待ち人 (べナルト視点)
今日が指定した日という事もあって、何時もの仕事部屋ではなく、ギルドのホールに立って、約束の相手が来るのを俺は待っていた。
「仕事は…しなくて良いのですか…?」
「今日は、仕事にならんだろう」
「……すみません」
お通夜のように静まり返ったギルド内を見て、依頼者が来ても直ぐに帰って行ってしまうため、今日は新しい仕事の依頼がない。正直、商売上がったりなのだが、それでコイツ等を咎めるのは、酷と言うものだろう。
「……今日で…終わりか…」
「だから…それを言うなよ…」
「今からそんなのでどうする!あの子供が、アレと一緒に来ると言っていたのだろう!?それなら、しっかりしていろ!」
「本当に…来ると良いんですけどね…」
本当にただの冒険者との口約束を守ってくれるかは分からんが、希望が全くないよりはマシだ。
今回、コイツ等やった行為は、とても褒められた行動は言えない。他人がいる場所へ、魔物を引き連れたままやって来るなど、冒険者の間でも嫌われ、タブーとされている。だから、死人が出れば重罪に科せられる場合だってある。しかし、今回は不可抗力のであり、死人どころか怪我人さえもいない。そのため、厳重注意と罰則金程度の処分で終わるのが普通だ。だが、巻き込んだ相手が貴族。そのうえ、彼奴等の息子達ときている。
幸い、剣鬼の方からは何の音沙汰もないが、氷鬼の方から呼び出しが掛かっている以上、それは何の慰めにもならない。それが分かっているから、私や此処にいる連中も含め、誰も下手な慰めを口にしない。
今回の事は、こいつ等の自業自得な面は否めないが、此処に集まった連中は、コイツ等を心配して来た奴らだ。中には、好奇心で集まって来た奴もいるかもしれないが、仲間が死ぬ事を喜ぶような奴はいない。俺も、あまりにも厳しすぎる処罰が言い渡されたら、少しでも処罰が軽くなるように口添えするつもりだが、あの氷鬼相手に何処まで通じるものか…。
「お邪魔します!」
そんな事を思い悩み待っていると、この場の雰囲気とは不釣り合いな子供の元気な声が響いた。
扉を開けてちょっこり顔を覗かせた子供は、まるで小動物が警戒するような仕草を見せる。皆、その姿に一瞬気が緩むが、その後ろから入って来た男の姿を見て、一様に視線を逸らす。
駆け寄って来る子供の後を、張り付けたような笑顔だけを浮かべながら静かに付いて来ているが、目の奥が一切笑っておらず、魔力に敏感な奴等は揃って、奴と目が合わないように下を向いていた。俺も、奴らと一緒に下を向いていたいが、そんな情けない姿をするわけにもいかずに、真正面から見つめ返す。
「どうお返しをすれば良いかな?」
坊主の紹介を受けても和む様子はなく、戯けたようにしながらも、魔力は冷たい雰囲気のままだ。それに、私と身長はそこまで違いはないはずなのだが、上から見下ろされているように感じる。その突き刺さすような視線で冷や汗が止まらのは俺だけではないようで、真正面から受けている奴らは青い顔をしていた。
「と、とりあえず、此処では何ですので、奥の部屋で話しませんか?」
奥の部屋へと促せば、俺の存在に今気付いたようなきょとんとした顔で、坊主は俺の事を見上げて来た。覚えていないかと尋ねてみても、俺の事を思い出せないようだった。一度だけのうえ、少ししか合ってなければそんなものかと思い、具体的な例を出せば、ようやく俺の事に思い至ったようだったが、それと一緒に冷たい視線も突き刺さる。何とか、この場を脱しようと言葉を発すれば、予想外の所から助け船が出た。
「父様、行こう!」
坊主がこちらに気を使って、奴を此処から連れ出そうとしてくれた。コイツ等は、本当に血が繋がってんのかと疑うような配慮さだ。
それにしても、子供に手を引かれて歩く光景は微笑ましいはずなんだろうが、俺達には、無知な子供が猛獣に悪戯を仕掛けているようにしか見えない。それでも、大人しく従っているのだがら、さながら猛獣使いのようだ。
そんな事を思っていると、こちらの心でも読んだかのように、ギロリとした視線を向けられた。内心、その事で冷や汗が出そうになったが、その後の会話の方がヤバかった。
