役にたつ
冒険者達が戦っている間、僕はネアの背にしがみつきながら、必死になって兄様に助けを求めてた。だけど、兄様を呼ぼうにも、戦っている音や、初めて会った魔物の恐怖で、陣の模様や文字の意味なんかが、全く思い出せない。
学院が始まる前までは、いざという時のために頑張って覚えていたけれど、学院に入ってからは授業の内容を覚えるのに必死で、忙しい兄様から教えて貰うのも、授業で分からない場所ばかりだった。
それに、外に遊びに行くようにもなったから、最近は本棚に置き放しになっていた。もっと、ちゃんと普段から勉強しておけば良かったと後悔しても、どうにもならない。
祈るように見ていたら、僕達から遠ざかるように移動していた冒険者の一人が、足を滑らせたようにバランスを崩した。そう思ったら、捕まっていたネアの身体が急に横を向いた。驚いて顔を上げると、ネアは魔物がいる方とは逆の森へと、何故か視線を向けていた。
僕がネアの顔を見上げていると、今度は急に前へと動き出して、僕はそれに引っ張られるように前へと転んでしまった。途中で手を離したから、顔から転ぶ事はなかったけど、さっきから変化し続ける今の状況に、全く付いて行けない。
地面に手を付いたままの姿勢で顔だけを上げて見ると、何故かクリスさんが魔物と対峙するようにして立っていた。それに、ネアは羽交い締めにするようにバルドを捕まえていて、今、何が起きてたのか、全く理解出来ない。
混乱している僕の前で、転んだクリスさんに、魔物が前足を振り上げる様子を見て、僕の頭は完全に真っ白になった。そんな時、この場に合わないような可愛らしい声が辺りに響いた。
その声で、辺りに静けさだけが広がった。時間が静止したように誰も動かない世界で、みんなの視線だけが声のする方へと動いていた。
みんなの視線の先には、ネアがさっき見ていた森の茂みの前に、見た事があるような小狐が一匹、ちょこんと立っていた。その小狐は、僕達の視線を気にした様子もなく、こっちの方に駆けて来ると、途中でクリスさんの前で立ち止まって、足元で匂いを嗅ぐ仕草をした後、さっきと同じ声で鳴いていた。
「あれって…」
僕が小さく声を上げると、小さな耳をピクリと動かし、小狐はこちらへと視線を向けた。すると、駆け足でネアの足元まで来ると、今度は甘えたような声で鳴き出した。
「キューン」
動こうとしない僕達に、小狐は催促でもするように、前足でネアの足をカリカリと掻き出した。その様子に、いつの間にかバルドから手を放していたネアが、ポケットから袋を取り出して見せると、子狐の尻尾が大きく揺れる。
「キュン!」
元気な声を上げる子狐の前にそれを置けば、あの時のように夢中になって食べ始めた。
「いったい…どうなって…いるんですか…?」
「さぁ…?」
美味しそうにご飯を食べる音だけが響く中、コンラットが何が起きたのか分からないといった顔で聞いてきたけど、僕にも状況が飲み込めない。でも、魔物も、もう敵意はないのか、さっきとは違って大人しくなって、僕達と小狐の様子を静かに座って見ていた。
「あッ!兄貴!!」
我に返ったバルドが、僕達が止める間もなくクリスさんの元へと駆けて行くけど、側まで近寄られても、魔物に動く様子がない。
バルドの声で動き出したクリスさんが、戸惑った様子で立ち上かると、魔物から距離を取るようにして、バルドと一緒に早足で戻って来た。
「おい!何が起きたんだ!?妙に懐いてるそいつのせいなんだろうが、お前等の知り合いか!?」
こっちに戻って来たクリスさんが、ネアの足元にいる小狐を、驚きと疑問に満ちた目で見ながら、僕達へと聞いてきた。
「た、たぶんだけど、馬車で此処に来る途中に出会った子…かな?」
「ああっ!コイツか!?」
僕の言葉に、驚きながらも何処か納得したように、大きな声を上げた。だけど、小狐は当然の大声に驚いたようで、ビクッと食べていた物から顔を上げた。すると、今まで大人しく座っていた魔物が腰を上げると、ゆっくりと僕達に近付いて来て、緊張が走る。
