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王子殿下のお世話係

 元居た部屋に着くと、お茶会は既に解散となっていた。

 そのまま隣の応接室に通される。


 驚いたことに、そこにはヴィルヘルム王子の母である王妃殿下もいた。王子はヘレナの手を離すと、とことこと王妃の隣に行って、ソファに腰掛けた。勧められるまま、ヘレナたちも向かい側に座る。ヨアキムはまだ寝ているカティを抱いたままだ。


「久しぶりね。ヘレナさん」

 

 恐れ多くも王妃様は、母が参加したお茶会でお会いしたことのあるヘレナの顔を覚えていてくれた。そして親しげに名前で呼んでくださった。


「は、はい。王妃様。本日はお招きいただきありがとうございます」


 ヘレナは慌てて挨拶をする。そして、深々と頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません。妹が大変なご無礼を。さらに私の不注意で王子殿下のお手を煩わせてしまいました」

「いいのよ。――私、嬉しかったのよ」


 王妃の言葉にヘレナは思わず顔を上げてしまった。

 王妃は優しく微笑んでいた。


「あなたたちが出て行って帰ってこないと聞いた時、自分から探しに行くと言ったのよ。あんなに人のために頑張るヴィルは初めて見たの。今日は遅くなってしまったから、また皆さんで遊びに来てくれるかしら」

「は、はい。もちろん」


 ヘレナの返事に王妃は笑みを深めると、横に座っていたヴィルヘルム王子に向き直った。


「ヴィル、それでいい?」

「母上。それはすぐですか?」

「そうね。なるべくすぐにしてもらうわね」


 そうは言っても、王家に謁見するのだ。今日の明日ということはないだろう。だが聡明な王子は、それも含めて納得したようだった。


 今日のところは帰宅することになり、ヘレナたちは立ち上がった。眠ったままのカティは侍従が引き受けてくれた。

 挨拶をしようと身をかがめかけた時、突然王子がヘレナに抱きついた。とは言っても、四歳の王子はヘレナの腰までしかない。スカートにぎゅっと抱きついた王子は、ヘレナにだけ聞こえるような声で言った。


「すぐにこい」


 ――お寂しいのだわ。


 先程見たヴィルヘルムの表情。友人を作りたいと言うのは、王妃だけでなく王子本人の願いでもあるのだろう。大人が多目に見てくれることでも子どもはそうではない。生まれた時から王子であるヴィルヘルムにとって対等な友人関係を築くのが、こんなに幼いうちからでも難しいだろうことはヘレナにも想像できた。

 

 それにヘレナも貴族の端くれだ。幼い頃から父や母と四六時中一緒にいられるわけではなかった。両親と会えた時の関係は良好だし、愛情も感じる。使用人もいたけれど、それでは満たされないものもある。それでも物心ついた頃には上の弟が産まれていたし、その後も兄弟が増えた。幼なじみのヨアキムたちもいた。


 ヴィルヘルム王子は、未だ一人っ子だ。王も王妃も公務で忙しいし、気軽に遊べる友人もいないだろう。


 ヘレナはそっとしゃがむと王子と目を合わせた。


「なるべく早く来ますわ。なるべく賑やかに」

「――にぎやかに?」


 王子はにぎやかと言う言葉に少し怪訝な顔をしたが、すぐくるならいい、と満足げに頷いてヘレナから離れた。


 こうして初めての王城と迷子事件は幕を下ろした。





 驚くべきことに、翌日には正式な招待状が届いた。今回は両親も一緒だ。一週間後には王宮に集められ、正式に王子の「お世話係」として選ばれることとなった。アルヴィとカティはもちろん、十二歳のヘレナもだった。同時にヨアキムとエルモ兄弟、さらに王子の母方のまた従兄弟であると言う公爵家の双子の姉妹も選ばれた。


 顔合わせがすんだあと、先日の広間に子どもたちは集められた。王子も一緒だ。大人たちはまだ話があるようだ。

 侍女がお菓子とお茶の用意をして下がると部屋の中には子どもたちだけが残された。

 すると、ヴィルヘルムがヘレナの方に歩いてくる。


「どうされましたか」


 ヘレナが屈んで王子と目を合わせると、王子は視線でヘレナと手を繋いで立っているカティを指した。ヘレナが口を開く前にカティが聞いた。


「なんですか?」


 カティは、今日も強気だ。さりげなくヨアキムもそばに来た。そっとカティの肩に手を置いている。

 王子は、真剣な顔でカティと向き合うとペコリと頭を下げた。


「このあいだは、わるかった」


 これには、カティもぽかんとしている。ヘレナは慌てた。王族に頭を下げさせるとは。だから子どもたちだけになったのか。


「殿下……、あの」

「これからは、ばかにしたりしない。やくそくする」

「いえ、あの、殿下――」

「いいよ」


 止めようとおろおろするヘレナの横で、カティがはっきり言った。


「じゃあ、これからはおともだちね。おにいさまたちともなかよくしてね」

「カ、カティ――」

「ああ。よろしくな」


「殿下。僕たちはもう友達です。一緒に迷子を探したでしょ」


 ヴィルヘルムに目線を向けられたアルヴィとエルモも笑顔で応じた。

 アルヴィたちと同い年の公爵家の双子姉妹も「迷子を探したの?」と興味津々だ。


 なんだか、自分の失敗が話題になって居た堪れないが、ヨアキムはおかげで仲が良くなっていい事じゃないかと笑っている。

 その日は、終始和やかな雰囲気で大人たちが迎えに来るまで過ごすことができた。


 

