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迷子令嬢は王子殿下のお世話係  作者: 四葉ひろ
本編

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3/12

初めての迷子

 先ほど案内してくれた侍女が慌てているが、構っていられない。とにかくヘレナは一旦状況を整理したかった。


「……だからね、カティ、そんなにいじわるだと、おともだちなんかぜったいできないんだから! っていったの」


 しばらくヘレナと手を繋いで歩いて、少し落ち着いたカティが、それでも腰に手を当てて憤慨した様子で話してくれた経緯はこうだった。


「お世話係候補」を次々とやっつけながら(カティにはそう見えたらしい)、ヴィルヘルム殿下がこちらに近づいてくるのを見て、カティは激しい義憤に駆られた。


 そして、最初にカティを一瞥しただけで無視をし、カティの兄たちの剣術を馬鹿にした様子を見てついに堪忍袋の緒が切れたらしい。


「だって、ほんとうにいじわるだったのよ!」

「――そうね。カティの言ったことは間違っていないけれど――」


 どうしたものか。

 カティは、まっすぐな性格で、間違ったことは、兄だろうが父だろうが構わずはっきり言う。

 まだ四歳のカティの「お怒り」は家族の間ではかわいらしいもので、父も「そうか。悪かったね」というばかりでデレデレだったし、アルヴィともう一人の上の弟たちはそもそもカティがプンプン怒っていたって大して相手にしない。

 幼馴染も年上ばかりで、カティがお昼寝せずに元気にいる間はカティ中心に過ごすことが多かったのが良くなかったのか。


「――ねえさま」


 考えながら歩いていると、カティがつないだ手をひっぱった。


「どうしたの?」

「カティ、おしっこ」


 そうだ。そういえば、とっさに「お花摘みに」と出てきたのだった。事情が分かっていないカティは、そこに向かっていると思っているのだろう。


「そうね」

 

 と言って、ヘレナはあたりを見回した。


「あれ?」


 ここはどこだろう。慌てて飛び出してきたので、随分と歩いてしまったようだ。


 とりあえず、近くを通りかかった侍女に場所を聞く。幸い、ヘレナたちが立っていたところからまっすぐ行ったところに目的の場所はあった。道を聞いた侍女は、ほかの仕事の最中だったのでお礼を言って自分たちだけで向かう。


「すっきりした。もうお部屋に帰る。王子様が謝ってきたら許してあげる」

「えっと、カティ。もしかしたら王子様は恥ずかしくて謝れないかもしれないでしょう。そういう時は、仲直りしましょうってカティが言える?」


 うーんと考え込んだカティだが、気分が切り替わったのか、ヘレナを見上げてにっこり笑った。


「いいよ!」

「えらいね」


 ヘレナもカティに笑いかけた。


「じゃあ、戻ろう!」


 ヘレナは、顔を上げて、――固まった。


「ここ、どこ?」


 ヘレナとカティは、先ほどとは違う見覚えのない場所にいた。

 「お花摘み」を済ませ、廊下に出たところまでは覚えている。そのあと、カティと歩いていた廊下は、本当にもと来た道だっただろうか。

 先ほどまでちらほら歩いていた使用人も今は見当たらなかった。


「ねえさま?」

「大丈夫よ。……お城の外には出ていないんだし、歩いていれば帰れるわ」


 不安げに見上げるカティに笑いかけたが、その顔は明らかに引きつっていた。

 とりあえず、元来た道と思われる方向に進んでみたが、どうも見覚えがない。


 王宮の表側の煌びやかな場所から、だんだんと質素な様子になってくる。

 侯爵家とは比較にならない規模だし、ここでもまだ質の良い装飾などが見られるが、もしかしてここは使用人たちが生活する区画ではないだろうか。


 しかし、こんな時間、使用人は夜勤明けで寝ているか表に出て仕事をしているかしかない。


「やっぱり元に戻りましょう」


「――ねえさま?」

「大丈夫よ。歩いていれば帰れるわ」


 不安そうなカティに笑いかけるが、本当はヘレナも不安だった。この王宮の中できちんと戻れるだろうか。


「ねえさま」


 突然、カティが立ち止まった。


「ここにいる」

「え?」

「ヨアキムがいってた。まいごになったらうごかないでそこにいるんだよって」


 そう言うとカティは、廊下の端の縁石にちょこんと座ってしまった。


「え、えっとカティ」

「だいじょうぶ。ヨアキムがみつけてくれるから」


 ヘレナが話しかけても、カティは真っ直ぐ前を見て動かない。

 カティのこのヨアキムに対する信頼はなんなのだろう。確かに親同士が仲が良く、ヘレナも一番親しい幼馴染として育ったが。それにしても毎日一緒に暮らしている姉よりも信頼が厚い。

