表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

田舎から都会に出ると何していいか分からない


「ふー。騎士になるとは言ったものの……」


晴れやかな空。流れる大小様々な雲。賑わう人々が織り成す街の活気。

そんな中を、金属音を鳴らしながら闊歩する兜の男が一人。その男は長身でガタイがよく、道行く人も道をあけるような風格を放っていた。

だが、服装は奇抜そのものであった。羽織にズボンという出で立ちはいつも通りであったが、普段と違う点が一つ。

兜である。騎士が被る兜を頭部に装着していた。加えて腰には普通の剣が一本。


「何すればいいか本気で分かんねえな」


はたから見れば不審者そのものだが、本人からすれば視線など何も関係ない。堂々と街中を歩いていく。


(にしても昨日のシシドの顔……ありゃ中々見れねえお宝だったな)


自分の周りだけ空間ができていることにも気づかず、ジンバは昨日のことを思い出す。


▽▽▽


館から宝物を盗みだすことに成功した"夜業衆"、ジンバ、シシド、レンドウ。

森の中で動きを完全に止めた一同は、一斉にジンバへと詰め寄った。


「おいおめえさん。何回殴られた?どんだけ殴られればその思考になる?」


「ジンバ、私嘘も冗談も嫌いなの。知ってるわよね」


「いや圧が凄い」


二人の圧を一身に受けるジンバは後退を余儀なくされ、ついに追いつめられる。

これまで共に活動してきた二人だ、ジンバが苦笑いしていることは布越しでも分かった。それと同時に、今彼が放った言葉が本気であるということも。


「別に深い意図とかはないぞ。ちょっと面白そうだからやってみようってだけ」


「なんでよりによって騎士なのよ。私達と真反対の職業じゃない」


「マジそれな。カラスが白鳥になりますって言ってるようなもんじゃねーか」


「そんなに?」


こうなることは分かっていたが、予想以上の反応にジンバは頬をかく。

本人はもっとフラットな感じに進むと思っていた。「へえ、そうなんだ」くらいに。


「別にいいじゃねえか俺が何しようと。何か不満でもあるのかよ」


「あるに決まってんだろ。お前が騎士になって夜業衆とっ捕まえに来たら厄介過ぎるわ。騎士以外なら許す」


「……アンタがもし夜業衆の人間ってバレたら、教会側に何されるか分からないじゃない」


「ちょ、あの、シシドさん。そういうこと言われるとワシの立つ瀬がないっていうか、ね」


「今のでレンドウというクソ人間の全容を見たよ。シシド、ありがとな。やっぱお前は優しい」


「別に優しくない」


二人の言葉を受け、ジンバはしばし考え込む。

やがて言葉を返した。


「でもな、こっちもそれなりの覚悟があってだな」


「へえ、覚悟ねぇ」


その言葉を聞いた瞬間、ここまでずっとふざけていたレンドウが真面目な顔を見せる。


「そりゃ仲間の女を心配させるほどのもんなのかよ。答えによっちゃ、ここで師弟喧嘩だぜジンバ」


かっさらってきた荷物を下ろし、瞳に光を灯らせるレンドウ。

それは、返答次第によってはこの場で一戦交えてもかまわないというサインでもある。


「……それも承知の上だ。でもな、こっちもこっちで譲れないんだよ」


「その心は?」


真夜中の湖畔のような静寂の後、ジンバは満を持して返事をする。


「ーーーー剣を極める」


「ーーーー」


レンドウとシシドの目が、微かに見開く。

その反応を見て、ジンバは語りだす。


「言っちまえば、俺は素手最強だ。この両腕さえあれば城も落とせるし大軍を蹴散らせる。鋼なんざ紙みたいに千切れるし、骨なんざ粉塵にしてやれる。夜業衆全員とだって打ち合える」


「だから普段は手加減として武器を"使ってやってる"。初っ端から素手を使おうもんなら全てが終わる。全てが茶番になる。文字通り、全てが俺の掌の上になる」


「ここ最近、そんな現状に"飽き"が来やがった。"飽き"は俺にとって最大の最悪症状だ。生きる理由がない状態だからな。死人みたいに生き永らえるなら、スパッと今死ぬ。俺はそういうタイプの人間だ。だから……」


