年明け
厄介者が去って行った後、自分達が邪魔にならないようにと、父様達が気を使って僕達から離れて行った。
そのおかげで、僕達はまた料理に舌鼓を打つ事が出来たけれど、父様達の方は相変わらず周りの視線を集めていた。だけど、王族との会話にはさすがに割って入って行けないのか、周りをうろついてはじれったそうな顔をしていた。
それに耐えかねて僕の方に来ようとした人もいたけれど、来る途中で別な方向に視線を向けたと思ったら、青い顔をしながら踵を返していた。気になって僕も視線を向けて見たけれど、何も変わった所はなかった。
令嬢達は、隙を見つけては兄様に近寄っていたけれど、兄様が殿下に小声で何か言った後は、何だか少し嬉しそうな顔をしながら殿下が令嬢達の相手をしていた。兄様は、興味なさそうに視線をそらしていたけれど、僕は殿下の意外な一面を見たような気がして、殿下への見方が少しだけ変わった。
それ以外には特に変わった事もなく、新年祭は終わりを迎えた。
休み明けの学院に来る時には、少し気がかりがあって不安だったけれど、遠目で見る限りには特に変わったようには見えない。彼と関わらないようにしていたからかもしれないけれど、それよりも身近な人間の方が気になる。
「はぁ…」
「どうしたの?」
新年祭で楽しそうだった気配は消え失せて、机に突っ伏しながら、ため息交りに話を聞いて貰いたそうな視線を向けて来たので、僕は先を促すように話を振った。
「リュカ!聞いてくれよ!俺、新年祭の年明けから勉強漬けだったんだよ!!」
僕が聞いた途端、何時もの調子に戻ったので、声を掛けた事を少し後悔した。
「なぁ!?何で冬休みは休みが短いのに、宿題だけはやたら多いんだ!?しかも、みんなに答えを聞いても、誰かみたいに解き方くらいしか教えてくれなかったんだよー!!」
バルトの言葉を聞いて、誕生日での事を思い出したけど、あれから時間も少し経っていたので、思い出すのに少し時間が掛かった。
「当然でしょう。それに、計画的にやってたら終わります」
不満を口にするバルドへ視線を向ける事なく、コンラットは本を手に持ったまま冷たく言いきった。
「俺だって、終わらせられたけど!」
「それより、学年末の試験の結果で来年度のクラスが決まるのに、対策とかは大丈夫なんでしょうね?」
バルトの言葉を遮るように言った言葉で、バルトはキョトンとした顔になった。
「え?宿題をやってるから、試験が来たって大丈夫だろ?」
「宿題は最低限やる事で、試験とは関係ありませんよ…」
「お前の場合、宿題をやっても回答を間違えている事が多いから、ただ埋めているだけだ」
楽観的なバルドの言葉を、2人が容赦なく切り捨てた。
「なら、俺が宿題をしてた意味は!?」
「宿題に、そこまでの意味はないと思うけど…。それに、宿題は面倒だけど、そこまで難しくはないと思うけど…?」
復習を兼ねているから頑張れば解けるし、教科書とかを見ればなんとか終わる。
「習ってない問題なのに、分かるわけないだろ!」
「それは、貴方が授業中に寝ているからでしょう…」
苦手な教科や嫌いな教科になると、バルドは教科書の影に隠れてよく居眠りをしていた。後ろの席の僕からだと、そういった事がよく見えるせいか、見ている僕の方がバレるんじゃないかとハラハラしていた。
「ネアだって授業中寝てるだろ!!それに、俺だけ注意されるのも不公平だ!」
「ネアは、首席だからね…」
「納得いかねぇ!」
授業態度などが悪くて、最初の頃はネアもよく寝てたりすると注意されていた。けれど、試験のたびに毎回首席を取るせいか、今では一人を除いて他の講師陣達は何も言わなくなっていた。
「それに付いては私も思う所はありますけど、授業中に起きていればいいだけでしょう」
「退屈だと眠くなるんだよ!コンラット!今年も頼む!!」
「今回はネアに勝ちたいので、そんな時間はないです」
バルドからの必死なお願いを、コンラットはあっさりと拒否した。
