欠点
「そんなわけだから、とりあえず私に紹介してよ」
何でそうなるのかは、僕にはさっぱり分からない。ただ、兄様を紹介する事は絶対にない事は分かった。
「紹介してもいいけど、相手の欠点を知ってからでも遅くはないと思うぞ!」
「バルド!!ちょっと何言ってるの!?」
急に変な事を言い出したから、僕は慌てて止める。バルドは良いのかもしれないけど、僕は絶対に嫌だ!
服を引っ張っりながら講義の声を上げる僕に、バルドは手でなだめるような仕草をしながら、耳元に口を寄せて小声で言った。
「欠点を知ったら諦めるかもしれないだろ?」
「そう…かな…?」
「どうしたのよ?」
「「何でもない!!」」
怪しむような視線を投げる彼女に、僕達はすぐさま否定の声を上げた。
「それで、欠点って何?」
「えっと!まず、兄さんの欠点は遠征が多い事だな!リュカは!?」
「え!!?う、うーん?僕の兄様は、勘違いされて怖がられる事が多いかな?」
彼女からの問い掛けに、僕も一緒になって答えた。バルドの言葉を完全に信じたわけじゃないけど、何もやらないよりはと思って、とりあえず思い付いた欠点を上げていく。
「真面目過ぎる時がある!」
「笑う時が少ない?」
彼女に諦めて貰うために、兄様の欠点を上げていくが、欠点と呼べるものが浮かばなくて、どうしても最後が疑問系になってしまう。
「時間が無くて、なかなか遊んで貰えない!」
「表情が分かりにくい…?」
「それくらい、何も問題はないわ」
僕達が上げた欠点など、気にした様子もなく、問題ないと言い切った。
そんな彼女様子を見たバルドが、僕の袖を引きながら小声で文句を言ってきた。
「リュカ!お前、先から似たような事しか言ってないぞ!」
「そんな事言ったって…。逆に、何でバルドはそんなに色々出てくるの?」
普段からお兄さんの事を尊敬しているようだったのに、次々と欠点を言える理由が分からない。
「え?一緒に暮らしてたら、自然と嫌な所も見えるものだろ?」
不思議そうな顔を浮かべながら言うバルドを見て、本当に小さい頃から遠慮とかもなく、一緒に過ごして来たんだろうなと思った。
僕が兄様とまともに話すようになってから、まだ1年半くらいの事を考えると、僕が知ってる兄様よりも、知らない兄様の方が多いんだろうな…。
「もしかして…俺、また何か余計な事言ったか…?」
「う、ううん!大丈夫!」
「なら…いいけどよ…」
考え込んでいる僕の様子を見て、自分がまた何か余計な事を言ったのかと不安になったようだった。
これ以上、変にバルドに気を使わせないようにするため、話題を元に戻そうとするけれど、兄様の欠点については何も思い浮かばない。
兄様の欠点、欠点…欠点?
「ファンクラブがある?」
「それ、欠点か?」
僕の頭に浮かんで言った言葉に、バルドは疑問の声を上げる。
「ファンクラブがあるの…?」
バルドの否定的な反応と違って、彼女の態度が少しだけ変わった。
「うん。コンラットやそのお兄さんも入ってるらしいから、間違いないと思うよ?だよね?」
「え!?ま、まあ、そうですね。卒業した今も、まだ根強く残っていると思います」
その反応に、僕は少し希望を感じて隣にいたコンラットへと話題を振る。でも、自分に話しが振られるとは思っていなかったようで、少し慌てた様子を見せながらも、僕の言葉に同意して頷いてくれた。
「それは…ちょっと遠慮したいわね…」
「そんなのを気にするとは意外だな?」
ネアが発した言葉に、少し不満そうな顔をしながらも、律儀に答えていた。
「ただの貴族なら、利権とかが絡んでやりようによっては味方に出来るけれど、ファンクラブは暗黙の了解とかがあるから厄介なのよ…。それに、もし違反しようものなら全てが敵に回る可し、異性も混ざっているなら、さらにたちが悪いわ」
「何で?」
前に、コンラットからそんな事を聞いたような気もするけど、何が問題ないなのか分からない。そんな僕の様子に、呆れた表情を浮かべていた。
「あのね。同性同士の取っ組み合いならまだしも、異性と取っ組み合いの喧嘩なんて出来ると思う?」
此処で、彼女なら出来そうだと言うのは、さすがに不味いんだろうな…。
「え?お前なら平気だろ?」
「そんなわけないでしょ!?逆で考えたら分かるじゃない!!男同士で殴り合いの喧嘩をしても対した批判は受けないけど、女性を殴ったら一発で終わりでしょ!?」
「わ、悪い…」
不用意な一言で怒られたバルドを見て、やっぱり言わなくて良かったと思った。でも、言ったらそうなるよね…。
バルドの事は、もうどうしようもないと思う事にした。
「女性に手を上げる者などいないと思いますが、女性が男性に勝つのは難しいですからね…」
「何言ってるの?辺境で鍛えてたんだから男性が相手でも、私が負ける事なんてあるわけないじゃない。でも、男性を打ち負かす女性なんてもてないでしょ?」
不思議そうな顔をしながら、堂々と言う様を見て、それはもう遅い気がすると思った…。でも、それは言わない方がいいな…。
「だから、自分よりも強くて守ってくれそうな人も良いとも思うのよね」
「ファンクラブがあるかは知らないけど、兄さんだって大勢の部下とかにも慕われてるから止めておいた方が良いぞ!」
彼女の言葉に何かの危険を察知したのか、さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように挙手をしながらアピールするバルドを、彼女は白い目で見つめていた。でも、何か考えているような素振りの後、ため息を溢しながら言った。
「はぁ…。分かったわ…。ひとまず、今は諦める事にするわ…」
「「本当!?」」
「とりあえずね」
とりあえずでも、彼女の口からようやく諦めると言う言葉を引き出す事が出来た。去っていく後ろ姿を見送りながら、速くこの事を伝えたくて、その後の授業はずっとそわそわしながら過ごす事になった。
「兄様ー!!」
「いきなりどうした?」
ノックもせずに執務室に飛び込んで来た僕を見て、兄様は少しばかり目を大きく開きながら驚いていた。
些細な変化過ぎて、他の人には表情が動いていないように見えても、僕にはその変化が分かる事も今も嬉しい。
「兄様!僕はやり遂げたよ!!」
「やり遂げた?何をだ?」
「兄様を危険から守ったんだ!」
「危険から…守る…?私を?」
眉間にシワを寄せながら聞き返す兄様に、僕は満面の笑顔で答える。
「うん!!もう大丈夫だからね!」
「あ、ああ…。私はいつ危険に身をさらされていたんだ…?」
「兄様の事は、僕が守るからね!」
「あ、ありがとう…?」
わけが分からず考え込んでいる兄様の横で、僕は決意を新たにするのだった。
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