素直な新人は10割増しで可愛く見える
「今日もお勤めご苦労様です。今日はルキナさんが見回りなのですね、とても心強いです。……えぇと、そちらの方はお連れの騎士様、ですか?」
ルキナの提案を受けてから数分後、ジンバは自己紹介を終えたのち、彼女に案内され教会の中へと足を踏み入れていた。そしてその流れで、ジンバはシスターと顔を合わせることとなった。
「お連れというかなんというか……後輩、みたいなものかしらね。すぐそこで知り合ったの」
「ども。後輩です。ジンバといいます」
ジンバがシスターの上方から頭を下げる。
「失礼かもしれませんが、とても大きな方ですね。"双剣"の雰囲気とは違うような……もしかして"灰被り"の方ですか?」
先ほども聞いた聞きなれない言葉に、ジンバは首をかしげる。
「あー、さっきも思ったんですけど、"灰被り"とか"双剣"とかって、何のことですかね」
「え」
「彼は騎士じゃないのよ、シュレン。ま、今から騎士になるわけだけど」
「え、え、もしかして……」
修道服に身に纏う青髪の少女ーーーーシュレンがキラキラとした目をジンバに向ける。
なんのことか理解できない彼は、視線をそのままルキナの方へと流す。
「そうよシュレン。もしかすると彼はーーーーかなり久々にワタシ直属の部下になるかもしれない!」
「えーーー!!?本当ですか!?おめでとうございます!」
「はい拍手拍手」
ぱちぱちぱち!と小気味いい音がジンバの耳へと届く。
五感は働いていても、しかし脳が働いて現状を理解するには至らなかった。
「アノ、ドウイウコトデショウカ」
理解を諦めた彼は、答えを求めてルキナに問う。
二人で盛り上がっていたルキナは、はっとした様子でジンバの方へ向き直った。
「あ、ごめんね勝手に盛り上がっちゃって。ちゃんと今から説明するから」
ルキナが大まかな説明をし、シュレンが時おり補足する。
そんなこんなで進められる会話。
大まかな内容はこういったものだった。
この都市、エレイには三つの教会が存在する。その内の二つが日々都市や人々を守護し、平和を保っているのだと。
一つはルキナが所属する"重なる双剣と極光の教会"。人々の命と街の安全を護ることを最優先とする組織である。三つの教会の中で、最も騎士らしい働きをしている。故に人々からの信頼は厚く、"双剣"の紋章はそのまま信用の証として扱われている。
"個"として優秀な人物もいるが、なにより突出しているのは"群"としての実力だ。連携の速度、タイミング、完成度。双剣が二振りの剣によって完成するように、彼らは群となることで真価を発揮し、完成する。多くの者が同じ流派の剣術を使用している。
二つ目は"過ぎ去った灰被りの教会"。一言で言えばならず者達の集まりである。精神性は問わず、出身も問わない。必要性なのは"実力"と、最低限の"誠意"のみ。流派も人間性も異なる彼らは、悪く言えばちぐはぐ。良く言えば多様性の塊だ。とにかくあらゆる分野の人間がいるため、"双剣"では出来ないことも簡単にできてしまう。しかしその分連携という言葉とは縁がなく、基本大半が単独行動だ。無愛想な人間や荒い人間が多く敬遠されがちではあるが、芯の通った人間が多いのも事実である。
そして最後の教会。名を"聡明なる天秤、蒼炎が見た夢"というのだがーーーー
「ここに関してはノータッチでいいわよ。とりあえずその名前を聞いたらその場所を離れることをすすめるわ」
「そう、ですね。そちらの方がいいかと……」
「え、そんなヤバいとこなんすか」
「ブラックリストの常連だからね。奇人か変人しかいないわよ。無駄に強い奴らが多いけど」
"聡明なる天秤、蒼炎が見た夢"は、理想を追い求め過ぎた者達が集う組織である。"蒼炎"と称される彼らは、基本的に常識が通じない。平気で人を斬る、平気で人を拐う、平気で強奪する。理想の為ならば良心や常識すらたたっ斬る奇人、変人のたまり場。それこそが"蒼炎"だ。
彼らの最終目的は一つ。己の想像を現実化するといわれる"偏愛の天秤"を手に入れることにある。その為ならば彼らは竜すらも狩る。
「一応"蒼炎"にもトップが三人いるんだけど、指揮系統なんてないようなものね。好き勝手に暴れて、後始末もしない。"双剣"や"灰被り"はあいつらを目の敵にしてるわ」
「なるほど。そりゃまた」
「"蒼炎"の方々は雰囲気が異質ですから、私のような一般人でも分かります。関わってはいけない人達だと」
ジンバがある程度理解したところで、ルキナは一度手を叩く。
「はい、これでだいたいの説明は終わり。あとはなんでワタシ達が騒いでたかなんだけど……ねぇ」
