テストの後は
楽しい時間はあっという間なのに、それを待っている時間は何故かとても長く感じる。その前に、嫌な事があるとなおさらだ。
「そこ、計算ミスしてますよ」
「分かってるよ!」
「分かってるなら、ミスしないで下さい」
「リュカ。お前もそこ違ってるぞ」
「え!?何処!?」
何時ものようにみんなで僕の屋敷に集まって、何度目かの勉強会を開いていた。
「限界そうな人がいるので、少しだけ休憩しましょうか」
「もう…頭が…死ぬ…」
ノートの上に突っ伏して、うめき声を上げるようにバルドが呟くけど、今覚えた事が消えそうで、話している余裕は僕にはない。
「全く大袈裟ですね。まあ、昔みたいに逃げ出さないのは偉いです」
「遊ぶためなら…耐える…なぁ…リュカは、どうやって計算とかしてるんだ?」
「…え?んー?2桁くらいまでなら、何となく答えが浮かぶかな?バルドは、どうやって覚えてるの?」
覚えるのに必死で、少し反応には遅れてしまったけど、僕もバルドと同じように、暗記方法について聞いてみた。
「自然と記憶に残る」
「「……」」
お互いに何のアドバイスや解決にもなっていない回答で、揃って見つめ合う事しか出来ない。
「感覚派…なんですかね…」
「さぁな…とりあえず、2人足してちょうどだな…」
2人の呟きを聞きながら、僕は小さなため息を付いた。楽しい時間まで、まだまだ先が長い…。
溢れ落ちそうになる記憶を何とか抱え込みながら、テストの日を迎えた。学年が上がったからか、テストの内容が濃くなっているような気がする。それでも、みんなと旅行に行くために、何とか記憶を掘り返しながら書いた。
テストに気合を入れ過ぎたからか、テストが終わった時には、僕もバルドも半分くらい死んでいた。だけど、やっと終わったという開放感があって心だけは軽かった。
でも、その開放感もつかの間で、テストの結果が担任を通して僕達に返って来た。やれる事はやったから後悔はないけれど、補習だけは絶対に嫌だ。
僕達は、2人が見守る中、恐る恐る結果が書かれた紙を開いた。
「よし!セーフ!!」
「何点だったんですか?」
「43点!」
「赤点…40点からだよな…?」
「だがら、セーフ!!リュカは!?」
「僕も大丈夫」
僕も、バルドからの問い掛けに、満面の笑顔で返しながら答える。まあ、5点しか違わないけど…。
「楽しみなのは分かりますが、あまりはしゃぎ過ぎないで下さいよ」
「あの担任も、珍しく郊外に行く時は気を付けろって言ってただろ」
「分かってるよ!!」
否2人は本当に分かっているのか?という視線を投げながら、バルドの事を見ていた。
「でも、前まではそんな事言われなかったよね?」
今まで、休み中の注意事項の事は言っていたけれど、郊外に行く時に気を付けろなんて言われた事はなかった。
「そうですね。もともと郊外に出るのは危険はありますが、今まで言っていなかった事を何でいまさら言ったんでしょうか?」
「お前ら、父親から何か聞いてないのか?」
「うーん。特に何も言ってなかったぞ。それに、規則があるとかで、外では仕事の事を話さないからな」
「規則の事はよく知らないけど、僕も聞いてないよ」
「まあ、気密とかも多いだろうからな」
僕達の言葉に、ネアは納得するように頷いていた。だけど、父様なら、僕が聞けば機密でも教えてくれそう…。
「ですが、かりに何かあったのだとしても、一緒に行く方々を思えば、何が起きても対処出来そうではありますけどね」
「そうだよ!Sランク冒険者も一緒に来るんだろ!速く会ってみたいな!」
コンラットの言葉に、さっきまでの疑問など吹き飛んだように楽しそうに笑う。
僕が前に話した時は、驚きの方が強かったみたいだけど、今は嬉しさの方が勝っているように見えた。
「バルド。冒険者と言っても、王族の方なんですから、失礼のないようにお願いしますよ。それと、ネア」
「何故、俺?」
