授業開始!
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「リュカ様…大丈夫ですか……?」
つまみ食いがばれてドミニクに叱られたうえ、お菓子禁止令まで出された僕は、朝からずっと落ち込んでいた。すると、今日も授業のため、何時もより遅れて僕の部屋にやって来たフェリコ先生が、眉を下げながら僕に話しかけてきた。
「うん…。しばらく……お菓子がなくなった……だけだから……」
フェリコ先生には“だけ”と言ってみたけれど、僕にとってはかなりの大事件だったため、自分で言いながらも、声がしょんぼりしているのがわかった。
「そ、そうですか……。今日は、算術とマナーの日となっていますが……本当に大丈夫ですか?昨日倒れられたとも聞きましたし、お休みにしても構わないんですよ…?」
まるで割れ物を扱うみたいに慎重な声で問いかけてくる。でも、勉強すると宣言してから、まだ一日も経っていないのに止めるわけにはいかない。それに、わざわざ来てもらったフェリコ先生にも、なんだか申し訳ない。
「だ、大丈夫! 授業はちゃんとやるよ。ほら、算術の本も……持ってきたし!」
慌てて机の上の本を抱えて見せながら気合いを入れて言えば、フェリコ先生は少しだけ目を丸くして、それから穏やかに微笑んだ。
「……分かりました。ですが、無理だけはしないでくださいね?」
先生の声はいつもより柔らかくて、まるで落ち込んでいる僕を包むみたいに優しかった。でも、そんな僕をよそに、フェリコ先生は言葉を続ける。
「なので、途中で具合が悪くなることがあったら、その場でちゃんと言ってくださいね?」
「分かりました!」
元気よく返事をしたつもりだったけれど、フェリコ先生は目を細めて、さらに一言つけ加えてきた。
「……隠そうとしても、わかりますからね」
「!!?」
もし途中で少しくらい気分が悪くなっても、こっそり我慢して授業を続ければいい、そう思っていただけに図星を刺されて、思わず肩が跳ねる。
(僕って、そんなにわかりやすいのかな…?)
お菓子のこともそうだけど、どうして毎回、僕が心の中で考えていることがすぐにばれてしまうんだろう……。そんな疑問が頭をよぎった瞬間、それを証明するようにかのように、フェリコ先生が口を開いた。
「リュカ様の場合、何を考えているのか、すぐ顔に出るので分かります。それに、私は教育係としていつも側にいますから、顔に出さなくても態度で分かるんですよ」
本当に全部お見通しなようで、ちょっと困ったような、でもどこか優しい目で僕を見つめていた。だけど、次の言葉で、背筋がぴんっと伸びた。
「もし、体調を崩したことを隠そうとしたら……それも含めてアルノルド様に報告させていただきますよ?」
「……分かりました」
僕が返事をすると、フェリコ先生は満足したように一度だけ頷き、机の上に道具や教本を広げ始めた。
本当は納得はしていない。でも、もし両親に知られたら、ただでさえ少ない授業時間が、もっと減らされるに決まっている。それだけは嫌だった僕は、小さく息を吐いて、従うしかなかったけど、それすらも気付かれていそうだった。
予定していた午前中の算術の授業は、何の問題もなく終えることができた。
以前の僕は、一桁の足し算でさえ間違えることがあったのに、今は前世の記憶のおかげか、するすると解けてしまう。途中、フェリコ先生から強い視線を感じたけれど、僕はそれに気づかないふりをしていた。だけど、足し算だけではあまりに簡単すぎて、正直、物足りない。思い切って引き算にも挑戦したいと言ってみたが、「初日から無理をしないように」とあっさり却下されてしまったため、足し算だけをひたすら繰り返すことになった……。
午前中の授業を終え、お昼の休憩を兼ねて母様と食事を食べた時、不慣れな使い方をする僕と違って、優美に食べる母様の所作がふと目に入った。僕としては、そんな目で見ていたわけではなかったけれど、自然と朝の話になっていた事や、僕にデザートがなかったため、僕がまだ落ち込んでいると思った母様が、そっと自分の分を僕に譲ろうとしてくれた。けれど、つまみ食いをしたのは、他でもない僕自身だ。ここで甘えて受け取ってしまったら、余計にだめな気がして、僕は不意に訪れたぐっと我慢して、丁寧に首を振って断った。
そんな事もあり、午後からは食事マナーの授業に変更してもらった。もともとは別の授業の予定だったけど、礼節なら問題なくできると思い、フェリコ先生にお願いしたのだ。でも…。
「リュカ様。怪我だけはしないよう、気を付けてくださいね…」
カチャン、と食器が触れ合う乾いた音が響いた瞬間、フェリコ先生が不安そうにこちらへ身を乗り出しながら声を掛けてきた。大人用のナイフは、僕の手にはまだ重くて長い。しかも刃物だ。先生が必要以上に心配してしまうのも無理はなかった。静かな声に、心配と緊張が混ざっているのが分かる。
「……はい」
返事をしながら、僕はそっとナイフを握り直したけど、大人用の食器は、やっぱり子供の手には大きくて重い。うまく持つことさえ難しく、音を立てないように慎重に動かせば、今度はうまく口へ運べず、ぽろりとこぼれてしまう……。
普段の食事では、僕の手に合わせて特注で作ってもらった小さめの食器を使っていた。でも、それがずっと不満でもあった。それに、学院に入れば、周りの子達とだけじゃなく、大人達と一緒に食事をする機会も増える。その度に、自分だけ小さい食器を使っていては、情けないし恥ずかしい。……けれど、結果は散々だった。
「はぁ……」
僕が怪我をしないかと、先生が気が気じゃない様子で今も隣から覗き込んでいるけれど、気づけば口からため息が漏れていた。家族に恥をかかせないようにしようと思っても始めたけど、それさえも上手く出来ない不出来さに、情けなくて、胸の奥がじんと痛む。
「リュカ様。マナーそのものは普段からきちんと出来ていますよ。だから、そんなに落ち込まないでください…」
慰めるようにフェリコ先生が声をかけてくれる。だけど、今の僕には、それがどこか白々しく聞こえてしまう。そんな僕の心が透けて見えたのか、先生は困ったように眉を寄せた。
「えっと……病み上がりですし、今日の授業はここまでにしましょうか…?」
「……はい」
こうして、初日の授業は予定よりも早くお開きになってしまった……。
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