彼女はシュレンへと目を向ける。
シュレンは首をかしげ数秒考えた後、「あ、そういうことですね。了解しました」と小声で呟く。
そしてちらりとジンバを見る。
「その……ジンバさんは、ルキナさんのこと、どういった人物だと感じますか?」
その質問に、ジンバは数秒固まる。
「えーと?もった印象、みたいな感じの話ですかね」
「そ、そうですそうです!そのままの印象を教えていただければ」
シュレンが肯定の意を示し、こくこくと頷く。
ジンバは先ほど出会った時のことを思い出しながら、答えを模索する。
(ルキナさんの印象、ね。そりゃ……)
「なんか見た目とは違って、かなり話しやすい人だと思いましたよ。気負わなくていいし、話してて楽っていうか」
思ったままの感想を述べる。それはジンバの、嘘偽りない感想だった。
しかし中々返答はなく、ただ沈黙が流れる。
そうすると、黙ったままだったルキナはーーーー天を仰ぎだした。
「ジンバ君、最初のとこと最後のとこもう一回言って」
「え?」
「最初のとこと最後のとこ。ほら早く」
わけが分からないジンバは催促されるまま従う。
「かなり話しやすい人」
「最後のほうも」
「話してて楽」
「ふぅーーーーー」
ルキナは顔を手で覆い、深く息を吐く。
そしてーーーー
「……三年ぶりに言われたわ、そんな暖かみのある言葉」
「ルキナさん!良かったですね!」
「????」
兜の上に大量に"?"を浮かべるジンバ。
ルキナはそのまま動かなくなったので、シュレンが説明係を受け持つことに。
要約すると、こういうことらしい。
ルキナの周囲からの印象→厳格で無能には剣すら振り下ろす鬼怖い人→ルキナの部下になりたがる人がいなくなる→誰も怖がって話しかけない→任務以外で誰も近寄らなくなる→一匹狼に→悲しい、という流れ。
それはもう三年前のことで、今まで孤高の騎士として生きてきたという。
「どうしてそんなことに」
「"双剣"の騎士様は上下関係が激しいですからね。なめられないように、ルキナさんなりに精一杯頑張った結果といいましょうか……頑張り過ぎたといいましょうか」
「はぁ」
「私は古くからの友人ですので彼女の人となりを理解しているのですが、他の方々からは鬼教官と思われているようでして」
「そりゃ難儀な」
「しかしそんなところに……ジンバさんが現れたのです」
シュレンの声のトーンが変わる。
まるでジンバが現れたことが奇跡とでもいうように。
「貴方は先ほどおっしゃいました。ルキナさんが話しやすい人だと」
「言いましたね」
「そんなことを言う人は、"双剣"どころかこの街中でもほとんどいないのです。私や孤児院の子供達くらいなのです」
「普通に話してればそんなことにゃならんと思いますが……」
「彼女は怖がられているため、まともに話すという前提にすらたどり着けないのです。大半の方はルキナさんを避けますから」
「いったい何をしたってんだルキナさん」
「それは黙秘します……ところで」
シュレンは声をひそめると、ジンバに耳を傾けるようジェスチャーする。
「ジンバさんにお願いがあるのですが」
「なんでしょう」
「その、少しの間でもいいので、ルキナさんの話し相手になってくれないでしょうか。彼女の孤高(孤独ともいう)の姿勢は、見ていて少し悲しくなるといいますか」
「あー、なるほど」
「もしジンバさんが正式に騎士となり、ルキナさん直属の部下になってくれるならば願ったり叶ったりなのです。もちろん、私もルキナさんも貴方を全力でサポートします」
その言葉を受け、ジンバは数秒思考する。
「そりゃこちらとしても願ってもない話なんすけど……出会ったばかりのこんな不審者に、そんなこと約束していいんすか?」
盗賊はまずもって他人を信用しない。
"夜業衆"に加入する人間は、第一条件として色眼鏡を極限までなくしていく。
自分を客観視し、その自分を客観視し、さらにその自分を客観視する。
主観を限界まで削り取ってきたジンバにとって、その提案は軽率なように思えた。
「いいんです。ジンバさんからは純粋な人の匂いがしますから」
「純粋、ね」
彼がそう返すと、シュレンは含みのある笑みを見せた。
「別に私だって出会う方全てを信頼しているわけではありません。シスターといえど、根っからの善人ではありませんから。……様々な経験をしたうえで、貴方を信用するのです」
"信頼"ではなく"信用"。
その言葉はあくまでメリットデメリットの観点からジンバを見ている、ということの証明でもある。
シュレンの顔に陰りが差したことも、彼は見逃さない。
(……へぇ、中々な過去を抱えてそうなお嬢さんだな。ほの暗い瞳を時おり見せてくる。ま、今はそれは置いとくか)