一通り話した後、ジンバは締めくくる。


「この症状が悪化する前に、俺はこの"飽き"を解消する。言ってみりゃ楽しみ探しだ。そこで俺が目をつけたのが……爺、おめーが腰に携えてるそれだよ」


ジンバが指差した先、そこには鞘に収まる片手剣があった。


「ほう。こいつかよ」


「そいつだよ。それで爺をボコれれば、こんなに楽しいこともない。シシドとだって同じ舞台で戦える。全力で遊べる。それは俺にとって、代えのきかない"喜び"だ」


「ほーん、喜びときたか。だったら有名な剣豪にでも弟子入りすりゃいいじゃねえか。なんで騎士なんだよ」


「いや、その。まあそこはあれだよ、うん」


「おいおい、理由が曖昧過ぎて原型留めてねえぞ。はっきり言えや」


「……ほら、鎧来て戦うのって、なんか格好よくね?」


「「……」」


再び静寂。

照れ笑いするジンバに対し、二人は半眼で視線を返すだけである。

やがて、その静寂をシシドが破る。呆れたような吐息がジンバの鼓膜を揺らした。


「はぁ。なんか、とやかく言う方が恥ずかしくなってきたわね。爺、その辺にしときなさい」


「ん、いいのかよシシド。愛しのジンバが敵に回っちまうかもしれねえんだぜ?」


「めんどいからもうつっこまない。……てか、楽しいことをやるってのは、私達夜業衆の共通目的でしょ。だったら別に止めない」


夜業衆の共通認識。

それは皆"楽しくてやっている"ということだ。

金がないから、生き方を知らないから、居場所がないから、切実な理由があって、ではなく。

皆楽しいから。楽しいという理由一つで、夜業衆は成り立っている。

故に、本人が面白そうだと言えば誰も止められない。自分達も同じことをしているから。


「その代わり無茶はしないように。無いだろうけど、アンタが危険な目に遭いそうな時は知らせて。それくらいは出来るでしょ」


「シシド……」


「かーっ、照れくさ!お前らとっととくっつけ!見とるこっちが恥ずいんだが!」


掌で顔を隠しつつも、指を広げて二人に視線を向けるレンドウ。


「あと夜業衆を捕まえるなんて指令が出たらその時は……全力で来なさいよ」


「いいのかよ」


「いいのよ。だってそっちの方が私もーーーー」


シシドは一度目を伏せてから、獰猛な笑みを見せる。


「楽しいし」


彼女のそんな姿を見て、ジンバもまた笑う。


「は、怖え女だな」


「否定はしない」


「おじちゃんも否定しない」


「爺は早く死んで」


「言葉のナイフが亜音速で!」


一悶着ありつつも、一行は宝物を担ぎ直し帰路につく。

他の面子に話を通す役はシシドに任せ、翌日ジンバは夜業衆を離れたのだった。


▽▽▽


(あの二人を説得して出てきたはいいものの、爺から貰った兜はガチャガチャうるせぇし、行くあてもねぇ。初手から詰んだか?これ)


騎士になると言って街に出たはいいものの、ずっと夜業衆として生活してきたジンバには普通の暮らし方がまるで分からなかった。

夜業衆の人間は基本昼間は自由行動で、夜にだけ集まって活動する。その昼間の時間をずっと山での修行に充てていたジンバには、一般生活の知識がまるで無かった。


(まだそこいらのガキの方が俺より聡いかもな。なんせ俺は楽しそうってだけで山から下りてきたんだし)


その部分だけ見れば完全に童と大差はない。

彼はその巨躯を活かし、高い視点から街を見回す。されどその目は、己を避ける街の人間しか捉えない。


(金も最低限の量しかねぇ。この身なりの奴が大金持ってたら怪しまれるからな……ん)


のしのしと歩いていたジンバは、動かしていた視線をとある場所で止める。

そして顔を上げ、その建物の全容を視界に捉えた。


「ここは……」


そこは街の中央。人が多く行き交う場所であったが、彼が見つけた建物は人混みの中でも一際強く存在感を放っていた。


「超でっけえ……」


ーーーー教会である。


それは、騎士が帰る場所。

それは、人々の憩いの場所。

それは、皆が守るべきだと共通認識を持つ場所。

そして……何もかもを暖かく受け入れる場所。


(ほー。騎士様ってのはこんな立派なとこに勤めてんのかよ)


それ一つで家に匹敵するであろう大きさの石柱。視界を一色に塗りつぶす純白の外壁。神秘的な雰囲気さえ感じられる、入口への巨大な階段。そして幾つもの石像達。


そこには、人々が愛してやまない街のシンボルがあった。


(え、これって俺入っていいの?こんな不審者が入ったら締め出される?分かんね)


周りの様子を見てみると、老夫婦だったり子連れの母親だったりが中へと入っていく。その中には、立派な鎧に身を包んだ騎士の姿もあった。


(おぉ、本物の騎士だ。かっけぇ……じゃなくて、声かけてみるか?騎士の兜は被ってるし、騎士見習いってことにしとけば、邪険にはしないーーーーはず)


階段の隅で仁王立ちし、様子を窺うジンバ。

しかしそんな彼に気づいたのか、騎士は顔を動かし、ジンバの方を見る。

そして……彼の方へと近づいていく。


(え、ちょ、こっち来た!いや、話しかける予定ではあったけども。な、何て言おう。まずは自己紹介だよな。どーも、夜業衆のジンバです……なんて言ったら即お縄だな、うん。て、もう来やがった!)


