番外編 出会い(オルフェ視点)
「お前のせいで、リュカ達と共に行けなかった」
「……悪い」
ようやく終わりが見えて来た未処理の書類を捌きながら、こうなった元凶に文句を言えば、多少は責任を感じていたのか、素直に謝罪の言葉が返ってきた。
今までも、頼まれては捌ききれなくなった仕事を、期日近くになってから持って来る事はよくあったが、学院時代でも、これ程の量を溜め込んだ事はなかった。
「何故、もっと速く言わなかった?」
「オルフェも…家の仕事で色々と忙しそうだったし…」
「私が幾ら忙しいと言っても、お前は仕事を安請け合いしては、私の所に持って来ていただろう?」
「これは、俺がやらなきゃいけない仕事で…オルフェもやっている事だから……」
「1人で出来ないのなら、最初から側近にでも頼め」
「そんなのいない」
さっきまでのたどたどしい口調とは違い、きっぱりとした態度で私の言葉を否定するが、人付き合いが良いコイツは、私と違って多くの者に慕われている。そんな奴に、側近が1人もいないとは思えない。
「お前なら、側近くらい幾らでも集まるはずだろう?」
「要らない」
「一人で終わらせられない奴が、我儘を言うな」
「俺は!オルフェと一緒にやりたいから他は要らないんだ!でも、周りからオルフェを部下扱いされるのも嫌なんだよ!!」
「……そん事、私が知るか」
ムキになったように言うレオンに、素っ気なくそれだけ返えるすと、再び類へと視線をを戻した。
ペンを走らせる音だけが響く部屋の中、気付かれないよう、そっとレオンの様子を伺うと、項垂れていながらも、しっかりと手は動かしているようだった。
「はぁ…」
レオンに聞こえないような小さなため息が、自然と口から溢れ出る。
コイツとも長い付き合いにはなるが、時折、こちらが反応に困る事を、平然と言ってくる時があるため、未だに対応に困る。それは、昔から何も変わっていない。
学院時代には、よく周りに頼まれ事をされては、私に泣き付いて来ていた。だが、誰かを傷付けたり、貶めたりするような事は引き受けた事がなく、何時も誰かを助ける事だけだった。
そんな奴との出会いを、私は無意識のうちに思い返していた。
私が5歳の誕生日を迎えた後から、私宛の招待状をを貰うようになった。
それまでは、父上の連れとして同行していたため、その場には大人しかいなかった。そのため、大人を相手に行動する事は出来ても、同年代の者にはどう対応するのが正解なのか予想が出来ず、判断が付かなかった。
ものは試しと、他家の招待を受けてみたが、何故か、私だけがその場で浮いていた。
他の者達と会話する際は笑顔を向けているのに、私と話す際は皆一様に、敬語使い、強張ったような顔をする。何もしていないというのに、何故、私に対してだけは、そんな態度になるのか理解出来ない。
私に近付く事は出来るようだったため、小動物のように私の魔力に当てられているというわけではなさそうだ。対処法が分からなかった私は、悩んだ末、父上に相談する事にした。
「オルフェの好きにして良いよ。友人を作るいい機会になると思って渡していただけで、行きたくないのであれば、無理に行く必要はないよ」
私達家族だけには甘い父。友達作りと言えばそれまでだが、将来、父の仕事を継ぐ事を考えれば、人脈作りは必要な事だ。
私は、その後も招待を受けてみたものの、それで何かが変わるという事もなく、皆、遠巻きでこちらを見ている事がほとんどだった。時には、私の家や容姿を褒めてくる者もいたが、それも長くは続かなかった。
そんな中、私に近付き、家や容姿の事を言わない奇特な者が現れた。
其の者は、パーティーに参加していた伯爵家の子供だったが、何度も私の屋敷を訪ねて来ては、虫取りだの、街に出掛けようなど言って、しきりに私を誘って来た。
だが、私はそう言ったものに興味がなく、誘われても行く気にはなれなかった。剣術の稽古にも誘われた事もあったが、あまりにも弱く、稽古の相手にもならなかった。だから私は、本を読んでいる横で話す声を黙って聞いている事はあっても、その者誘いに乗るような事はなかった。
その日も何時ものように誘いを断れば、その日は、何時もと相手の様子が違っていた。
「私は、そんなものに興味はない。悪いが、他の者を誘ってくれ」
「何だよお前!!父様が仲良くしろって言うからお前の相手にしてやってたのに!話し掛けたって俺の事を無視するし!それに上から目線で偉そうに!!もう!お前なんか2度と誘ってなんかやらないからな!!」
顔を赤くしながら怒鳴り散らすと、彼は私に背を向けて走り去って行った。私はそれを止める事もなく、ただ去って行くその背を眺めていた。
私は、彼を無視したつもりもなければ、偉そうにしていたつもりはなかった。ただ、彼が誘う遊びに興味がわかなかったのと、将来のための時間に当てたかっただけだ。だが、私のその行動は、彼を不快にさせていたようだった。
だが、私から人が離れて行くのは何時もの事。今回は少し長かっただけの事と割り切り、私は何時もと変わらず、その日予定していた授業を終わせるため、部屋へ戻った。
