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教会のパイプオルガンの格好良さは異常


心地の良い日差しが教会の窓を抜け、空間を照らす。

時刻は朝の10時過ぎ。ジンバは今日も依頼を受けるべく教会へと赴いていた。


「大活躍ですね、ジンバさん」


彼に声をかけるのは教会のシスター、シュレン。

ルキナの数少ない友人であり、民の心の支えとなる教会につとめる信心深い信徒。

ベールからのぞかせる青い髪は艶やかで、よく手入れされていることが窺える。体躯は小柄だが、その瞳には芯の強さが現れている。彼女の柔和な笑みは見ただけで心が安らぐと言われている。


そんな彼女の目の前には、羽織に兜という異様な出で立ちの騎士見習い、ジンバがいた。


「やー、大活躍って言っていいんすかねこれ。俺もう運搬業にジョブチェンジした方が街の為なんじゃないすかね」


「ふふ、誰かに必要とされるのは素晴らしいことですよ」


「そりゃ悪い気はしませんけど」


ジンバは遺跡の破壊作業以降、日々他の依頼をこなしていた。岩石を破壊する様子を他の作業員が広めたのか、彼に寄せられるのは大半が力仕事の依頼だった。

普段なら個人的な指名などほとんど無いのだが、ジンバの場合はたいていの依頼主が要望書に彼の名前を記していた。

引っ越しの荷物の運搬、木材の伐採と運搬、家屋の解体、金属類の輸入品の運搬などなど。

もはや何でもアリである。


「でも良かったじゃない。おかげで街の人達にも顔覚えてもらったんだし」


「ずっと兜被ってるんすから顔も何もないっすよ。見た目は覚えてもらったかもしれませんけど」


シュレンの傍にはルキナの姿がある。

彼女がジンバに付き添っていたのは数日間のみで、それ以外の日は"双剣"の任務にあたっていた。

今日は彼の様子を見に教会へと来たのだった。


「ていうかシュレン。ジンバ君ってば兜の中、布で顔を覆ってたのよ。信じられる?」


それはジンバが初任務の後、ルキナとご飯を食べた時に発覚した事実であった。


「フフ。その話、前もしてましたね。確かジンバさんは目が良すぎるんでしたっけ?」


「そうなんすよ。だから普段は目隠しして、聴覚と触覚を活用して生活してます」


「じゃあなんで私が兜外した時、どんな見た目してるか分かったのよ。見えてなかったんでしょ?」


「そうでもないっすよ。別に眼が無くたって、脳は得られる情報からその人の像を描いてくれますからね。俺は五感には自信ありますから、そんぐらい朝飯前っす」


「……どんな五感してるのよ」


ルキナはむすっとしながらも、話を続ける。

ちなみに今は兜は外している。


「てかルキナさん、なんでそんなむすっとしてんすか」


「だ、だって!私は兜を取って顔見せたのに、ジンバ君だけ見せないっていうのは不公平じゃない?依頼も数日だけ付き合って、それ以降は全然会ってないわけだし」


「あー、そういう考え方もなくはないすね」


「何か理由があるなら別に見せなくて大丈夫だけど」


言うなれば彼女は不満がたまっていた。

やっとのことで後輩ができたにも関わらず、ここ数日間は任務で忙しく会えていなかった。

ここ数年全く後輩成分を摂取していなかった彼女にとって、ジンバはいわば治療薬のようなもの。連日会わなければ禁断症状が出るのも仕方がなかった。

故にこうやって不満が態度に出てしまうのであった。


「いや、全然大丈夫っすよ。別に隠す理由もないですし」


ジンバはそう言うと兜をスポッと外し、顔にかかった布をとる。

そこには、金色の目を携えた黒髪の男が立っていた。


「「……」」


「あれ、無言すか?ノーコメントってちょっと傷つくんすけど」


