決意 (クリス視点)
こんなはずじゃなかった。ただ、遊びのつもりだった。
船は初めてだったから、やり方は教えて貰おうとは思ってたが、こんな事になるとは思ってなかった。
初めて漕ぐ船が楽しくて、弟と、アイツ等との体力の差なんて、指摘されるまで考えてなかった。気付いてから引き返そうと思ったが、もう遅いとばかりに風が吹いてきやがった。
俺は、風に流された時の対処法なんて、どうしたら良いのか分かんねぇ。だから、不甲斐ない事に、最初から最後までアイツのダチに頼り切ってばかりだった。
対岸に付いてからも、俺の不注意で、コイツラをこんな事に巻き込んだ後悔。俺が一番の年上何だから、俺がもっと気を付けてなきゃいけなかったのに。
ただでさえ後悔して、へこんでたっていうのに、そんな俺達の前に現れたのは、3メートルくらいの大型の魔物。姿は狐に似ていているが、尾が9本もあって、ただの狐じゃない事が一目で分かる。
森からゆっくりと現れた魔物の前に、俺達を庇うように冒険者が立っているが、実力が分からねぇ以上、当てにして良いのかも分かんねぇ。だから、いざとなったら、俺がコイツラの盾にならねぇと。だって、俺はコイツ等の兄貴分なんだから。
俺は、そう決意を込めて、横にいる弟へと視線を向ける。
俺は祖父に似ているからか、昔からなかなか身長が伸びなかった。そのせいで、クラスや、周りの連中からチビ扱い。まあ、チビって言った奴は、2度と言えねぇようにボコってやったけど。
屋敷では、少しフリルをあしらったような服をやたら母さんが着せたがって、自分の女々しいこの容姿は、本当に嫌いだった。俺は、親父達みたいなりたかった。
男らしく、正面から戦っても負けないような騎士になりたかった。俺は、馬鹿みたいに基礎に忠実に、騎士の見本みたいな戦い方に固執した。だから、その頃はまだ、言葉が使いも、親父達みたいにしっかりしてた。
「お前には向いてない」
ある日、剣の稽古をして貰ってた親父から、そう言われた。それを聞いた途端、気が付いたら剣も放り投げて、その場から逃げ出してた。
どうやたったって、周りの連中から体格で負ける。俺みたいな奴が、騎士に向いてないのなんか、俺が一番分かってる。だけど、それを親父からは言われたくなかった。
その日以来、親父にも会いたくなくて、屋敷に帰るのも嫌になった。そんな時に、街で出会った連中と付き合い出して、俺の言葉使いも荒くなっていった。親父も、俺が良くない連中とつるんでる事に気付いているはずなのに、俺に何も言って来なかった。やっぱり、俺なんかには期待もしてなければ、興味もねぇんだと思った。
母さん達は嘆いて、俺に小言を言ってきたけど、小言を言われるほど、俺の言葉使いは荒くなった。そんなやさぐれてた俺の劣等感をさらに煽ったのが、5歳年下の弟だった。
弟は産まれた時から親父や兄貴に似てたが、成長するにつれてますます似て来た。まだ入学もしてねぇのに、入学時の俺の身長まで追い付いて、この先、俺の背なんか、簡単に追い抜いて行くのが、目に見えて分かった。だから、そんな弟なんか見たくなくて、弟からも避け続けてた。
「兄貴!俺に稽古付けてくれよ!」
昔から弟は、何でも俺の真似しては、俺の後を付いて来てた。それは、俺が荒れ出しても変わらず、俺の真似をしては、俺の後に付いて来た。その言葉使いのせいで、母さん達に叱られているはずなのに、変わらず俺を慕って付いて来る。そんな弟に、喜びと不快感。罪悪感と嫉妬。
「俺じゃなくて、兄貴に頼めば良いだろ」
背も小さければ、器も小さいような俺なんかより、兄貴に教わった方が良い。兄貴だって、喜んで教えてくれるはずだ。僻みを込めて言った俺の言葉に、全く気付いていないようなキョトンとした顔をした後、笑顔を浮かべながら言った。
「俺は兄貴がいい!だって、俺に色んな遊びとか教えてくれるし!それに、兄さんだって兄貴の剣褒めてたもん!」