予定していた授業を終わる頃、扉をノックする音が聞こえて、ドミニクが私の部屋までやって来た。
「オルフェ様。アルノルド様が、応接室まで来て欲しいとの事です」
父に呼ばれた私が応接室へと訪れると、昼前に別れたばかりの彼と、その両親だろう大人が2人、父の向かい側で、縮こまるようにして座っていた。
「この度は!愚息がとんだ無礼を働いてしまったようで!大変申し訳ありませんでした!!」
私の姿を確認すると、直ぐ様、平伏すように床の上で頭を下げ始めた。連れて来られただろう彼は、両親に引きずり倒されるようにして、頭を下げさせられており、その顔色は帰った時とは違って、両親共に青白い顔をしていた。
「身の程知らずは、その身を滅ぼすのが世の常と言うものだ。オルフェは、コレをどうしたい?」
誰も話そうとしない部屋で、ただ1人、ソファーに座ったまま、静かな笑みを浮べながら話す父。その父が、この者達の処遇の裁量を私に委ねて来た。
私がこの場で処罰を求めれば、この者達に直ぐにでも滅びが訪れる事は、私でも気配で分かった。それを肯けるように、父の言葉で相手方は震えており、両親の顔色も、青から白に変わっていた。
「私は何も気にしていません。ですので、処罰も不要です」
「オルフェは、それで良いのかい?」
「はい」
私の真偽を確かめるかのように、父は暫く私の眼を見詰めると、その目をそっと閉じた。
「そうか……オルフェがそう言うなら、お前等にもう要はない。帰ってもいいぞ。だが…二度と私達の視界には入るな…分かるな…?」
「は、はいッ!!」
引きつった声を上げると、突き刺すように冷たい父からの視線から逃れるように、部屋から転がり出て行く様は、あまりにも貴族としての品位に掛けていた。
「下等が……」
私でも聞き取れるかどうかという小さな声を発しながら、父は蔑むような視線を開け放たれたままの扉へと向けていた。
その後、その者達は地方へと移住してしまったため、王都内でその姿を見る事はなかった。
そんな一見が合った後も、私の所へは変わらず招待状が届いた。だか、私がそれに行く事はもうなかった。他人が見ているのは結局、私の家や容姿、能力でしかない。
元から他人から干渉されず、1人でいる事を好んでいた私には、人付き合いなどは無理だったのだと見切りを付け、それからは自分の技能を高める事に時間を使う事にした。
それは、私に取っては楽な事で、その事に何の不自由も感じはしなかった。これで、父の手を無駄に煩わせる事もない。だが、そんなある日、その父から呼び出しを受けた。
「オルフェ。今日、息子に会って見ないかと、陛下から誘いを受けた。だが、お前の気が乗らないのであれば、当然、断っても構わない」
「いえ、その話し、謹んでお受けします」
何処か言葉を選ぶようにして話す父に、私は直ぐに返事を返した。父は断っても構わないと言うが、王族からの誘いでは、幾ら父でも断れないだろう。それに、父の後を継ぐと考えれば、王族との顔合わせは必要な事だ。
後日、父と共に城へ赴き会ってみれば、その姿は私の予想とはかけ離れていた。
私と同年代だと言うが、王族だというのに他の子供と同じように落ち着きがなさそうだった。これでは、今まであった連中と変わらないと、これからの事を思って、ため息を付きそうになるのを内心で堪えていた。すると、初対面だと言うのに、いきなり名前で呼べと言われた。どうするべきかと判断に迷い、父上に視線を向けて確認すれば、好きにして良いと言われた。
私が迷っていれば、私の横で父上達は、何ともあり得ない会話のやり取りを始めた。その事に、私も多少は驚きはしたものの、敬語が必要がないと言うのであれば、私としてもその方が楽だ。どうせ、互いに打算が会っての関係だ。
顔合わせが終わった翌日、私が何時ものように屋敷の書庫で本を読んでいれば、静寂を破るように扉開ける音と、騒々しい声が響いた。
「オルフェ!俺と模擬戦しようぜ!」
理由を尋ねれば、何とも意味が分からない言葉が帰って来た。私は即座に提案を切り捨て、本へと視線を戻す。こんな対応をされれば、さすがに怒って帰るだろう。実際、これまでの人間は、それで帰っていた。
「じゃあ!有給休暇を出すから!」
「はぁ?」
本を読む事も忘れて、私の口から間の抜けたような声が溢れた。その後も、早退していいだの、旅行先の情報だなどと、休む事か遊び場所の情報を私に提示してきた。
「何だ…それは……?」
「へっ?ああ、父上達がよくそんな会話してたから、物を頼む時はそうなのかと思ってたんだけど、違うのか?」
私は、コイツの言動に呆れればいいのか、それとも、父上達の会話に呆れればいいのか…?これ以上は聞くに耐えなくて、最後には模擬戦を引き受けたが、休みや遊びに行く話しばかりしていて、本当に父は城で仕事をしているのだろうか……?
私は、父達と出かけた旅行先などを思い出し、少し疑問に思ってしまった…。
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