だけど、近付いて来た魔物に小狐が駆け寄り、まるで親子のように顔を擦り付けながら仲睦まじい様子を見せるだけで、僕達を攻撃して来るような素振りはない。
「キュンキュン!」
「とりあえず…大丈夫そうだな」
元気に鳴きながらじゃれつくいている小狐を見て、僕達はようやくほっと胸を撫で下ろした。
でも、さっきまでは毛を逆立てて、牙も剥いて威嚇していたから気付かなかったけど、落ち着いてから改めて見ると、尻尾の数が誓うだけで、2匹の姿はよく似ていた。
「ああっ!そういえば!何であの時止めたんだよ!!」
やっと一息付けた事で、さっきの事を思い出したバルドが、ネアに向かって不満を口にする。
「誰だって、何するか分からない奴の面倒を2人も見たくはないだろ」
「何だよ!それ!」
ネアの言い分に、全く納得出来ないような様子で叫ぶけれど、それを遮るかのように大きな声が響いた。
「グルルルッ!」
「うわッ!何で威嚇すんだよ!もう何もしねぇっての!!」
大人しくしてたはずの魔物が突然、牙を剥きながら唸り出したと思ったら、慌てふためくような声も一緒に聞こえて来た。その視線の先には、転び掛けていた冒険者の姿があった。
「おい!お前等!コイツをどうにかしろ!!」
「どうにかって言われても…どうやって?」
威嚇する魔物をどうにかするように僕達に言って来たけれど、魔物の扱い方なんて、僕達には分からない。
「なぁ?さっきのってもう無いのか?」
「まだあるぞ」
「なら、それ試してみれば良いんじゃねぇ?」
ものは試しと、ネアはポケットから袋を取り出して、魔物の前へと置いてみた。すると、警戒したように唸ってはいても、その袋が気になるのか、仕切りに視線を向いていた。それに、小狐が全く警戒した様子もなく食べている姿を見ていたからか、躊躇いながらも、ゆっくりとだが一口食べたら、威嚇しない程度には大人しくなった。
「ふぅ……ってか…そんなのがあるなら…お前ら…最初から出せよ…」
魔物を刺激しないようになのか、僕達から距離を取ったまま、ため息を付き、恨みがましいような視線を僕達に向けてきた。
「俺達は知らなかったんだから、しょうがねぇだろ!?」
「そうだよ!ネアに言えよ!」
バルド達が、冒険者の言い分に抗議の声を上げる中、僕も思った事をコンラッドが口にする。
「それ…普段から持ってるんですか…?」
「ああ、必需品だからな。持ち運びやすいよう、袋に小分けておいて正解だった」
「あの時も思ったけど…それ…必需品ではないと思うよ…」
「だが、役にたっただろう?」
「そうだな…そんな効果があるなら、俺も持ち歩こうかな…」
「箱の方が、保存性は高い」
「あぁ…覚えておくよ…」
その場に力なく座り込んみながら、もう疲れてどうでも良いような顔をした冒険者に、コンラッドが躊躇いながら声を掛けた。
「あ…あの…あの人は、その…大丈夫何ですか?」
コンラッドの言葉で、もう1人いた事を思い出した僕は、そちらへと視線を向けた。あれから少し時間が立っているはずなのに、地面に横になったまま、一向に起き上がって来る気配がない。
「えっ?ああ、アイツは頑丈さだけが取り柄だからなぁ。前に、あれより重いやつ食らった時があったが、しばらくしたらピンピンしてたし、大丈夫だろ」
荒事に慣れているからなのか、心配する僕達をよそに、特に心配した様子もなく、ただ視線だけをその人へ向けるていた。
僕がもう一度視線を向けると、僕達が話題に出したからなのか、うめき声を上げながらも、もぞもぞと動き出すのが見えた。
「う…っ…んッ!イッ…テー……」
「邪魔よ!」
「ギャっ!」
頭を擦りながらも、せっかく起き上がろうとしていた所だったのに、容赦なく後ろから押し潰されて、また顔から地面に沈んでいた。
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