「兄貴が?」
「うん!基礎がしっかりしてるから、型が綺麗で、重心の運び方が上手いって!それに、雨の日でも欠かさず稽古してる兄貴の姿は、やっぱりカッコイイもん!!」
連中と付き合いだしてからも、親父達に隠れてやってた剣の稽古を、コイツから見られているとは思ってなかった。それに…
「俺は……格好いい…のか…?」
「うん!!」
そんな事、今まで言われた事がない。それなのに、俺が一方的に嫌ってた奴が、何の打算もなく、真っ直ぐに俺がやってた事を見て、格好いいと言ってくれる。それに、兄貴は俺の事を認めてくれている。それだけで、これまでの俺の努力が、なんだか報われたような気がした。
俺は、コイツの前だけでは、格好悪い兄貴にだけは成りたくねぇと思った。だから、それまで付き合ってた連中と手を切ろうと思ったが、簡単に抜けられるようなものじゃねぇ事は分かってた。案の定、俺が拔けると言った途端、そいつらと乱闘になった。だけど、騒ぎを聞き付けただろう衛兵が来たから、その場は何とかなった。だけど、これで終わるわけねぇとも思った。
奴らは俺の家の事も知ってるから、何かしらして来てもおかしくねぇと思った。だけど、俺が怪我して帰って来ても何も聞いて来ねぇ親父を頼った所で、まともに俺の相手なんかされるわけねぇ。
どうするかと、一人で数日悩んだ後、俺は勇気を出して兄貴に相談する事にした。そしたら、そいつら全員、既に検挙された後だった。
思いも寄らない呆気ない幕引きに、最初、何が起こったのか理解出来なかった。どういう事かと、兄貴にしつこく問いただして、誰にも言わない事を条件に、こっそりと兄貴に教えて貰った。
俺が、素行の悪い連中とつるみだした頃から兄貴達は、その連中の事を調べていたそうだ。そうしたら、そいつらがいくつかの不正を働いていた事が分かって、兄貴は直ぐに捕まえるべきだと親父にも言ったらしい。だが、そいつらを捕まえたとしても、俺が変わらなければ意味はなく。それより、俺がそいつらよりも、もっと質が悪い連中とつるみ出す可能性があるからと、手出しが出来なかったらしい。
だけど、ずっと俺達の監視はしてたらしく、その連中と付き合ってる時に、何も上手く行かねぇと思ってた事は全部、ただ単に、俺が犯罪に手を染めねぇように、兄貴達が影で邪魔してただけだった。
そんで、俺が決別したから、もう見逃してやる理由もなくなって、害にしかならねぇからって、一斉検挙したそうだ。
「お前なら、自分の意志で手を切ると信じていたようだが、父上も、お前の事を随分心配されていた」
「親父が?俺が何しようとも、何も言って来ねぇのに?」
兄貴の言葉を疑うようだけど、親父が心配してるなんて、とても信じられない。
「前に一度、言い方を間違えた事を、父上は大層気にされていたからな。お前に、なんと言っていいのか分からなかったんだろう」
「?」
「以前、お前との稽古の際、父上がお前に向いてないと言ったのだろう?あれは、騎士としてではなく、戦い方がお前に合ってないと、父上は言いたかったんだ」
「だったら、最初からそういえば良かったじゃねぇか」
「そう言うな。父上は、あまり口は上手くないが、お前のために、滅多に頭など下げない方にも頭を下げていたんだぞ」
「そんなの知らねぇよ。だけど、俺は心が広いから、仕方ねぇから許してやるよ」
親父も、ちゃんと俺の事を気にしててくれたのが照れくさくて、素っ気ない態度で、兄貴から顔を背けた。
だけど、それまでの俺の行動が、全部、親父にも筒抜けだった事で、しばらくの間、まともに顔合わせられなくはなったが、その後は、家族とも昔みたいに、まともに顔を合わせるようにはなった。
アイツの事も、大事な弟で、頼れる兄貴分でいたいと素直に思えるようにもなった。だけど、アイツに抱いてる感情は、自分でもよく分からねぇほど複雑だ。容姿は、もうどうにもならねぇから気にしてないが、アイツから嫌いなのかと聞かれた時は、少し焦って不安にさせちまった。
