たいてい何事も筋力で解決する
「破壊ってワード、ちょっとワクワクしますね」
「ジンバ君、その台詞は騎士っぽくないわよ……」
朝日が昇り数時間が経った頃、ジンバとルキナはとある遺跡の前に立っていた。
場所は平原であり、青い空には千切れ千切れになった雲が広がっている。風が草原を揺らし、冷たい空気を運んでくる。
「ここ、なんて名前でしたっけ」
「リィンドル城跡よ。数百年前に築かれた不沈の砦。今じゃこの有り様だけど」
ルキナが指差す先には、かなり高さのある岩の砦ーーーーだったものがある。
あたりには白く綺麗な岩肌の岩石が転がり、時間の経過を感じさせる。整った形の岩石はほとんどなく、大半が粉々に砕かれていた。
「風化でここまでなるものなんすかね。嵐でも来ました?」
「残念。そのどちらでもないわ」
「……というと?」
「刻王の仕業よ」
ジンバやルキナの目の前で、大勢の男達が遺跡の取り壊しを始める。数人がかりで砲台やら大量の鍬やらが運びこまれていく。
「こくおうって何すか?国の王様のことすか」
「そっちじゃないわ。時刻の刻に、王様の王。まぁ確かに国の王様って意味も含まれてるけどね」
彼女はそう言って遠くを見やる。
「ちょうどいい機会だから教えておくわ、刻王について」
ルキナは語り出す。
刻王、それ即ち世界を滅ぼしかねない歪な獣。
神出鬼没、正体不明、いつから居たかどこから来たか一切判明していない未知の怪物。
身体のどこかに数を示す刻印が刻まれており、現時点では三の刻王まで存在が確認されている。
刻王が破壊した場所は例外無く不浄の地とされ、人間どころか植物さえ生命を許されない。地球上の全ての生命に躊躇なく終わりを与える無情の共通悪。
故に教会は刻王に関する任務を最優先任務としている。
「刻王に破壊された場所は土も瓦礫も金属も、全てが黒く侵食されるわ。侵食された箇所からは瘴気が溢れ出てあらゆる生命を呑み込む」
「ん。でもあそこの遺跡はまだ黒くなってないっすよね?」
「侵食には大体一週間かかるわ。その間に除去して速やかに焼却するのが基本よ。だから、ほら」
ルキナはくい、と顎である方向を示す。
そこでは、屈強な男たちが各々獲物を振るって巨大な岩石を砕いていた。
「一度に燃やせないものはああして砕くの。私達の仕事も彼らと同じよ。やり方が違うだけ」
「……あの人らは力で。俺達は剣で、てことすか」
「そういうこと。岩を斬るのっていい鍛練になるわよ?常人じゃまず無理だもの」
ルキナは抜刀と同時に足元に転がる岩を両断する。
三等分されたその岩の断面には粗など全くない。それは確かに常人では真似の出来ない芸当であった。
「おぉ、すげえ」
「ジンバ君も鍛えればこれくらい出来るわよ。身体はできてるみたいだし」
彼女はジンバの身体を一瞥する。
そこには極限まで鍛え上げられた肉体がある。肌を晒しているわけではないが、その体躯の大きさは一目見ただけでも分かる。
「まあ肉体と技術は別物だけどね」
「そりゃその通りっすね」
「じゃ、私達も作業に……て、忘れてた」
ルキナは歩き出そうとするのを一度止め、自分の兜に手をかける。
そして数秒した後兜を外し、自らの顔を晒した。
後頭部で結われた白銀の長髪、鋭くもどこか優しい翡翠の目。白い肌は透き通るようでもあり、その出で立ちは物語の登場人物のようでもある。
騎士としての"らしさ"を体現しているようでもあったが、どこか近寄りがたい雰囲気も放っていた。
「日中は熱くなるからコレは外しておくわ。この辺は遮蔽物もないしね。市街地ならいいんだけど」