「あ、ご、ごめんなさい。私のイメージとちょっと違ったから……」


「どんなイメージなんすか。蛮族みたいなの考えてました?」


その言葉が図星だったのか、ルキナは苦笑いを浮かべる。


「身体も出来上がってるし力も凄いから、てっきり強面な感じかと思ってたわ。中々凛々しい顔立ちしてるのね」


「それは褒めてるのかフォローなのか分からないんすけど」


「私は好きですよ、ジンバさんの顔立ち。結構タイプです」


「ちょ、シュレン。あんた中々爆弾発言するわね」


「そうですか?」


二人が話している間に、ジンバは顔に布をつけ兜を被った。

それに気づいたルキナは再び不満げな声をあげる。


「あ、ちょっとジンバ君。もうちょっと見せなさいよ」


「顔をジロジロ見られるのもあんま気持ちいいものじゃないんでね」


「別にいいじゃない。整った顔立ちしてるんだから」


「よくねえっすよ。見せ物ってわけじゃないんで」


「……まぁ、確かに人の顔をジロジロ見るのは失礼ね。悪かったわ」


ルキナは軽く頭を下げると、話題を変えるようにこほんと咳払いした。


「というか、私は今日はジンバ君の様子を見るためだけに来たわけじゃないのよ。ちゃんと用事があるわけ。決して後輩成分を摂取しようとしてたわけじゃないから」


「急に饒舌になりましたね。何も言ってないすけど」


「と、とにかく」


彼女はジンバへと近づくと、彼の大きな手をとる。

そしてこう続けた。


「"双剣"の教会に行くわよ、ジンバ君。話はそこに向かいながらするわ」


「ずいぶん急っすね。一大事すか?」


「そうね。一大事といえば一大事かもね、あなたにとって」


ルキナのその台詞に、シュレンは彼女の言いたいことを理解したようだった。

軽く手を合わせると、嬉しそうに言う。


「ルキナさん。もしかして、もうですか?」


「えぇ、そのもしかしてよ。ジンバ君はここ一ヶ月ずっと街の為に働いてくれてたし、私が連れてきた後輩っていうのが教会にとって大きかったみたいね」


「ルキナさんの普段の努力の賜物ですね。もちろんジンバさん自身のご活躍があってこそですけど」


「そうね。私が連れてきたっていう情報はあくまでおまけだわ。ジンバ君の頑張りが教会に認められた結果よ」


二人が嬉しそうに話す中、おいてけぼりのジンバは説明を求める。


「すんません。どういうことか全く分からないんで三行でお願いします」


「ジンバ君頑張る、教会に認められる、正式に騎士になる。はい、これでどう?理解できたかしら」


「え、マジすか」


「大マジよ。この期間で騎士として認められるなんて、中々ないんだから」


自分のことでもないのに、彼女は胸を張って自信満々に言う。


「ジンバ君、ここ一ヶ月ずっと街を駆け回ってたからね。街の人達も感謝してるし、教会もその働きぶりを見てたんじゃないかしら」


「そうなんすかねぇ。認められるのは悪い気しませんけど」


「というわけで今から"双剣"の教会に行くわよ。ちょっとした手続きにね」


「……なんかめんどくさそ」


「こらジンバ君。ボソッとそんなこと言わない」


「では、私はここで報告を楽しみにしていますね」


「えぇ、また後で」


そんなこんなでジンバは"双剣"の教会へと向かうことになったのだった。



▼▼▼



シュレンがつとめる教会から更に街の中心部に向かう。住宅や商店がひしめく街路を右往左往、時にぐるりと回りながらジンバとルキナは歩を進めていく。

この国"レギン"は教会を中心地とし、その周囲を取り囲むように住宅が建造されている。トップの司祭達が常駐しているのが国の最重要教会である"中枢教会"であり、その場所を守護するように建てられているのが"双剣"の教会だ。