「えー!!な、なら、ネア頼む!俺に出来る事なら、何でもするから!」
さっきまでネアに対して不満そうにしていたのに、コンラットに断られた瞬間、態度を一変させてネアに頭を下げた。
「本当か?」
「おぅ!騎士に二言はないぞ!!」
「それなら、教えてやってもいいぞ」
「本当か!?それで、俺は何をすればいいんだ…?」
少し意地悪そうに笑うネアを見て、バルドの言葉尻が段々と弱くなっていく。
「それは思い付いてから言う」
「そうか…。決まったら言ってくれ、心の準備はしておくから…」
若干の後悔を滲ませているバルドを気にした素振りもなく、ネアは確認するように聞いた。
「それで、何が分からないんだ?」
「あのな、それが分かったら苦労はないんだよ。何が分からないかが分からないから、分からないんだ」
「……謎掛けか?」
「違う!だから、分からないから分からないんだよ!」
困惑気味の表情を浮かべながら言うネアに、何とか説明しようとしているけれど、ネアの顔には疑問符だけが増えているような気がする。
「何となくだけだけど、何を言いたいかは分かるよ…」
「さすがリュカ!俺と一緒だな!」
助け舟を出すように言うと、バルドから仲間扱いされた。首席と次席の2人と一緒とは言えないけど、何となくバルド側は嫌だな…。僕はそんな事を思いながら、バルドが言いたかっただろう事をネアに説明した。
「言いたい事はだいたい分かったが、それでどうやって教えろと?」
僕の何となくの説明で分かってくれたようだけど、今にも匙を投げたそうにしていた。
「そこは、首席なんだから何とかしてくれ」
「都合のいい時だけ…」
完全に他力本願の様子にネアも呆れたような顔をしながらため息を付くと、少し何かを考えているような表情を浮かべた後に言った。
「はぁ…。週明けの休みまでには、何か準備してくる」
そう言って帰って行ったネアは、休みが終わった日に、分厚い紙の束を持って教室に現れた。
「此処に書かれた範囲を覚えろ」
「ゲッ!これ全部!!」
「全教科の1年分だと考えれば、少ない方だろ」
「そうだけど…」
傍から見ても、5センチ近くある紙の束は少ないとは言えない。けれど、1年分と考えるなら、ネアの言う通りなのかもしれない。
「いらないなら、それまでだ」
「いる!いるから!!」
「貰う人間の言葉じゃないな」
「それを下さい!お願いします!!」
「今ので、お前がマナーの授業を聞いてないのは分かった…」
「へ?」
必死で手を伸ばしながら意味が分かっていないバルドを、ネアが頭が痛そうに見た後、ため息混じりで紙の束を渡した。
「はぁ…。先に言っておくが、数学は計算ミスに気を付けろとしか言えない」
「それが一番不安なやつだよ!!」
「その範囲を覚えられたら、数学も少し見てやる」
「本当だな!?ネア、ありがとう!」
紙の束を受け取ると、素直に勉強を始めた。前だったら少し文句を言いそうなのに、自分で宿題をやるようになった効果なんだろうか?
「貴族が平民に簡単に頭を下げたりお礼を言うとか、アイツは本当に授業を聞いていないのか…」
たしかに、貴族は下の者に簡単に頭を下げてはいけないなど、階級の違いでマナーに付いて言っていたけれど、ネアと友達である僕としては納得は出来ない部分は多かった。
新年祭とかでは表立った行動をとる人間はいないけど、学院生活ではそういった場面に出会う事は少なくなかった。
いくら学院が平等を掲げてはいても、それは此処にいる間だけの話しだから、階級事のマナーが違うを身に付ける事は大事だと思う。だけど、貴族としてのマナーを身に付ける前に、大事な物があると思い、ネアに向き直る。
「ネア。僕にも同じの下さい」
目の前の危機を乗り越えるため、僕はネアに両手を差し出しながら頭を下げた。
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