行けない
「まあ、今はもう屋敷に帰って来ているから、親父に聞こうと思えば聞けるんだけどな。とりあえずは、夏しか出掛けられないし、帰ったらダメ元で親父に何処か行かないか聞いてみるかなぁ」
「何で?夏以外にも、行こうと思えば行けるでしょ?」
僕がそう言った途端、黙ったままみんながこちらを振り向いた。
「だから…その時期は親父達が忙しいから無理なんだって…」
「リュカ。私達の話し、ちゃんと聞いてましたか…?」
「今話してたばかりだろ…」
3人から何とも言えない視線を向けられて、視線をそらすように横を向く。
「前から少し思ってましたが、その忘れぽい所は少し直した方が良いと思いますよ…」
「まあ…だから暗記科目とかが苦手何だろうが…ここまでだと八つ当たりしたくなる奴の気持ちが、少し分かる気がするな…」
「いや…さすがにそれは言い過ぎ…なのか…?」
僕の事を好き勝手に言うみんなに、僕は反論するように言った。
「ふ、冬だって出掛けられるでしょ!?」
「いや、冬って…その時期は新年祭があるだろ…。お前のとこだって、準備とかで忙しくて出掛ける時間なんかないだろ?」
「準備などやる事も多いのは目に見えてますからね。まあ、冬は新年祭もあるので、言った所で長いも出来ませんし、荷物や燃料代で余分に費用もかかりますから、王都からは誰も出かけないと思いますけどね」
そういえば今年の冬は何処にも出かけなかったな…。その前の冬が印象的過ぎて、みんなも出掛けるものだと思ってた…。
「じゃあ…みんな、春から秋くらいにしか出掛けないの?」
「それくらいじゃないですかね?地方の貴族なども、冬か春先くらいしか出掛けないと思いますよ?」
「何で?冬は出かけないんじゃなかったの?」
冬は出かけないって言ったばかりなのに、それとは逆の事を言うコンラットに、僕は納得がいかない顔で聞くけれど、僕の態度なんかサラッと受け流された。
「新年祭や生誕祭で王都に来るついでに、旅行などをするそうです。まあ、中には借金をして参加する者もいるそうですけどね」
「え!?強制じゃないはずだよね?」
誰からも強制だなんて話しは、1度も聞いた事がない。それなのに、わざわざ借金してでもパーティーに来る理由が分からない。
僕が驚いていると、コンラットが訳知り顔で説明した。
「強制じゃなくても、王都からあまり離れ過ぎていると、情報とかにも疎くなったりしますからね。情報や顔を繋ぐためにも、無理してでも年に1度は王都まで来るんですよ」
「1度しか来ないなら、その人達はどっちに参加してるの?」
「新年祭は取り引き先や顔繋ぎで、生誕祭は王族やそれに親しい人間とコネを作るためとかで、別けて考えるてるそうですよ」
成績が良いからか、コンラットは僕が知らないような事を多く知っていて、僕にそれを教えてくれるのは有り難いし、助かるとは思っている。でも、たま面白くない時もある。
「そんな事どうでも良いだろ。問題は、俺達が遊びに行けるかどうかだ!」
僕達が話していると、そんな事情は知らないとばかりにバルドが声を上げるけど、周りの反応はあまり良くない。
「お前は…遊ぶ事しか考えてないのか…」
「当たり前たろ!今遊ばないで、何時遊ぶんだよ!!子供時代が1番短いんだぞ!!」
「そうですけど…少しは将来のために何かしようとかはないんですか…」
「ない!足りないと感じたその時にやれば良い!将来苦労する事になったとしても、後悔しないと決めたら後悔しない!」
僕達の反応をよそに、堂々と言い切るバルドには、何の迷いなどもなさそうだった。
「ある意味…潔いと言うか…何というか…」
「男らしくは…あるよね…」
「まあな!」
「誰も褒めてませんよ…」
バルドは得意げな顔をしていたけど、コンラットの一言で、何処か不貞腐れたような表情へと変わる。
「だって、俺達、家族旅行なんか行った事ないんだぜ…」
「え!?行った事ないの?」
バルドの言った一言に、僕は驚きの声を上げながら尋ねる。
「俺もそうだけど、兄貴達もたぶん行った事ないと思うぞ。親父は城を空けておくわけにいかないって言うんだけど、兄貴達は俺だけが留守番になるから行けないって…だから、俺が去年補習になった時は、さすがに兄貴に悪かったなとは思ったんだよ…」
途中できまり悪そうに視線をそらすと、最後はポツリと呟くように言った。
「後悔しないんじゃなかったのか?」
「そこはちゃかすなよ!!」
からかうように言うネアにバルドは怒るけど、さっきまでの暗そうな雰囲気はない。
「ひとまず、補習にはならない程度には勉強して下さいね。毎度、面倒を見るはめになる立場も考えて下さい」
「…はい」
何時ものコンラットの小言で、その話しは終わったけれど、僕も屋敷に返ったら、今年は何処に行くのか父様達に聞いてみようかな?