ジンバはシュレンについての考察を打ち切り、話題を変える。
「それで、騎士になる方法を教えていただけるんですっけ?」
流れ始めた微妙な空気を絶ち切るように、彼はそう言った。
「えぇ、今すぐにでもお教えします。最短ルートをね。まずは……」
「そこから先はワタシが説明するわよ、シュレン」
ようやく悦に浸ることから脱出したルキナが、説明しようとしたシュレンの声を遮る。
「あ、ルキナさん。帰ってきたんですね」
「別にワタシはトリップしてたわけじゃないのよ、シュレン」
こほんと咳をし息を整えた彼女は、ジンバの方へと向き直る。
「さっきは無様な姿を見せて悪かったわね。……それで、騎士のなり方だったわね」
「そうすね。何すればいいかさっぱりでして」
「ふふ。だったら教えてあげましょう」
怖がられずに話せるのが嬉しくてたまらないとばかりに、無骨な騎士の肩が跳ねる。
「答えは単純明快で実にシンプルよ。それはーーーー」
「……それは?」
「人助けよ!」
ルキナは大仰に手を振り、たいそうなことを言ったかのように振る舞う。
ジンバはというとーーーー
「えーと……それだけすか?」
めちゃくちゃ肩すかしをくらった気分だった。
騎士になるのだから、剣術の技量などを要求されるものだと思っていた。
しかし、事実は異なるようだ。
「それだけって言うと嘘になるけど……騎士になるのは別に難しくないわ。最低限の体力はいるけどね。でもそれより必要なのは、他に尽くす精神よ」
他に尽くす精神。
ジンバにはあまり聞き覚えのない言葉だ。
「どんな腕前であったとしても、そいつに人の気持ちが分からなかったら暴君にしかならない。どんな知恵があったとしても、思いやる心がなければロクなことをしでかしかねない」
ルキナは腰に納めた剣の柄をトントンと叩く。
「この剣は護身の為だけのものじゃない。危険な目に遭おうと、この身を懸けるということの証明。騎士という生物の根幹である奉仕の精神が、顕現したもの」
「……」
「中身のない騎士は、剣のない鞘と一緒。ただのがらんどう。逆に言えば、信念さえあれば騎士は戦える。剣がなくとも、意志があれば何度でも騎士は甦る。だから……人を助けて、その意志を確固たるものにするのよ」
そう言うルキナの瞳は真剣そのものだ。
ジンバは今の言葉で彼女がどう生きてきたのかを、なんとなく理解した。
「とは言ったけど、別に特別なことはしなくていいわよ。ゴミ拾いでも子供のお守りでもいいの。剣を抜くだけが騎士じゃない」
「その通りです。そしてそれを続けていけば、やがて住民の方々にも認めていただけますよ」
二人からの説明を受け、ジンバは考える。
「……つまり騎士ってのは剣の実力じゃなく、人から認められて徐々になっていくものーーーーってことすか?」
「当たり前じゃない。人に尽くすことこそが騎士の本懐なんだから」
「そ、そうすか」
その言葉を受け、彼は生返事をする。
今、彼の脳内を埋めている言葉はただ一つ。
(なんかおもろくなさそう……)
真剣に、とか皆と協力して、などの類の言葉をジンバは嫌う。
そういった言葉は自発的にするものであって、人から言われるものではない。それ以前に、ジンバは誰が死のうとーーーー極論自分が死のうとーーーー楽しければ満足する人間だ。そこまで人を助けることに意味を見出だせなかった。
「まぁ最初は人助けなんてピンとこないわよね。でもね、人助けってのは手を差し伸べることだけじゃないの。というわけでーーーーシュレン」
「はい。ジンバさん、これを」
シュレンが差し出したのは、一枚の用紙。様々な記述がされているそれを、ジンバは受け取る。
「これは?」
「要望書です。こういう理由で人が足りないので、助けてくださいっていう依頼書みたいなものですね」
「教会にはそういった要望書がたくさん届くのよ。教会は皆の憩いの場であると同時に、仕事の斡旋的なこともしてるから」
ルキナの視線の先には、溢れんばかりの要望書が詰まった小箱がある。
「最近"双剣"の騎士達が任務で出払ってるからね。力仕事とか、人手がいるところに人が回ってないの。そこでジンバ君に一つ、お手伝いに行ってもらおうかしら」
ジンバはやる気のなさを悟らせないよう、冷静につとめる。
(全く気乗りしねえけど……一応受けるか。試さずに結果を語る人間ほどつまらんものもないしな。爺達にあれだけ啖呵切った以上、簡単には戻れん)
意を決した彼は、ルキナに話の続きを促す。
「それで、その手伝いってのは」
「遺跡の破壊」
「わお」
思わずテンションが上がってしまうジンバであった。