王子の側近の冬のある日
新年のご挨拶代わりの短編。
スピンオフのままにしようかと思いましたが、番外編としてまとめました。
年越しの新婚夫婦です。
ヨアキムが屋敷に帰り着いたのは、もう日付が変わろうかという時間だった。冬の風は、この時間になると弱いものでもかなり冷える。
新年早々の王族からの祝賀会。王子付きの側近であるヨアキムはその準備に追われていた。
深夜にも関わらず、正装で出迎えた執事に上着を預ける。
執事は、主人について歩きながら不在中の連絡事項を伝え、最後にさりげなく付け加えた。
「奥様が、起きてお待ちになっております」
「え?」
ヨアキムは思わず立ち止まって、執事に顔を向けた。
「何かあったのか」
「いえ。特別なことは何も。本日もつつがなくお過ごしでした」
歳の離れた妻は、結婚した昨年に成人したばかりだ。活発な妻は、朝早くから活動するのを好むので、夜は早い。ヨアキムが遅くなる時期は予め伝えて、先に寝るよう言い付けていた。
それがこの時間まで起きているなんて、執事の気づかない何かがあったのかもしれない。
ヨアキムは、思わず早足になって夫婦の私室に向かった。ノックもそこそこに部屋に入ると、そこには思いの外元気な様子の妻がいた。
「ヨアキム! お帰りなさい!」
元気よく飛びついてくる妻を抱き止める。そして頬を挟んで妻の顔色を見た。特に体調は悪くなさそうだ。
「どうしたんだい、カティ。こんな時間まで」
心配げな夫にカティは挟まれている頬を膨らませた。
「どうしたじゃないわ。私あなたに一番初めに明けましておめでとうって言いたかったの!」
だって、今年は初めて一緒のお家で迎えるんだもの――と続ける妻に、その愛らしさにヨアキムはよろめいた。
なるほど。忙しさにかまけて失念していたが、先ほど馬車の中で年を越したのだった。
おそらく使用人たちにあらかじめ言ってあったのだろう。そう言えば、馬車を降りる時に言葉を交わした御者も出迎えた執事も、荷物を受け取りに来たフットマンも誰もヨアキムに新年の挨拶をしなかった。
普段から礼儀を重んじる我が家の使用人には考えられないことだ。
ヨアキムは、いたずらが成功したと言わんばかりに得意げな妻をぎゅっと抱きしめた。
「嬉しいよ、カティ。明けましておめでとう。今年も、来年も、ずっとずっと一緒にいよう」
「まあ、ヨアキム。それってプロポーズみたい」
ふふッと嬉しそうに笑う妻にヨアキムはそっと口づけた。
翌朝、しれっと新年の挨拶をしてきた執事やフットマンにヨアキムは苦笑を隠しきれなかった。