「ルキナさん、そんなキレーな顔立ちしてたんすね。どこかの国のお姫様みたいっすよ」
「……そういう世辞は気になる子に使いなさい。私に使っても何の得にもならないわよ」
「いや、ただの素直な感想っすよ」
ジンバがそう返すと、彼女はそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
「はいはい、分かったから。ジンバ君も早く作業に移りなさい」
二人が話している間にも、巨大な瓦礫が次々と運ばれてくる。
なにせ遺跡を構成していた巨大な岩石の破片だ。運んでも運んでもきりのない量だ。
「あいあい、分かりましたよ」
「あ、そうだ。せっかくだから、この機にジンバ君の剣の腕前を見せてもらおうかしら」
「……剣の腕前、すか」
「ええ。騎士を目指すのであれば、剣の腕前を上げておいて損はないわ。前は剣の腕前なんて関係ないとは言ったけど、私が面倒を見る以上やっぱり上達してほしいからね」
ルキナは己の剣で巨大な岩石を指し示す。
「そうねぇ……まずはこの岩なんてどう?別に斬れなくても大丈夫よ。剣を振る姿勢を見るのが目的だから」
そこにはジンバの身の丈を超えるほどの岩石があった。侵食された影響で、岩の半分以上は黒く染まっている。
その岩を見上げていると、ジンバの聴覚は周囲の騎士の話し声をとらえる。
「おい、始まったぞ……隊長のしごきが」
「あぁ。騎士見習いに対してあの岩を斬らせるとは……鬼か」
遠くからこちらを見やる騎士達の目には、恐れと同情の色が浮かんでいる。
ルキナの態度と騎士達の反応から、ジンバはルキナがなぜ今の状態になったのかを理解した。
(ルキナさんはアレだな。"こんなの簡単じゃん。どうして出来ないの?"タイプだな。知らぬ間に自尊心をぶった斬るタイプ)
ジンバは努力で今の状態に至っているため、出来ない者の心情が理解できる。
確かに普通の人間にルキナのこの言動はキツいだろうと、彼は察する。
「どうしたの?別にヒビを入れるだけでもいいのよ?」
「いや、そういうことではなく……まぁいいや」
首を傾げる彼女をスルーし、ジンバは鞘から厚い剣を引き抜く。
剣の名は"無頼尊"
レンドウに餞別として貰った剣だ。長く厚く、ただただ無骨。装飾も派手さもなく、鉄の塊を剣という形に落とし込んだだけの武器。
レンドウに"お前は何かを斬るよりぶっ叩いて壊す方が合ってる"と言われ渡された剣だ。
(えーと……あの爺が言ってたな。モノってのは切れ目さえ入れればぶっ壊れる、だったか)
彼はレンドウに言われたことを反芻しながら、巨大な岩へと向き合う。
(普段は獲物は棍とか斧しか使わねぇからな。剣はガチの素人だし……いけるか?)
剣を肩に乗せながら思案していると、ルキナからは期待の目が、周囲の騎士からは同情の目が向けられる。
(ま、やってみりゃ分かるか。ただただ今はーーーーこの岩をぶっ壊す)
ジンバは普段から悩むことをしない。
悩んだとしても十秒そこら。とりあえずやってみて、駄目だったらその都度切り換える。
それは戦闘でも同じことで、彼はほぼほぼ反射で動いている。
挑戦と修正のサイクルを高速で回す。それはジンバにとって習慣のようなものであった。
彼は剣を上段に構えると、左手を突き出す。その意図は重心の安定とリーチの目測。剣を持つ腕は脱力させ、下腿に筋力を込める。
軽く息を吐き、呼吸のタイミングを合わせる。
(騎士見習いとしての初仕事だ。派手に決めさせてもらうーーーーぜ!)
