エピローグ
その後、午前中いっぱいかけて、大量の書類にサインをした二人は、午後になると双方の父親を交えて、正式な婚約書の作成を行った。
そして、翌日中には王城内に周知され、さらに三日後には国中に王子ヴィルヘルムの婚約が公示されるという異例のスピードで二人の婚約はととのった。
花嫁が、王子よりも八つも年上というのは、一部から難色も示されたが、庶民の間では、幼い頃からの一途な想いを実らせた王子の恋物語は概ね好意的に受け止められた。
結婚式の用意も、王族としては、異例のスピードで進められ、半年後には無事挙式となった。
「やあ、おめでとう妃殿下」
「姉様、とっても綺麗よ!」
式の用意を終えたヘレナの元を訪れたのは妹のカティとその婚約者ヨアキムだった。
「二人ともありがとう。こんなに早く式を挙げられるなんて、まだ夢の中にいるみたいだわ」
「僕のおかげだよ。自分の式の用意と並行して進めた自分を褒めてあげたい」
そう言うヨアキムに寄り添うカティはとても幸せそうで、ヘレナは自然と笑顔になった。二人も一月後に式を控えている。
笑い合う3人の後ろから不機嫌な声が聞こえた。
「ーーお前たち、花婿より早く花嫁に会うとはどういうことだ」
声の主はヴィルヘルムだ。
「あら、殿下。まだ会っていなかったの? グズグズしているから先を越されるのよ」
「結婚式は先を譲ってあげたんだからいいじゃないですか。僕たちは親族ですからね。数に入りませんよ」
おそらくこの国で一番ヴィルヘルム王子を恐れない二人にそう言い返されて、ヴィルヘルムは諦めたように肩をすくめた。
「ヘレナ、宰相から式の前にテラスで国民に顔を見せてほしいと言われた。かなりの人数が集まっているらしい」
「まあ。わかりました。じゃあ、二人ともまた後でね」
ヘレナは立ち上がると、ヴィルヘルムの腕をとった。
この半年、ヨアキムを始めとする側近や、元同僚の侍女たち、何よりヴィルヘルム自身に、王子妃としての王子との距離感を叩き込まれたヘレナは、最近やっと照れずにヴィルヘルムと寄り添えるようになった。
一方、最近のヴィルヘルムはといえば、思春期のそっけない感じがなんだったのかと思うほど、ヘレナに甘々だった。
寄り添う王子とその妃がテラスに現れると、集まった民衆からは大きな歓声が沸いた。
その様子にヴィルヘルムとヘレナは嬉しそうに微笑み合う。
二人が手を振るテラスから放たれた鳩は、青空に向かって高く羽ばたいていった。
「ピーーーーーーー!!」
その日、久方ぶりに鳴り響いた笛の音に城内は色めきたった。
「おい、お妃様を最後に見た者は誰だ?」
「殿下方のお昼寝の時間まではご一緒に過ごされていました」
「それ、三時間も前よ。殿下方は、もうお目覚めで、おやつを食べているところにちょうどいらっしゃったお父上とお散歩に出られたわ」
「そこに妃殿下は?」
「……いらっしゃらなかったですわね」
「ということは……」
「よし、俺が探してくる!」
飛び出そうとする使用人の後ろから、揶揄うような声がかかった。
「あはは。もう間に合わないと思うよ」
のんびりと歩いてきたのは、側近ヨアキムだ。
「ヨアキム様! お妃様が」
「ああ、大丈夫。凄腕が今ちょうど散歩中だからね」
ヨアキムは、ニヤッと笑うと「もう、持ち場に戻っていいよ」と言って、またのんびりと去って行った。
ヘレナは、木陰にちょうど良い場所を見つけて座っていた。笛を吹いたら動かない。それが約束だからだ。
しばらくすると、茂みの向こうにキラキラと輝くものが見えた。
「いた、ヘレナ」
父になり、すっかり落ち着いた雰囲気になったが、太陽に透けて輝く金髪は昔のままだ。
でも変わったこともある。
「父様ずるい。僕がみつけたかったのに!」
「たのに!」
父親と同じキラキラと輝く髪を持つ息子たち。
どうやら散歩の邪魔をしてしまったようだ。
「ごめんなさいね。散歩中だったのね」
「そうなの! 父様と歩いていたらピーってなったの」
「なったの!」
そう言って駆け寄ってくる息子たちをヘレナは抱きとめた。
「父様は背が大きいから、いつも母様をみつけちゃう。ずるいよ!」
「ずるいよ!」
そう言う息子たちの頭をヴィルヘルムはわしゃわしゃとかき回す。
「そんなことはない。父様は、誰よりも小さい時から、母様を探すのが一番早かった」
「えー、何で?」
「なんで?」
ヴィルヘルムはしゃがんで、二人と目線を合わす。
「会いたいと思ってるからだな」
「えー。僕たちも思ってる!」
「おもてる!」
ヘレナも息子たちの髪を優しく梳いた。
「きっとあなたたちもいつか、一番に見つけられる人に会えるわ」
そう微笑みかけると、子どもたちは不思議そうな顔をした。
ヘレナは立ち上がる。すかさず両方の手を我先にと子どもたちが繋いでくる。そんな二人に微笑みかけて、目線を上げると同じく優しく微笑んでいるヴィルヘルムと目が合った。
「さあ、帰ろう。みんな探しているかもしれないしな」
「はい」
そう答えて歩き出したヘレナの胸には、愛する夫と息子たちの髪と同じ色の笛が光っていた。
ギリギリでしたが、なんとか毎日更新できました!
久々の連載で、相変わらず課題は満載ですが、でも毎日どなたかに新しいお話を読んでいただけるって幸せだなと感じた日々でした。
お読みいただいて、ありがとうございました。