に少しだけ聞いてみる事にした。
「そういえば、お祖父さんは、劇のモデルになった事があるの?」
「いったい、何の話かな?」
「えっ?だって、闇の深淵って言う劇に……」
「……それは、誰から聞いたのかな?」
一瞬、ヒヤリとしたものが、僕の背中に走ったような気がした。それに、部屋の中にいるはずなのに、何処からか冷たい風が吹いて来て、僕の前髪が微かに揺れていた。
「父上。色々と漏れていますよ」
兄様が声を掛けると、部屋に吹いていた風は収まったけれど、部屋の中は未だに寒いままだ。
「ふぅ……」
父様がため息を付きながら頭を振ると、顔を上げて僕の方へと視線を向けた。
「リュカ。その劇は1度しか公演されていないうえに、その名を知っている人間はもう数える程しか存在しないはずなんだ。だから、何処で、誰が、どんなふうに言っていたのか、私に教えて貰えるかい?」
何処か、妙な迫力で聞いてくる父様に、僕が何と答えたら良いか迷っていると、父様の隣にいた母様が口を開いた。
「それは、カレン様が私達に教えて下さったのよ」
「カレンが…?」
「ええ、ラザリア様達の昔の話しをお伺いしたのだけれど、その時に、その劇の話しをお聞きしたのよ。だけど昔のと記憶と、劇の内容とを少し感違いしていた所があったようだったんだけれど…?ねぇ?リュカ?」
「うん。ベルンハルト様達や、父様のお爺さんが悪役で出て来るって、それで、ベルンハルト様を毒殺しようとするシーンがあったって言ってたよ」
「……そんな事を言ったのかい?カレンは、暫く会わない間に、随分と思考が鈍ったようだね…」
躊躇いがちに言っていた母様から問い掛けられて、僕はその時聞いた話しを正直に話したら、父様は表情が少し抜け落ちたような顔をしていた。そして、静かな声で呟くように言った後、僕達には風が吹いて来ているようには感じないのに、机に置かれている蝋燭の火は大きく揺れていて、料理から出ていた湯気も急に消えてしまった。
「父上」
「ああ、すまない。ありがとう、オルフェ」
「貸しですよ」
僕が、訳もわかなく机に並べられた物を見ていたら、2人だけで分かりあっているような会話をしていた。
「ねぇ?何の話し?」
「リュカは気にしなくていい」
気になって兄様に訊ねたら、素っ気ない返事が返って来て、代わりに父様の方へと視線を向ける。だけど、僕の視線に気付いた父様も、何処か素っ気ない様子だった。
「特に何でもないんだ。それよりも、あの冒険者2人もその話しを聞いたりしていたのかな?」
「急にどうしたの?あの2人とは、宿に入る前に別れたから、聞いたのは僕達だけだよ?何で?」
全く関係ない質問に、僕が首を傾げながら答えていたら、父様は何処か誤魔化すように首を横に振った。
「いや、大した理由じゃないんだ。ただ、冒険者は事故が起こりやすいから、お使いの途中で事故に巻き込まれてしまわないかと、不意に心配になってしまってね」
「えっ!?あの2人大丈夫かな!?」
「大丈夫だと思うよ。どうやら、運だけは良いみたいだからね」
にっこりと笑いながら言う父様の笑顔に、少し違和感を覚えながら見ていたら、父様の顔が何処か真剣な面持ちに変わった。
「リュカ。お友達には、そんな話しは直ぐに忘れて、人には話さないように言っておいて貰えるかな?皆には、レグリウス家の沽券に関わる事だからと伝えれば、簡単に理解して貰えるはずだから」
「う、うん…」
「料理がすっかり冷めてしまったから、私は新しい物を頼んで来るよ」
戸惑いながらも返事を返せば、父様は話しを切り上げて部屋を出て行ってしまった。その様子を呆然として見ていたけれど、メイドが新しい料理を運んで来ても、父様はその日、食堂には戻って来なかった。
夕食を食べ終わった僕は、母様達と別れて、自分の部屋へと戻ろうとしたら、不意に後ろから声を掛けられた。
「リュカ」
「兄様?どうしたの?」
何処か真剣な空気を纏っている兄様に、僕が近寄りながら問い掛けたら、兄様は僕が立ち止まるのを待ってから口を開いた。
「明日にでも、何時も来る者達も一緒に連れて行っていいか、父上に聞いてみると良い」
「良いのかなぁ…?」
お祖父さんの方なら、みんなも誘おうと思ったけれど、療養で田舎に移った叔母さんの所で騒ぐのは、さすがに僕でも気が引ける。
「父上も、今回リュカ達を驚かせた事の詫びをしたいと考えているはずだ。だから、リュカの方から何かと頼めば、父上の気も幾らかは休まると思う。それに、私は虫取りとやらには、同行出来ないからな」
苦笑気味にそれだけ言うと、兄様は僕を置いて、部屋とは反対方向へと歩いて行ってしまった。僕は、その背中がみえなくなるまで、ただ見送っていた。
お読み下さりありがとうございます
 