ジンバは下腿の力を解放させ跳躍する。
本人にとって軽い跳躍のつもりだったそれは、優に5メートルを越えるジャンプであった。
いまや眼下にある岩を捉え、右腕に力を込める。そのまま重力に従い振り下ろされた一刀は、見事に巨大な岩石へと吸い込まれた。
しかし、ここで彼にとって予想外のことが起こる。いや、その場にいた者達全員にとっても予想外のことであろう。
振り下ろされたジンバの剣は岩もろともーーーー大地を爆砕した。
「あ?」
なんなら岩に剣が触れた時点で予想外のことが起こっていた。
ジンバがイメージしていたのは、岩がビシビシと音を立てて崩壊するイメージ。しかし実際は岩に剣が触れた瞬間に爆砕。文字通り木っ端微塵である。
それどころか衝撃は大地にまで及び、亀裂と共に陥没跡を残す。粉塵が舞い上がり、そこにはもはや破片と呼べるものしか転がっていない。
(いや、剣は初めてだから少し力込めたけど……岩が爆発しちまったよ。え、剣にそんなド派手な機能あったかな)
ジンバは普段盗賊をやっている身。目立つような行為は起こせないため、破壊行為はほとんどしていない。棍や斧も対人や木材の伐採くらいでしか使用しないため、力を込めて振るうという場面は中々無かった。
というより、何かを壊すということをここ最近全くやっていなかったのである。
彼が固まっていると、遠くから声が聞こえてくる。
「え、怖……何も見なかったことにしよ」
「やはり筋力……筋力は全てを解決する……」
こちらを見ていた騎士二人は、現実逃避をするようにどこかを向いて行ってしまった。
それとは対称的に、ルキナは満面の笑みを浮かべてジンバの元へと近寄ってくる。
「すごいじゃないジンバ君!想像以上よ!」
「いや、これ大丈夫なんすか。岩どころか大地もろとも砕いちゃってますけど」
「全然大丈夫よ。刻王に荒らされた土地なんて、皆派手に壊すから。それより!」
ルキナはジンバの背をばしばしと叩く。
「ジンバ君もの凄いパワーじゃない!驚いたわ、ここまでだったなんて」
「えーと、剣使うの初めてなんで加減が分からなかったんすけど……ルキナさんのお眼鏡にはかないましたかね」
「かないまくりよ!ジンバ君のそのパワーがあるなら、今日の作業も手早く終わりそうね」
彼女はそう言うと、周囲に聞こえるように大きな声を張り上げる。
「巨大な岩石は全部こっちに持ってきて!私とジンバ君が受け持つわ!」
「おぉ!助かります、騎士様」
運搬を担っていた男達が、感謝の言葉を述べながら次々に岩石を運んでくる。
みるみる内にでき上がっていく岩の山。それを見ながらジンバは思う。
(……ルキナさんって、騎士見習いにいきなりこんだけの量の作業させんのかな。いや、俺のパワーを見たからか?にしてもちょっとスパルタくせぇな)
彼が思ったことはおおかたアタリであった。
ルキナはいわゆる天才肌ゆえ、出来ない者の心情が中々理解できない。そして自分が出来ることは他人も出来ると思っている。
故に自分がやっているのと同じ作業を見習いに与えるし、体力も自分と同じくらいだろうと考える。
いわば、悪意の無いスパルタである。
これでもまだマシになった方、とは彼女の親友であるシュレンの言葉だ。
(ま、俺にとっちゃお安い御用だけどよ)
過去のルキナの部下達の心労を考えながら、ジンバはさっきのように剣を振るう。
やはり先ほどと同じように、岩は瞬時に粉微塵と化した。
その近くでは、ルキナも二振りの剣で岩を紙のように切り裂いていく。
「ねぇ、質問なんだけど。ジンバ君って、いつから鍛え始めたの?」
彼女は微かに振り向いて質問を投げかけてくる。
「んー、五歳頃っすかねぇ。山の中で育ちましたけど」
「へえ、私と同じくらいね。私は親がいなかったから、教会で育てられたのよ」
「それでそのまま騎士に、て感じすか」