"双剣"はなにより所属人数が多い。そして連携が早く、何事にも早急に対応できる。故に"双剣"の教会は中枢の近くに設置されている。


「いやデッッッッッ」


「なんか含みのある言い方ね」


二人が見上げる先にはシンボルである日輪と、それを背に交差する双剣。

その全高はシュレンがいた教会より更に大きく、横幅も広い。細部まで緻密に彫られたレリーフは神秘的であり、外壁には傷一つない。

民に絶対の信頼を寄せられるその教会は、神々しさすら放っていた。


「"双剣"の教会は他の場所にもあるんだけど、ここがメインだから普段はよく中央って言われてるわね」


「西やら東やらにもあるってことすか」


「そうよ。"双剣"所属の騎士でも、勤めてる教会は違うの。ちなみにシュレンは東の所属、私は中央の所属になるわ。多分ジンバ君もそうなるはずよ」


教会の正面の門の前には、左右それぞれに騎士が配置されている。白銀の鎧に身を包む彼らは、綺麗な姿勢を保ったまま時おり首を動かして周囲の様子を窺っている。


「彼らは門番兼受付って感じね。中央の守護を任されてる騎士だからね、強いわよ」


「喧嘩売るのはアリすか?」


「……ジンバ君、逆賊扱いされても知らないわよ?」


「それも面白そうっすね」


二人は会話を交えながら、教会の入口へと歩を進める。

ルキナは兜を取り、守護の騎士と軽く言葉を交わす。そして、ジンバに入るよう手招きをした。


「ふふ、本来なら色々手続きが必要なんだけど、ほぼ顔パスで通ったわ。私は人望と引き換えに、教会からの厚い信頼を得たのよ。諸刃の剣ってやつかしら」


「大丈夫っすかそれ。致命傷になってないすか」


「大丈夫よ。致死量で済んでるわ」


これ以上傷が深くなる前にどうにかしねーとなと思いつつ、ジンバは教会へと入る彼女の後を追う。

中はシュレンのいた教会と同じような作りになっていた。祭壇、長椅子、壁際に絵画のように並んだステンドグラス。しかしそのどれもがスケールが違った。

見上げればそこには果てなく高い天井があり、神話をモチーフにしたのであろう絵がいたるところに描かれている。

そして、何より特徴的なのがーーーー


「……ルキナさん、あの像って」


「あぁ、やっぱり目につくわよね。私達の敬愛する神様、その御姿よ」


そこにいたのは片手に剣を、片手に杖を掲げる女神の彫像。

祭壇の奥に鎮座するそれは、喋ることもなければ動くこともない。しかしその像は、この教会の何よりも目立っていた。

一見見た目は人となんら変わらないが、明らかに違う特徴が一つ。()()には、腕が六本あった。


「その御名を"アストラル"。私達を日々守護し、導いてくださる尊きお方よ」


「双剣っていうわりには、片方は杖なんすね」


「私達の教会が指す双剣っていうのは、別に武器を指しているわけではないわ。守り手とそれを支えるもの、力と知恵、太陽と月。それらのように、交差して初めて成り立つ関係のことを指しているのよ」


「なるほど。比喩表現てやつすか」


「そういうこと。でも、私達の教会では双剣を扱うことに深い意味が出てくるわ。双剣を振るう者は決して恥をかけない」


大量に並ぶ長椅子の中央を二人が進んでいくと、やがて祭壇の背景となる壁の後ろから一人の人物が現れる。

その人物はシュレンと同じように修道服に身を包んでおり、穏やかな笑みを浮かべていた。しかしその目はどこか硬質で、機械的な印象を受ける。


「待っていましたよ、ルキナ。そしてジンバ。双剣の神に忠誠を誓わんとする者よ」


「お久しぶりです、アイギス様。お忙しい中、時間を取っていただき深く感謝します」


ルキナはアイギスと呼ぶ女性に対し、膝を折って頭を垂れる。

彼女はその姿勢のまま、ジンバの方へと軽く顔を向ける。


「……ほら、ジンバ君も」


「え。あー、えと、ありがとうございます?」


「無理に畏まらなくて大丈夫。私は礼儀なんて気にしませんから」


長身で金髪、そして神が彫ったかのような顔の造形。人とかけ離れたような容姿の彼女は、二人の元へと近づいてくる。


「あなたのことは聞いていますよ、ジンバ。なんでもその剛力で街の人々を助けているそうで」


別に大したことはない、と言おうとしたところで、ジンバはふと思う。


(なんかいちいち謙遜すんのもだるいし、ちょっと()()かけるか?なんかこの女、胡散臭いんだよなぁ)


機械的というか、人間味をあまり感じられないというか、欲望や感情が見えないというか。

ジンバは彼女を一目見た瞬間から、言い様のない気持ち悪さを感じていた。


「えぇ、まあ俺の手にかかればそんなもんでしょ。それはそうと……アンタ、随分と無機質な目してるんすね。まるで人間じゃないみたいだ」


「ちょっ……!ジンバ君!?」


「……」


隣のルキナが驚愕し声をあげるが、ジンバはそれを無視する。


(さあ、キレるか?動揺するか?それとも聞こえないフリでもするか?)


瞳孔の開き具合、眉の動き、声音の違い、そのどれもがジンバには鮮明に()()()いる。視覚を一定期間封印し研ぎ澄ました聴覚と触覚は、視覚よりも多くのものを捉える。

どんな反応が返ってくるか期待した彼であったが、放たれた言葉は期待にそぐわないものだった。


「ジンバ、そういうことはあまり初対面の人に言うものではありませんよ。私はかまいませんが、他の方はきっと傷ついてしまう」


(……あぁ?)


無反応。

身体にも、表情にも一切の変化なし。それどころか、声音にも何のブレもない。


「ほら、ジンバ君謝って!彼が失礼なことを!大変申し訳ありませんでした!」


「……すんませんした」


何の謝意もない謝罪を見せたジンバは、その違和感を言語化していく。


(無反応とかありえんのか?今まで会ってきた奴でも、こんな反応がない奴なんていなかったぞ。ガワは人間っぽいが……)



ーーーー中身は人間じゃないんじゃねえか?



それが彼の、アイギスに対する印象であった。


「かまいません、二人とも顔を上げて。先ほど言ったでしょう?礼儀なんて気にしないと」


「し、しかし……!」


「ほらほら。今日はジンバを正式に"双剣"に加入させるために来たんでしょう?なら、やるべきことは他にある筈です」


アイギスは二人に優しく話しかけると、ついてくるよう促す。


「二人とも、こちらについてきて。ジンバ、あなたに"双剣"の証明たる"スキル"を与えます」






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