 全く動こうとしないカティに根負けして、ヘレナもカティの横に腰掛けた。はしたないが、誰もいないし、むしろ誰かいたら驚いて話しかけてくれるだろう。


 しばらくすると、カティはうとうとしはじめた。膝にカティの頭を乗せて一人王宮の隅の廊下の縁石に座って、みるともなしに外を眺める。

 使用人区画と言っても王宮のそれだ。貴族階級も多く勤める区画の庭は華やかに装飾こそされずとも、綺麗に整えられ、静かで落ち着いた風情を醸し出していた。


 華やかなものがあまり得意でないヘレナは、来る時に通った豪華な王宮の前庭よりここの方が落ち着く感じがした。


 どのくらい時間がたったのか、だんだんと日が傾いてきた。冬ではないが、このまま日が落ちては、さすがに肌寒いだろう。やはり歩いて道を探したほうが……とヘレナが考え始めたとき――。


 庭の木々の間から、キラキラ光るものが現れた。ひょこひょこ動くそれは、だんだんとこちらに近づいてくる。

 そして、茂みからばっと姿を現した。


「いた!」


 逆光になっていて、顔は良く見えないが、それは――。


「殿下!」


 王子ヴィルヘルムだった。まさか、王子が自分たちを探していたのか。ヘレナは慌てたが、膝にカティが乗っていて動けない。


 おろおろしているヘレナにヴィルヘルムはとことこと近づいてきた。


「ねてるのか?」


 ヘレナがはいと頷くのとヴィルヘルムがヘレナの横に座るのとどちらが早かったか。


「殿下!」

「ん?」

「お召し物が汚れますわ」

「べつにいい」


 慌てたヘレナは声をかけたが、ヴィルヘルムは気にした風も無い。

 仕方なく、ヘレナは並んで座ることにした。どちらにせよ、膝に乗ったカティのせいで立ち上がれないのだが。

 しばらく二人で目の前の茂みを見るともなく眺める。


「――ないてたか」


 ポツリと漏らしたのは小さな小さな声だった。でもヘレナにははっきり聞こえた。はっとして横を見ると、きゅっと口を引き結んでじっと前を見る王子がいた。


「……泣いてはいません。少し怒っていましたけれど」

「そうか」


 声は小さかったけれど、ほっとした顔をした王子を見て、ヘレナは胸がきゅっとした。暴れん坊で、わがままな王子様。王妃様も手を焼く王子。そう言われて、一番傷ついているのは、きっとヴィルヘルム殿下自身なのだ。

 ヘレナは、気がつけば王子の手に自分の手を重ねていた。

 はっとした顔をしたヴィルヘルムがヘレナを見上げる。ヘレナは、王子を安心させるように笑った。

 

「――殿下。殿下も妹のカティもまだ子どもです。殿下には大きく見えるかもしれませんが、私もまだまだ子どもです。泣いても、怒っても仲直りすればいいのです。けんかをしたって、お友達でなくなるわけではないのですよ」


 ヴィルヘルム王子は、黙ってヘレナの言葉を聞いていた。藍色の目が揺れていた。


「カティは、次に殿下にお会いしたら、仲直りすると言っていました。殿下も、仲直りしてくださいますか」


 ヴィルヘルムは俯くと、ヘレナの手の下で、ぎゅっと手を握り締めた。

 もう一度顔を上げたヴィルヘルムの表情にヘレナははっとした。

 夕陽に照らされたヴィルヘルムは、これまでにない強い目をしていた。


「わかった」


 そう言うと、すくっと立ち上がったヴィルヘルムは、大きく息を吸って声を上げた。ヘレナは驚いて危うくカティを落とすところだった。


「ここだ!」


 その声に、茂みをガサガサと言わせながら、複数の足音が近づいてきた。

 

「殿下。いましたか?」


 大人の男性の声がして、護衛なのか騎士服を着た男性が現れた。その後ろにはヨアキムと弟たちもいた。


「姉上! カティ!」


 弟のアルヴィが駆け寄ってくる。

 後ろからついてきたヨアキムが、カティを抱き上げてくれたので、ヘレナは立ち上がることができた。

 皆を見て、ヘレナは現実に引き戻される。こんな多くの人の手を煩わせるなんて。


「殿下、お手を煩わせて申し訳ありません。騎士の皆さまもご迷惑をおかけいたしました。みんなもごめんなさい」


 大失態だ。ヘレナは下げた頭があげられなかった。


「――けがはない。ねてるだけだ」


 四歳のヴィルヘルムがしっかりと騎士たちに説明するのを聞いて、ますます身が縮む。

 そのヘレナの手に小さな手が伸ばされた。


「では、帰ろう」


 王子は、ヘレナの手を取って引っ張る。

 ヘレナは振りほどくこともできず、引かれるがまま歩き出した。


 二人を先頭に、皆が歩く。カティはヨアキムに抱かれたままだ。王子がそれ以上何も話さなかったからか、誰も口をきかなかった。

 どうして、王子まで私たちを探してくれたのだろうか。小さな手に引かれながら、ヘレナは不思議に思った。だが、実際に自分たちを見つけてくれたのはヴィルヘルム王子その人なので、そんなことを聞くのは失礼な気がして、ただ黙って歩いた。


 夕日に照らされるキラキラした王子の髪が、ただまぶしかった。

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