轟音
「今助けに……」
森から急に飛び出して来たカレン様が、何か切羽詰まったような顔を浮かべてこっちを見た。だけど、魔物を前にしてものんびりしている僕達と視線が合うと、何とも気まずそうで、それでいて、何処か戸惑ったような顔を浮かべながら首を傾けた。
「もしかして……私達……必要なかった…かし…ら…?」
「そのようですね」
そんなカレン様の声に答えたのは、少し遅れて森から姿を現したお兄さんだった。お兄さんは、カレンの側までやって来ると、その視線をカレン様の手の下に向けた。
「カレン様。とりあえず、その前に手を退けて差し上げた方が宜しいかと思います」
「えっ?あッ!ごめんなさい!!」
慌てたように手を離したカレン様だったけど、その人は気を失ってしまったようで、さっきまでと同じように、また動かなくなってしまった。
「勝負が付いた後、手負いの方に追撃を行うのもどうかと思いますが、無関係な者に手を出すのはどうかと……」
「だ、だって!遠目だったからしょうがないでしょ!!もう一人の彼が地面に座り込んでいたし!それに、起き上がろうとした彼に隠れて、途中で子供達の姿が見えなくなったのよ!」
慌てたように言い訳をしている間も、みんなの無言の視線だけが、カレン様へと突き刺さる。
「と、とりあえず、向こうまでは私が運ぶわ!!」
そんな空気に耐えきれなかったのか、カレン様は自分よりも体格の大きい男の人を小脇に抱えるように軽々と持ち上げると、お兄さんを連れて、早足で僕達の方へとやって来た。
「ウゥーッ」
だけど、途中までやって来た所で、さっきの冒険者の人の時のように、魔物が牙を剥いてお兄さん達に威嚇し出した。
「兄さんに威嚇するな!」
「そうだぞ!いくらへんてこな格好してるからって、兄貴に失礼だぞ!!」
お兄さんに威嚇したからか、さっきまでの恐怖を忘れたかのように、2人は魔物に対しても怒り出した。だけど、お兄さんは2人が言った言葉に、何処か衝撃を受けたような顔で固まった。
「へ、へんてこ……?」
「えっ!?ち、違う!ただ見慣れてなかったって言うか、似合ってないって言うか!」
「うん!服が変!!」
「………」
2人から変だと立て続けに言われて、なんだか少し落ち込んでいるように見えた。そんな気配を察したのか、クリスさんが慌てたように言い募る。
「あっ!で、でも、兄貴は普段から凄く格好いいし!優しくて頼りになるから好きだぞ!」
「俺も!」
「そ、そうか、今まで、クリスからそんな事を言われた事がなかったから…素直に嬉しいな…」
指で口元を隠しながら、少し照れたような顔を浮かべて笑うお兄さん。それよりも、勢いで言っただろうクリスさんの方が、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
だけど、普段か思っている事を言うバルドにとっては、どうして照れているのか分からないようで、2人の様子を交互に見ては、不思議そうな顔している。
その間も、僕の隣で鼻を引く付かせながら、仕切りに周囲の匂いを嗅いでは警戒したような素振りをしていた。そんな中、お兄さん達の様子を見ていたカレン様が、楽しげに笑う声が響く。
「ふふっ、これを着せた時は、失敗したかなぁと思ったけど、着せて正解だったわね~?」
「……失敗だと、やはり思っていたのですね」
「まぁ、良いじゃない?弟達から面と向かって褒めて貰えたんだから」
失敗したと言いながらも、楽しそうに笑うだけで、少しも反省している様子はなかった。その様子に、お兄さんは呆れれば良いのか、怒れば良いのか分からないような顔をしながらため息を付いていた。
そんな僕らとのやり取りを見て、敵意がないと判断したからなのか、お兄さん達に対しては威嚇しなくなった。けれど、気絶している冒険者の事は、まだ警戒しているのか、睨んだまま視線をそらそうとはしない。