「リュカ、今回の長期休み何だか、私とオルフェは行けないんだ…。だから、エレナと2人で楽しんで来てくれないか?」
「えーー!!何で!?」
学院から帰った僕は、夕食の席で父様に今年の旅行先に付いて聞いてみた。でも、今年もみんなと一緒に行くとばかり思っていたのに、突然行けないと父様に言われて、僕からは不満の声が漏れる。
「すまない…。やらなければならない仕事が、大量に溜まっているんだ…」
父様ではなくて、兄様が申し訳なさそうな顔で言った。でも、普段の様子を見ても、兄様が仕事を溜め込むとはとても思えない。
「何かあったの?」
僕が聞けば、兄様が何処か気まずそうな、それでいて何とも複雑そうな顔で言った。
「レオンが…未処理の書類を大量に隠していたんだ…。質が悪い事に、隠していた本人がその事を忘れていてな…。下からの突き上げがあって確認すると、戸棚の奥から未処理の書類が大量に出て来たんだ…。私も、城の文官達と対応しているんだが、その処理にはまだ当分時間が掛かりそうなんだ…」
最初は、申し訳なさそうな顔をしていたけれど、途中から、兄様の顔には少し怒りの表情が滲んでいた。
「最後は私がやる事になるのだから、溜め込む前にさっさと言いに来れば良いものを!どうでも良い事はすぐに泣付いて来る癖に、何でこういう事はもっと速くに言わないんだ!」
声を荒げる事など滅多にない兄様に僕が驚いていると、父様が僕の変わりに兄様に声を掛けた。
「アレの側近と言うわけでもないんだ。だから、オルフェが無理に付き合う必要はないんだよ?」
「いえ、私にも少しは責任の一端があります。アレの性格をよく知っている私が、注意して見ているべきでした。まさか…あの時に放り投げると言ってた書類じゃないだろうな…」
父様の言葉で平静さを取り戻したのか、父様への受け答えは何時も通りに見えた。でも、最後の方は小さく呟くように言ったから、隣に居てもあまりよく聞こえなかった。
それにしても、普段から動じない兄様をここまで取り乱させる殿下は、ある意味凄い人だと思う。
「そんな事でオルフェが責任を感じる必要はないよ。さっきも言ったが、オルフェはまだアレの側近じゃない。オルフェは、自分が出来る仕事をしっかりとこなしていただろう。悪いのは、下から突き上げがないと把握する事が出来ない、無能な周りの連中だよ…。さて、どうしてやろうかな…?」
楽しそうに笑っている父様に、僕は少しだけ我儘を言ってみる。
「父様も…何とか出来きないの…?」
「そうだね…各部署に影響が出ていると言っても、然程重要な案件でもないし、私がやれば直ぐにでも終わるとは思うが…」
「いえ、此処で甘やかすと、調子に乗る可能性がありますので、私がアレに責任を持って全部やらせます」
断固とした決意を滲ませながら言う兄様に、父様は少し困ったような視線を向けながら僕に言った。
「オルフェがこう言っているからね。だから、私だけが休んでいるわけにはいかないんだよ」
「リュカには悪いと思うが、これから国政を担うであろう奴を、あのまま放置するわけにはいかないんだ」
「リュカ。今年はしょうがないわ。私達だけで出かけましょう?」
「はい…」
申し訳無さそうにしている父様や兄様にこれ以上迷惑は掛けたくなくて、僕は母様の言葉にしぶしぶと頷いた。
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