湧いてくる
僕に声を掛けて来たのは、年齢が30歳くらいで、焦げ茶の髪に黒っぽい目をした少しだけ小太りの男性だった。だけど、顔からは性格の悪さが滲み出ているような嫌な気がした。全く知らない人だったけれど、何処かで見た事があるような気もする?
「レグリウス家のご子息であるリュカ様には、新年のご挨拶を申し上げます。私は、イディオ・アンベシルと申します。昨年は、ろくにご挨拶が出来ず申し訳ありません。何分、お時間を頂けないほど皆様お忙しそうでしたので」
確かに、去年も父様達は大勢の人達に囲まれていた。でも、僕だけを見て、僕にか挨拶しかしないその態度には、不快感しかわいてこない。
「リュカ!お前の分も持って来たぞ!」
「此処でくらい、少しは落ち着いて下さい」
少し文句でも言おうと思ったら、少し離れた方から2人の声が近付いて来た。
「ん?誰だ?リュカの知り合いか?」
僕の近くまで来ると、僕の前にいる人物に気が付いたのか、肉料理が乗った皿を両手に持ちながら、不思議そうな顔をして僕に聞いて来た。
「全く持って、品位のかけらもないですな」
まるで不快な者をみるような目で、2人の事を見ていた。
「誰だが知らないけど、いきなり何だよ」
「バルド!言葉遣いが不味いです!」
不機嫌そうに言うバルドの言葉使いを、コンラットはなるべく小声になるように気を付けながら注意する。
「だけど、コンラット。先に喧嘩を仕掛けて来たのは向こうだぞ」
2人の会話で、何かに気付いたようたように男は表情を変えた。
「失礼ですが、グラディス家の方でしたでしょうか?お気付きになるのが遅れてしまい申し訳なりません。まさか、グラディウス家の者とは想像も付きませんでしたので。付き合う相手が悪いと、ご自身にも不利益になりますので、付き合う相手は選んだ方がよろしいかと思いますよ」
「お前には、関係ないだろう!」
コンラットに向かって冷たい視線を向ける相手を、バルドも負けじとは睨み返す。
僕も、さっきからコンラット達の事を無視するような態度もそうだけど、気まずそうに顔を伏せるコンラットの様子を見て我慢出来なかった。
「バルドの言う通り、貴方には関係ないので、僕達の事は放っておいて下さい」
「リュカ!よく言った!」
「!」
バルドは、いい笑顔で笑っているけれど、コンラット達は慌てたような顔をしていた。でも、言った事を撤回するつもりはない。相手の言い分が正しかったのだとしても、知らない人間に交友関係まで口出しされたくはない。
「申し訳ありません!謝罪は私がしますので、何卒お許し願えないでしょうか!」
一歩も引かない僕達を他所に、コンラットの兄であるフレディさんは、顔を青ざめながら謝罪の言葉を言って頭を下げた。
「そっちの者は、まだましなようですな」
「さっきから、何なんだよ!!言いがかりみたいな事言って来て!」
僕達にはしないようなふてぶてしい態度に、バルドが声を荒げる。そのせいか、周囲からの視線もしだいに集まり始めた。
「私は、爵位に見合った行動をするべきだと、苦言を呈しているだけです」
「余計なお世話だ!」
僕も、バルドと一緒に文句を言おうと思ったけれど、周りの方が騒がしくなっているのに気が付いた。そっちに視線を向けると、父様達の他に陛下達やバルドの両親の姿もあった。気が付かないうちに、いつの間にか会場内に来ていたようだった
すぐにでもこちらに来たそうな父様達を軽く手で制した陛下が、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。
「何かあったのかな?子供相手に、何とも大人げないような態度だったが?」
陛下の後ろにいる父様の顔からは笑みが消えていて、何だか冷気が漂って来ているような気さえする。バルドのお父さんも、前あった時よりも眉間のシワが増えているし、その隣にラザリア様は扇子で顔を隠しているけれど、睨むような視線が隠せていない。
「そんな事はしておりません。ただ、付き合う相手は考えた方が良いと、助言をしていただけであって…」
「他人である貴様に、息子の交友関係をとやかく言われる謂れはない」