だから、またあの時のような醜態を、見せたくはない。どうすれば良いかと、必死にない頭使って考えるが、何も浮かばない。
親父達の前では、馬鹿みたいに基礎に忠実の剣を振ってたが、アイツ等とつるんでた時に身に付けた卑怯な手でも使えば、アレの気をそらす事くらいは出来るかもしんねぇ。けど、アイツ等とつるんでた頃に身に付けたもんを、こいつ等に見えなくもなけりゃあ、使いたくもない。
だが、そんな小せえ事を言ってる余裕はなさそうだ。
視線を戻した先にいる冒険者質は、魔物を俺達から離すよう誘導して戦っているため、防御中心で決めてにかけている。そのせいで、余計な体力を使ってるから、長く持ちそうにない。
俺達も、魔物を刺激しないように気を付けながら、少しでも遠ざかるようにして後ろへと下がってはいるが、後ろが湖だから、大した距離になってない。
どうすべきなのかの対処方法も分からず、まだ頭が混乱したままなのに、お構いなしに状況が動いた。
湿った土に足を取られてバランスを崩した一人に、魔物の振り上げた前足が見事に当たった。吹っ飛ばされた衝撃で、腰に付けてただろう掃き取り用のナイフが、俺の足元まで飛んで来るほどだった。
攻撃を剣で受け止めてたのは見えたから、致命傷にはなってねぇだろうが、ぶっ飛ばされた先を見ると、吹っ飛ばされた衝撃で、直ぐには立てなさそうだ。急いでもう片方の奴に視線を戻せは、そいつに気を取られて集中が切れたのか、そいつも重い一撃を食らって、地面に倒れ伏す所だった。
2人組を退けた魔物は、ゆっくりとこちらへと視線を向けた。俺は咄嗟に足元のナイフを拾うと、鞘から引き抜いて、魔物へと向かって構えた。
武器を構える俺を見て、威嚇するように唸る魔物。
こうなったら先手必勝とばかりに、俺はナイフを片手に、魔物へと駆け出した。
前足を振り上げてくる魔物に向けて、俺は足元の土を、思いっきり足で蹴り上げる。すると、運良く、魔物の眼に当たった。魔物が少し怯んだ隙きに、俺はそのまま前足の影に隠れるように死角に入り込むと、ナイフを思いっきり振ったが、途中で気付かれて、爪で防がれてしまった。
急いで距離を取ると、再び魔物と対峙しながら、今の状況を確認する
俺の攻撃は、爪の先が僅かに削れただけで、ダメージにさえなってなかった。そのうえ、今の一撃だけで、ナイフの半分から先の刃が折れていた。それでも、注意だけはアイツ等から俺の方に向ける事は出来たようだ。
相手に気付かれないよう、アイツ等の方へ視線だけ向けると、友人の一人に羽交い締めにされ、騒がないように口を塞がれている弟が見えた。
湖の上でも思ったが、俺と違って、急な状況変化への対応が速い。
一先ず、叫び声などであっちに注意が向かなそうな事に安堵しつつ、ゆっくりと、視線をそらさないようにしながら後退する。このまま、アレが俺の方に来れば、アイツ等から距離が取れる。だが、切迫した状況で、注意力が落ちていたのか、小石に足を取られて、そのまま仰向けに転んでしまった。
そんな隙きを、相手が見逃してくれるわけがなく、魔物は大きく前足を振りかぶると、俺に向かって振り下ろして来た。
当たると思って目を閉じた俺の耳に、何か声のようなものが聞こえ気がしたが、そんな事に気を回してる余裕は、俺にはなかった。
直ぐに衝撃が来るかと思ったが、何時になっても、その衝撃はやって来ない。薄っすら目を開けると、前足を上げたままの姿勢で、魔物の手が止まっていた。
「キューン!」
さっきも聞こえたような声は、俺の足元から聞こえて来たみたいだった。ゆっくり、下に視線を向けると、変な小狐みたいなのがいた。
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