坊主は何も分かってないような顔で喜んでいるが、確実に嫌がらせ地味た依頼が来る事しか予想しかない。それを何とか止めようと坊主に声を掛ければ、直ぐに黙っていろと言うような視線が飛んで来て言葉を紡ぐ。あの、血のような赤眼に睨まれると、何故か血の気が引いて直視が出来ない。
「最後に言い残す事はあるか?」
部屋に通された奴は、まるで自分の部屋のような態度で座ると、爽やかな笑顔を浮かべながら、最後通告を言い渡す。
「寝不足で、少し言葉を間違えたようだ」
子供に注意され、直ぐに言葉を訂正したが、余程この子供を連れて来たのが不本意なのだろう。苛ついている本音が垣間見える。しかし、この男がそのようになるまで、いったい何処で何をして来たのか気にはなるが、そこは詮索はしない方が良さそうだ。
坊主から、コイツ等を許すように言っても、奴は頑な態度を見せていた。坊主には本性を隠しているはずだろうに、寝不足で頭が回っていないのか、それを隠しきれていない。何にしても、坊主の分が悪い。
「怪我までしたんだよ!」
おそらく、理屈で言っても通じないと思って、同情を得ようと言った言葉なのだろうが、打ち身程度で大した怪我はしていない。それに、この男にそんなに、そんなの通じるわけもなく、あっさり言い任されていた。
私が下手に口を挟むよりは、坊主から言った方が効果があると判断して口を挟まなかったが、やはり坊主には荷が重かったかと、俺が口を開こうとしたら、予想外の名が出て来た。
「兄様も許してくれたよ!」
上が許した事に衝撃を受けていれば、奴も俺と同じだったようで、驚いたような顔をしていた。在学中に、何度か顔を合わせた事があったが、この男と同様に、敵に情けを掛けるような人間ではなかった。
その事を俺より知っている奴は、それに何か思う所でもあったのか、考え込んだ後、あっさりとした様子で軟化の態度を見えた。
その事に安堵した片方が、うっかりと口を滑らせれば、もう1人が慌てたように止めに入る。だが、奴がそれを聞き逃すはずがない。
「御守りって、どういう事かな?」
緩和しつつあった部屋の中に、再び寒々しい声が響く。悪魔のような綺麗な笑み浮かべる男を前に、誰も何も言えないでいる中、坊主だけは、戸惑いながらも平然とした様子で会話をしていた。ある意味、将来大物になれそうな逸材だ。
「他には、何か言っていなかったかな?」
「他に?」
その言葉を受けて、坊主が何かを考え込み始めたが、2人は何かを言いたそうな顔をしていた。だが、奴に聞かれたら不味い事なのか、何も口に出そうとはしないものの、目だけで坊主に何かを伝えようとしていた。だが、坊主はその事に全く気付く様子がない。ただ、奴だけが、横目でその様子をじっと眺めていた。
「特に何も言ってなかったと思うけど?」
再度、確認するように訪ねた後、納得するような返事をしていたが、安堵する2人と違って、全く納得しているようには見えない。
これ以上、何か起きる前にと、奴へと退出を求めれば、嫌味こそあれど、素直に帰ってくれるようだった。その事に安堵していると、流れるような動作で、さり気なく坊主の両耳を塞ぐと、こちらへと視線を向ける。
「帝国から何か言われても、知れぬ存ぜぬで通せ。いいな」
爽やかな笑顔のまま、威圧感が利いた低い声で、それだけの言葉を言うと、坊主の耳から手を離す。
全く顔と声が一致していない事に引きながらも、嫌な予感しかしない。俺の顔も自然と苦い顔へと変わるが、聞こえていなかっただろう坊主は、1人だけ、不思議そうな顔をしていた。
坊主は平和で良いなぁ…。
俺は心の中で1人、平和とは何かと言う現実逃避めいた事を考えていた。
「今回助かったのはお前のおかげだ。ありがとう」
「何かあれば、出来る限り力になるからな!」
ギルドの前に止めてある馬車まで来ると、坊主と視線を合わせるようにかがみ込んで、礼の言葉を口にしていた。
「そんな事ないよ。父様は優しいから、もともと許すつもりだったよ。そうだよね?」
「もちろんだよ………………………………ちっ」
コイツ!!今!小さく舌打ちしやがった!