冷たく言い放つ父様の雰囲気の圧倒されたのか、男は言いかけた言葉を飲み込んで、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「アンベシル伯。これ以上はさっかくのパーティーに水を指すことになるから、遠慮してもらえるかな?」
「かしこまりました…。御前、失礼いたします」
陛下に礼を取りながらも、影でコンラット達の事を苦々しい目で見ていた。それでも、分が悪いと思ったのか、他には何も言わずに去って行った。
「誰だったんだよアイツ!!」
「たぶんですが、学院で最初の頃に言いがかりを付けて来た方の者かと…」
ああ、道理で見たような気がすると思った。髪とかは違っていたけれど、雰囲気とかがそっくりだ。
「親子揃って気に入らない!」
バルドも、僕と一緒で苛立ちを隠せないようだった。
「喧嘩を売る相手を間違えるなんて…。全く、何時になってもああいった連中は湧いて来る者だな…」
頭が痛そうに言う陛下も気になるけれど、去って行った人の事も気になった。後で、何も無ければ良いと少し心配になる。
「大丈夫ですか?それに、さっきの人もあんな態度で良かったんでしょうか?」
「心配してくれてありがとう。彼に関しては、命があるだけ感謝貰いたいものだよ。そんなに昔でもないはずなのに、学習能力がない者達ばかりで、本当に困るよ…」
何処か疲れたような顔をした陛下を追い越して、ベルンハルト様がこちらへと歩みよるとバルドの前に立った。
「揉め事を起こすのは良くないが、アレに何か言われたのか?」
「アイツ!コンラット達の事を馬鹿にしたんだ!」
「そう。なら、どうやってお礼するべきかしら?」
さっきの事を思い浮かべて怒るバルドに、ラザリア様は笑みを浮かべながら答えた。だけど、目が一切笑っていなくて、心底怒っている時の母様に似ていて怖い。ベルンハルト様も、眉間のシワが増えているような気がする。
「それに関しては、私も協力しよう。手始めに、金と物流を止める事にしよう」
「なら、他の方々にも協力してもらおうかしら?家を管理しているのは、女ですからね…。女性を敵に回すと怖いという事を、教えて差し上げるわ」
父様の隣で優雅に笑う姿だけで、もうすでに怖い…。
「それでは、道理に反する。まずは我ら方から抗議文を送り、謝罪を要求するべきだ。それらを拒否するようなら、不敬罪で罰すればいい」
最初、父様達を止めたのかと思ったけれど、止めるつもりはないようだった。
「君達3人を相手にするのは、あまりにも相手が可哀想だから止めてやれ。彼の子供は、この子達の同級生でもあるのだろう?」
僕達の方に、大人達の視線がいきなり集まって、思わずびっくりしてしまう。
「はぁ…。仕方ないですわね…。今回は、夫の顔を立てて、抗議文だけで我慢します」
未だに納得していなさそうなラザリア様に、父様は何かを考えているように言った。
「だが、ああいった連中は今後も出てくる事を考えれば、いっそスクトール家の地位を上げれば問題ないのではないか?反対派などは、どうにでもなるからな」
「そんな事に金を掛けるくらいなら、そのお金で地位を買った方が速いのではなくて?」
「功績を上げれば良い。魔物や盗賊を何人か討伐すればいいだけだから簡単だ」
当事者を置いて、大人達の会話が進んで行く。コンラット達の方に視線を向ければ、2人がさっきとは違った意味で青い顔をして立ち尽くしていた。
「それも止めてやれ…。同情しかわかない…」
「3人共も落ち着いて、私達で勝手に決めてしまうのは不味いわ。まずは、スクトール家に確認するべきだわ」
「そうよ。アルも、ラザリア様達も落ち着いて」
「すまない。少し、冷静さを欠いていたようだ」
「ごめんなさい。
「申し訳ない」
王妃様と母様の言葉に冷静さを取り戻したのか、揃って謝罪の言葉を口にした。
「レクスも大変ね」
「ルーナ。私の苦労を分かってくれるのは、君だけだよ…」
慰めるように言った王妃の言葉に、陛下は疲れた顔を浮かべていた。
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