「その通り。"双剣"は良い所よ、皆優しいし何より他と比べて圧倒的にマトモな人間が多い」
「他……っていうのは、確か"灰被り"と"蒼炎"でしたっけ?」
「そ。"灰被り"は多少マトモな人もいるけど、大半はならず者。"蒼炎"に関しちゃ犯罪者と犯罪者予備軍の巣窟と言っていいわね」
「よくそんなとこが教会として成り立ってますね」
「頭おかしいくせにやることはちゃんとやってるからね。管理下の土地の民は助けてるし、国にも多額の支援金を払ってる」
「なーるほど」
「まぁあいつらと出会ったら即逃げなさいよ。あいつらと話すメリットなんて微塵もないから」
「了解っす」
「て、こんな話はどうでもいいのよ。ジンバ君の話を聞かせてよ」
「あー、俺はっすねーーーー」
一人の騎士と一人の騎士見習いは、片手間で岩石を粉々にしながら話に花を咲かせていく。
周囲の人々に「あの人達ヤベェよ……」という目線で見られていることに気づかぬまま。
▼▼▼
「よし!これでだいたいの作業は終了ね」
日がだいぶ傾き、肌を焼くような熱がおさまってきた頃に作業は終了した。
時刻は16時前後。ルキナはジンバに19時頃に終了すると伝えていたので、予定時刻より三時間も早い。
騎士や作業員達が砕いた瓦礫は、全て焼却場へと運ばれていく。
「ジンバ君のおかげで予定より三時間も早く終わったわ。本当にありがとね」
「いえ、ルキナさんには世話になってますからね。これぐらいは当たり前っすよ」
「私は別に大したことはしてないけど……義理堅いのね」
「もっと褒めてくれてもいいっすけど」
「調子に乗らないの」
ルキナはジンバを軽く小突くと、少し不安げな調子でこう言う。
「あと、その……もしジンバ君がよければ、この後一緒にご飯とかどう?奢るけど」
「いや、そりゃかなりありがたいっすけど、いいんすか?」
「もちろんよ。じゃあ、行くってことでいいのね」
「うす。お願いします」
ルキナはジンバの返事を聞くなり、心の中でガッツポーズをとる。
後輩の前なので冷静を装っているが、彼女の脳内は喜びで満ちていた。
(ふ、ふふふ。後輩とご飯を食べに行くなんていつぶりかしら……ちょっと泣きそう)
彼女は基本、孤独飯である。
昔は誰かを誘ったりもしていたが、彼女の噂を聞いた新人達はことごとく苦笑いを浮かべながらフェードアウトしていった。
それに慣れた(慣れたくはなかった)彼女は、一人飯街道を突っ走っていたのであった。
しかし、ジンバという救世主が現れたことによりその旅は終わりを告げたのだった。
「ちなみにジンバ君は何が好きなの?」
「肉っすね。俺、悪食で何でも食いますけど、肉は至高っす」
「お肉ね、了解。いい所知ってるから案内するわ」
「ルキナさんマジ優しいすね。危うく惚れそうになりました」
「そういう生意気は騎士になってから言うことね」
ジンバとルキナは笑いながら歩いていく。
その二人を、遠方から観察する影が一つ。
その人物は整った容姿をした男性で、顔はどこか中性的だ。彼は呆けたような表情を浮かべながら、ジンバへと困惑の目を向ける。
「え……ルキナ、様?あの男は一体……?いつもルキナ様の隣にいるのは、僕、なのに……」
男はここまでルキナを迎えに来たのだった。
纏った鎧には日輪と双剣の紋章。一目で"双剣"所属の騎士だと理解できる出で立ちだ。
「まさか、これ……いわゆる浮気、なのか?いや、清純なルキナ様に限ってそれはない。するとこれは寝取られ、だというのか。とすると……」
男はジンバへと向けた瞳を、憎悪の色に染め上げる。
「あの男が、ルキナ様をたぶらかしたのか……!」
彼の名はフルーテン。
"双剣"所属の騎士であり、ルキナの自称お付き。
そして別に付き合ってもいないルキナを寝取られたと勘違いする、"蒼炎"とは別のベクトルで頭のおかしい騎士である。