「バルドと同じくらい、何かやらかしそうだからです」
疑問を口にするネアに、コンラットは渋い顔を浮かべて言った。
「大丈夫だ。演技くらいは出来る」
「それは…分かってますけど…。はぁ…本当に大丈夫だと思いたいです…」
バルドの屋敷で見た様子を思い出したのか、コンラットはネアの言葉にしぶしぶ頷いた。でも、表情は全く納得していないように見えた。
「テストなんて苦行も終わったし、長期休みはみんなで旅行に行くぞー!!」
バルドの楽しげな声が教室の中に響き渡った。
「それでね。無事にみんなで旅行に行けそうなんだ!」
「それは、良かったな」
「うん!」
屋敷に帰ってから、テストの結果やみんなで行ける事を話すと、兄様は自分の事のように喜んでくれた。
「奴の有給休暇も、無駄にならずにすみそうだな」
何処かからかいを滲ませながらも、父様も楽しそうに笑っていた。だから、前にも思った事を聞いてみた。
「やっぱり、仲いいの?」
「それはない」
満面の笑顔で、きっぱりと僕の言葉を否定した。
「アルにお土産買って来るわね」
「一緒に行けないのは残念だが、それはそれで楽しみだな」
母様が掛けた言葉に、さっきとは違う笑顔を浮かべてる父様達を前に、僕も隣にいる兄様に言った。
「兄様にもお土産買って来るからね!」
「私の事は気にせず、皆で楽しんで来たら良い」
兄様はそう言うけれど、買って来ないと言う選択肢は僕にはない。だけど。兄様には何のお土産を買ってくれば良いかな?前は、フェリコ先生の助言で買ったけれど、今回も同じように可愛い物の方が良いんだろうか?でも、何となく、兄様には似合わないような気がするんだよね…。
「どうした?」
「なんでもないよ!」
今から兄様のお土産に悩んでいると、兄様が少し心配そうな様子で僕に聞いてきたから、僕は慌てて否定の言葉を口にする。そういえば、前に送った奴はどうしたんだろう?
「兄様?前に贈ったお土産ってどうしたの?」
僕が贈った人形について聞いたら、兄様はさも当然のように言った。
「ちゃんと、部屋の目立つ所に飾っているぞ」
「え!?大丈夫なの!?」
「何がだ?」
僕の心配をよそに、兄様は何も分かってなさそうな顔で言った。
「だって、誰か来たら何か言われない!?」
リタとか、僕のお世話をしてくれる人達しか出入りしない時は特に気にしなかったけど、バルド達が遊びに来るようになってからは、部屋の物とかには気を使うようになった。
僕でさえ気にしてるのに、兄様は全く気にもしないなんて!それに、兄様みたいな人が堂々とうさぎの人形を部屋に飾ってなんかいれば、初めて見る人や事情を知らない人は、絶対に何か言うに決まってる!
「何かとは?」
「え!?えーと…た、たとえば、兄様には似合わないとか…おかしいとか…?」
そんな事を思っていたら、答えにくい事を兄様から聞かれて、僕は言葉に詰まりながらも答えた。
正直、僕から見ても、兄様は可愛い物より、格好いい物や綺麗な物とかが似合うと思う。
「リュカから初めて貰った物だ。私に恥じる理由はない。それに、私の部屋を訪れる者などほぼいないからな。見る者など限られている。もし、また何か行って来るのであれば、容赦しないだけだ」
その言葉を聞いて、兄様は身の回りの事も全部、自分自身でやっている事を思い出した。
「……今度、兄様の部屋に行ってもいい?」
「構わないが?」
「なら、今後はなるべく、兄様の部屋にも行くようにするね!」
僕の部屋に兄様が来る事はあったけど、兄様は部屋にいる事が少なくて、僕が兄様の部屋に行く事がなかった。でも、誰も部屋に来ないなんて寂しい事を兄様が平然と言うから、僕だけでも部屋に行こうと決意を込めて言った。
だけど、そんな僕の決意を理解出来ないとでもいうように、兄様は最後まで僕の事を不思議そうに見ていた。
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