王城(アルノルド視点)
王城での仕事をある程度終えた私は、紅茶を飲みながら何時もの場所で過ごしていた。すると、規則的にノックする音が部屋に響いた。
長い付き合いのせいか、この音だけで誰が来たのかが分かった事に嫌気を感じる。そんな私の気持ちなど知らないとでも言うように、1人の男が許可を待たずに入って来た。
「部屋に招いた覚えはないのだがな」
「お前が素直に招くとは思えないからな」
「そう思うなら、来るのを止めればいいと思うのだけどね。君も、今は忙しいはずたろう?」
「誰のせいだ…」
憮然とした顔を崩す事なく近付いて来る奴に、貼り付けたような笑顔で迎えつつ、目だけは冷ややかな視線を向ける。
私が仕事を多く回しているのに気付いているようだが、此処に来た理由は、その事に関してでは無いようだ。ならば、早々にこの部屋から出て言って欲しい。
「私も、仕事時間以外に君の相手をしていたくはないんだ。それに、残念な事に今は君に出せる物が何もなくてね」
部屋へと入って来たベルンハルトの視線が、私の飲んでいる紅茶から、茶葉が置いてある戸棚へと移った事に気付きながらも、あえて気付かないと振りをする。
無視するように、手に持った紅茶に口にしようとすれば、それを止めるように無言で私の前の席へと座った。
「席を勧めた覚えもないのだが?」
飲もうと思っていた紅茶をテーブルに戻しながら、仕方なく視線を前へと向ける。
「何時になったら対処するつもりだ」
「何の事だ?」
「とぼけるな。お前達がすぐに対処すると思って干渉はしなかったが、何もしないで放置しておくつもりならば、こちらで対応する」
「何の話かと思ったが、その事か」
思い当たる事が多すぎて、本当に何の事か分からなかったが、どうやら指輪の件でもなかったようだ。
まあ、魔導具に何の魔法が込められているのかを判断するには、魔法に秀でていないと判別を付ける事は難しい。まあ、屋敷を後にした後に貰ったと言っていた事を考えれば、無用な心配だったか。
それに、今はオルフェが贈った指輪もある。言い方は悪いが、それが目眩ましにもなって、あれの事は知られる事はないだろう。正直、誰に知られようともどうとでも出来るのだが、それが通じ辛いコイツにだけは知られるのを避けたい。
「君が気に掛けるような事は何もないよ。それに、放置ではなくて、今は何も対処する気がないんだ」
懸念していた案件ではなかった事から、警戒心を若干緩めながらも、相手の様子を油断なく伺う。
「昔から、邪魔な者はすぐにでも排除していた奴が、今さら何を言っているんだ」
「失礼な事を言わないでくれ。あれは、自業自得と言うだ。それに、この事に関してはレクスからも放置で良いと許可も貰っている。だから、君もあれには手を出さないでくれ」
「……」
納得がいっていないような顔で睨んで来るが、コイツの性格を考えれば、レクスの判断に意を唱える事はしないだろう。
「はぁ…。分かった。陛下の許可が出ているのならば、私はその件には手は出す事はしない。それで、それは誰からだ」
「何の事だ?」
「……」
何を言っているか直ぐに分かったが、邪魔をされたくなかったため、素知らぬ顔をしながらしらを切る。だが、奴の無言の視線が、机に置かれているカップへと注がれる。
奴の態度を見る限り、私の事を逃す気がない事は、これまでの経験から容易に想像出来る。
「さぁ、此処は誰でも入れるように、敢えて警備を緩くしているからな」
誤魔化そうとしても、無駄な時間を使うだけだと判断した私は、開き直ったように、素直に奴の問に答えてやる。
「お前が、探っていないはずがない」
「下手に探ると、本命が逃げてしまうのでな。今では色々混ざって、斬新な味わい深さになっているよ」
まるで信じられない者を見るかのように、顔をしかめながらこちらを見てくる。まあ、こいつなら、出された瞬間に机をひっくり返してもおかしくはないな。
「そんな物を平気で飲んでいるから、性格が悪いんだ」
「それは、褒め言葉として受け取らせて貰うよ。それに、屋敷に持って来られたら迷惑だからな」
私が飲む分には問題はないが、エレナ達の事を考えれば容認は出来ない。
全く、この席に付きたい者が無駄に多いせいで、面倒な者達だけが寄ってくる。こんな席など何時でも譲ってやっても構わないのだが、オルフェが継ぐかもしれない事を考えれば、今のうちに綺麗に掃除をしておきたいという気持ちもある。
「私には平気で出した奴が何を言っている…」
私が思考を巡らせていると、憤りを隠せない様子で、未だに昔の事を口にする。
「何時まで昔の事を言っているだ。お前には、一度しか出した事はないだろう。それに、わざわざ気を使って、副作用が無い物を選んだはずだ」
「あんな事は一度で十分だ。それに、そんな気遣いを持つ前に、別の物を持て」
組んだ腕を指で叩く仕草をしながら、投げ捨てるようにして言葉を返す。不快に思ったり、苛立った時にコイツがよくやる仕草だから、何とも分かりやすい。
「残念ながら、そんな予定はないな。私から言わせれば、実直過ぎるのも考えものだと思うがな」
机に置いた紅茶に手を伸ばそうとすれば、私よりも先にカップをつかみ取り、机に置いてある花瓶の中へと捨ててしまった。
「こちらも考えを変える予定はない。この件は私の方で対処させて貰う」
空になったカップを手にしたまま私の事を見下ろすように言う奴を、私も負けじと睨み返す。
「勝手に決めるな。私の事は放っておけ」
「王城に、危険物が持ち込まれているならば、それに対処するのが私の仕事だ」
私の提案を不快そうに拒否すると、手に持ったカップを机に叩き付けるように置いて、そのま扉を勢いよく閉めて部屋を後にしてしまった。
「はぁ…。相変わらずだな…」
ため息混じりで背を見送った私は、奴が置いて行ったカップへと視線を向ける。
叩き付けるようにして置かれたせいで、カップにはヒビが入っており、もう役にはたたなそうだ。
「存外、気に入っていた物だったのだがな」
アイツに邪魔されるのは、今に始まった事ではないと、カップを眺めながら再度ため息を付きたくなるのを我慢する。
まだ、取るに足りない獲物しか掛かっていない。本来なら、そいつらを使って大物を釣るむもりだったのだが、さっきの態度を見る限り、明日からは、この周辺の警備が厳しくなりそうだ。
「仕事を増やしていた意味がなくなったな…」
この部屋に近付く暇が無いようにしていたのだが、その意味がなくなったのなら、再度調整し直さなければならない。
机の上のベルを鳴らすと、少し間を置いてからメイドの1人が姿を表した。
「お呼びでしょうか?」
「すまないが、机の上にある花瓶を片付けたくれ。それと、部屋にある茶葉なども全てな」
私は、今しがた増えた仕事を片付けるため、部屋を後にするのだった。
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