 その日から、週に一度、皆で王城に上がることとなった。

 幼少組は、殿下とは対等な友人として付き合うようにと言われ、あっという間に皆、仲良くなった。カティなどは遠慮がなさすぎて不敬にならないか、ヘレナがひやひやするほどだ。


 対してヘレナとヨアキムの年長組は、表向きは名前の通りお世話係として、公的には王宮へ出仕する扱いとされた。ヘレナと同じ年のヨアキムは伯爵家の嫡男で、後継として一通りの基礎教育は終えていたので、殿下の家庭教師補助、ヘレナは侍女見習いということだった。


 とは言え、ヘレナもヨアキムもまだ十二歳。

 実際には、勉強に飽きていた殿下をうまく宥めて遊びながら教師の手助けをしたり、本当の侍女が用意してくれたおやつと一緒にヘレナがお茶だけ淹れて、皆でお茶の時間を楽しむといったもので、年少組と同じく登城は週に一度で良かった。


 「お世話係」が王城に上がるようになってから、ヴィルヘルムの気性は目に見えて穏やかになった。元々年齢にそぐわないほどの聡明さだったから、友人や使用人と良い関係を築けるようになるとその賢さを遺憾無く発揮し始めたそうで、周りの大人たちを喜ばせた。


 ヴィルヘルムは、ヘレナによく懐き、ヘレナはそれが嬉しかった。もう一人弟がいたらこんな感じだろうかと不敬ながら考えたりした。


「ヘレナ! 庭できれいな花を見つけた。ヘレナにあげるよ」


 みんなで庭で思い思いに遊んでいる様子を見ながら侍女たちとお茶の用意をしていたヘレナに、ヴィルヘルムが駆け寄ってきた。負けじとカティも駆け寄って来る。


「ねえさま。わたしもきれいなおはなみつけたよ!」


 二人は、ヘレナを巡ってライバル関係であったが、ヨアキムがうまく取りなして、それなりに仲良くやっているようだ。遠慮しないカティには、ヴィルヘルムも遠慮しない。唯一の同年ということもあって、ヴィルヘルムにとって一番気安いのはカティのようだった。

 それ以外の年少組は皆ヴィルヘルムの二つ年長。それぞれが同い年ということもあって、王子とも遊びながら、四人で交流を深めているようだった。


 そんな風に穏やかに過ごしていた王子とお世話係だったが、一つだけ問題があった。


 定期的に王宮に通うようになってからも、度々、王宮内でヘレナが迷子になるのだ。


 実はヘレナはこの時まで自分が方向音痴だとは知らなかった。

 立場上、普段は一人で歩き回ることはない。見知らぬ土地へ行く時は、必ず誰かが先導してくれたし、見知った場所でも道を間違えそうになれば、誰かがそちらではないとすぐに教えてくれたからだ。


 周りも侯爵令嬢が道を覚えないくらい当たり前だと思っていた節があった。

 しかし王宮では、幼児たちに手がかかりいつもヘレナにかかりきりと言うわけにはいかない。ヘレナも王宮の人たちの手を煩わせては、と一人で行動しようとするのだが、そうするといつの間にか自分がどこにいるのかわからなくなるのだ。


「いた。ヘレナ」


 そんな時、いつも一番にヘレナを見つけてくれるのはヴィルヘルムだった。もちろん、王子が一人で歩き回るはずもなく、護衛騎士やヨアキムたちも一緒にいるのだが、何故か一番背が低いはずのヴィルヘルムが最初にヘレナを見つける。

 そういう時に茂みから現れた王子は、目を丸くするヘレナに近づくと、腰に抱き着いてきた。

 ヘレナはお腹に押し付けられた王子の頭を見つめる。夢中になって遊ぶ時には、汚れてもよいという方針で育てられた王子だが、ヘレナを探しているときは、いつも以上にぼさぼさで、必死にヘレナを探してくれたのが感じられた。

 そんな時、ヘレナは、申し訳なさと嬉しさと、それからなんとも説明し難い感情で胸がいっぱいになった。

 頭についた木の葉を取る。


「殿下ー!……あ、姉さま、いた」

「ほんとだ! ヘレナ様! よかったー」


 アルヴィ、エルモも合流すると、王子はヘレナから離れる。


「よし、帰ろう」


 差し出された手をつないで、戻るのもすっかり習慣になった。


 王子であるヴィルヘルムに遠慮がなく、誰よりも厳しいカティだったが、ヴィルヘルムがヘレナを見つけてくることが重なるにつれ、ヴィルヘルムに一目置くようになっていた。


「でんかは、ねえさまを見つけるのが本当に上手ね。いつもどうやっているの?」

「どうやっているとかはないんだけどな。ヘレナはどこにいても見つけやすいからな。いつも会いたいと思って、探しているからかな」

「ふーん……」


 不思議そうなカティだったが、ヴィルヘルムとカティは、すっかり気心の知れた仲になり、ケンカをしてもヘレナやヨアキムの手を借りることなく、自分たちで仲直りできることが多くなった。

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