それに気付いたカレン様が、抱えていた冒険者を地面に置いて、僕達の方に近付いて来た。小狐の方は、威嚇はしなくても警戒はしていたのか、カレン様が近付いて来ると、逃げるように僕の胸へと飛んで来た。僕は、急に飛び込んで来た小狐が落ちないように、慌てて腕で抱く。
「あら?私は…嫌われちゃったのかしら…?」
少し覗き混むようにして、僕の腕にいる子狐をみようとしたけれど、そっぽを向くようにして、僕の腕の中へと顔を隠した小狐を見て、寂しそうに目尻を下げた。
「まぁ、無事に戻れたなら、それだけでも良かったわ」
「カレン様は、この子の事知ってるの?」
まるで知っているかのように小狐の事を話すカレン様に、僕は不思議に思って聞いてみた。
「ええ、悪い奴等のせいで親とはぐれちゃったみたいだから、私達で朝から探していたのよ」
「じゃあ、此処に来る時に見つけた時に怪我してたのは、そいつ等のせいなの?」
「そ、そうね……」
僕が尋ねると、笑いながらも、何処か複雑そうな顔で答えた。でも、さっきも似ているなと思ったけど、やっぱり2匹は親子だったようだ。それに、お兄さん達が朝から街の外に出掛けていたのは、この子のためだったらしい。
僕が小狐に視線を向けると、小狐は、何?というよつに首を傾げながら、僕の腕の中で見上げて来た。
「それにしても、親元に返すためにこの子の事を探してたのに、まさか此処に来る途中で会っていたなんてね」
「つまり、カレン様があの時、問題さえ起こさなければ、すぐに解決していたという事ですね」
「それは私のせいじゃないわよ!!?それに!貴方達も気付かなかったから!連携責任だと思うわよ!?」
「こちらの連携は取れていましたので、私達には、何の問題もありません」
「貴方も、私に言うようになったのものねぇー」
「遠慮していては、不利になると学びましたので」
「何それぇー!!」
2人のやり取り聞いていたら、腕にいた子狐が、不意に僕の手を舐めた。そうしたら、ピリリッとした痛みが手の平に走って、僕は視線を下に向ける。
手の平には小さな擦り傷が出来ていて、そこから僅かにだけれども血も滲んでいた。さっき、転んで手を付いた時にでも、怪我をしていたのかもしれない。でも、小狐に舐められるまで、全然気が付かなかった。
労るように仕切りに傷口をペロペロと舐めて来るけれど、舐められる度に僅かに痛みが走る。痛いから止めて欲しいけれど、僕の腕に乗っていて、手を遠ざける事も出来ないし、顔を押し付けるようにして舐めているから、手を閉じる事も出来ない。
痛みからなのか、段々と温められたような熱を身体に感じて来て、どうしようかと困っていたら、親キツネが僕の方へと顔を寄せて来た。びっくりして下がろうとしたけれど、後ろに湖がある事を思い出して、これ以上後ろに下がれなかった。
手を広げたまま僕が身を硬くしていると、小狐がやったように、親キツネも僕の手の平を一回だけ舐めた。すると、さっきよりも身体が温かくなり、あったはずの傷までが治ってなくなっていた。
僕は、自分の手の平をまじまじと見つめた後、その視線を小狐へと戻す。
「もしかして、治そうとしてくれてたの?」
「キュン!」
僕の言葉に、元気に返事をする子狐。身体が温かくなったのは、魔力が僕の中に流れて混んで来たからだったなと納得しながら、僕も最初の頃は、意識して傷を治すのが、上手く出来なかった事を思い出していた。
「僕と、同じだね」
「キュン!」
お兄さん達が側にいるのに、何も心配する必要もなかったなと思い、嬉しそうに尻尾を振る小狐と、和やかな時間を過ごしていたら、またもやそれが崩れた。
「ギャァウ!」
親キツネが叫びながら毛を逆立てたと思ったら、辺りに轟音が鳴り響き、辺りに土煙が舞った。そのうえ、小さな小石が、僕らの方にも容赦なく飛んで来た。
何が起きたか分からない僕と小狐は、2人で身を寄せ合いながら、声もだせずに、何も見えない土煙の先を見ていた。
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