わたわたとするジンバに対し、迷いなく突き進んでくる騎士。

男か女かも分からないその騎士と、ジンバは真正面から向き合う。


「もし……」


「へぇ!」


無骨な見た目からは想像も出来ないような、凛とした声。

卓越した聴覚を持つジンバは、その一言で目の前の人物が女性だと理解した。


(やべ、焦って変な返事した)


彼がそんなことを考えていようとは知るはずもない彼女は、ジンバに丁寧に声をかけた。


「その鍛えられた肉体、さぞや名のある騎士殿とお見受けするわ。どこの所属か教えてもらってもかまわないかしら」


「いやいや俺はただの無頼漢で……ん?」


今また変なこと言ったなと思いつつ、ジンバは飛んできた言葉を解釈する。


(なに、所属?てか俺騎士じゃねぇし……無所属どころか無職だし。あー、教会にいるから勘違いされた、のか?いや、兜被って教会に居ればそりゃ騎士関係の人間と思われるか)


至極当然のことだなと思いつつ、別に騎士ではないですよ、と返そうとする。しかしそこで、ジンバは一度考えを改める。


(いや待て。この目の前にいる騎士は何者だ?それによっちゃ言葉を変えた方がよさそうな……)


「あぁ、ごめんね。こっちが先に名乗るべきだったわね。何せこの街ではこの紋章を見せればどこでも通っちゃうからね。礼儀を欠いた振る舞いだったわ」


「はぁ」


目の前の騎士の鎧には、輝く日輪を背景に、重なった双剣が描かれた紋章が刻まれていた。


「ワタシは"重なる双剣と極光の教会"所属の騎士、ルキナよ。名前くらいは知ってるんじゃない?」


知らないですとは言えないまま、話は進んでいく。


「ウチの教会は毎日街の警備をやってるから、ここの教会にも寄るの。来る騎士は毎回違うけどね。それで、貴方はどこの教会所属なの?あまり見ない格好だけど」


「そのー、えぇと」


「あ、もしかして"灰被り"?ちょっとそれっぽいけど。……まさか"蒼炎"じゃないでしょうね。もしそうだったら距離を置かざるをえないけど」


「いや、違くて」


「他の土地から来た、ていう線もあるわね。なんか奇抜な感じだし。その格好が基準だったりするの?剣術はどこの流派?」


「……騎士ではない、です」


「ちなみにワタシは"バーヘルミナ流"で……え?」


「申し上げづらいのですが……自分、騎士ではない、です。ハイ」


瞬間、二人の間の時が止まる。


「え、でもその兜と剣……。そんな格好して教会に用があるのなんて、騎士くらいのものだし」


「いや自分、騎士見習いといいますか。とりあえず見た目からといいますか。今日この街に来たばかりでして」


「それで、教会に?」


「すげぇ建物あるなと思って。そしたら立派な騎士様が通りかかったもんで、目で追ってました」


「ちょっと!誰が眉目秀麗で見目麗しいよ!世辞なんかいらないわよ」


「痛い痛い。言ってない言ってない。ていうか兜で見えてない」


ガントレットに覆われた手がジンバをばしばしと叩く。


(この人、無骨な見た目とは裏腹にめっちゃ話しやすいな。騎士ってもっと厳格なイメージだったけど)


多分この人が例外なんだろうな、と答えを出すジンバ。

そこで彼は、目の前の人物が言っていたことを思い出す。


(ていうかこの人、双剣のなんちゃらかんちゃらの騎士だって言ってたよな。だったら……)


とある考えを浮かべ、意を決した彼は騎士ーーーールキナを見据える。

互いの目は見えないが、正面から見れば何かを伝えようという意思は伝わる。


「あの、よければなんですが……」


「あ、そうだ」


二人は全く同じタイミングで話し出す。


「騎士になる方法、教えてもらえませんか?」


「騎士になる方法、教えてあげようか」


二人の間を、暖かな風が吹き抜けた。





ブクマ、評価等よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