振り返った坊主に返事をしたまではよかったが、その後、笑顔を貼り付けたまま、坊主には聞こえないような小さな音で、忌々しそうに舌打ちをしていた。隣に立っていたせいで、聞きたくなくても聞こえてしまった。
「ほらね!父様は優しいからね!!」
正面に向き治り、自信満々の顔で得意げに胸を張っているが、坊主。一回後ろを見てみろ。お前が優しいって言ってるその父様が、優しさの欠片もねぇような顔してっから…‥。
なるべく横に視線を向けないようにしている俺と違って、底冷えするような視線を真正面から受けている大の大人2人は、顔を伏せながら震えていた。だが、坊主にはに感動して泣いているようにしか見えてないんだろう。知らぬが仏とは、まさにこの事だな。
視線から何とか逃れようと、坊主を隠れ蓑にしてやがるせいで、苛立ちが募って来ているのを横からバシバシと感じられて、全く生きている心地がしない。坊主にバレねぇように、一応は抑えてはいるんだろうが、隣に立っている俺としては溜まったもんじゃない。
夏だというのに、横から漂い続けている冷気のせいで、身震いするほどの寒気に耐えていれば、奴の顔が嫌な笑みに変わる。
「私の前でリュカの力になるとは、随分と大きく出たな。力が有り余っているお前等には、ベルンハルトに頼もうと思っていた案件を回してやるから、今から楽しみにしておけ」
坊主を連れたって馬車に乗り込むすれ違いざまに、冷ややかな笑みを浮かべて去って行った。後に残された俺等は、嵐が去ったような静けさの中に立ちすくむ。
「お前なぁ……」
「余計な事を言うんじゃなかった……」
口は災いの元と言うが、命があっただけマシだったと思って貰おう。それが本当にマシだったかどうかは知らんがな……。
遠くの空を眺めるようにして立ちすくむ2人をその場に残し、俺はその場を後にした。
「もう、ギルドマスターを辞めたい…」
「後任をしっかり確保してくださるならば良いですよ」
部屋に戻った後、部屋にやって来た受付嬢に愚痴れば、そんな冷たい答えが返ってきた。
「……成りたいと言う者がいると思うか?」
「いないと思いますね。先程の冒険者の方々が、今回の話しを周りにするでしょうから、噂はあっという間に広がると思いますね」
俺の言葉に、冷静な分析と態度を持って返してくる。
だが、冒険者は横の繋がりが強く、お互いの情報交換にも密にしているため、情報が伝わるのも速い。そうでなければ長くは生き残れないのは分かっているが、今回に限っては、何とも有り難くない。
「少しは、遠慮と言う言葉を知らねぇのか?」
「喧嘩や揉め事が日常茶飯事の職場で、いちいち遠慮なんかしていたら何も出来ませんよ」
上司への遠慮が見られねぇ事を指摘すれば、何ともあっけらかんとした言葉が返って来た。まあ、そうでなければ勤まらんのだが、人選をミスっただろうか…?
だが、見た目が良い奴で、こんなむさ苦しい場所で働きたいと思う人間など、変わった人間ぐらいしかいないだろう。まあ、俺の方も似たようなもんなんだろうが、後任はしっかりした奴を選びたい。
しかし、あんなのを相手にするくらいなら、武器を奮って戦ってた現役時代の方がずっと楽だった。
「はぁ…辞めたい…」
何度もかも分からない呟きを溢しながら、仕事に明け暮れたその夜、各地で特定の作物が焼かれた事に付いての説明を求める知らせが、帝国の冒険者ギルドを通して届いた。
お読み下さりありがとうございます
 




